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第八話「ついに婚約話が来た!」


 ビュンッという鋭い風切り音を連れて斬撃が俺に迫る。まともに受ければ体重と腕力の差で弾き飛ばされるとわかっている俺は受けた剣で斬撃を滑らせて往なす。


「火よ、我が敵を穿て」


「――ッ!」


 俺がエーリヒの攻撃を受けている間に左に周りこんでいたクリストフが火の矢のような魔法を飛ばしてくる。この世界では例えばファイヤーボールだのファイヤーアローだのという魔法名のようなものはない。いや、名前はあるのかもしれないけどその名前を叫んで魔法を発動する必要はないというべきか。


 二言、三言の簡単な詠唱で無数の炎を矢の形にして飛ばしてくるクリストフの魔法に対抗して俺も同じ数の火の矢で迎撃する。俺の場合は魔法術式を思い描き魔力を流せば詠唱の必要なく魔法を発動出来るのでクリストフの魔法よりも若干早く撃つことが出来る。そのお陰で辛うじて迎撃出来たと思ったけど甘かった。


「氷よ、敵を刺し貫け」


「――!?」


 火の矢に火の矢で迎撃していたのに中に一つだけ氷の矢が混ざっていやがった。当然火の矢では氷の矢は打ち消せず俺の迎撃網を抜けて迫ってくる。


 流石はクリストフだ。性格に難があるとはいってもプロイス王国一の王宮魔法使いと呼ばれただけのことはある。同時にまったく逆とも呼べる属性の魔法を使えるなんて奴は恐らく探してもそうそういないだろう。迎撃に失敗した俺は飛んでくる氷の矢をかわすために上体を逸らした。


「隙だらけだぞ」


「くぅっ!」


 上体を逸らして体勢が不安定になった俺に向かって父が剣を振り下ろしてくる。エーリヒよりもさらに鋭い斬撃である父の剣をこの体勢で受けることは絶対に出来ない。逸らした上体をさらに無理やり後ろに寝かせて三回のバク転で距離を取った。


「安心するのはまだ早いですよ」


 俺の回転の勢いが止まった所でエーリヒがさらに追撃してくる。父とエーリヒの剣にクリストフの魔法まで相手にして俺一人で戦えというのが無理な話だ。


 いくら俺があれから三年も剣の修行に明け暮れて八歳になったとは言ってもこの三人を同時に相手にして勝てるどころか、そもそも勝負になるはずもない。


「ふふっ」


 それなのに俺の口から笑いが漏れた。俺だってタダでやられてやるつもりはない。勝てないからと諦めるくらいなら最初からやらない方がまだマシだ。魔法を習って五年、剣を習って三年も経っているのだからただ泣き言を言うだけじゃなくてそれなりの成果を見せなければならない。


「なっ!?」


 追撃してきたエーリヒの剣を再び往なして逆に胴に打ち込む。不安定な体勢からでも剣を往なされるとは思っていなかったエーリヒの胴はがら空きだ。


「そう簡単にはゆかんぞ」


「つぅっ!!!」


 だけどその言葉通り簡単じゃなかった。父が俺の剣を受け止めてエーリヒを庇う。俺の剣が一本しかないのに比べて向こうは二人掛かりで剣が二本。さらに戦闘中にも自由自在に魔法を使いこなせるようになるための訓練だと言われてクリストフから魔法攻撃がバンバン飛んでくる。


 思い切り受けられて弾かれた俺の剣はエーリヒに届くことはなく、逆に俺の手を痺れさせて一瞬まともに動けなくされてしまった。


「ここだ!」


 手が痺れている俺にエーリヒが剣をなぎ払う。振り下ろしならばフットワークでかわす手もあったかもしれないけどなぎ払われては距離を取る以外にかわす方法がない。


 躊躇わず剣を捨てた俺は剣を置き去りにして父とエーリヒから距離を取る。二人と離れた俺にクリストフが魔法を放とうと詠唱しているけど気にせず魔法が届く前に俺も魔法を使う。


 地面に手を置き発動した俺の魔法に応えて土が盛り上がり槍の形になった。剣を捨てて丸腰になったまま三人と戦うなんて不可能だ。以前は父に剣は最後の護身の方法だから手放すなって怒られたけど今の俺には土さえあれば武器を作り出せる魔法がある。これは相手の虚を突く手段にもなるから戦法の一つとしてありだろう。


 俺用に造られた比較的小型軽量の剣とはいっても八歳の子供が振り回すには十分重い。俺が作り出した土の槍は強度的には鉄の剣に劣るだろうけど軽さと取り回しのしやすさ、そしてなによりリーチの差がある。


 同じ剣を装備していれば体格の劣る子供である俺の方がリーチが短く不利だったけど俺の自由自在にカスタマイズ出来る土の槍ならばリーチを覆せるってわけだ。


「水よ、我が敵を穿て」


 クリストフの魔法が発動する。俺は土の槍を作った時に仕掛けておいたもう一つの魔法を発動した。


「おおっ!馬鹿な!」


 クリストフの驚きの声が向こう側から聞こえた。俺が発動させたのは土を盛り上げて壁にする魔法。特に名前があるわけじゃないけどイメージをわかりやすく伝えるならば土の壁とかアースウォールとかサンドウォールとかになるんだろうか。若干ニュアンスが違うけどそう聞けば大半の人がイメージするようなもので大体合っている。


「はぁっ!」


「うっ……」


 俺が剣を手放していたから武器はないと思っていたエーリヒは土の槍の石突で腹を突かれて動きが止まった。これで一本だけど俺も一本取られている。


「……参りました」


「うむ。今日はこれで終わりだ。体を冷やさぬようにな」


「はい……、ありがとうございました」


 エーリヒを突いた俺は父に肩を斬られていた。滅茶苦茶痛い。刃は潰してあるとは言っても何の遠慮もなしに鉄製の剣で思い切り肩を叩かれて左腕が上がらない。


 父はエーリヒを囮に俺の攻撃を誘ってエーリヒが俺に討ち取られる代わりに俺を討ち取る作戦に出た。結果はご覧の通り父の思惑通り俺はエーリヒを討ち取った代わりに父に討ち取られ負けだ。向こうはまだ二人も残っているんだからこれが戦場なら俺は一人と相打ちで討ち死にということになる。


 クリストフとエーリヒにも挨拶をしてその場を離れた俺は自室に行って汗を拭きながら着替える。鏡に写る俺の体は無数の痣だらけだった。そりゃそうだ。しょっちゅう先ほどみたいに三人と剣と魔法で実戦訓練繰り返して寸止めもなくモロに殴られていれば痣くらい出来る。


 ドレスに着替えながらふと思う。何かおかしくないか?俺はこれでも高位貴族である辺境伯家の唯一のご令嬢じゃなかったかな?貴族のご令嬢の生活ってこんなのだっけ?あれ?俺がおかしいのか?これが普通なのか?


 貴族のご令嬢っていったらもっとこう……、お花を育てたり、お茶会をしたり、優雅に本を読んだり、詩を詠んだり、楽器を奏でたり、そういうものじゃなかったかな?これは俺の勝手なイメージなのか?


 まぁ大貴族であるアルベルト辺境伯ともあろう者が娘に変な教育をするはずもない。父がこんな教育を施していて母も何も言わないということはこれで良いのだろう。そう理解した俺は着替えを済ませると母の下へと向かったのだった。




  =======




 父に呼び出された俺が挨拶をして執務室に入ると父以外は誰もいなかった。普段は誰かしらいるこの部屋で父と俺の二人っきりになる時というのは大体碌なことがない。今日の呼び出しもどうせ碌な用件じゃないだろうなとは思いながらも黙って父の言葉を待つ。


「フローラ、お前も八歳だ。侯爵や辺境伯家の娘ともなればとっくに婚約していてもおかしくない年齢だということはわかるな?」


「……はい」


 はいわかりません。この世界の貴族階級がどれくらいの年で婚約したり結婚したりするのかなんてまったく知らない。そもそも教えられてもいない。普通の家なら親が勝手に『お前婚約したから』とか事後承諾で伝えてくるだけなんじゃないだろうか。家長に逆らえる社会じゃないから家長が親族の結婚や婚約を決めれば基本的に本人に拒否する権利はない。


「当然これまでお前にも数多くの婚約話がきていた。全て私が断っていたがどうしても断れない話がきたので伝えておく」


 あぁ、どうやらこれはもう婚約決定ということらしい。しかもプロイス王国の権力者の一角である父が断れないというのは相当にややこしい話なのだろう。辺境伯家が断れないということは相手の方が地位が高いか同格、つまり王家、公爵家、侯爵家か他の辺境伯家という可能性が高い。


 もしくは政治的な話の可能性もある。相手の家格が辺境伯家よりも下だったとしても爵位ではなく官位が高いとか重要なポストについているという可能性。それか派閥間の問題で他派閥との関係改善のために婚姻関係を結ぶという可能性もあるだろう。


 何にしろ父がこういうということは俺には断る術はなく、父にも断れないということはもうほぼ決定と思っておくしかない。可愛い女の子達とキャッキャウフフ出来るならと思っていずれ男と結婚させられるのも我慢出来るかと思ってたけど、まだ一回も女の子達とキャッキャウフフ出来ていないのにもう婚約の話とかされても何か萎える。


「相手はルートヴィヒ・フォン・プロイス第三王子だ。我が家から王家の婚約話を断ることなど出来ない」


「はい」


 なるほど。確かに王族の婚約を断るなど失礼にあたるだろう。何より普通なら名誉なはずの王家との婚姻なのに何と言って断るというのか。


 お前なんかにうちの娘がやれるか!なんて言えるはずもなければ、うちの娘では貴方様には釣り合いませんので……、と言った所でそれでは王家の見る目がないということかという話になってしまう。王家から婚姻の話が来た時点で家臣の側から断る術がないのは当然だろう。


 もちろんだからと言って王家が好き勝手に家臣の娘達を娶れるかと言えばそんなことはない。下手な家と婚姻関係を結べば政争の火種になりかねない。婚姻関係というのは家と家とを結びつけるためのものなんだから利益のない相手と結婚するわけにもいかないし相手も慎重に選ばざるを得ないだろう。


 それから考えれば辺境伯家から嫁を取るというのは納得出来る話だ。もちろん派閥争いはあるだろうから一概には言えないけど、国防の観点から考えれば国境を守護する強大な辺境伯家と婚姻関係を結んで国家安泰を図るのは当然だろう。問題なのはそこに派閥とかが絡んだ場合だ。


 俺はプロイス王国の政争や派閥争いについてはよく知らない。表舞台にも出ていない俺がそんなことを知らされていないのはある意味当然だろう。カーザース辺境伯家が王家の縁戚となることで敵対派閥の者達には脅威になる。そうなれば敵対派閥はますます態度が強硬になるだろう。


 王家としては貴族同士の派閥争いをあまり激化させても、片方だけに肩入れしすぎてもいけない。そのためにカーザース辺境伯家と婚姻を結ぶのを第三王子という微妙な立場の者にしたのだろう。第三王子なら王位継承して王になる可能性も低い、かもしれない。


 王家や敵対派閥や第三王子についてほとんど何も知らない俺では全ては想像でしかないけど、この婚約話が断れないものだということだけはわかった。


「ただし……、相手が断ってくるのであれば話は別だ。ルートヴィヒ第三王子はこれまでも幾度となく婚約話が持ち上がっては有耶無耶になっている。やっぱり断ると向こうから言ってきてもお前だけが断られたわけではないということだ。わかるな?」


 ん?どういうことだ?第三王子はこれまでも婚約話を何度も蹴っている。これは事実として話している。そして俺と婚約が成立しなくても誰も咎めないと暗に言われている。それはそうだ。何度も婚約話を蹴っている王子が俺との婚約を蹴っても周囲は『またか』と思うだけでそこで俺に問題があったからだとは思わないだろう。


 あっ!そうか!つまり父は俺に第三王子との婚約がうまくいかないように向こうから断られるようにもっていけと言っているんだな。それで婚約が不成立だったとしてもカーザース辺境伯家には瑕疵がないと主張出来るというわけだ。


「わかりました父上。お任せください」


 俺は父に頭を下げて了解したことを伝える。そのルートヴィヒ第三王子とやらと婚約したら多分困るんだろう。だから俺に婚約話が破談となるように持って行けと命令したに違いない。貴族特有の言い回しではっきりとは言わないからわかりにくいけどそういうことだろう。


 俺の言葉に満足したらしい父は俺に退室を促したので出て行く。第三王子がどんな奴か知らないから考えようもないけどどうやって破談に持っていこうかと俺は今から作戦を練っていたのだった。




  ~~~~~~~




 クリストフ、エーリヒ、アルベルト三人掛かりでフローラの訓練を終えた後、エーリヒはクリストフに話しかけた。


「本当にフローラ様には驚かさせられますね。まさか三人掛かりでも何とか互角が精一杯とは……」


 エーリヒの言葉にクリストフは白けた目を向けた。


「本当にそう思っているのか?あの者は手加減している。それで今の様だ。わかるか?」


「えっ!?そうなんですか?」


 クリストフの言葉にエーリヒは目を剥いて驚いた。


「フローラは私の魔法の迎撃以外でほとんど魔法を使っていない。開始と同時に我々に魔法を打ち込んでくれば我々は一瞬で消滅しているだろう」


「なるほど……」


 そう言われれば思い当たる節もあった。魔法に限らず剣でもフローラはエーリヒやアルベルトに大怪我を負わさせないように手加減している。プロイス王国にその名を轟かす剣豪エーリヒや幾度となく国境を守り国を救った英雄、武神アルベルト辺境伯が二人掛かりで本気で斬り掛かっているというのに向こうは手加減しているのだ。


 変人ではあるがプロイス王国一とも呼ばれる大魔法使いのクリストフを加えた三人掛かりともなれば一軍にも匹敵する戦力だろう。その三人を相手に手加減してもあれだけ戦えるということは本気になれば一体どれほど強いというのか想像もつかない。


 そもそもエーリヒ一人では最早敵わないからこうして三人掛かりで実戦訓練の相手をしているのだ。自分一人でフローラの相手をすることを想像してエーリヒは体を震わせたのだった。




  =======




 婚約の話を聞かせたフローラが自信満々に出て行ったのを見届けてアルベルトは『ふぅっ』と息を吐いた。アルベルトは娘が怖いと同時に大きな期待も寄せている。


 ひどい父だと思われているかもしれない。自分がフローラにしてきた仕打ちを考えれば恨まれていてもおかしくはないだろう。


 たった三歳の子供の頃から構ってやることもせず、それどころか勉強や習い事だ何だと徹底的に教育してきた。五歳の頃からは剣術までやらせて生傷の絶えない生活をさせている。


 まだ幼い女の子だというのに通常ではあり得ないような教育内容に、他の貴族がこのことを知れば眉を顰めるだろう。


 それでもアルベルトはフローラの教育を間違ったとは思わない。フローラは普通の子供とは違う。天才だなどとは思わない。フローラが身に付けてきたものは全て本人の努力によるものだ。天才だから出来たなどという言葉はフローラの努力を否定する言葉でしかない。


 そんな物分りが良く賢いフローラが第三王子との婚約が難しいことを知ってなお自信満々に引き受けたのだ。もし王位継承最有力と言われている第三王子との婚約が決まれば派閥もカーザース辺境伯家も安泰だろう。


(フローラは聡い子だ。きっと第三王子との婚約を纏める秘策でもあるのだろう)


 幼い頃から非凡な頭の良さを見せ付けてきたフローラの自信がどこから来ているのかはわからない。ただわからないながらもフローラの自信に期待せずにはいられないアルベルトなのだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ドレスと着せ替えとか母親もうしなくなったんかな? 青タン全身にこさえてる娘見てなんとも思わんタイプだったとか? 文章的にはむしろもう既に気に病みまくって死んでそうなタイプだと思ってたけ…
2023/10/23 06:57 退会済み
管理
[一言] パパー!娘さん逆の事考えてるよおお!笑
[良い点] 父親が歳にしてはでき過ぎていて気味が悪いと思ってるとこ [気になる点] 7話まで読みました、ここまで主人公がしてきた教育内容、とくに剣術では疑問と言うか違和感と言うかそう言うものを感じまし…
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