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第七十八話「馬車にて!」


 学園の更衣室で騎士爵の正装に着替えてきていた俺は牧場で停まった馬車から降りる。お供はヘルムートとカタリーナしかいないけど何も問題はないだろう。


「ようこそお越しくださいました、カーン騎士爵様」


 何人かが並んでいる出迎えの中の一人が俺に声をかけてきた。この老齢の人物はエドワードといい、王都に牧場を拓く際にカーザーンから送った管理者の一人だ。もちろんわざわざカーザーンから送っただけあって信用も出来るし相応に能力もある。


「ご苦労様ですエドワード。カーザーンから移って以来ですね。こちらの様子はどうですか?」


「はい……。最近ではカーン家の牧場の真似をする者も徐々に増えて単価そのものは落ちてきております。ですが牧場を拡大し取扱量を増やすことで増収を続けておりますので売り上げは増えております」


 売れるとわかったら後から参入してくる業者が出てくることは想定済みだ。言葉は悪いけど単価が下がっている分、大規模牧場による薄利多売でなんとかまわしているというのが正直な所だろうか。


 確かに利益は前よりも上がっているけど生産、販売量はそれ以上に増えている。結果、収益率が悪いから他の業者も中々参入出来ず急激な値崩れは抑えられている感じだ。もしどこかが大規模に参入して一気に値崩れが起きればうちはともかく零細企業や家族経営の所はまず潰れるだろう。


 それに比べて甜菜糖の生産量増加と値崩れは著しい。生き物を扱う牧場と違って農産物であるテンサイは世話にそれほど手がかからない。もともと家畜の飼料として栽培されていたものを搾って砂糖を取ってから飼料にすれば良いだけだからロスもほとんどない。家畜の言葉はわからないけど精々食わさせられる家畜達が搾りカスになって美味しくなくなったとかそういう程度の問題くらいだろうか。


 もともといずれ甜菜糖の作り方も流出して真似されるだろうとは思っていたからそれ自体は構わない。逆に隠す必要がなくなったのでこの牧場用の飼料にテンサイを栽培して王都でも甜菜糖を作りつつ家畜の飼料にしているくらいだ。


 だけどどこから甜菜糖の作り方が漏れたのだろうか。やっぱり一番考えられるのは甜菜糖工場の労働者だろうな……。


 甜菜糖工場の労働者についてはそれほど厳しいチェックはしていなかった。そもそもカーン騎士爵領は開拓時からしっかり戸籍を作り管理しているけどカーザース領ですら戸籍はあやふやだ。そんな中できっちりした労働者だけ選ぶというのも簡単なことではない。


 さらに急激に拡大して生産量が多くなり大量の人手が必要になったことも原因の一つだろう。甘いチェックで入り込めた者も居ただろうし、最初は情報を流出させるつもりはなかった元労働者も仕事を辞めてから甜菜糖工場での仕事内容を他所に売った者もいると思われる。


 そうして様々なルートから色々な所へ情報が流れていき真似されたのだと思うけど、むしろ俺の感覚からすると随分ともった方だと思う。予想ではもっと早くに真似されて値崩れが起きると思っていたから随分と助かった。


 板ガラスや白磁などの生産拠点や製造工場では厳格な審査がされているから労働者から情報が漏れるリスクは相当低くなっている。同じく新型船の造船所や各研究所も出入り出来る人間を制限しているので情報管理は徹底されているはずだ。それでも漏れたらどこかに内通者がいるということになる。


「想定通り……、いえ、想定よりもまだ値崩れしていないくらいなのですから当家としては喜ぶべきことなのかもしれませんね」


 エドワードに答えながら並んで出迎えてくれていた者達に応える。そしてその中の一人、ソワソワしてる女の子!君!まだ早い!あとでじっくりお話する時間は作るからまずは落ち着こうか?


「それではまずはこちらから……」


 エドワードに案内されながら王都の牧場を視察する。ここを作ってからもうかなり経つというのに視察するのは初めてだ。そもそも牧場なんてどこも大差ないからカーザーンで拓いている牧場と大して違いがない。


 そう思っていたけど……。


「これは……、すごいですね……」


 ある建物を案内されて俺の考えは180度変わった。ここはまたカーザーンの牧場とはまったく違う。家畜の世話や牛舎に違いはない。違うのは乳製品の製造工場だ。


「カーン騎士爵様が各牧場の裁量に任せてくださっておるのでこちらはこちらで独自の研究を行なっております」


 報告書や言葉の上では知っていた。最初に拓いたカーザーンの牧場、次に拓いた王都の牧場、そして現在開拓されているカーン領カーンブルクの牧場。それらは全て似ているようで全て違う。乳製品の研究、開発のためにそれぞれが独自の研究を重ねて商品開発に取り組んでいる。


 もちろん失敗や成功の情報は共有されている。だけどただ他所が開発した方法や失敗した方法を知識として知るだけではなく各牧場が独自に研究することで、まったく違った発想による研究、開発を促進している。


 最近の例だとチーズの改良もそうだ。各牧場が様々な方法を試して改良を試みてきた。他所が失敗して諦めた方法も他の牧場が再び独自に改良を加えて再研究したり、成功や失敗が他所でも共有されつつ独自性も保たれて研究された。


 その結果ようやくあまり臭くないチーズが出来たわけだけど完成したのは一種類じゃない。俺もそんなにチーズに詳しいわけじゃないけど一口にチーズと言っても様々な種類がある。モッツァレラチーズ、カマンベールチーズ、ブルーチーズ、チェダーチーズ。地球でも臭いものからそうでもないものまで様々だ。


 俺の牧場でも各牧場がそれぞれに研究を重ねた結果様々な種類のチーズが完成している。風味や食感がそれぞれ違うので用途によって使い分けるのも良いだろう。それらは各牧場が情報を共有しつつ独自に研究を重ねたことで完成したものだ。


 他にもバターや生クリームの作り方なども独自に研究されているから牧場によって作り方が違ったりする。遠心分離機も教えはしたけど電気と機械化がなされていないこの環境ではあまり効率的な方法ではない。人力で手で回さなければならないくらいなら別の方法を考えた方が効率的な場合もあるというわけだ。


 エドワード達に案内されながら中々有意義な視察が出来た。結構な時間、視察に回ったのでそろそろ良い時間だ。エドワード達には礼を言って視察を終える。と同時に終始ソワソワしていた女の子だけ別に呼び出す。理由なんて何でも良いからカタリーナに呼んでもらって馬車で待っているとルイーザがやってきた。


「もうフロト!遅いよ!今日はお話出来ないかと思ったじゃない」


「あぁ、それはごめん。視察もちゃんとしないとね?」


 ルイーザと話せるというのも期待してはいたけど俺だって遊びに来たわけじゃない。ちゃんと仕事はしなければ領主や経営者として失格だ。


「それはわかってるけど……。実は女の子で、カーザース辺境伯様の娘で、騎士様で、牧場の経営者様で、どれだけ嘘ついてたの?」


「ぅ……、別に嘘はそんなについてないと思うけど?あの時はまだ騎士に叙爵されてなかったから騎士見習いもあながち間違いじゃないし、経営者じゃないとも言ってないし、そもそも男装はしてたけど男だって言ったっけ?」


 そう。俺は極力『本当のことは言っていない』状態だったけど『嘘をついて誤魔化した』ということはあまりないはずだ。もちろん多少はあると思う。でもそんなに今言われたみたいに何でもかんでも嘘をついていたわけじゃない。あくまで本当のことを言わなかっただけだ。


「それはそうかもしれないけど……。何かそれって納得いかないっていうか……」


 まぁルイーザの言い分もわかる。はっきり嘘は言っていなくてもわざと誤解するように言葉を濁していたのならそれは騙されたと思われても仕方が無い。


「ルイーザが騙されたと思う気持ちはわかります。それについては謝罪しましょう。ですが私にも一応それなりに理由や事情はあったのです。ごめんなさい」


「あっ!待って!別に責めてるわけじゃないから……」


 少しだけ重苦しく他人行儀な雰囲気になってしまった。お互いある程度は大人になって相手の事情や気持ちも考えられるようになっている。ただそれは同時に何か見えない壁があるかのような距離も感じてしまう。物分りが良い、というのは言い換えれば本音でぶつかり合えなくなったとも言えるのかもしれない。


 やっぱりまだ俺とルイーザの間はギクシャクしているのだろう。カタリーナの時とは違う。カタリーナとは別に喧嘩別れしたわけでもない。俺の方はそれなりにショックを受けたけど、カタリーナとしては俺に仕えられるだけのものを身に付けてこようという前向きな気持ちがあって俺から離れたわけで、そこにマイナスの感情があったわけじゃない。


 それに比べてルイーザとの別れはまるで喧嘩別れしたかのような行き違いがあった。それから何年もお互いにそのことについてしこりが残っていたから今もまだ前のように接することが出来ないのだろう。こんな時どうすれば良いのかわからない。


 前世から四十年以上も生きているくせに、人生経験が皆無とすら言えるような人生しか送って来なかった俺はこんな時どうすれば良いのかまったくわからない。


「フローラ様が女性だったからと怒る意味がわかりませんね。フロトを好きだったのならばフローラ様であろうとフロト様であろうとどちらも同じでしょうに」


「カタリーナ?」


 それまで黙って聞いていたカタリーナが珍しく横から口を挟んできた。いつもなら俺が人と話している時に話しに割って入ってくるようなことなんてないのに本当に珍しい。


「そっ、そんなことじゃないもん!確かにフロトが女の子だってわかった時は驚いたけど綺麗な子だなって思っただけだもん!」


「じゃあ何ですか?前に言われていたように隣にルートヴィヒ殿下がおられたからですか?フローラ様の横にルートヴィヒ殿下が居たからと言って貴女がフローラ様に暴言を吐いて良いことにはなりませんよ?」


 おいおい!?カタリーナは一体どうしたんだ?いつもは控えめでこんなことはないのに今日はやけにルイーザに辛口だな……。


「なっ!貴女にそんなこと言われる筋合いはないでしょ!これはフロトと私の問題よ!」


「いいえ、違います。貴女のせいでフローラ様は大変心を痛められたのです。フローラ様はお優しいので先日の謝罪で許していただけたようですが本来であれば到底許されるようなことではありませんよ」


 何でカタリーナがそこまで言うんですかね?何か怖い……。何この空間……。俺はただ久しぶりにルイーザとゆっくり語り合えたらと思っただけだったのに何なんですかね?この展開は?


「――ッ!それは……」


 とうとうルイーザは黙り込んでしまった。


「ルイーザ、気にすることはありませんよ。本当にあれは私が悪かったのです。ですからルイーザが謝る必要も気に病む必要もありません」


「フロト……」


 俺が声をかけるとウルウルと潤んだ瞳で俺を見詰めていた。これで何とか落ち着くかと思ったのに……。


「ルイーザさん……、貴女はフローラ様のことをどう思っているのですか?どうしたいのですか?ただ自分の勝手な理想を押し付けるだけですか?」


 カタリーナがさらにルイーザに畳み掛ける。今日のカタリーナは一体どうしたというのだろうか。今の状態のルイーザに追い討ちをかけるかのようなこの態度はいつものカタリーナらしくない気がする。


「私は……、私はフロトが好き!例えフローラ様だったとしてもその気持ちに変わりはないわ!カタリーナと言ったわね!貴女こそ何なの?ただのメイドがフロトのことに口出しするなんてでしゃばりすぎじゃないの!?」


「私は昔からフローラ様のことをお慕い申し上げております。それが例えフローラ様が女性であろうともフロト様が男性であったとしても関係ありません。私の気持ちはその程度のことで揺れたりはしません。その程度で揺らぐなど貴女の気持ちは所詮その程度のものだったのではありませんか?」


 え?え?何?何の話?何か今さらっと重要な話をしていないか?


「何も知らないくせに勝手なこと言わないで!私だってフロトのことが好きよ!いいえ、愛しているわ!フローラが女性であろうともその気持ちに変わりなんてないから!」


「では何をそのように恐れているのですか?女性であるフローラ様を女性であるルイーザさんが愛していると知られたら避けられると思って恐れているのですか?」


 それまでまるで問い詰めるかのような口調だったカタリーナの声は、急に優しく諭すような声に変わっていた。


「私は……、別に……」


「いえ、自覚があるのでしょう?昔のようにフロト様と語り合えない自分に気付いているはずです。ですがそれはますますフロト様を傷つけるだけです。貴女の自分勝手や保身のためにこれ以上フロト様を傷つけるのはやめてください。心配せずともフロト様は全て受け止めてくださいます」


 え?俺?何?カタリーナが柔らかい笑顔で俺の方を見ているけど正直付いていけていない。何だって?ルイーザもカタリーナも俺が女であるとわかった上で俺のことが好きってことでいいのか?それはどういう意味で?百合百合的な意味で?


「フロト……、あのね……」


 俺の理解はまだ追いついていないというのに潤んだ瞳で俺を見詰めるルイーザの視線に釘付けにされたまま身動きも取れなくなったのだった。



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2023/10/25 06:34 退会済み
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