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第六十七話「濃い奴が来た!」


 あれから数日、ぼーっとして何も手につかない。ちょっとミコトの様子を見に行ってみるか?少しだけ……、もしかしてあれからもまたあそこにいるかもしれないミコトの様子を見に……。


 いや!駄目だ駄目だ!もし本当にミコトがまだあそこで俺を待っていたら、そんな姿を見てしまったら俺は絶対にミコトを突き放せなくなってしまう。そうすればまた元の木阿弥でミコトを俺に依存させたままになってしまう。


 落ち着け。これは永遠の別れじゃない。ミコトが自立出来るようになるために必要なことだ。ここで俺が余計な手出しをすればミコトの依存はずっと治せない。俺の方がソワソワしてどうする。


 ……まぁ、そういうことだろうな。結局は俺もミコトに依存していたんだ。これは所謂共依存というやつなのかもしれない。どのような形や条件がそう呼ぶのかは知らないけど少なくとも俺達はお互いに依存し合っていたんだ。偉そうに言っている俺だってミコトに依存していた。だからこんなに落ち着かないんだ。


 今ならまだ俺もミコトも立ち直れる。お互いに依存を乗り越えて再び笑い合えるように……、今は我慢しなければ……。これを乗り越えるんだ……。


「フローラお嬢様、ヴィクトーリア様がお見えになっておりますが……」


 ヘルムートが遠慮がちに声をかけてくる。ここ数日俺の様子がおかしいことなどとっくにお見通しなのだろう。いつも一緒にいるヘルムートやイザベラに隠し事をするのは難しい。特に俺は感情が表に出やすいようだ。ポーカーフェイスをしているつもりなのにすぐに二人にはバレてしまう。


「そうですか。それでは応接室へ」


 カーザース邸の執務室で仕事をしていた俺は一度手を置いて応接室へと向かう。ヴィクトーリアには用があったから少し前に商会の方に言伝と手紙を預けてあった。ヴィクトーリアは王都に行っていると聞いていたからまだ暫くかかるかと思っていたけどどうやらもう戻ってきたようだ。


「御機嫌ようフローラ様……、あら?いかがなされたのですか?」


 ヴィクトーリアは部屋に入ってくるなりそう言った。どうやら俺は全然ポーカーフェイスじゃないらしい。毎日顔を合わせているわけでもないヴィクトーリアにも一目でそんなことを言われてしまった。


「何でもありませんよ。御機嫌ようヴィクトーリアさん。どうぞおかけになってください」


 いつまでもクヨクヨしていられない。それにこれは悪い別れじゃない。俺達のための一時的な別れだ。これを乗り越えられなければいつまで経ってもミコトに会いにいけない。だから乗り越えなければ……。


 まだ俺を心配してくれているヴィクトーリアを座らせて早速話を進める。ヴィクトーリアを呼んだのは他でもない。下着と生理用品の開発に関してだ。これは俺の死活問題でもある。


 大まかな構想をヴィクトーリアに話してみた。だけどヴィクトーリアの表情はあまり芳しくない。


「下着……、というものも恐らく需要はほとんどないと思われます。それに加えて綿を月経の時の汚れ物の使い捨てにするというのはいささか費用が高すぎますね。今なら古布を股の間に入れておけば良いだけなのでそれほど高くはつきませんが、それほど高い費用をかけてまでそのようなものを利用する人がどれほどいることか……」


 どうやらヴィクトーリアは商人の視点から需要がないだろうと言いたいらしい。確かに綿がそもそもあまりないこの環境でナプキンとして使い捨てるなど言語道断とすら言えるかもしれない。だけど俺には関係ない話だ。これは売り物として開発するんじゃなくて俺が欲しいから開発するのであって売れようが売れまいが関係ない。


「商品化しても高すぎて売れないということはわかっています。世間に売ろうとは思っておりません。これは私専用に作りたいだけのことです。そして値を下げるためにカーン騎士爵領で綿花を栽培しようと思っています」


「綿花?綿がなる植物ですか?栽培可能なのでしょうか?」


 この世界ではまだ綿花は非常にマイナーだ。過去の地球でも中世ヨーロッパなどはシルクロードなどを通ってシルクやコットンが東アジアや南アジアから運ばれてきていただけで栽培はされていない。ヨーロッパの一部では綿は羊が成る木だと思われていたという記述すら見つかっている。


 そもそも温かく水が豊富な場所でなければ綿花は育てられないのでヨーロッパでは気候的に栽培は難しいのかもしれない。ギリシャやイタリアやスペインの最南端付近が日本の東京程度の緯度しかない。大西洋の潮流と偏西風によって温かい空気が流れ込むとはいってもヨーロッパは日本より寒い場所が圧倒的に多いというわけだ。


「普通の気候のまま露天で栽培することは難しいでしょう。綿花を育てるためにはもっと暖かい地域でなければ出来ません。ですが温室というものを用意すれば温室内の温度を上昇させて、寒い地域でも暖かい地域の作物を育てることが出来ます。その温室のためにガラスも作ろうと思っています」


「ガラスを?」


 ヴィクトーリアに大まかに温室の説明を行う。極端に言えば温室やビニールハウスは冷たい外気は遮断して太陽光だけを中に取り込み、太陽光の熱で温室内やビニールハウス内を温める、ということになる。冬場にストーブやヒーターをつけて部屋を閉めると暖かい空気が室内に溜まるのと同じだ。それを太陽の熱で行なっているにすぎない。


 これに加えてさらに温度をあげたければ温室内でストーブやヒーターをつけたり、煙突を地面に埋めて火を起こし埋めた煙突に暖かい煙を通して床暖房のように土を温めるという方法もテレビで見た覚えがある。


 ガラスはこの世界でもすでに多少はある。ただ高品質で大量生産とはいかない。透明度も低いし綺麗に平らな板ガラスというものはない。


 ガラスの原材料は珪砂、ソーダ灰、石灰、そして透明度の高いガラスを作ろうと思うとそこに酸化鉛を加える。珪砂は石英のことであり砂浜や川の砂のキラキラしている砂だ。これは今港を作るために海の砂を取り除き水深を確保しようとしているキーンの新港やルーベークの河口が埋まらないように土砂を取り除いた時に大量に取れる。


 ソーダ灰は灰を集めて精製出来るから釜炊き塩で灰がたくさん出るキーンでこちらも入手可能。石灰岩は北の山の調査を行なった時に山で見つけたので恐らく山を掘れば石灰は手に入る。最悪カーン騎士爵領で石灰が手に入らなくてもそんなに珍しいものでもないので輸入でも賄える。


 板ガラスの製法は工業的に加工出来るのならばガラスよりも重い溶かした金属の上を溶かしたガラスを流せば真っ直ぐ平らにガラスが流れて固まり板ガラスが出来る。だけどそんな工業的なことをいきなりするのは不可能なので金属製のローラーを作りそれで平らに押し付けるしかない。


 ただのガラスで温室を作ろうとしたら恐らくあちこちのガラスがすぐに割れてしまうだろうからその対策も必要だ。


 まず単純にガラスが割れにくいように中に金属を入れる。試しに作ってみるのは二種類。一つは単純な金網。お互いに引っ張り合うように交差させて網目状に編んだ金属だ。


 もう一つはラス。ラスは簡単に言えば一枚の金属板に切り目を入れて広げたものだ。七夕の時に網飾りというものを作った覚えがあるだろう。紙にお互いが繋がらないように交互に切り目を入れて広げるとビヨンビヨンと網のようになる飾りだ。あれを金属で作るのをラスという。


 身近なラスは壁やモルタルの中に入れるメタルラスというものがある。あるいは同じ構造のもので足場にしたりもするだろう。ラスの方が面倒かなとは思うけどとりあえず試しに作って比べてみる。


 さらに表面にヤニのようなものを塗って補強したり二枚のガラスを張り合わせて合わせガラスにして間に天然樹脂を挟んで割れ難いように工夫してみる。どうすれば一番良いのかはわからないから色々実験してみるしかないだろう。


 綿が出来るようになれば繊維の短いくずになった綿からセルロースが作れる。セルロースが出来ればセロハンやフィルムのような透明で薄いシートが作れるようになるだろう。それにセルロイドのようなプラスチックも出来るかもしれない。


 透明なシートの樹脂が出来ればビニールハウスのようなものも出来るようになるかもしれない。そうなれば高価なガラスによる温室じゃなくて大規模なビニールハウスによる大規模生産が可能になる可能性もある。綿を作ることによってセルロースが作れるようになり、セルロースが出来ることでビニールハウスが増えてさらに綿の生産が増える。そんなサイクルになればかなり楽になるだろう。


 ただこれらは俺の知識だけじゃ簡単に再現出来るものじゃない。俺はぼんやりと知っているだけで、そもそも原材料や化学薬品の調達方法もわからない。例えば亜塩素酸ナトリウムだとか酢酸だとか言うのは簡単だけどその亜塩素酸ナトリウムや酢酸をどうやって用意するのかということはさっぱりだ。


 現代地球なら何らかの方法で売っている所に買いに行けば手にはいるだろう。一般人が普通には買えない物もあるだろうけど、例えば学校だとか研究所だとかそういう所なら売っているものを買えば良い。だけどこの世界じゃそれを用意する所から始めなければならないわけで俺はそれがどうやったら精製出来るのかはわからない。


 誰か科学知識などが豊富で俺のなんちゃって知識を実際に研究して実用化してくれる人が欲しい。そういう人に開発を任せることが出来れば色々と現代的なもので再現可能なものも増えてくるはずだ。


 それから板ガラスが出来るようになれば錫箔や水銀や銀で大きな鏡が作れるようになる。ガラスはもちろん鏡も人気商品として売れるだろう。現実にフランスはヴェネツィア等のガラス職人を引き抜いて大鏡を作りヨーロッパ中に売り捌き大儲けした実績がある。


「なるほど……、さすがはフロト様ですね。そこまで考えておられたとは……」


 俺が大まかな話しをするとヴィクトーリアは一人頷いて何かを考えているようだった。フローラからフロトになっているということはこれはヴィクトーリアの中ではフロト案件ということなのだろう。基準は相変わらずまったくわからないけど……。


 ヴィクトーリアも俺の話で色々と理解を超えていた部分もあるだろう。それでもガラスを作ったり、温室やビニールハウスを作ったり、鏡を作ったりすれば売れるということは理解出来たのだろう。それらが全て実は俺が生理用品を作りたいがために考えた副産物でしかないのだがそんなことは関係ない。


「わかりました……。クルーク商会からある人物を紹介いたします。その方をカーン騎士爵家で雇ってはいただけないでしょうか。必ずフロト様のお役に立つことでしょう」


「人の紹介?」


 ヴィクトーリアはニコリと微笑んでいた。うちはいつも人手不足だからある程度はどんな人でも大歓迎だ。犯罪者とかはお断りだけど……。後日紹介すると言われたのでその日のヴィクトーリアとの会談はお開きとなったのだった。




  =======




 ヴィクトーリアと会談してから三日後、今日はカーン邸にヴィクトーリアが三人の人物を連れてやってきていた。


「こちらが先日お話していた者達です」


 俺の前に三人の男女が並んでいる。一人は爆発したかのようなボサボサに広がったやや剥げ頭の老人。もう一人は若くて温和そうなボブカットの綺麗な女性。最後が若くてハンサム風の男。


「まずはアインス・シュタット博士」


「ふんっ!まだガキではないか!このようなガキにわしの頭脳が理解出来るはずなどない!」


 爆発頭の老人はいきなりそう言い出した。どうやら俺のことが気に入らないようだ。


「まぁまぁ……、その隣の女性はアンネリーゼ・シュタット。アインス博士のご夫人です」


「よろしくお願いしますぅ」


 えっ!?娘とかじゃなくて嫁!?このじじい!こんな若くて綺麗な嫁さんをもらいやがって!


「そして最後がエーレン・ルチン。アインス博士の助手の方です」


「エーレン・ルチンです。どうぞよしなに」


 う~ん……。アンネリーゼはエーレンと夫婦と言われた方がまだしもしっくりくる感じだな。まぁ人の趣味はそれぞれだ。お互いが納得しているのなら俺がとやかく言うことじゃない。


「スポンサーの貴族を紹介してくれるというから来たというのにこんなガキ一人とはどういうことだ!」


 そしてこのじいさんはまだ言ってるよ……。これは断った方が良いのかな……。打ち解けそうにないし……。


「アインス博士、いくら博士といえどフロト様に対して失礼は許しませんよ。フロト様はアインス博士に商品化をお願いして我が商会で扱っている数々の発明や新商品のアイデアを出された方です」


 あ~……、そうだったのか。クルーク商会の商品開発にもこの爺さんが関わってたわけね。


「なんとぉっ!あなたが!あなた様があれらのアイデアを出されたと!ははぁっ!」


「あの……?」


 ヴィクトーリアの言葉を聞いた途端に爺さんは俺の目の前で土下座して額を床に叩きつけた。何なのこれ?この人の相手は相当疲れそうなんだけど……。



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