第六十六話「依存!」
とりあえず俺の下の大惨事は数日で収まったけど根本的解決にはなっていない。この世界の人達の生理用品というのは非常に不便だ。
一つ目は所謂タンポンというやつだろうか。直接詰め物をして塞いでしまって染み込ませる方法だ。これは俺は出来ない。何故ならば怖いから……。あそこに物を突っ込むというのが怖くてどうしても出来ない。
次に所謂ナプキンというやつにあたるのだろうけどそれがまた不便で仕方が無い。簡単に言えば腰にベルトを巻いてそこに丸めた布を股の間をくぐらせて固定する。つまりふんどし状態だ。これは物凄く邪魔になるし巻いてると気になって仕方がない。しかも簡単に取り替えるということが出来ないので一日中つけっぱなしとかそんなことになる。
他の方法としてはペティコートに染み込ませるとか垂れないように我慢してトイレ、というかおまるだけど……、で一気に出してしまうとかそんな方法しかない。
俺にとってはどれもハードルが高く難しい。もっと女性初心者の俺でも簡単お手軽な方法はないものか……。
そこで俺が考えたのがナプキン型の進化だ。ナプキンならまだしも辛抱出来る。ただし今のふんどし型は色々と不便だし気持ち悪いしであまり優れものじゃない。だからせめて俺でも辛抱出来るくらいのナプキンを開発したい。
そのためにはまず下着だ。ナプキンを固定出来る下着がなければナプキン型は成立しない。最初は今のベルトに吊るすのと同じようにするしかないだろうけどゴムが入手出来ればゴムで留める現代式の下着にまで発展させたい。
プロイス王国を含めて周辺国では毛織物が中心だ。綿織物や絹織物もなくはないけど全量輸入に頼っており非常に稀少で高価でありおいそれと手に入らない。
よし!まずは綿花の栽培を始めよう。コットンが手に入れば下着も作りやすい。ウールの下着なんて御免だけどコットンの下着なら現代日本の下着とそう変わらない。ゴムで締められない分結局ベルトから吊るすか何かする必要はあるかもしれないけど今の丸めた布のふんどしよりは良いだろう。
とはいえ綿花は温かい地域でしか作れない。あと大量の水が必要になる。水はディエルベ川の水量が豊富なので東側のディエルベ川付近で綿花栽培すればどうにでもなるだろうけど温度ばかりはどうしようもない。ヨーロッパが綿の輸入に頼っているのもコストだけじゃなくて栽培に向いていない環境だからというものがある。
寒すぎて栽培に向かないというのならビニールハウス!って、ビニールはないもんな……。ならばコストもかかるし安全性の面でどうかとも思うけどガラス張りの温室を作るしかない。もちろんガラスも高価だから物凄くコストがかかる。
でもそんなこと知ったことか!俺は絶対に俺が満足出来る生理用品を作る!でなければ……、また漏らしたみたいな下大惨事が起こってしまう……。
まずは製品の原型を作ってしまおう。クルーク商会に頼んで綿織物を用意してもらい下着とナプキンを作る。それから綿の安定供給と低価格化のために自前で綿花栽培を行なう。
綿花栽培のためには温室を用意しなければならないので透明で一枚物のガラスを作るためにガラスの生産工場も作ろう。
今の所は取り急ぎ現状でも手に入るガラスに天然樹脂を塗って合わせガラスにして温室を作る。ヤニのようなものだけじゃなくて綿からセルロースも作れるはずだ。その研究も始めなければ……。
ガラス製造の研究、綿から樹脂、セルロースの精製方法の研究もして、温室が完成すれば綿花栽培を始める。綿の種からも食用油が摂れたはずだ。さらに搾りカスは反芻をする動物の飼料にもなる。反芻しない単胃の動物には有毒だったはずだけど牛とかの飼料には使える。最近牧場の牛も増えているから丁度良い。
綿織物ならブラも作れそうだな。とりあえず生地をクルーク商会に手に入れてもらってそれから下着をデザインしよう。
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今日はミコトの所へ行くのがいつもより遅くなってしまった。朝の訓練で父にぶっ飛ばされて暫く意識を失っていたらしい。気がついた時には結構時間が経過していて書類仕事も放っていくわけにはいかなかったからかなり時間が押している。ようやくいつもの場所にミコトが見えてきた。
「フロトっ!フロト遅いよ!遅いよ……。もう来てくれないかと思った……」
ミコトの様子は明らかにおかしい。怒っていたり怒鳴ったりしない。大きな声は出しているけどそれは怒っているんじゃなくてまるで俺に縋り付いて泣いているかのようだ。いや、実際に泣いている?今日たまたま少し遅くなっただけで?
「ミコト?何かあったのですか?」
「何かもなにもフロトがもう来てくれないんじゃなかって……、うぅっ……」
俺に縋りつきすすり泣いているミコトの背中をポンポンと撫でながら問うてみるけど答えは変わらない。そりゃトラブルがある時もあるだろう。俺が来れない日もあればミコトが来れない日だってあるはずだ。
だけど……、冷静に考えてみれば……、俺が用事で来れないと言った日はあったけどミコトが来なかった日があったか?ミコトは毎日俺より先にここに来て俺より後に帰っていく。そしてミコトが俺にここに来れないと言った日は存在しない。
「あっ!そうだ!今日は前からフロトが言っていた米糠を持ってきたよ。作り方、管理方法も聞いてきたんだから」
「え?えぇ……」
そして急にケロッとしている……。ミコト……?
「それでね!昨日なんてうちのメイドがね」
「うん……」
いつものように二人で並んで座って話しをする。でも何だ?この猛烈な違和感は……。いつからだ?いつからこんな……。
「もうフロト!私の話聞いてるの?」
「聞いてるよ?」
俺の腕に抱きつきながら甘えたように頭を乗せて俺を少し見上げながら頬を膨らませているミコト。可愛い。だけどこれは……。
「私は!私はね?フロトのことだ~い好きだよ?ねぇ……、フロトは?フロトは私のこと好き?」
「うっ……、それはどういう意味の……」
急に妖艶な笑みを浮かべたミコトが摺り寄せた俺の腕に自分の体をこすり付けるようにしてそんなことを言い出した。
「どういう意味って、どういう意味に受け取っても良いよ?フロトが女の子同士でそういうことをしたいならしても良いし、ただ一緒に居たいならそれでも良いの。私はただフロトの傍にいられたら幸せなんだよ」
そう言いながらますます体を密着させてくるミコトに俺の理性も揺らいでしまう。
ミコト本人も望んでいるなら俺の希望通り心行くまで百合百合すればいいじゃないか。俺は今までずっとそうしたいと思いながら出来なかった。それを受け入れてくれる可愛い女の子が目の前にいるのに何を躊躇する必要がある?
「ミコト……、私は……」
頬を赤く染めてうっすら微笑んでいるミコトと次第に顔が近づき……。
パァーンッ!
「えっ!?フロト!何を?あぁ!フロトの綺麗な顔が真っ赤に!?」
俺は自分で自分の頬をひっぱたいた。かなり思い切り……。
滅茶苦茶痛い。だけど色ボケしかけていた頭が痛みですっきりした。俺は馬鹿か。俺の望みはこういうことじゃないだろう……。俺はいつからミコトをこんな風にしてしまった?全て原因は俺だ……。
「ミコト……、よく聞いて……」
一度ミコトの両肩を掴んで離すとお互い目を真っ直ぐ見て話しかける。
「それは愛でも恋でもない。今のミコトはただ私に依存しているだけ。どうして今まで気付かなかったんだろうね……。ごめんね……。ごめんなさい」
「フロト?」
俺の言っていることがわからないのかミコトはキョトンとした顔のまま小首を傾げている。ミコトは恐らく地元で同世代の友達はいない。未だにミコトの口から俺以外の同世代の子供の話なんて聞いたことがないからだ。
そして時々出てくる家の使用人やメイド達もミコトにほとんど構ってくれていない。ミコトがそういう人達の話をする時の違和感。それはその話の中にミコトが入っていないことだ。ミコトの話はあくまで遠くからそれを眺めていたような視点でしか語られない。当事者の中にミコトは含まれて居ない。
ミコト自身が自分からそうしているのか、周囲がミコトを避けているのか。それは俺にはわからないけどただ一つだけわかることは、ミコトにはこうして親しく話せる相手は俺しか、フロトしかいないということだ。だからミコトはフロトに依存している。
最初の頃の強気な態度がどこへいったのかと思うほど甘えてばかりなのも、フロトが来るのが少し遅いというだけであれほど取り乱し泣き喚くのも、そうかと思えば突然機嫌良くいつものように話し出すのも、どれも兆候があったじゃないか……。どうして俺はそんなことに気付かなかった?
ミコトの精神状態は明らかに不安定になっている。そしてその不安定を安定させるためにフロトに依存している。
これは駄目だ。このままじゃいけない……。これはミコトのためにならない……。
大体俺じゃあるまいし十三歳やそこらの子供が、いくらこの近くに村なり町なりがあったとしても毎日こんな所にやってきて一人でいるなんておかしいだろう。初日だけならたまたまこの近くに来ていたというだけで済んだ話だ。だけどこうも毎日やってくるなんて普通じゃない。
「ミコト……、ミコトには私以外にお友達はいるの?」
「えっ?!いっ、いいじゃないそんなこと!それよりね、今朝うちの……」
「ミコトッ!きちんと答えて……」
話を逸らそうとしたミコトの目をしっかり見詰めて少し強い口調で問い詰める。
「いるわけ……、そんなのいるわけないでしょ!そんなのいらない!私にはフロトさえいればいいの!他の!あんな奴らなんていらない!どうしてわかってくれないの!私にはフロトだけがいればいいのよ!」
…………。ここまで……、これほどだったのか……。
俺はミコトに随分酷いことをしてしまったようだ……。俺はただここで可愛い女の子と遊べてうれしい、くらいのものだった。だけどミコトからしたらそうじゃなかったんだ。
恐らく地元では一人ぼっち、いや、今の反応からしてもしかしたらイジメとか周囲による意図的な仲間はずれにされていたのかもしれない。
家の使用人やメイド達もあまりミコトに構っていないのだろう。ただ仕事として淡々と身の回りのお世話をするだけ。だからミコトはお弁当交換をしようとなった時に料理の方法も誰にも教えてもらえなかったんだ。
稲や大豆の育て方や醤油、味噌、米糠の作り方や管理の方法がすぐに聞けなかったのもそうだろう。ミコトがずぼらだったんじゃない。まともにそういう説明を聞ける相手がいなくて何度も断片的に聞くことしか出来なかったんだ。
そしてこうして毎日俺とここで会うことでミコトはますます孤立しているに違いない。俺と遊ぶことばかりに没頭して他との付き合いもますます疎遠になり地元ではさらに浮いた存在になってしまう。このまま俺がここでミコトと遊んでばかりだと将来ミコトは物凄く困ったことになるだろう。
どうする?どうすればいい?俺はどうすればこうなってしまったミコトに償える?
こうなってしまった責任を取って引き取って一生面倒をみるか?そんな馬鹿な……。自分に依存させてずっと手元に置いておくなんて最低だ。それにそうなったらミコトはますますフロトに依存して周囲とまともに接することも出来なくなってしまう。症状を悪化させるだけで俺がミコトを手元に置きたいという欲望は満たされてもミコトはますます困ったことになるだけだ。
「………………ミコト、私達もう会うのはやめましょう」
「――ッ!なっ、何言ってるの?フロト?」
怯えた表情。まるで捨てられた子犬のように、親に捨てられた子供のように、俺に縋るような表情を向けてくる。
「今のミコトは私に依存しているわ。これ以上ミコトが私に依存するようになったらまともに生活も出来なくなってしまう。だから……」
「何でよ!それの何が悪いの!いいじゃない!ずっとフロトと一緒に居ればいいじゃない!私は何も困らないわ!フロトさえいてくれたらそれでいいの!ねぇ!どうしてわかってくれないの?私のこと好きにしていいよ?フロトが思うようにしてくれていいからずっと傍にいさせてよ!」
あぁ……、ここまでか。ここまでしてしまったのか。これはもうそう簡単に治せないんじゃないだろうか。少なくとも穏便な方法なんて思い浮かばない。
「ミコトっ!五人……、いいえ、三人でいいわ。三人私以外に同世代の友達を作りなさい。私以外にもその子達と同世代同士で遊んでみなさい。友達が三人出来るまでもう私はミコトとは会わないわ!いいわね!」
「あっ!待って!待ってフロト!フロト~~~~っ!!」
「うっ……」
ミコトの手を振り払うと踵を返して森を走る。目の前が滲んでよく見えない。それでも今まで毎日通い続けた道だ。見えないままでも走り続けた俺はいつまでも遠くから聞こえるミコトの声に涙が溢れて止まらなかった。




