表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/545

第八十四話「偏向報道!」


 昨晩はもう時間も遅かったので父に話は聞けなかった。さらに今朝の訓練の後に聞こうかとも思ったけど毎朝訓練の後はさすがにそんなに時間がないので諦める。学園から戻ったらリンガーブルク家について話を聞きたい旨だけを父に伝えて学園へと向かう。


 今日も学園終了後に真っ直ぐ家に帰れるとは限らないけど父に話があると伝えておく方が良い。事前にアポを取っておくのは父娘であろうとも礼儀だ。ただし何時に帰って何時から話が聞けるかはまだわからないのでそれも一緒に伝えておく必要がある。最悪の場合は夕飯の後になるかもしれない。


 ガラガラの学園に到着すると誰もいない教室に入る。暫くするとチラホラと生徒達が登校し始めたけど今日はいつもの五人組が次じゃなかった。ようやく五人組が来た時にこちらを見ながらニヤニヤしていた気がするけどいつものことなので気にしない。


 気にしないようにしようと思ったはずだけど今日は何かおかしい。五人組だけじゃない。他の生徒達も男女問わず俺の方を見ながらヒソヒソと何か話をしているような気がする。


「あぁ、貴女こちらにいましたのね」


「ヘレーネ様?」


 今日は珍しくお淑やか美少女のヘレーネが話しかけてきた。いつもヘレーネが俺に話しかけてくる時は俺が例の五人組に絡まれている時くらいだった。それなのに今日は別に五人組に絡まれてもいないのに声をかけられた。一体何事だろうか。


「貴女こんな所で座っている場合ではありませんよ。玄関口の掲示板を見てみなさい」


「え?はぁ?」


 この学園の玄関口には大きな掲示板がある。今朝俺が通った時には特にいつもと変わりはなかったはずだけど……。


 そこでふとニヤニヤしている五人組と目が合った。なるほど。どうやら今日はこの五人組が遅かったのは掲示板に何かしていたからか。どうせ碌な事じゃないだろうけどヘレーネに直々に言われた以上は放っておくわけにもいかない。朝から面倒なことだと思いながらも玄関口の掲示板へと向かった。




  =======




 掲示板の近くに到着すると何やら人だかりが出来ていた。人だかりを避けるように少し離れた場所から掲示板を見てみる。


「……なるほど」


 いつの間に貼られていたのか壁新聞が貼ってあり衝撃的な見出しが躍っている。曰く『カーザース辺境伯令嬢、権力を笠に着て騎士に土下座させる』というものだった。


 ちなみにこの国に土下座はない。俺が意訳として土下座という言葉をあてただけだ。言葉として最も近いのは最敬礼という所だろうか。ただニュアンス的には屈辱的という意味を含めた土下座のようなことをさせた、という意味のことが書いてある。


 この国では本来騎士の最敬礼とは自らの主君、つまり国王陛下に対してのみしか使用されない。それに最敬礼は謝罪のためにすることではなく読んで字の如く最も敬った礼だ。


 それを主君でもない小娘に対して、敬うためではなく謝罪のためにさせたということで一言で日本語で表すならば土下座をさせた、と俺は解釈した。


 その内容に目を通す。昨日の放課後、カーザース辺境伯令嬢は王族に顔が利くことを利用し、(恐らくルートヴィヒ殿下の許婚ということを言いたいのだろうが、俺を許婚と呼びたくなかったのでこのような言い回しになっていると思われる)、近衛師団の騎士に対して土下座をさせて謝罪させた、と書かれている。


 これは恐らく昨日のクラウディアとの一件のことだろう。周りから『そう言えば昨日騎士を連れて校舎裏に行っているのを見た』とか『遠巻きに頭を下げさせていたのを見た』と言っているのが聞こえる。


 俺がクラウディアに声をかけられて校舎裏に連れて行かれたのは帰りの馬車を待つ生徒でごった返す玄関口でのことだ。あの時の様子を見ていた者は大勢いるだろう。俺が連れて行かれたのであって俺がクラウディアを連れて行ったわけじゃないけど人のあやふやな記憶や勝手な思い込みによる記憶違いというのはこんなものだ。


 内容を聞かれないように声が聞こえるほど近くの周囲には誰もいないことは確認していたけど、遠く離れた場所からこっそり覗いていたのだとすればいちいちそこまでは気付けない。俺とクラウディアが連れ立って校舎裏に行ったのを誰かが後を追って見に来ていたとしても不思議じゃないだろう。


 そしてそこで俺はクラウディアに謝られた。俺が頭を下げろと言ったわけじゃないけど言葉が聞こえないほど遠くから様子を見ていた者達からすればどう映るだろうか。


 ルートヴィヒ殿下の許婚という地位を笠に着て近衛師団の騎士に対して高圧的に謝罪させた傲慢令嬢と見えるかもしれない。


 そもそも昨日の時点ではそうは考えていなくともこの壁新聞を読めば『そうだったのか』と思ってしまうだろう。こういった偏向報道や印象操作というのは今も昔も、この国でも地球でも同じだ。


 例えば現代日本でもAさんがひったくり犯のBに鞄をひったくられたとしよう。そこへ騒ぎに気付いたCさんが逃げようとするひったくり犯を現行犯で取り押さえたとする。AさんからすればCさんは身を挺して犯人を捕まえてくれた良い人だ。また警察等からすれば犯人逮捕に協力してくれた善良な市民ということになる。


 だけどCさんがBを取り押さえるためにもみ合いになったり殴ったり押さえつけている場面だけを映し出して、Cは暴力を振るう乱暴な人間だ、とテレビで繰り返し流されたら何も知らない人はCさんが暴力的な人なのだと思い込んでしまう。


 その過程やどうしてそうなったのか。何のためにそうしたのかは関係ない。ただ断片的な情報だけを与えられて言葉や文字でそう解説されたらそうなのかと思ってしまう。まさかそんな簡単に騙されやしないだろうと思うだろうか。現実に現代地球ではそんなことが罷り通っている。騙されないつもりでも簡単に騙されている者が大勢いるのが現実だ。


 あの大手新聞社やテレビ局だから、とか、長年読み続けている、見続けている新聞や局だから、ということだけで安易に信じ込んでしまう。それが人間だ。ましてやCさんは個人であって個人の訴えと大手メディアのどちらを信じるかと言われれば大半の人間は簡単に大手メディアを信じる。


 そんなことはないと思うかもしれないが自覚もないうちにそんなことに取り込まれているケースがたくさん出てくるはずだ。


 翻ってここではどうだろうか。この壁新聞は誰が書いたとは名乗っていないけどあの五人組が書いて貼ったものだろう。いや、本人達が書いたとは思わないけどね?誰かに書かせたんだろう。それがこの学園の他の生徒なのか家人達なのかは知らない。ただあの五人だろうことは誰もがわかっているんじゃないだろうか。


 あの五人組はこの学園でも上位の家格を持つ者達だ。仲間グループもたくさんいるようだし主流派だろう。それに比べて俺は向こうより家格も低ければ中央政界では辺境伯家など田舎で武器を振り回している野蛮人だと思われている。


 武力や領地については一目置かれていることもあるかもしれないけど、華やかな中央の社交界に染まっている貴族達は武骨な田舎者と蔑んでいることだろう。


 そんな両者の主張のどちらを信用するだろうか?考えるまでもない。例え仮に五人組の壁新聞が嘘や誇張だと理解している者が居たとしても俺の味方になる者は皆無だろう。何しろそんなことを言えば五人組を敵に回すことになる。


 中央政界の主流派と田舎の野蛮人、どちらが正しいかではなくどちらに付く方が自分にとって得で有利か。それを考えれば壁新聞の内容がおかしいと思っている者達がいても声をあげるようなことなどない。


「おい、あれ……」


「俺達も土下座させられるぞ」


「行きましょう」


 俺に気付いた生徒達がバラバラと壁新聞の前からいなくなる。実にわかりやすい。内容を信じて俺を非難する者。内容が正しいかどうかなど関係なく五人組の味方をしておく方が得だと判断する者。巻き込まれるのは御免だと距離を置こうとする者。大別するとこんな所だけど一つだけはっきりしているのは、俺の味方は誰一人いない、ということだ。


 まぁ……、この壁新聞の内容もあながち間違いじゃない。切り取った事実自体は本当のことだ。昨日玄関口でクラウディアと会い、校舎裏に行き、クラウディアに頭を下げて謝罪された。それ自体に嘘はない。


 俺が何故昨日クラウディアに謝罪されたのかということを主張するわけにはいかない。クラウディアはまだクラウディオという男として振舞っている。ルートヴィヒと同い年ということもあって去年からルートヴィヒの護衛として学園の行き帰りに同行しているそうだ。


 学園の生徒達は去年からルートヴィヒの護衛としてやってきている近衛師団の騎士のことを知っている。もし俺が自分の正当性を主張しようと思ったら絶対に『じゃあ何故クラウディアに頭を下げて謝罪されていたのか』という話になるだろう。


 それを聞かれたら俺が本当のことを話すわけにはいかない。それは即ちクラウディアの内面に深く関わることを俺が勝手に大勢に話してしまうことになるからだ。


 クラウディアが性同一性障害のようなものなのか、ただ単に自分が女性なのに女性が好きなだけなのか、そこに違いがあるのかどうかも俺には詳しいことはわからない。一つだけはっきりしていることはクラウディアは女性なのに女性が好きで、そのことで悩んできた過去がある。


 だからこそクラウディアはそれを隠して生きてきたし、女性が好きだという矛盾から自分が男になろうとすらしていた。そんな重大なことを俺が勝手に大勢に吹聴して回るわけにはいかない。この件に関しては俺が口を噤むしかないだろう。


「貴女、これは本当のことなの?」


「ヘレーネ様……」


 この先どうしようかとぼんやり考えていると教室の方からヘレーネがやってきた。その質問は非常に困る。どうしようかと考えていた矢先なので答えにくい。


「一部客観的に見ればそのように見える部分もありますが、この壁新聞の内容は意図的な曲解や間違った方向への誘導などがあります。それらについては誤りであり全てが本当のことというわけではありません」


 クラウディアが俺の所にやってきて校舎裏まで行き頭を下げたことは事実だ。目撃者も多くいるから誤魔化すことは出来ない。ただこの記事のように面白おかしく書いてある内容の大半は偏向報道や曲解が混ざっている。というよりはあの五人組がわざとそうなるように誘導している。


「意味がわかりませんね。違うのなら違うとはっきりおっしゃったらどうなの?」


 そして何故俺はこんな風にヘレーネに尋問のようなことをされなければならないのか。学年で序列一位なのかもしれないけど俺から言わせればヘレーネも俺も対等なただの一生徒同士に過ぎない。何も悪くないのに一方が一方を尋問するかのような態度は許容出来ない。


「この騎士とは以前より個人的に顔見知りです。過去にお互いに行き違いがあり私が久しぶりに王都に来て再会したこともありその件についての謝罪は受けました。ですが私が謝罪を要求したわけでもなければ校舎裏に連れて行ったわけでもありません。この騎士の方が自発的に私の下を訪れて呼び出し謝罪してくれただけのことです」


 一度言葉を切ってヘレーネを見詰める。ヘレーネも俺を真っ直ぐに見据えていた。


「それではこの記事は本当のことであると?」


「ですから違うと言っているではないですか。この記事は私が権力を笠に着て騎士の方を呼びつけ連れて行き謝罪させたとあります。実際にはこの騎士の方は私の古くからの友人であり、向こうから過去のことについて謝りにきてくれたのです。ですが私は私の方が悪かったと思っており私も騎士の方に謝罪しました。それで二人の間では解決したことです。この記事にあるようなものではありません」


 どれだけ説明しても理解してくれない。理解する気がないのか。理解しているけど納得出来ないのか。それとも俺から何か余計な言葉が出てこないかとわざとやっているのか。


「その謝罪された件というのは何ですか?」


「それは個人的なことでありこの騎士の方にも関わることなので私の口から申し上げることは出来ません」


「貴女ね……、それで貴女の言い分を信じろと言う方が無理があるでしょう……」


 俺の言葉にヘレーネはヤレヤレと首を振る。だけど俺がいつ俺の言い分を聞いてくれと言った?信じてくれと言った?俺はそんなことを言った覚えはない。


「別に私の言い分を聞く必要も信じる必要もありません。私はただ純然たる事実を口にしているだけです。それを理解せずに一方の言い分だけを鵜呑みにしている方も、本当はおかしいと思いながらも口を噤んでいる方も、それぞれ主義主張やお考えがおありでしょう。ですから私はその方達に何か言うつもりなどありません。そう思いたければそう思えばよろしいのではありませんか?」


 ただ淡々とそう語る俺にヘレーネは真剣な目を向けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ