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第七話「家庭教師達の想い!」


 クリストフは狂喜乱舞していた。最初は甘やかされて育った三歳の貴族の女児に魔法を教えるなど時間の無駄だとすら思っていたものだ。それが蓋を開けてみればどうだろうか。子供に教え諭すどころかクリストフにとってフローラは共同研究者兼実験対象のようなものだった。


 世の子供達が教えられている魔法の勉強とは、神に祈りましょう、だとか、精霊に魔力を捧げて力を貸してもらいましょう、などというような御伽噺のような教えだ。その神や精霊に捧げる詠唱と魔力によって魔法が発動するということになっている。


 しかし詠唱というのは熟練者になれば省略することが出来る。始めは長い祝詞のような言葉だったものを徐々に簡略化していき最後には数ワード要点を言えば魔法を使えるまでになる者もいるほどだ。


 世の説明ではそれは神や精霊と何度も言葉を交わし、慣れ親しみ、信心深く、友好関係を結んだからだと言われている。しかしそうだろうか?クリストフは神など信じたことは一度もない。根っからの研究者であるクリストフにとっては理論こそが神であり全てだ。そんなクリストフは他の誰よりも少ないキーワードだけで魔法を行使出来る。


 結局の所信心の欠片もないクリストフが自由自在に誰よりも魔法に優れていることがその説を明確に否定しているのだ。


 だからフローラにはそんなことは一切教えないことにした。ただひたすらに魔法理論を教え込み魔力操作の練習をさせて魔法を使わせる。もし通説通り神に祈りを捧げたり精霊の力を借りているというのならばフローラは魔法が使えないはずだ。


 それなのにフローラは魔法が使えない所かクリストフを上回るほどに魔法に優れている。詠唱もほとんどせず魔法を自在に使いこなし、増えないとされていた魔力が明らかに増大している。これまで幼い子供が魔法をほとんど使った例がなかったのではっきりとはわかっていなかったが明らかにフローラは三歳時点では魔力が少なかった。


 それが世の平均と比べてどうなのかはわからない。他にサンプルがないのだから比べようもない話だ。ただわかっていることは三歳時点では数回小さな魔法を使えば魔力枯渇寸前だったものが、たった二年で王国最高とも言われたこともあるクリストフを圧倒的に上回るだけの魔力を身に付けているということだろう。


 最早クリストフにもフローラがどれほどの魔力を秘めているのかわからない。わかっているのは未だ嘗て見たことも聞いたこともないほどの膨大な魔力を持った悪魔の化身、いや、悪魔そのものと言われても納得出来るような子供がそこにいるということだけだった。


 そしてフローラが特異な点は何も魔力量だけの話ではない。クリストフに習う前から王宮魔術師を超えるほどの知識と計算能力を持った天才が、クリストフに魔法理論を教えられることによってさらにそれらを研究し、あり得ない段階にまで引き上げたことだろう。


 フローラは独自に研究を重ねて最早クリストフですら理解不能な魔法理論を組み立て実践している。その理論、威力、精度はこれまでの魔法の常識を覆し神の御業と言っても過言ではないとクリストフは思っている。そもそも一切の詠唱を全て破棄してまったく唱えずに魔法を行使するなどあり得ない事態なのだ。それをいとも容易く成し遂げたフローラの成長にクリストフは素直に賞賛を送る。


 自らを遥かに上回る稀代の異質にクリストフは嫉妬ではなく崇拝に近い感情を持っていたのだった。




  =======




 ジークムントとレオンはもう何年も住んでいるカーザース辺境伯の屋敷でお茶を飲んでいた。フローラに家庭教師をするのに便利が良いだろうとアルベルト辺境伯の取り計らいで希望した家庭教師達には屋敷内に部屋が与えられている。


 元々ジークムントが官僚でレオンが軍師をしていた頃から簡単な面識はあった。ただ親しくしていたわけではなくお互いに存在を知っていた程度の間柄だ。しかし二人揃ってカーザース辺境伯家の家庭教師としてお世話になるようになってからは年の離れた友人のような間柄になっている。


「それにしてもフローラ様には驚かさせられてばかりですなぁ」


「そうですね……」


 お茶を一口含んでからジークムントは続ける。


「たった二年ほどでわしの知りえる知識全てを吸収してしまうなど学園の首席卒業者でもエリート官僚でも不可能でしょう。最早あの方には知識ではなく実務くらいしかお教え出来るものはありません」


 しみじみそう言うジークムントにレオンも同意した。最初にたかが三歳児の家庭教師になって欲しいと言われた時はただの建前だろうと思っていた。現役引退したジークムントを政策顧問にでもしようと呼び寄せるとか、政争に破れて都落ちしたレオンを匿うための方便だと思ったものだ。


 それなのにいざ蓋を開けてみれば本当に三歳児の家庭教師はさせられるわ、しかもその三歳児がたった二年ほどの間にジークムントの知識もレオンの知識も全て吸収してしまうわとここに来てから驚かされてばかりだった。


 今ではジークムントもレオンも経験を元に実務を想定した課題を出しフローラに対応力や対応方法を身に付かせているばかりで教えられるような知識などすでにない。


 もちろんそれらの訓練はただ知識を詰め込むばかりの勉強と違って実際に実務に付く者にとっては何物にも変えがたい先達の知恵と技術と経験なのだが、そんなことしか教えられない二人は少々悔しい思いもしていた。


 自分達が今の知識と経験を得るまでにどれほどの苦労があっただろうか。天才だの秀才だのと周囲に持て囃されてはいても自分達は不断の努力を積み重ねてそれらを身に付けて行ったのだ。


 それなのにたった三歳ほどの子供が僅か二年ほどでそれらを身に付け、さらには凌駕するとあっては悔しくて当たり前である。


 しかし二人はただ悔しいだけではなくフローラの行く先が楽しみで仕方がなかった。自分達の教え子が自分達を遥かに超えて先へと進んでいく姿を見守りたいと思う。


 週に二日も授業の日があっても教えられることがもうない。二人のその申し出にアルベルト辺境伯がフローラの家庭教師の予定を組み替えたのはこの二日後のことだった。




  =======




 ここ二年ほどオリーヴィアは嘗てないほどに上機嫌だった。しかもその上機嫌が途切れることがない。どれほど利発な王族の子供に家庭教師をしてもこれほどまでに心が躍ったことなどなかった。


 今家庭教師をしているフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザース。この娘は見た目も麗しく所作、振る舞いにも何ら欠点らしい欠点がない。


 最初に家庭教師としてやってきた時からあまり隙はなかったが作法はまるでなっていなかった。それが教えれば教えただけすぐに吸収して覚えてしまう。それが楽しくてうれしくてオリーヴィアはとにかく自らの知る限りの知識をフローラに授けていった。


 普通の子供ならば音を上げるような授業にも課題にも平然とついてくる。世の中に出せば一言『天才』と言われて済まされるだろう。


 しかしオリーヴィアは知っている。この小さな淑女はただ一言で天才と言って片付けて良いような者ではない。繰り返し繰り返し、何度も何度も、オリーヴィアに言われたことを繰り返して身に付けているのだ。ただ生まれ持った才能だけで何でもこなしているわけではない。


 普通なら拗ねる所でも、諦める所でも、不平不満を言う所でも、何も言わずひたすら繰り返し身に付ける。それは作法に限らず武術、武道でも何でも同じだ。体が自然と覚えるまで何万回も何十万回も繰り返す。そうして身に付けたものだけが本物になる。


 この娘はそれがわかっている。だからオリーヴィアがどれほど厳しく指導しようとも黙って黙々とそれを繰り返すのだ。そんな逸材が未だ嘗て居ただろうか。どんなに良い教育を受けた王族であろうとも他の高位貴族の子女であろうともこんな者は居たことがない。


 だからオリーヴィアはうれしくなって次々にフローラに教えてしまう。普通ならこの年の子供にならば妥協するような所まで一切妥協せずに完璧に仕込んでいく。それに素直に従い全てを吸収していくフローラを育てるのが楽しくて仕方がない。


 もう家庭教師など二度としないと思って引退を決めたというのにまさか再び自分がこれほど心を躍らせながら人に教えることがあるなどオリーヴィアは思いもしなかった。


 オリーヴィアの生きる目標は最早フローラを立派な王妃に仕立て上げることだけだ。フローラを立派な淑女に育て上げ王太子の目に留まらせて結婚させる。自分が教えたフローラが立派な王妃になる姿を思い浮かべて今日もオリーヴィアはフローラに指導を施したのだった。




  =======




 エーリヒ・シュタイナーは困惑していた。カーザース辺境伯家の剣術指南役として家庭教師をして欲しいと言われて腕が立つと噂の息子のどちらか、あるいは両方の剣術指南役だと思っていた。


 カーザース辺境伯家の息子は二人とも聡明で剣の腕が立ち魔法まで使える俊英だと聞いている。今後カーザース領を背負って立つそんな人物の剣術指南役ともなれば将来は領主軍にも指南したり領内での道場開設も出来るかもしれない。そうなればエーリヒも安泰であり師範として最高の栄達も手に出来るだろう。


 そう思っていたのに待っていた練兵場に現れたのは小さな女の子のような者だった。


 格好は一応男の子のような格好をしている。まだ子供なので女の子っぽい顔立ちの男の子である可能性は捨て切れない。これくらいの年頃ならば男も女もそう見分けがつかない場合もあり得る。


 ただあまりに小さい。自分が剣術を教えるにしてはあまりに幼すぎるその相手がフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースと名乗ったのを聞いて我が耳を疑った。雇い主であるアルベルトに問い詰めようとしたら止められてさらに困惑する。


 どうやら間違いでも手違いでもないらしい。もしかしたらうまく息子達に取り入れば将来はカーザース領主軍全体の指南役もあり得るかもしれないと思っていたエーリヒは落胆と同時に怒りを覚えていた。


 エーリヒは王都でも有名な道場をいくつも破りプロイス王国でその名を知らぬ者なしと言わしめるほどの剣豪という自負がある。それが何が悲しくて五歳ほどの幼女の相手をしなければならないというのか。


 将来領主となる息子達のどちらか、あるいは両方の剣を見るというのならまだわかる。今のうちにエーリヒを囲い込んで雇っておき子供達との渡りをつけておくことに意味はある。


 しかし跡も継がないであろう、それも剣も握ったことがない幼い女児を相手に剣を教えて自分の将来がどうなるというのか。これでは自分の将来や名声が安泰どころか女児に剣を教えて給料を貰っていた軟弱者などと言われかねない。


 そう思っていたが目の前の光景にさらに信じられない思いだった。大の大人であるアルベルトがまだ五歳ほどの幼女であるフローラを滅多打ちにしている。普通ならば止めに入らなければならない状況なのかもしれないがあまりのことにエーリヒは動けなかった。


 確かに女の子供を滅多打ちにしているアルベルトは異常なのかもしれない。しかしそれ以上にエーリヒが動けなかったのはフローラの気迫が鬼気迫るものだったからだ。


 普通の子供ならばとっくに泣いて投げ出しているであろうほど殴られてもフローラは泣き言一つも言わずに黙ってアルベルトを睨みつけ剣を拾い構える。何度吹き飛ばされようとも何度殴られようとも泣き喚きも諦めもしない。


 剣がド素人であることは一目でわかる。そもそもフローラの体格では今持っている剣では重過ぎて本当ならばまともに持ち上げるのも難しいだろう。


 それでもフローラは剣を構えてアルベルトに立ち向かう。今日いきなり剣を持たさせられた者がこれだけ圧倒的な暴力と力の差の前に屈することなく立ち向かえるだろうか?


 エーリヒはフローラの中に可能性を見た。自分が五歳くらいの頃にこれほどまでに明確な意思を持って行動出来ていただろうか。これほど剣に打ち込んでいただろうか。


 剣の腕などこれから教えれば良い。肝心なのはその気概だ。どれほど絶望的な実力差であろうと諦めず立ち向かえる強い心こそが剣の道には何より必要だということをエーリヒは知っている。


 アルベルトはそれを気付かせるためにこれほどまでにフローラを滅多打ちにしたのだろう。それがわかるとエーリヒは自分の未熟を恥じた。フローラは何よりも誰よりも剣の才能を持っている。決して諦めず食らいつくという何よりも大切な才能を……。


「今日はこれまでとする。フローラ、しっかり休んでおけ」


「……は……い。ありが……とう……ござい……まし……た」


 最早朦朧としているであろう意識の中でも最後まで剣を構えて挨拶も礼も忘れない。これが辺境を治める武神アルベルト辺境伯の子供ということかとエーリヒは身震いした。


「エーリヒ君、今見た通りだ。フローラに遠慮はいらない。女だとか子供だとかいうことは一切考慮するな。ありとあらゆる方法を使ってフローラに剣術を教えてやってほしい」


「はっ……、はい!」


 エーリヒからすればアルベルトもフローラも異常だと言わざるを得ない。しかし双方が普通の親娘としてではなく領主と領主を継ぐ者としてこれで納得しているのならばエーリヒが教育方針に口を挟むものではない。


 何よりもこの高潔なる小さな騎士の卵をこれから自らの手で育てられるのかと思うと、その責任の重さと、これからのフローラの成長に身震いせずにはいられないのだった。



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ぅゎょぅι゛ょっょぃ
[一言] あぁ……、大人たちのとんちんかんな勘違いによって若干5歳のTS幼女がズタボロにされて行くっ 作者もしかしてグロ系とか好きなんだろうか…… 胸糞悪さしかないからはよ強くなって父親を戦場のど真ん…
2023/10/23 06:44 退会済み
管理
[気になる点] 作品紹介から作者がかなりのユリスキーだと感じて呼んでみれば百合の欠片も見当たらない…… TS転生したオッサンが狂人オッサンどもにいじめ抜かれるだけの特殊性癖ものだったンゴ もう主人公の…
2023/10/23 06:36 退会済み
管理
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