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第八十話「結局情報はなかった!」


 確かにこの家を訪ねてきたのは俺の方だ。だからこんなことを言うのはお門違いなんだろう。だけど言わずにはいられない。ルトガー面倒臭ぇ!


「お邪魔しておりますルトガー殿下」


「おっ、おう!それで俺に何の用だ?」


 おい……。別にお前に用なんてないよ……。何で俺がクレーフ公爵家を訪ねたからといってお前に用があると思うのか。むしろこれまで何度もクレーフ公爵家を訪ねて来て一度でもお前に用があって訪ねたことがあったか?少し考えれば俺がお前に用なんてあるはずないと気付くだろうに。


 とはいえ流石に面と向かってそうは言えない。相手が公爵家というのもある。その父親が今目の前にいるというのもある。だけど何よりそれは高位貴族のご令嬢とは程遠い行いだ。だから俺はそんなことをするわけにはいかない。心は男でも俺はカーザース辺境伯家の一人娘として相応に振る舞うことを忘れてはいけない。


「いえ、本日はディートリヒ殿下と『政治的なお話』があっただけです。それももう済みましたのでお暇させていただきますね。ディートリヒ殿下、本日はわざわざお時間を取っていただきありがとうございました」


 どうせこれ以上粘ってもディートリヒが簡単に口を滑らせるとは思えない。ルートヴィヒの婚約、結婚という話は政治的な話だろう。俺にとっては私的で切実なことだけど内容だけで言えば政治的な話をしたにすぎないはずだ。


「まぁまぁフローラ姫、そう言わずに少しルトガーと話でもしてみてはどうかな?」


「くっ……」


 クレーフ公爵であるディートリヒ殿下にそう言われてお断りしますとは言い難い。何か理由でもあれば断れるだろうけど公爵の誘いを断るほどの理由は今すぐには思い浮かばなかった。


「ここではなんだ。俺の部屋に来るがいい」


 スピスピと鼻息荒くそう言いながら俺を先導しようとしているルトガーを最早無視することは出来ない。


「それでは遅くならないように少しだけ……。ディートリヒ殿下、本日はありがとうございました。それでは失礼いたします」


 ディートリヒに挨拶をしてルトガーの後についていく。こうなった以上はどうせだからルトガーからもルートヴィヒとヘレーネのことを聞こう。一応元々ルトガーも昔からルートヴィヒと一緒に居たから話は聞いてみたいと思っていた。ただルトガーに聞くとルトガーからルートヴィヒの耳にも入りそうだったからどうしようか迷っていただけだ。


 どの道ルトガーの相手をしなければならないのならばこちらも聞きたいことを聞いて有意義に過ごす方がまだしもマシというものだろう。


「ここだ。まぁ入るがいい」


「失礼いたします……」


 ルトガーの私室だという部屋に入ったけど別に何てことはない。高級な調度品がしつらえられた落ち着いた雰囲気の部屋だ。とてもやんちゃでお馬鹿なルトガーの部屋とは思えない。


 とはいえこの手の内装は専門の者が担当していたりするからルトガーのセンスが良いからだとは限らない。俺は自分の部屋は自分で決めたい性質だけど面倒臭がりなら家人達に任せっきりなんてこともザラにある。


 ただルトガーのセンスが本当に良い可能性も考える必要はあるだろう。王侯貴族というのはそういったセンスが問われる場面が多々ある。だから幼少の頃から本物の高級品に触れさせて英才教育を行なっているというのは普通のことだ。


「素敵なお部屋ですね」


「そうか……。まぁ座れ」


 椅子を勧められたので座る。意外にも、といえば失礼なんだろうけど普段の性格からしてそんな気遣いが出来る人間だとは思っていなかったけどきちんと気を配ってくれている。


 部屋を褒めた時の反応が薄すぎてどちらなのか判断がつかない。自分で選んでいるのか、他人に任せているのか……。それによって他にも褒めるべきかどうかが変わってくる。自分が選んで配置しているわけでもないのに部屋を褒められても困るだろう。


 いつもならもっとわかりやすい性格なのに今日は少々わかりにくい……?何だろうかこれは?いつもの俺を田舎者と馬鹿にしたような言動がないからだろうか?


「……」


「…………」


 暫く無言の時が過ぎる。どうすれば良いんだろうか……。いつもなら向こうから勝手に話しかけてくるのに今日はだんまりだ。そう思って暫く待っていると扉がノックされてクレーフ家のメイドがやってきた。どうやらお茶を淹れてくれるらしい。


「どうぞ」


「ありがとう」


 メイドさんが俺とルトガーにお茶を出して下がる。ルトガーに勧められたのでお茶を飲んでみて驚いた。


「まぁ!このお茶……、とってもおいしいですね」


 ルトガーのことだから銘柄なんて関係なくてお茶もいい加減なものかと思ったけどそうじゃなかったようだ。あるいはこれも他の人が気を利かせてくれているだけでルトガーが選んでいるわけではないのだろうか。


 この世界のお茶と言えばほとんどが緑茶や中国茶のようなものばかりだ。紅茶はまだ発明されていないのか、貿易の理由上この辺りには流通していないのか、それは俺にはわからない。


 実際に地球でもヨーロッパにお茶が輸入されたのは1600年代以降になってからのことだ。当時東洋貿易を取り仕切っていたオランダが日本の茶の湯に触れて影響を受けてお茶をヨーロッパに持ち込む。それ以来日本のお茶や中国のお茶が東洋貿易の貿易品としてヨーロッパに持ち込まれることになる。


 やがて英蘭戦争を経て中国等、東洋貿易の中心はイギリスに代わり、さらにイギリスがインドにおいてアッサム種を発見。やがてインドで効率的な紅茶の栽培が行なわれて徐々に中国茶からインドの紅茶へと主要品目は移り変わっていく。


 この世界においては何故かまだ存在するはずのない米や大豆といった東アジア中心の作物がすでに存在している。ただしそれも極一部の地域に限られるようでプロイス王国全土ではまったく無名のものだ。もしかしてこのお茶も出所は同じなのかもしれない。


「田舎娘でもお茶の味くらいはわかるらしいな。これは俺も気に入っている」


「なるほど。ルトガー殿下のお気に入りですか」


 こいつはいちいちそんなことを言わなければもう少し女の子にもモテるだろうに、何故そう余計なことを言うのか。別にルトガーがモテようがモテなかろうがどうでも良いけど言われる身としてはストレスが半端ない。


 俺様殿下の相手をするのは疲れる。いちいち余計なことを言ってくるからイラッとするし……。黙ってスルーしておけば良いんだろうけど、はっきり言ってお茶なら俺の方がお前らより遥かに色々な種類を飲んできたと思ってしまうからイラッと感がすごい。


「それで……、俺に聞きたいこととは何だ?」


 お?ようやく本題に入れそうだな。折角ここまで俺様殿下の相手を我慢しながらしてきたんだからせめて聞きたいことくらいは聞いておこう。


「ルトガー殿下はバイエン公爵家のヘレーネ様は御存知でしょうか?」


 俺の言葉にルトガーの眉がピクリと動いた。あからさまにみるみる不機嫌な顔になっていく。


「ああ、名前はよく知ってるさ!俺達の間ではルートヴィヒ殿下の結婚相手まず間違いなしと言われていたご令嬢だからな!それがどうした!」


 何も怒鳴ることはないだろうに……。何故ヘレーネの名前を出したら突然不機嫌になりだしたんだ?ルートヴィヒが出て来たから?……もしかしてルトガーはルートヴィヒのことが……!


 なわけないかぁ~。むしろこの場合はもしかしてルトガーはヘレーネのことを?ルートヴィヒ殿下の結婚相手第一候補と思われていたという話をすると急に不機嫌になったということは、やっぱりルトガーもヘレーネのことが好きだったから……。そう考えると辻褄が合うな。


 ルートヴィヒは裏でヘレーネと繋がっており二人は将来結婚する約束をしている。ルトガーもヘレーネのことが好きだから家臣としてはルートヴィヒの応援をしなければならないけど心としてはヘレーネを奪われたくない。そう考えると自然だ。ならばやっぱりルートヴィヒとヘレーネは今でも裏で繋がっている可能性が高い。


 俺はルートヴィヒとヘレーネが結婚するためにそれまでの風除けの肉壁としてダミーの婚約者に仕立て上げられている。それなら今まで俺にヘレーネについてのこと等を一切秘密にしていたことも納得がいく。


「ルートヴィヒ殿下とヘレーネ様は今でも親しいのでしょうか?」


「あぁ!?そんなの知るかよ!ただ俺が知る限りでは最初に許婚候補になってルートヴィヒ殿下がバイエン公爵家を訪ねた時に会ったことしか知らない。それ以来会っているという話も聞いたことがないし実際に会っているところを見たこともない」


 なるほどなるほど……。ルトガーにも秘密にしているということか?でもそれだとルトガーがヘレーネのことを好きなのにルートヴィヒとのことでモヤモヤしているという理由がおかしくなる。ルトガーも実は裏でこっそりルートヴィヒとヘレーネが繋がっていることを知っている?だから内心では面白くないのか?


「それでは……」


 この後も俺は不機嫌なルトガー相手に何とか情報を引き出そうと色々と聞いてみた。一応ルトガーは答えてくれているけどどうにも内容ははっきりしない。結局ルートヴィヒとヘレーネの関係について確証は得られないまま時間だけが過ぎて今日は帰ることにしたのだった。




  ~~~~~~~




 家に帰ったルトガーはいつもはないはずの馬車が停まっているのに気付いてそちらを覗いてみた。その馬車に刻まれている紋章を見てすぐに玄関口に走る。


「おい!カーザース家の馬車が停まっているぞ!あの田舎娘が来ているのか?」


「はっ……、現在フローラ様がおいでになられておりますが……」


 ルトガーはそれだけ聞くと急いで歩き出した。ドスドスと足音を立てて歩く様は公爵家の子息には相応しくないがそんなことなど気にならない。そして途中まで歩いてから気付いた。


「おい、田舎娘はどの部屋にいるんだ?」


 クレーフ公爵邸は相当な広さがある。応接室なのか、父の執務室なのか、客室なのか、色々なパターンが考えられるので何の用で来たのかわからないルトガーにはどの部屋にいるか想像も出来ない。せめて用件がわかっていればそれに合った部屋というものも考えることは出来るが、今日フローラが訪ねてくるなどという予定は聞いていない。


「旦那様が居間にお通しするようにと……」


「そうか。居間か」


 何故居間なんかに通しているのかはわからない。しかしそんなことはどうでも良い。居る場所がわかればあとはそこへ向かうだけだ。再びルトガーはドスドスと足音をさせながら急いで居間へと向かったのだった。




  =======




 父と話をしていたフローラを自室へと連れて行く。自室を褒められてドキドキした。ルトガーはセンスを磨くために内装なども自分でコーディネートしている。フローラに部屋を褒められて幸福の絶頂にまで舞い上がっているルトガーはお茶も褒められてさらに絶頂を越えて天まで昇るかのような気持ちだった。


 しかしそれも一瞬で冷める。長い金髪をフワリと靡かせながら薄いブルーの瞳に見詰められながら、その可憐な唇から出て来た言葉に思わず激昂した。


「ルトガー殿下はバイエン公爵家のヘレーネ様は御存知でしょうか?」


 その言葉を聞いて一気に頭に血が昇る。当然名前は知っている。顔は思い出せない。ルートヴィヒ殿下の許婚候補筆頭だった女だ。フローラの口からその女の名前が出てくるということは、つまりルートヴィヒ殿下についての質問をしているのだ。


 ヘレーネが気になるということはルートヴィヒ殿下のことが気になっているからだということは鈍いルトガーにでもわかる。


 何のことはない。結局フローラがここへやってきたのはルートヴィヒ殿下のためだ。自分に会いに来てくれたわけではない。そう突きつけられたようでルトガーの機嫌は一気に最悪なレベルにまで悪化した。


 それでもルートヴィヒとヘレーネのことを聞いてくるフローラと、少しでも言葉を交わせるだけでも良いとルトガーは質問に答え続けたのだった。




  =======




 暫くルートヴィヒとヘレーネのことを聞かれたルトガーはイライラが収まらなかったがフローラが帰るというので玄関まで見送りに出ることにした。もしこの相手がフローラでなければルトガーはもうとっくに『一人で勝手に帰れ』と言っていたことだろう。それでも玄関まで見送りに出るというのはそれだけフローラが特別だということに他ならない。


「それではルトガー殿下、本日はありがとうございました。御機嫌よう」


「あぁ……、あっ!そうだ。そう言えばルートヴィヒ殿下が……」


 馬車に乗り込もうとしていたフローラに、ルトガーはふと思い出したことを伝えようとした。


「え?」


 それを聞いて振り返りバランスを崩したフローラが足を踏み外し……。


「「あぶない!」」


 ヘルムートとルトガーが同時に手を差し出す。低い昇降台とはいえ落ちれば大怪我をすることもある。二人は落ちてくるフローラを受け止めようと必死で昇降台に向かって手を伸ばしていた。


(ヘルムート!このやろう!どけ!フローラを助けるのは俺だ!)


(いいえ、どきません。フローラお嬢様をお助けするのは私の役目です!)


 二人はお互いに目と目だけで語り合いながらも昇降台から落ちようとしているフローラに駆け寄る。しかし……。


「……あら?ルトガー殿下とヘルムートは何をしているのですか?」


 ピタリと、まるで魔法のように完全にバランスを崩していた姿勢から片足で止まり持ち直したフローラは昇降台から落下することはなかった。そしてフローラに向かって駆け寄り手を伸ばしていた二人は今度は昇降台に追突してフローラを落としてしまわないように無理やり方向転換した。


 その結果ヘルムートとルトガーはお互いに抱き合う形になりぴったりと止まっていたのだった。


「ふふっ、私の知らない間に二人も仲良くなっていたのですね」


 ふわりと笑うフローラを前に『違う』とも言えない二人は曖昧に笑いながらお互いに相手をにらみ合っていたのだった。


 その後結局有耶無耶になったままフローラは帰って行った。その帰りの馬車を見送りながらルトガーはポツリと溢す。


「あぁ……、結局言いそびれてしまったな。まぁいいか。どうせ大した情報じゃないだろう。ルートヴィヒ殿下が昔一度会っただけのヘレーネのことを『恐ろしい』と言っていたなんてな」


 ルトガーの言葉は誰にも聞かれることなく夕焼けの空に消えていったのだった。



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