第七十一話「送別会!」
「ふっふっふっ……、覚悟してくださいねカタリーナ」
「いやあぁ~~~っ!」
美少女の悲鳴が響き渡る。しかし俺は手を緩めることはない。
「さぁ!観念なさい!」
「待って!待ってくださいフローラ様!」
「今はフロトです!」
カーン邸に居るというのに俺をフローラと呼んだのでますます許すわけにはいかなくなった。
「イザベラさん、やっておしまいなさい!」
「はぁ……、カタリーナが来てからますますフロトお嬢様の奇行が……」
イザベラはぶつぶつ言ってるけど協力はしてくれる。俺が逃がさないように取り押さえているカタリーナにイザベラが迫る。
「あっ、あぁ……、いやあぁ~~~!」
…………
………
……
「はい。終わりましたよ」
「シクシクシク……、もうお嫁に行けません……」
若干疲れた顔のイザベラと泣き真似をしているカタリーナを満足気に眺める。でも何か聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。カタリーナが嫁に行く?そんな想像をしたら何だか胸の辺りがムカムカするというか頭に血が昇るというか……。俺はネトラレ属性はない!断固拒否する!
なんてな……。俺がカタリーナの人生を決めてはいけない。将来カタリーナが良い男性と出会って結婚するというのならば俺は祝福してあげなければ……。
そうは思うけどこのモヤモヤは晴れない!やっぱりいやだ!カタリーナをどこかそこらの男にやるなんて許せない!
「フロトお嬢様、計測は終わったのですからカンザ商会へ行って参りますね」
「あっ!待ってください。私とカタリーナが直接出向きます。イザベラは残りの仕事をお願いね」
そう言うとイザベラはまた小言を言いながらも俺に紙を渡してくれた。この紙には先ほど測ったカタリーナの体のサイズが書かれている。そう。スリーサイズから身長から腕の長さや体重まで全てが!
「フロー……、フロト様、あまりジロジロ見ないでくださぃ」
恥ずかしがっているのかプルプルと俺の腕を掴んでいるカタリーナが可愛い。いつの時代も女性は体のサイズを知られるのは恥ずかしいらしい。
……ってこともないか。母やイザベラは簡単に測ったしペラペラと自分でも数字を言ってたっけ。
さて、それはともかくどうしてカタリーナの体のサイズを測ってカンザ商会へ行くかと言えばカタリーナの体に合った下着を作るためだ。何故カタリーナに下着を作るのかと言えばそれには深いわけと事情がある。
遡ること今朝の話だ……。
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今朝も清清しい朝だ。カタリーナが来てから毎日が楽しい。もうずっとカタリーナと一緒にキャッキャウフフして暮らしたい。まぁそれはともかく毎朝恒例となったうれし恥ずかしお着替えタイムがやってきた。イザベラに続いて俺の部屋に入って来たカタリーナはまだ慣れていないのか少し硬い。
「もう何度もしているのですからそう緊張することもないでしょう?」
カタリーナの緊張を解そうと少し声をかけておく。カタリーナはまだ俺の着替えで緊張するようだけど俺は少し慣れた。というか……、俺は多分いけない扉を開いてしまったのかもしれない。
俺の着替えで脱がせるたびに緊張している美少女に自分の肌を見せ付ける。何かそれに徐々に興奮してきてしまっている俺がいる。露出狂のおじさんがいたいけな少女に自分の裸や性器をみせつけて快感を得ているのが少しわかってしまったのだ。そっちへ行っちゃ駄目だとわかっているんだけどどうしても少し興奮してしまう。
それはともかく今日はイザベラが着替えだけじゃなくて俺の下着も持ってきている。綿栽培が出来るようになってから紡績もしているから俺は綿の下着を開発して着用している。元々は生理の時に生理用品を保持するために下着を作ろうと思っただけだったけど今では毎日着ても良いと思っているくらいだ。
現代日本人の知識と経験がある俺からすると普段下着を穿いていないというのは非常に落ち着かない。だから生理の時以外も下着をつけることが多い。ただしドレスなどで胸元が開いているなどの時は下着が見えるとおかしいのでノーブラだったり、ドレスでは用を足すのが難しいのでノーパンだったりはする。その辺りは今までと変わらない。
とはいえ普段の生活ならフープスカートもドレスも着ないし胸元も必要以上に開いてたりはしないので下着をつけている。ゴムはないけどブラは肩紐で吊るすからほどほどの締め付けサイズで十分保持出来る。パンティの方はさすがにゴムがないとずり落ちてしまうので腰にベルトのようなものを巻いてそれに吊るして保持している。
綿なのでウールほどゴワゴワせず肌触りも良くて着心地が良い。母やイザベラなど俺の身近な女性にも下着を紹介して着用してもらった結果かなり好評だった。やっぱり肌触りが良く胸が崩れず保持されるのはこの時代の女性にもうけるようだ。
ただしパンティはあまり必要だと思われていないようで生理用品の保持の時くらいしか穿いていないらしい。俺はずっと穿いていたいくらいだけどこの世界では俺の方がマイノリティなようだ。
これらは特殊なものでカーン領から売られている物しか存在しない。当然カタリーナも今の今までこのようなものは知らず今朝初めて知ったそうだ。知らなかった物なのだから着用方法もわかるはずがない。というわけで今朝は俺にブラジャーとパンティを穿かせる練習も兼ねて持ってきたらしい。
「しっ、失礼いたします……」
震える手で俺の腋の下から手を入れてブラを通して背中で結ぶ。ホックにすると決まったサイズでしか着用出来なくなってしまう。現代地球の工業生産力と人口と購買力があれば各種サイズを大量生産して店頭に並べれば良いのだろうけど、この世界でそんなことが出来るはずもない。
というわけでこちらでは多少サイズ調整が利くように程よく締めてから結ぶようにしている。これならフリーサイズでブラの長さより大きい体格の人以外は皆着用出来る。
もちろんカップの問題とかもあるけど細かくサイズ別に作ると種類が膨大になりすぎるからある程度規格を減らすためにこのようにしている。
そもそもこれらはオーダーメイドであり基本的には本人の体格に合うものが作られているからそう困るものではない。背中で結ぶと次は肩紐もまわして、おっぱいを整えてカップに入れて、最後の各所の紐やおっぱいの位置を調整すれば完成だ。
パンティはベルトをして穿くだけだから難しいことは何もない。ただベルトに固定するのが慣れないと少し手間取るかもしれない。もっと簡単に脱着出来たら良いんだけど……。これでもこの世界の生理用品の脱着に比べたら格段にやりやすくはなっているんだけど、それでもまだまだ面倒臭い。
それとパンティはガーターストッキングなどの上に穿かなければならない。たまにガーターストッキングの下にパンティを穿いている絵などを見るけどあれは間違いだ。何故ならばパンティを脱ぐためにガーターの紐をいちいち外さなければならなくなるから。用を足すためによく脱ぐパンティはガーターストッキングなどの上から穿くのだ。覚えておこう!まぁここにはガーターストッキングもないけどね。
「これは……、何と言いますか、凄いですね!」
「カタリーナ?」
「胸もぴったりですし下もこんなに簡単に脱着出来るなんて……。ただこれでは下は染み出てしまいそうですけど……」
どうやらカタリーナも気に入ったらしい。そして言っていることもわかる。パンティだけだったら生理の時に絶対溢れる。だけど心配はいらない。これは生理用品を保持するために穿くのであってメインはナプキンだ。
「カタリーナ、あの日の時はこれをパンティの間に入れて吸わせるのですよ。これなら交換も楽でしょう?」
実際に生理用品をパンティに挟んで見せる。
「なるほど!これは素晴らしいですね!」
カタリーナも同い年なのだから当然俺と同じ悩みがあるだろう。母もイザベラもだ。何とイザベラはまだ閉経していないらしい。一体いくつなのだろうか……。
「そうだ!それではカタリーナにも下着を作りましょう!カーン邸へ急ぎますよ!」
「え?え?」
良くわかってない顔をしているカタリーナを引き摺るように俺は手早く朝食を済ませてカーン邸へと急いだのだった。
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というわけでこれが今朝の出来事だ。大変長く深い事情だっただろう。それからカーン邸でカタリーナの体を測ってカーンブルクのカンザ商会本店に向かい下着を注文する。サイズはこちらですでに測っているのであとは作ってもらうだけだ。
とりあえず最初の注文分は一週間ほどで出来るということだったので満足してカーン邸へと戻ったのだった。
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キーン開港から二ヶ月ほどが経ち、あと一ヶ月ほどで王都の学園が始まる。そろそろ王都へ向けて出発しなければならないということで今日は俺の送別会だ。長期休暇で戻れるとは言っても三年もこの地を離れることになる。
「フローラちゃん!体に気をつけるのよ!ヨヨヨッ」
「お母様……、まだ出発するわけではありませんし、それは何度目ですか……」
母はずっとこの調子だ。まだ俺が出発するわけでもないのにすでにずっとこんな言葉ばかりを繰り返している。
「フローラはもう何度も王都に行ったことがあるそうだけど、王都も良い所だからあまり緊張せず行ってくると良いよ」
「ゲオルクお兄様……」
今日は珍しく下の兄のゲオルクもいる。いや、カーザース邸には上の兄も下の兄も比較的居るはずなんだけど何故か俺とは顔を合わせることが滅多にない。でも今日は俺の送迎会に参加してくれたようだ。
下の兄は俺に対しても比較的優しい。上の兄はいつも俺を邪魔者のような眼で見てくるけど……。俺は上の兄に嫌われるようなことをしてしまったんだろうか。まったく身に覚えはない。
「全員にグラスが行き渡ったな?フローラ、挨拶を」
父に言われて挨拶をする。親しい者や身内ばかりだから難しいことや気取ったことを言う必要はないだろう。
「長期休暇で戻ることもあるとは思いますが、三年間しっかり学園で勉強してまいります」
「うむ、それではフローラの門出を祝って、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
他では手に入らない透明度の高いガラスを使用したグラスで乾杯する。ガラスや磁器のコップやグラスというのも高価なものだけどうちは生産元だからこんな贅沢な使い方も出来るというものだ。
「フローラちゃんが造ってくれたニホンシュ?とってもフルーティでおいしいわぁ」
「ありがとうございます」
お米が作れるようになったから日本酒も造っている。まだまだ現代日本のものとは比べ物にならないほどだと思うけどそれはこれからの改良次第だ。
何故『思うけど』なのかと言うと俺はまだほとんど飲んだことがないからだ。少しだけ利き酒で味見をしたりはしているけど大量に飲んだりはしていない。俺が飲む目的は酒がきちんと出来ているか確認する意味であってほとんど飲んでいないし、そもそも俺はあまりお酒に詳しいわけじゃなかったのでよくわからないというのが正直な所だ。
まぁ母には評判が良いようだし他の参加者達も飲んでいるけど皆おいしいと言ってくれている。
「今日はチーズを使った新作料理もあるのですよ。皆さん是非食べてみてくださいね」
「「「「「…………」」」」」
俺の言葉を聞いて皆そそくさと逃げて行った。やっぱりね。チーズと聞いて臭いと思って逃げたのだろう。だけど見よ!じゃなくて嗅ぐが良い!この香ばしくおいしそうな匂いを!
「え?何これ?おいしそうな匂い?フローラちゃん?」
「これはピザです。どうぞ食べてみてください」
食べ物に目が無い母はすぐに匂いに釣られたようだ。長年研究し続けたお陰で今のチーズはそれほど臭くない。そして今日はそれをピザにしてみた。ただピザ生地が違うと思う。どちらかと言えばピザというよりパンの上にピザと同じ具材を乗せたものだと思った方が良いかもしれない。
「おいしい!すごいわフローラちゃん!これがあのチーズだなんて!全然臭くないわよ!」
どうやら母は気に入ってくれたようだ。母の言葉を聞いて他の皆も食べ始めた。
「これは……。まさかチーズがこのようになるとは思ってもみませんでしたわ。さすがはフローラ様です」
ヴィクトーリアも散々俺に改良途中のチーズを食わさせられたからチーズが嫌いになっていただろうに、このピザに乗せているチーズは大丈夫なようだ。
「このグラスというものも、お皿も、料理の数々も、全部フローラが用意したんだってね。本当にフローラはすごいね」
「ゲオルクお兄様?」
俺の頭を撫でてくれている下の兄は何だか疲れたような笑いを浮かべていた。何か……、あるんだろうか?もしかして上の兄と……?
「フローラ様の料理をお持ちしました」
「――ッ!」
カタリーナの言葉を聞いて俺はテーブルにすっ飛んで行った。これこれ!また暫く食べられなくなるから今のうちに食べなくては……。
炊いた白米に~……、塩焼きのお魚に~……、すりおろした大根と醤油に~……、お味噌汁~!
これぞザ!和食!
王都に向かうと暫く食べられなくなってしまう。道中ではこんな料理をしている余裕はない。王都に着けば食べられるかもしれないけどお米も生産量は少ないから現状では一年中毎日食べるだけの量すら確保が難しい。今でも時々しか食べられないのに王都でそうおいそれと食べられないようになるだろう。
「フローラちゃん……、それ好きねぇ……。お母様はそれは駄目だわ……」
「おいしいのですけどね……」
そう。実は俺以外の人にはほとんど炊いたご飯は不評だった。何でもねちゃねちゃしていて味がないということらしい。一応仄かな甘味は感じているようだけどそれがおいしいとは思わないようだ。日本酒にしたらガブガブ飲むのにね……。
まぁいい。それは逆に言えば他の人に取られることなく俺だけがご飯を堪能出来ると思えば何も悪いことじゃない。生産が広まらないとかそんなことはどうでも良い。欲しければ欲しいだけうちで作れば良いのだ。
こうして家族や親しい関係者だけを招いた送迎会も無事に終わった。これから俺は王都へ向かうことになる。王都では、いや、学園では一体どんな出会いがあるだろうか。




