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第七十四話「入学式!」


 適当にひっくり返したタンスから取り出したドレスを自分の体に当てて姿見で確認する。だけどこの姿見小さいな……。別に小さくはなかったはずなんだけどカーザース邸やカーン邸に置いてある大鏡に慣れてしまった今となっては随分小さく感じてしまう。まぁいいか。オリヴァー達の荷物が届いたら姿見も入っている。それまでの辛抱だ。


「ふんふふ~ん……。うふふっ。やっぱりこっちかなぁ……。それともこっちかなぁ……」


 色々とドレスを見繕うけど迷ってしまう。ど・れ・に・し・よ・う・か・な。


「随分ご機嫌ですねフローラ様?」


「ひぅっ!……カタリーナ、あまり驚かせないでください」


 急に声をかけられて驚いた。誰もいないと思っていたのにいつの間にかカタリーナが俺の部屋の中にいる。


「ノックをして声をかけてから入りましたよ……。あまりにお返事がないのでまだ眠っておられるのかと思って起こしにきたのです……」


 そうなのか?全然ノックの音なんて聞こえなかったけど……。カタリーナが嘘をつくとも思えないし嘘をついた所で意味はないから多分そうなんだろう。やっぱり俺は何かに集中すると周りの音や声が聞こえなくなってしまうようだ。


「随分上機嫌ですね?そんなにあの女性、ルイーザさんでしたか?彼女と会うのが楽しみなのですか?」


 俺が散らかしたドレスを片付けながらカタリーナが聞いてくる。何か怖い……。何でカタリーナはこんなに怒っているんだろうか……。


「別にルイーザと会うからではありませんよ?」


 そうだ。別にルイーザと会う約束をしているわけじゃない。あの後ルイーザと色々と語り合った俺はルイーザを家に送ってから帰った。その際別にいつ会うという約束はしていない。ただ機会があれば牧場の視察に行くと伝えておいただけだ。それが今日というわけでもない。


 俺も何かと忙しいから『じゃあ今日行きましょう』とすぐに予定を変えるわけにもいかない。学園が始まるまでもうそれほど日数もないからタイトなスケジュールになっている。


「今日会うわけではなくともルイーザさんと仲直り出来たからそんなに上機嫌なのですよね?」


 まぁそれは否定出来ない。もう完全に怒らせて嫌われてしまったと思っていた相手と和解出来たんだ。そんなうれしいことはないだろう。


「確かにルイーザと和解出来てうれしいとは思っていますよ。ですがそれだけではありません。元々で言えばルイーザと親しくなったのもカタリーナが出て行き落ち込んでいた私を慰めてくれたからです。そして今私がうれしく思っているのはルイーザのことだけではなくカタリーナも帰ってきてくれたからですよ」


 俺はカタリーナとも語り合うことにした。この前のルイーザとのことでわかった。きちんと言葉にして語り合わなければお互いが相手のことを思っていてもすれ違いになってしまうこともあるんだ。だから思ったことはきちんと相手に伝えなければならない。どれほど凄い思いでもただ心で思っているだけでは相手には伝わらない。


「カタリーナは私にとって生まれて初めて出来た同世代のお友達だったのです。ですから私はカタリーナには友達として、共に暮らした姉妹のように親しくして欲しかった。そんなカタリーナが私に硬い態度を取り家から出て行った時はそれはもう落ち込みましたよ」


 俺はカタリーナへの思いを言葉にする。俺はただカタリーナと一緒に居たかっただけだ。それ以上のことを無理に求めるつもりはなかった。だけどカタリーナは俺に主従を求めて出て行ってしまった。


 自分を高めるために勉強してきたのは良いと思う。どんな時も研鑽と努力を怠らずに自らを磨くのは良いことだ。


 ただ……、それは俺と一緒に居ても出来たのではないかと思ってしまう。ここでもお互いにすれ違いがあったと思う。俺はずっとカタリーナに傍に居て欲しかった。事情があって離れたり俺が嫌になって離れるというのならそう伝えて欲しかった。


 俺も言葉足らずだっただろう。俺はただカタリーナに失望されないようにと思ってお姫様のように演じすぎていた。だから下手なことを言ってボロが出てしまうのではないかと思ってカタリーナにあまり本心を語れなかったのが悪かったのだろう。そんな思いを言葉にしてカタリーナに届ける。


「違います……。私がフローラ様のもとを離れたのはフローラ様の勉強や訓練が常軌を逸したものだったからです。そんな授業に必死に食らいつこうとしているフローラ様に比べて私はただ物語のお姫様に憧れて妬んでいただけでした」


「カタリーナ……」


 カタリーナも本心を話してくれる。俺はそれに耳を傾けた。


「私は自分が情けなくて悔しかった。何の努力もせずただベッドの上で御伽噺に憧れて妬んでいる自分の何と醜いことだろうかと思い知らされたのです。ですから私はフローラ様のもとから離れて自分を磨こうと思ったのです。全てはフローラ様のお傍にお仕え出来るだけの自分になるために!」


「ありがとうカタリーナ……」


 カタリーナの言葉が心に染みてくる。そっと抱き寄せてただ二人でじっとする。それだけなのに何故か心が満たされる。


 カタリーナが思ってくれているほど俺は大したものじゃない。だけどカタリーナがそう思って、そのために努力してくれたことは素直にうれしく思う。


 出来れば一緒に過ごして欲しかった。だけどカタリーナの言い分も気持ちもわかる。これは決してカタリーナを責めているわけじゃない。ただ過ぎてしまった時間は戻らない。ならこれからのことを考えていけば良い。


「私とカタリーナもお互いに言葉が足りずにすれ違っていたのです。ですがこうしてカタリーナは私のもとへ帰って来てくれた。それがうれしくて……。だからルイーザだけではないのですよ。むしろカーンブルクを発つ前にカタリーナが帰って来てくれた時からずっと私は機嫌が良いのです」


「フローラ様……」


 カタリーナもキュッと抱き締め返してくれる。本当に最近は信じられないくらい良いことばかりが続く。カタリーナは帰って来てくれたしルイーザとも和解出来た。二人とはこうして本心を語り合いお互いの思いもわかった。こんな幸せで良いのだろうか。


「(もしかして私も選択を間違えたのでは……。あのままずっとフローラ様のお傍に居れば今頃はフローラ様は私だけのフローラ様になっていた?)」


「カタリーナ?」


 折角抱き締めあっているというのにカタリーナが何かブツブツと言っている。何か気に障ることをしてしまっただろうか?汗臭かったとか?でも仮設風呂はもう完成していて昨日もお風呂に入った所だからそんなに臭くないはずだけど……。


「あぁ、それとフローラ様。牧場への視察はオリヴァー達が来るまで行けませんよ。視察に行くと言われるのでしたら騎士爵の正装でなければなりません。ですが正装はオリヴァー達の荷物の中に入っておりますので……」


「あっ!」


 しまった……。そう言えばそうだった。なるべく荷物を減らすためにどうせカーザース家の娘としてばかり活動することになるだろうと思って騎士爵の正装はオリヴァー達の荷物の方に入れておいたのだった……。


 俺達は成長期だから騎士爵の正装も度々新調している。今入るサイズの正装はオリヴァー達が持ってくるはずの荷物にしか入っていない。王都で新たに作るにしてもオリヴァー達が着く方が早いだろう。そして輜重隊が到着する予定は学園が始まるギリギリ前くらいだからまだかかる……。


「べっ、別に牧場の視察に行こうと思っていたわけではありませんし?」


 嘘です。ドレスを選んでいたのはどのドレスを着てルイーザに会いに行こうかと考えていたからです……。あ~ぁ……、こんなことなら騎士爵の正装もきちんと持ってくればよかった……。




  =======




 結局牧場の視察は学園が始まってからしか無理ということが判明し、すぐさま予定を組み立てて牧場管理者達に手紙を送った。きっとルイーザもその手紙の内容を知ることになるだろうから会えるのはその時になるだろう。もしかしてまた町で偶然出会わないかと思って移動の時はいつも外を眺めていたけど結局出会うことはなかった。ルイーザだって暇じゃないからそれはそうだろうな……。


 それにしてもオリヴァー達の到着が遅い。予定より遅れている。何しろ本来の予定ならば俺の学園が始まる前に到着しているはずだったのに今日が学園の入学式の日だからな!お陰でルイーザに会いにいけなかったじゃないか!


 なんてな。この世界じゃこれくらいの遅れはザラにある話であって特別おかしなことじゃない。それに連絡はきちんと届いているから事故とか襲撃とかその手の心配もないという。ただ単純に輜重隊の移動が遅くて予定以上に時間がかかっているだけだ。それももう到着しそうな場所まで来ているから時間の問題だな。


 というわけで今日は俺の入学式があるので着替えて学園へ向かわなければならない。これから通う王都の学園はベルン貴族学園という。高位の貴族家の子女しか通えない由緒正しき学園だそうだ。


 正直高位貴族しか通えないとか何か鼻持ちならないけどカーザース家の子女は全員通わなければならないのだから避けては通れない。


 学園には制服等はなくそれぞれが好き勝手な服装で通うそうで服の豪華さやセンスも問われるらしい。俺にはどうでも良いことだけどカーザース家の顔を潰すわけにはいかないのである程度は気をつける必要がある。


 カタリーナとイザベラが見繕ってくれたドレスに着替えて馬車に乗り込み学園へと向かう。貴族学園という名前が気に入らないから学園で良いだろう。というか俺は学園としか呼ばない。


 学園の前に到着してみると多数の馬車がすでに並んでいた。玄関口まで入って学園生を降ろして出発する。前が出ると後ろが進む。きちんと順番を守っているようだ。ただ玄関口まで並ばなくても外の塀の所で今すぐ降りたら相当時間の節約になるのではないだろうか。


「フローラ様、今絶対碌でもないこと考えてますよね?駄目ですよ?きちんと玄関口の前で降りてくださいね。そうしないと品位を疑われますよ」


「……はい」


 何故かカタリーナに先に突っ込みを入れられてしまった。俺としては列に並ばなくてもここから降りて歩いた方が早いと思うんだけど、貴族のご令嬢がここで降りて歩くなんて許されないらしい。きちんと玄関口で昇降台を使って降りて入っていくのも礼儀作法の一つだそうだ。


 無駄に列に並ばさせられてようやく俺の番となりヘルムートが出してくれた昇降台を使って降りる。周囲の少女達がヘルムートを見て頬を赤らめているのがはっきりわかった。やっぱりこいつは女殺しだな。女性の敵め。


「うっ!……え?今のは何でしょうか?」


 俺が周囲に見えないように軽く鳩尾にパンチをお見舞いすると油断していたヘルムートはモロに食らっていた。そして頭に?を浮かべている。誰だっていきなり腹を殴られたら何事かと思うだろうな。でも説明なんてしてやらない。


「知りません……」


「フローラお嬢様……」


 俺がそのままスタスタと歩いていくと後ろから少し情けない感じのヘルムートの声が聞こえた。それでも周囲の女性達はヘルムートにうっとりしたままだから先ほどのやり取りは気付かれなかったようだ。


 一人だけお付きの者を連れて行って良いそうなのでカタリーナに同行してもらって学園内を歩く。皆大体女生徒は若い執事を連れているようだ。それも仕事が出来る出来ないより見た目で選んだのではないかと思えるようなイケメン風の男ばかり……。


 確か社交場でも同じことを言われたな。こういう場では家の力を示すことが当然であり良い執事やメイドを連れているということはそれだけ家の力があるということだと……。


 ただ色男や綺麗な女性を連れているからといって力の誇示になるとは俺は思わない。執事やメイドは見た目ではなく能力こそが重要であり見た目に多少の難があろうとも能力を見て判断するべきだ。見た目が良いだけで何も出来ない執事やメイドなど何の意味もない。


 とはいえそう考えているのは俺くらいかもしれない。いくら俺がそう思っていようとも世間一般の常識から外れているのならば俺の方が間違っていると言われるのだろう。直す気はないけどこの場では俺の方がおかしいんだ。


 学園内を歩いていると新入生達が行くべき場所を案内している係りの者達が大勢声を出して誘導していた。それに従い移動する。今日はまずいきなり大講堂のような場所で入学式があるそうだ。大講堂というか体育館というか、イメージで言えばそんな感じの建物に入って適当に座る。席は用意されているけど座る場所の指定はない。


 カタリーナはお付きのメイドなので座れない。何か申し訳ないけどカタリーナは立たせたまましばらく待っていると入学式が始まった。


 色々な人が出てきて挨拶をし様々なことを語る。ただどれも薄っぺらいというか貴族至上主義というか……。皆で仲良くしましょう的な日本の模範解答と違って、ここに集うのは優秀な貴族の中でも上位のうんたら、とか、愚かな民衆を支配するためにどうたら、とか、聞くに堪えないような話ばかりだ。


 学園長だとか俺達の学年の学年主任だのと色々な人が出てきてしゃべるけど内容はどれも大差がない。こんな学校に通って思いあがった貴族を量産してたらそのうち国が転ぶんじゃないかと心配になる。


 まぁ俺は自分の領地さえ治まっていればそれで良い。中央のことなんて知ったことか。早く帰って領地開発したい!


 そんなことを考えながら適当に聞き流しているとある女生徒が拍手で迎えられながら壇上に上がっていた。何でも新入生代表だそうだ。面倒なことを押し付けられたものだなと思う。新入生代表は家の序列で選ばれるらしいから今年の新入生で一番序列が上の家柄の子ということだろう。


 男子生徒が選ばれるか女子生徒が選ばれるかはその年の序列次第なので特に男女の違いはないらしい。女子生徒だから選ばれませんとか、下に扱うとかはない。


「御機嫌よう皆様。私はヘレーネ・フォン・バイエンです。本日私達はこの学園に……」


 壇上に上がって話す少女に目を奪われた。黒めの茶髪というのか金髪というのか、暗めの色の髪に茶色い瞳、決して派手ではないけど落ち着きのある色と話し方で随分と大人びて見える。素直に美しいと言える美少女だった。



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