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第七十六話「これってイジメ?」


 各クラスで先生の挨拶が終わると今日は解散となる。入学式の日にいきなり何かあるということはない。外で待ってくれていたカタリーナと連れ立って帰ろうとしていると学園の庭で話しかけられた。


「フローラ!終わったのかい?これから僕と少しお茶でもどうかな?」


「ルートヴィヒ殿下……」


 お前の相手はヘレーネだろうが!こんな場所で俺に声をかけている暇があったらヘレーネと密会でもしてろ!


 ……いや、こんな場所だからだろうけどね!


 本当はヘレーネと約束でもしてるのかもしれないけど、俺はダミーの壁役なんだから公衆の面前でこうして俺に話しかけておき実際にはヘレーネとこっそり会う。そうすることで周囲のヘイトは俺に溜まり愛しいヘレーネとは裏で自由に会えるというわけだ。


 なのでここは言葉通り受け取ってはいけない。ここで俺が『それではご一緒させていただきます』なんて答えようものならばルートヴィヒは『これからヘレーネと会うのにダミーに声をかけたら本当にノコノコついてきやがった!』とか思われるというわけだ。


「ルートヴィヒ殿下にはこの後会うべき方がおられるでしょう?私などに構っておられる時間はないはずです。周囲に『振り』を見せるのも重要だということは理解しておりますので、私にそのような言葉をおかけいただく必要はありませんよ」


 どうせ会話の内容なんていちいち聞かれていないんだから適当に談笑しているような振りだけしておけば良い。いくらポーズでもお茶の誘いなんて必要はなく適当に親しく話しているような振りだけで十分だ。


「フローラ?何を言っているんだい?僕が君に会う以上に重要な相手なんているはずはないだろう?この後の予定は何もないよ?」


 あぁ、面倒臭ぇな!貴族のこういう持って回った言葉は面倒臭すぎる!直球ではっきり言った方が面倒も思い違いもなく済むだろうに!


 だけど短気を起こして下手なことをするわけにはいかない。俺が下手を打てばカーン家だけではなくカーザース家にまで迷惑をかけかねない。どうしたものかと考えているとルートヴィヒの後ろにいる騎士と目が合った。


 ルートヴィヒの後ろには五人の騎士がいる。学園の中ではいつも連れ歩いているわけじゃないだろうけどこれから帰るから護衛がやってきたのだろう。護衛のうちの三人は親衛隊だ。坊ちゃん騎士団だから戦力的にはあてにはならない。ただの見せ掛けだけだな。


 あとの二人は近衛師団だ。こちらが本当の護衛だろう。一人は髭もじゃのおっさん。近衛師団長のホルスト。もう一人は知らない顔だな。まるで女性のような綺麗な顔をした若い騎士だ。その綺麗な顔をした若い騎士がずっと俺の方を見ている。


 だけど俺がそちらに視線を送ると慌てて目を逸らす。知り合いか?いや……、近衛師団の訓練に行っていた頃にこんな人はいなかったはずだ。これほど女性のような綺麗な顔をした男がいれば絶対に記憶に残っているはずだろう。それがないということは後から入った人か?


「ルートヴィヒ殿下、少し失礼しますね。……ホルスト師団長お久しぶりです。それでこちらは?」


 俺はルートヴィヒとの会話を適当に切り上げてホルスト師団長とその隣に控える綺麗な顔をした騎士の所へ行って話しかけてみた。ずっと見られているとどうにも気になる。


「あ~……、本日はお日柄も良くフローラ妃殿下におかれましては……」


「……ホルスト師団長?私にそのような挨拶は不要ですよ?」


 この髭もじゃはどうしたんだ?頭がおかしくなったのか?まず俺は妃殿下ではないし近衛師団の訓練の時はもっとラフな話し方だったじゃないか。そもそもかなり無理して変な話し方になっているのがバレバレだ。どうせ取り繕うならせめてもう少しそれらしくした方が良いんじゃないだろうか。


「あ?そうか?じゃあ適当に話させてもらうわ。ほれ、お前も言いたいことがあったんだろう?」


 おい……。いきなり変わり身早すぎだろう……。別に良いんだけど何か釈然としない。そして隣の綺麗な顔の騎士の背中を押すとホルストは離れた。どうやらこの騎士と二人っきりで何か話せということらしい。


「あっ、あのっ!フロト!あの時はごめんなさい!」


 そして綺麗な顔をした騎士はいきなりそう言って謝った。意味がわからない。俺は何故この騎士に謝られているのだろうか。そもそもこの人は誰だろうか?近衛師団で俺のことを知っているということは訓練に参加していた当時に居た人だろうか?


「えっと……、貴方は?どこかでお会いしましたか?」


「えっ!?ぼっ、僕は……。――ッ!」


「あっ……」


 顔を上げて何か言いかけた騎士は泣きそうな顔になって走り去って行った。何だろう。胸がチクリとする。あんな綺麗な顔をした男がいれば絶対に覚えていると思うんだけど……。駄目だ。思い出せない。


 頭をガシガシと掻いているホルストは『あ~あ……』と言いながら彼を見送っていた。ルートヴィヒも俺とその騎士とのやり取りを黙って見ていただけで何も言ってこない。小さな声で話せば聞こえないくらいの距離だけど大声で話したり聞き耳を立てていれば聞こえる。そんな微妙な距離で立っていたルートヴィヒとホルストが再び俺の前にやってきた。


「それじゃ行こうかフローラ」


「えっ……」


 こいつはまだ俺をお茶に誘ってる体だったのか?それはもういいっての……。


「本日はこのあと荷物が届く予定となっておりますので失礼いたします」


 本当に今日到着するかどうかはわからないけどそろそろオリヴァー達が到着してもおかしくない。荷捌きがあるからということで誘いを断ろう。


「そのようなことはフローラがしなくとも家の者がするのではないのか?」


 ルートヴィヒは本当に箱入りのボンボン育ちだな……。それに女のことを何もわかっていない。まぁ俺も女のことは何もわかってないけどね!


「はぁ……、ルートヴィヒ殿下……。女性には色々とあるのですよ?ルトガー殿下を誘いに行って遊んだり出かけたりするのとはわけが違うのです。それに大事な荷というものもあります。私は立場上何でも人に任せていないで自らで出来ることは自らしなくてはなりません」


 これで少しは伝わったかな?男友達同士なら別に急に誘いに行ってそのまま出て行っても問題ないかもしれない。だけど女性はそうはいかない。色々と準備も必要なのに今日いきなり言われてはいそうですかとは答えられるはずもない。


 それに荷捌きを全て人に任せるというのも駄目だろう。荷物を任せられないという意味ではなくて、現代日本の庶民としては自分で出来ることは自分でするというのは当たり前の感覚だ。それにあれはあそこに置きたいとかこれはここに置きたいという自分の希望もある。人にやってもらったらまた手直しをしなければならず二度手間になる。


「そっ、そうか……。それは気付かなかった。それでは明日の午後、学園が終わってからではどうだろう?」


 おい……。お前本当にわかってるのか?今日言ってじゃあ明日とはならないと言ってるんだ……。


「申し訳ありません。明日は視察の予定が入っておりますので……」


 明日本当に視察に行けるかどうかは今日荷物が届くかどうかにかかっているけど予定の上では本当にそうなっている。オリヴァー達はもう着いているはずだったから第一日程として明日牧場の視察を予定に組み込んでいた。


 万が一オリヴァー達が間に合わなければ次の予定に変更になるけどそれをルートヴィヒにわざわざ言う必要はない。


 ならば明後日は、と三度目の正直とばかりに誘ってきたルートヴィヒだったけど俺が二度あることは三度あるとばかりに断ってやったらスゴスゴと帰って行った。普通なら三度誘われて断るというのは失礼にあたるかもしれないけど、どうせ最初から俺はヘレーネへの当て馬でダミーの壁役なんだからこれくらい良いだろう。


 仮に誘いに乗ってお茶に行っても『こいつ本当に来やがったよ』くらいに思われるだけだ。それなら最初から断っておく方が良い。


「それでは帰りましょうか」


「フローラ様……、あのような断り方をしてよろしかったのですか?」


 カタリーナが困ったような顔でそんなことを聞いてくるけど良いだろう。どうせ俺は当て馬だ。ならばこちらも向こうに気を使う必要はない。適当に割り当てられた役をこなしておけば良い。カタリーナには曖昧に笑って誤魔化しながら俺はカーザース邸へと戻ったのだった。




  =======




 カーザース邸に帰ると玄関口には幌馬車が数多く停まっていた。カーン家の鎧を着た兵士達があちこちで忙しそうに働いている。


「フロトお嬢様!このオリヴァー!物資輸送の任果たして参りました!」


「オリヴァー……、ここではフローラです。貴方はいつになったら使い分けが出来るようになるのですか……」


 俺の前にやってきたオリヴァーは跪いて報告してくれるのは良いけど最近では何でも俺のことをフロトと呼ぶようになってしまった。


 そりゃオリヴァーからすれば俺は仕える主であるフロト・フォン・カーンなのかもしれないけど俺の立場は微妙だからきちんと使い分けして欲しい。今ここでは問題ないかもしれないけど、普段からきちんと使い分けが出来ていなければいざという時にも間違えかねない。その辺りの意識はきちんと持って欲しい。


「いえ!これだけは譲れません!俺が任務を頂き報告をするのはフロトお嬢様だけです!この後はフローラお嬢様とお呼びいたしますがこれだけは絶対に変えてはならないことです!」


 なるほど……。そう言われればそうなのか?オリヴァーも何の考えもなしにただ漠然と俺をフロトと呼んでいるわけではないということか。


 確かにカーン家の配下であるオリヴァーが任務を任されるのも報告するのもフロトであるという主張は間違いじゃない。特に兵士なんてものは指揮系統がしっかりしていないと混乱の元になる。


 カーン家の兵士がカーザース家のフローラに命令されたり報告したりするということは、延いてはカーザース家の他の者に対しても遠慮したり命令されたりしかねないということになる。俺がカーザース家の当主でもあるなら別だけどカーザース家で俺より立場が上の者がいる現状では極論すればそういうことだ。


「オリヴァーの言い分もわかりました。一理あることは確かですが他の方に聞かれては面倒になることもありますのでそれだけはくれぐれも十分注意してくださいね」


 一応オリヴァーなりの筋というものがあるのは理解したけど他所の人間に聞かれたりしたら面倒事になりかねない。そこだけは注意してから部屋へと向かう。


 部屋に向かうと案の定勝手に荷物が運び込まれて荷捌きされていた。室内の配置にもセンスというものがあるからそういったことが得意な者に任せた方が良いのかもしれない。だけど現代日本人的な感覚を持つ俺からすると俺が住む部屋なんだから俺の思うようにしたいと思う。そこでさっそくあれこれ指示を出して変更してもらう。


「姿見はこちらに置いてください。椅子とテーブルはこちらに……」


 タンスの中の衣類の分類等は俺の着替えを担当するカタリーナやイザベラが考えれば良い。本人達が探しやすくて選びやすいようにすれば良いけど部屋のレイアウトは俺の好きにさせてもらいたい。


 ルートヴィヒの誘いは断っておいてよかった。もし勝手に部屋の配置を決められていたらまた後でやり直すのも面倒だしそのままになる所だった。今なら俺の思うように配置出来るから今日はこれだけで一日が終わりそうだ。




  =======




 入学式の翌日、今日から学園の授業が始まる。混雑を回避するために早朝に家を出たら学園はまだほとんど誰も来ていなかった。始業までまだ結構時間があるとは言ってもこれだけ少ないと逆に俺の方が驚く。日本なら学校でも会社でもこれくらい前の時間ならそれなりに人がいたはずなのにこちらの世界は呑気というか何というか。


 窓から玄関口を眺めていると次第に混雑が始まっていた。なるほど。これくらいの時間になると混み出すのか。やっぱり今日くらいの時間で丁度良さそうだな。あまり遅いと渋滞に巻き込まれて無駄に外で待たされる羽目になりそうだ。


「なっ!何で貴女がもう居るのよ!」


「え?あぁ、御機嫌よう」


 教室に誰か入ってきたと思ったら昨日俺に絡んできた娘達だった。その手には……、器?何か液体の入った器を持っている。俺が来てからかなり時間が経っているけどようやくやって来た二人目以降が今頃とは随分遅い。


 俺の挨拶に答えることなく器を持っている一人がスタスタと俺の席へと歩いていき……、液体を俺の席にぶちまけた。


「あ~ら、ごめんなさい。手が滑っちゃったわぁ」


 いやいや……、今のはどう見てもわざとだろ……。そういうことをするためにわざわざあの器に液体を入れて持ってきたのか?もしかしてさっきの台詞は朝一番に来て誰もいない間にあれをぶちまけて悪戯してやろうと思ってたけど、俺の方がもう先に来てたから目の前でぶちまけることにしたのか?


 俺がぼんやり考え事をしていると俺がショックで呆然としていると思ったのか五人でクスクス笑いながら何やかんやと好き放題言っている。


「あらあら?恐怖で固まっちゃったのかしら?」


「たかが辺境伯家風情が図に乗ってるからこうなるのよ」


「身の程を弁えなさい」


 う~ん……。俺は別に図に乗ったつもりもないし身の程を弁えてないとも思ってなかったけど何か気に障ることでもしてしまったのかな?それともルートヴィヒとの件だろうか?もしそうだとすればダミーの肉壁はきちんと役に立っているということになる。


 でも皆がヘレーネとルートヴィヒがくっつくことを望んでいるのなら、最初から俺という当て馬を用意せずヘレーネとの婚約を発表すればよかったのではないだろうか。いや……、それは今の状況を見ているからそう考えるだけだな。


 むしろ俺という当て馬がいたからこそ皆はヘレーネとルートヴィヒがくっつく方がまだしもお似合いだと思って応援しているんだ。ダミーの当て馬がいればこその今であってこれこそが狙いだったのならばまさに狙い通りということか。


 五人組が俺にあれやこれやと言い、俺が考え事に耽っていると次第にガヤガヤと周囲が騒がしくなってきていた。段々登校して来た者が増えて教室に人が溢れてきたのだろう。


「ちょっと!この野蛮人!ゾフィー様の机になんてことをしてくれたの!」


「え?」


 よく見てみると五人組の一人、ゾフィー・アルンハルト侯爵令嬢の机にも俺の机にまかれたのと同じ液体がまかれていた。というかこいつらが自分でやったんだけど……。


「ちょっと聞いて皆さん!この野蛮人はゾフィー様の机に嫌がらせでこのようなものをまいたのですよ!それを私達に見られると慌てて自分の机にもこぼしてしまったのです!この机の惨状と証人である私達が証拠です!」


「何あれ?ひどい」


「そういえば昨日もあの五人に何か食って掛かってたな」


 いやいや……、どう考えてもおかしいでしょ……。昨日食って掛かられたのは俺の方だし仲間が見ていたから証人ですなんてのが成り立つなら一人を相手に大勢で嘘をつけば絶対に勝ちになる。そんなのは証拠として意味がない。


 だけどそれが通用するのがこの世界だ。地球でもそうだけど声が大きくて周りに大声で騒ぎ立てて喧伝する方が勝つ。どちらが本当のことを言っているかなど関係ない。後からやってきてこの惨状を見せられたクラスメイト達はヒソヒソと俺が悪いと話し始めていたのだった。



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