第六十四話「港建設!」
まずはカーザーンの造船職人の所へ向かう。造船所は東のディエルベ川付近にあるけど事務所というか実際の船の建造以外はカーザーンに居るのでまずは今後の予定や話だけでもと思って訪れた。
もちろん今日いきなり本格的な話をするわけじゃない。まずは今後について話し合いたいから俺が関わりのある造船ギルドの棟梁達にアポを取りに行っただけだ。俺が取引している造船関連の棟梁達は四人いる。現在保有している三隻はそれぞれ三人の棟梁に別々に頼んだものだけど、修理などにもう一つお世話になっている所があるので付き合いがあるのは四組というわけだ。
さらにその四組のうち一組はルーベークの造船職人達だから今日言って、はい今すぐ会合しましょうとはいかない。午前中に言っておけば夜には集まれるかもしれないけどそこまで急ぐ必要もないだろう。ということで三日後に四組の棟梁達に集まってもらえないか連絡だけつけておく。無理ならまた別の日にするか無理な棟梁だけ個別で会うか考えよう。
一先ず造船関連の用事は済んだのでカーン邸へと向かう。いつもよりはカーン邸入りする時間が遅いけどまだ時間があるな……。ミコトと会う前に少しでも書類を片付けておこう。書類は重要度の高いものや急ぎのものと通常のものを分類してもらっているので急ぎのものから片付ける。それが減るだけでも後々かなり楽になるだろう。
いつもの時間になるまで書類仕事を頑張ったけどやっぱりいつもより来るのが遅かったせいで全ては処理し切れなかった。でもそろそろ出ないとミコトとの待ち合わせに間に合わないので渋々置いていく。
あまり仕事を放り出して遊んでいるとそのうち怒られそうだけど……。今日は造船ギルドに寄ったからやむを得ない……、というのは俺の言い分だよな。仕事を待っている方からすれば俺の都合なんて知ったことじゃないだろう。そもそもミコトと遊ぶために放り出していくなんて論外だ。
でもやっぱりミコトと約束しているから今日は見逃して欲しい。急ぎの書類は終わってるから!と言い訳しつつ窓から脱走して俺はミコトのもとへと急いだのだった。
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「遅い!何でいっつも私が待たされてるのよ!」
予想通りというか何というか。待ち合わせ場所に到着したらミコトが怒っていた。まだ別に約束の時間は過ぎていないんだけどね……。
「ごめんなさいミコト。そんな顔をしては可愛い顔が台無しですよ」
とりあえず俺は誤魔化すために、まぁ本当にミコトの可愛い顔が膨れて台無しになってるけど、ミコトの頬を触って膨らんだ頬を押さえる。でも台無しってことはないよな。こうして膨れている顔も可愛い。ただご機嫌斜めなのはいただけないのでご機嫌取りは忘れてはいけない。
「ちょっ!可愛っ……、って!私がっ!?」
「……?ミコトは可愛いですよ?」
俺が柔らかいミコトのほっぺたをぷにぷにしながら顔を覗きこむとミコトは真っ赤になっていた。初心だねぇ。ミコトは地元では可愛いと言われたことはないんだろうか。
「そんなこと……、言われたら……」
「はい?」
ミコトが何かゴニョゴニョ言ってるようだけど聞き取れない。
「何でもない!今日は私がフロトに言葉を教えてあげるから覚悟してなさいよ!」
「ふふっ、それではお願いしますね、ミコト先生」
ミコトがこうして怒っているような感じになる時は照れている時だ。かぁいいなぁ。昔はこの手のタイプの可愛さがあまりわかってなかったけど今ならわかる。心とは裏腹にこういう態度を取ってしまって後で気にしたりして……、想像すると何だかいじらしくって可愛らしい。
「さぁ始めましょう?」
何だか我慢出来ずにミコトの腕をとって組むと一緒にいつもの石に座った。
「~~~~っ!?なっ!なっ!」
声にならない声を漏らしてミコトが真っ赤になっている。本当に初心で可愛いなぁ。ちょっと悪戯しようかなんて悪い心が芽生えてくるけど我慢我慢。これ以上やりすぎて嫌われたら元も子もない。
「どうしました?ミコト先生?早く始めましょう?」
「わっ、わかってるわよ!」
怒ったような顔をしても照れてるだけだというのはお見通しだ。今日は少しだけ意地悪してしまったけどミコトに言葉と文字を習いながら二人で楽しい時間を過ごしたのだった。
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ここ二日はいつも通りにカーン邸で書類仕事をしてミコトと会うことを繰り返していたけど今日はミコトには会いに行けない。昨日ミコトにもそう言ってあるから大丈夫だ。ドタキャンでミコトの所へ行かないわけじゃない。
それにしても今日は用事があるから行けないって言った時のミコトの顔といったら……。明らかに落ち込んで寂しそうな顔をしていたのにそれを指摘したら『寂しいわけないでしょ!何言ってるのよ!』なんて怒ってたけど……。顔に寂しいって書いてあるんだよなぁ……。可愛いなぁ……。
発言は強気なのに昨日なんて最後に帰る前に俺の服の袖をキュッと握ってたりして……、あぁ~!可愛いなぁ!ナデナデしたいなぁ!しおらしくしている時のあの小動物のような可愛さよ。それなのに口では裏腹に強気なことを言ってしまうあのギャップよ。
「フローラお嬢様?」
「え?あぁ……、それでは向かいましょうか」
「はい」
イザベラの言葉で我に返った俺は馬車に揺られてカーン邸へと向かう。造船職人の棟梁達はカーン邸にやってくることになっている。他にも大工の棟梁達も来て打ち合わせだ。大工達はもうすでにカーン騎士爵領の所属になってるけど造船職人はカーザーンやルーベークの所属になっている。出来れば今回のことをきっかけにしてカーン騎士爵領の所属になってもらいたい。
カーン邸で暫く待っていると続々と棟梁達がやってきた。造船職人の棟梁四人と大工の棟梁四人。
「本日はわざわざお越しいただいてありがとうございます。それでは早速打ち合わせを行ないたいと思いますがその前に何かある方はおられますか?」
全員すでに顔見知りだから俺を見て馬鹿にするような棟梁もいない。大工の棟梁は皆カーンブルクやキーンでの建物建設に関わっている棟梁達で最近は羽振りが良いとカーザーンの大工ギルドの者達に羨ましがられているそうだ。
カーン騎士爵領は開拓真っ最中で建設ラッシュだから仕事が途切れるということはない。むしろ手が足りなくて大忙しだ。もちろんこの四人以外にも他の棟梁達もいるんだけど今手が空きそうなのがこの四人で造船所の建設経験もあるというので集まってもらった。造船ギルドの棟梁達と一緒に打ち合わせをしてカーンブルク東の船着場とキーンに造船所を作ってもらいたい。
造船職人も大工もだけどここに集まっていたりカーン騎士爵領の開拓に関わっている者達は皆俺が懇意にしている者達だ。カーザーンやルーベークにいる他の職人や棟梁とはそれほど親しくない。
理由は簡単だ。最初に俺が仕事を頼みに行った時にまともに取り合ってもくれなかった相手はこちらももう相手にしていない。子供で騎士爵でしかない俺の話もきちんと聞いて手を貸してくれた所にだけ仕事を回している。そして付き合いが深くなってきた所にはカーン騎士爵領所属になるように勧誘も行なった。
カーザーンやルーベークの他の職人達は今好景気に沸いているカーン騎士爵領の開拓に関わっている職人や棟梁を妬んでいるそうだけど自業自得だろう。俺だってそこまでお人好しじゃない。門前払いされたような相手にまでさらにこちらから頭を下げて仕事を回してやるくらいなら最初から協力的だった人たちを優遇するのは当然の配慮だ。
「ないようですね。それでは……、以前から申請していた新造船の保有の許可が下りました」
「「「「おおっ!」」」」
大工の棟梁達はあまり関わってなかったから反応が薄いけど船大工達からは歓声が上がった。スケールモデルまで作って実証試験までしたんだ。ようやくスタートが切れると思うと腕がなるのだろう。
「そこで実証試験をしていた新型船キャラベル船一隻、キャラック船一隻を作ります。新型船建造にあたってまずはカーンブルク東の船着場とキーンの港に造船所を作りそこを新型船建造の拠点としたいのですがいかがでしょうか?」
これはつまり今カーザーンやルーベーク所属になっている船大工達にカーン騎士爵領所属にならないかと誘っていることを意味する。カーン騎士爵領に造船所を構えるということはそういうことだ。
「なるほど。それで我らも集められたわけですな」
大工の棟梁達も理解出来たと頷く。大工達には造船所の建設をしてもらいたい。ただ大工達だけが勝手に造船所を建設しても意味がないのでこの場に集まってもらったわけだ。
これから建てる造船所はこれまでなかった新しいタイプの船を造る造船所になる。だから船大工達の意見も聞いて必要な規模や施設や設備を備えた最新式の造船所にしなければならない。
「カーンブルクの造船所はキャラベル船以下の比較的小型な船の造船所とし、キーンの造船所はキャラック船等の大型船の建造が可能な大規模造船所にしたいと考えております。実際に使われる皆様の意見はいかがでしょうか?」
キャラベル船は喫水も浅く浅瀬でも航行可能な場所が多くなる。これまでの船よりは大きいけど比較的小型で快速なのでディエルベ川の運行も楽だろう。
対してキャラック船はキャラベル船に比べて大きく安定性も高い。ディエルベ川は大河で水深も深いからキャラック船でも十分航行可能だけど何よりもキャラック船の強みは安定した大規模輸送だ。定期航路による大規模貿易といった用途に向いているだろう。
今はまだカーザーンからキーンまでの航路しかない。だけどこれから外海に出て行くにあたってキャラベル船やキャラック船は大いに役立ってくれるはずだ。
何より今までの船よりも丈夫で安定性があるから海賊や他国の船に襲われても相当抵抗力が高い。これまでは危険の方が高かったような場所にも出向いていけるようになる。今後需要が高まり重要になってくるはずだ。
「カーンブルクの船着場は見たことがあるがキーンという町は行ったことがない。沿岸部ということだが港はどうなっている?」
「我々も知らないな」
「今は小さな船着場の港という感じだ。とても大規模造船所を建てられるような港じゃないぞ……」
皆の視線が俺に集まる。言いたいことはわかってますよ。もちろん心配ご無用です。
「もちろん港から拡張します。今のまま造船所だけ増設するわけではありません。まずこれから海では大型船が増えることを見越して防波堤を備え水深の深い大規模な港を建設します」
「「「「「おおっ!それはすごい!」」」」」
物凄いお金はかかるけど仕方が無い。キーンを港町として発展させるつもりならばこれは絶対必須の出費だ。本格的な防波堤と水深の深い港を備え、造船所が立ち並ぶ大規模な造船の町として発展させる。そのために丁度良い場所はすでに目星がついている。今のキーンの港からは少々離れているけどそこなら今の港を使ったまま並行して工事が進められる。
また砂浜から港が離れるので塩田への影響もない。現在の港は現地の人のための小規模な港として漁師達に利用してもらおう。新しく建設する港は大型船が行き来する貿易の中継地、中心地としての役割を担ってもらう。
河川や沿岸沿いでの活動には大型のキャラック船よりキャラベル船の方が小回りも利くし都合が良い。カーンブルクではキャラベル船の建造や修理を担うと共にディエルベ川から運ばれてくる荷物がスムーズに揚陸して輸送出来るようにしなければならない。役割分担を明確にすることで無駄な投資を防ぎ相互利益を目指す。
そういった話し合いが行なわれ実際に現地視察まで行なった。カーンブルクから船着場までは街道が通っているから馬車ですぐに行ける。船着場からはキーンまで船が出ているのでそれに乗れば移動にも困らない。
キーンの建設予定地として俺が目星をつけていた所に大工や船大工を連れて行き実際の運用なども考えて手直しを加える。基本的には俺の構想のままに一部の手直しだけで済んだ。あとは土木作業員を集めて港の建設と造船所を含めた施設の建設。それが終わればようやく船大工達による新型船の建造に取り掛かれる。
イニシャルコストと投資は莫大な金額になってしまう。どうやって資金を捻出するか考えるだけでも頭が痛い所だけど一応資金は確保してあるから心配はいらない。そしてこれらが完成した時、カーンブルクもキーンも最新の設備を備えた港町として大いに発展してくれることだろう。夢は膨らむばかりだ。




