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第六十三話「許可が下りる!」


 最早毎朝恒例となりつつある母との手合わせだけど今日は少し違う。じっくり母の力を見極める。槍を潜り抜けて近づこうとしているけど一向に近づけない。初日から一度たりとも俺は母にまともに接近出来たことすらないのだからその差は絶望的だ。


 それでも何とか食らいつき母のバフ魔法を発動させる。追い詰めなければバフ魔法すら使ってこないのだからまずは追い詰めること、使わせることが前提だ。その上でバフ魔法をじっくり観察する。


 やっぱり魔法の発動時間は物凄く短い。必要最小限だけを瞬間的に使っている感じだ。さらに恐らくだけど父も母もバフ魔法やブーストを隠す技術を持っている。俺が感知出来ていないだけで所々で使っているんだろう。でなければ説明がつかないほど突然力やスピードが跳ね上がる瞬間がある。


 何故父や母がバフ魔法やブーストを隠しながら使うのか。それはこうして剣を交えていればわかる。バフ魔法やブーストを使っているのが相手にバレれば何かしてくるというのが相手にも筒抜けになるからだ。


 つまり離れた場所で向かい合っているのにバフ魔法を使ったのが相手にバレれば攻撃してくるという予告になってしまう。


 もちろん単純にバレたからといって全てが悪いわけじゃない。例えばバレようとも相手が絶対防げない必殺の一撃を放つのならば良いだろう。無理に隠すよりも相手を確実に倒す方を優先するというのはあり得る。


 あるいは相手が自分のバフ魔法を見て攻撃を予想しているのならばあえてその裏をかくという使い方もあり得るだろう。


 ただ相手にバフ魔法が丸見えということはその術式を真似されるということも意味する。自分の奥の手とも言える魔法を簡単に相手に見せて真似されたら堪らない。そういう意味では極力隠そうとするのは当然の選択だ。


 それでも俺は何か参考にならないかと思って必死で母に食らいつきバフ魔法の術式を読み解き槍と対峙する。触れただけで殺されると直感が訴えかけてくる槍の一撃を掻い潜るのは本当に決死の覚悟だ。


 でも届かない。俺がどれほど決死の覚悟をしようとも全神経を研ぎ澄まそうとも母の一撃も見切れないし術式も読み解けない。


「――ッ!――ッ!――ハァハァッ!」


「これまでだな」


 何とか避けていたけどとうとう回避不能の一撃に見舞われ父が受け止めてくれていた。この父が受け止めるというのもあまりあてにしない方が良い。万が一にも父が受け損なったらそれだけで死ぬ。よくて再起不能の大怪我だ。


 毎朝毎晩命懸けの訓練。精神が磨り減るかと思うほどのギリギリの緊張感ある実戦訓練で果たして俺は少しでも強くなっているのだろうか……。


「それでは交代だ」


「……うっ」


 母に代わっていつもの四人が出てくる。この後俺はいつも通りに鉄の棒でボコボコに殴り飛ばされて朝の訓練を終えたのだった。




  =======




 今日も午前中に仕事を終わらせてカーン邸から脱走。森を走り抜けてミコトと会う。ミコトにはお米の種籾や大豆の種などが用意出来ないか頼み込んである。あと栽培方法を誰か農業従事者に聞いて書き留めて欲しいとも伝えている。


 さらに言えば醤油や味噌の現物と加工方法も聞いてきて欲しいとは言ったけどいきなり全て整えるというのは難しいだろう。


 それに何となくミコトは大雑把な性格をしている気がする。俺なら領民達の所へ行ってどうやって栽培しているか事細かく聞いたり見学したりするけどミコトはそこまでしてくれるだろうか。


「もう!フロト遅い!いっつも私が待ってるじゃない!」


「ごめんなさい……」


 確かにいつもミコトの方が先に来て待っている。だけど俺は朝から訓練もあるし仕事もしなければならない。そういう自分の仕事や日課を疎かにして遊ぶわけにはいかないだろう。


 それに多分……、俺とミコトじゃここに来るまでの距離が違う。俺は結構な距離を走ってきている。ミコトはどうなんだろうか。最初の頃にミコトが帰って行ったのは北西方向だった。俺が把握している人間の町や村は南東方向のカーンブルクかカーザーンしかない。


 それか南西に向かえばフラシア王国だ。フラシア王国の地理はわからないから町がどの辺りにあるのか知らないけど、国境の町であるカーザーンがそう遠くない位置にあるんだからフラシア王国側にも何らかの町があると思う。国境警備の面からも交通の要衝の面からもフラシア王国側の国境付近に町があるはずだ。


 ミコトが最初の頃に走り去ったのはどちらでもなく北西。だから俺が知らない未知の村か町に帰っていると思われる。いくら俺が馬鹿でもミコトがカーザース辺境伯領にある認知されている町から来ているわけじゃないことくらいは察している。考えられるのは周囲と接触していない未知の村か他国と言うところだろうか。


 でも最近は北西に帰って行かない。というか俺がいなくなるまでずっとここにいる。俺の姿が見えなくなるまで見送ってからこっそり帰っているようだ。だから北西に向かったのは最初の時だけで、あれも本当にそっちに家があって真っ直ぐ向かったのかどうかはわからない。


「これ!もらってきてあげたわよ!それからこれが育て方!」


「えっ!?あっ!ありがとう!」


 ミコトが差し出してきたのは小さな麻袋っぽいものと紙切れ。麻袋を受け取って中を見てみれば籾殻のついたままのお米だった。これが種籾か。だけど……。


「あの……、こっちは読めないんだけど……」


「わっ、悪かったわね!字が汚くて!」


 いや、そうじゃない。確かに質の悪い紙に走り書きのように書いているからあまり綺麗な字じゃないのかもしれないけどそもそも俺はミコトが書いてある文字が一切読めない。これはプロイス王国や近隣である程度通じるプロイス語でも地球の俺が知る言語とも違う。


「え?あっ!これは!その……」


 慌てて俺から紙をひったくったミコトはくしゃくしゃにして隠してしまった。どうやら文字から俺に自分の正体がバレるかもしれないと思って慌てたようだ。


「ねっ!ミコト!私にミコトの所の言葉と文字を教えてくれない?私も自分の所の言葉と文字を教えてあげる。二人で教えあいっこしましょ?」


「え?あの……」


 俺の提案に戸惑っているミコトをいつもの石に座らせてまずは俺から講義を始める。ミコトは言葉はほとんど通じているから文字を教えていくのもそう難しくはない。最初の頃は戸惑っていたミコトも徐々に熱心に勉強するようになってきていた。帰る頃には簡単な言葉はもう覚えたみたいだ。


「それじゃ明日からミコトも私に教えてね?」


「うんっ!わかったわ!それじゃまたね!」


 ミコトに手を振って別れる。あまりに時間が短い。どうしてこうも大切な時間というのは短いのだろうか。


 結局お米の栽培方法は読めなかったので口頭で保存方法などの注意事項だけ聞いて今日からしばらく保存しておくことにする。どの道まだ種撒きの季節じゃない。そう焦ることもないだろう。


 そもそもやっぱりというか何というかミコトはそこらのお米を持ってきて簡単に説明を聞き流してきただけのようで、俺があれこれ質問したらしどろもどろになって答えられなくなっていた。全然ちゃんと栽培方法を聞いてきてくれていなかったようだ。あのメモには一体何が書いてあったのか……。どうせ大したことじゃないと思う……。


 ともかく明日からは二人で勉強をする約束をしてミコトと別れたのだった。




  =======




 翌日朝の訓練を終えて朝食を摂っている間にクルーク商会から手紙が届いていたらしい。今はヴィクトーリアはカーザーンに居ないそうだからもしわざわざ手紙を送ってきたのだとしたらよほど急ぎの用だろうか。別にそんな大変なことは頼んでいなかったはずだけど……。


 それとも何かトラブルか?トリートメントとかでクレームが来たとか?前にどこやらの貴族の奥様が他所の商会で偽物のトリートメントを掴まされたとかでクルーク商会にクレームにやってきたことがあるそうだ。


 そもそもクルーク商会が売った商品じゃないんだからクレームならその相手の所に行けと言いたい所だけど、そういう無茶なクレームをつけてくるモンスターというのはどこの時代にでも居るらしい。


 向こうの言い分としては『クルーク商会の品として買わさせられたのだからクルーク商会が責任を取るべき』とのことらしいけど……、当然ヴィクトーリアがそんな相手をいちいち取り合うはずもなく門前払いで追い払ったらさらに貴族の家を笠に着て脅迫まがいのことをしてきたらしい。


 その家と奥様は目出度くクレーフ公爵家にキツイお灸を据えられて事なきを得たらしいけどそういう輩は割りといるらしい。そういったクレームや揉め事の類かと思って急いで内容を確認したけどどうやら違ったようだ。


 手紙の中にはもう一通手紙が同封されていた。そちらの差出人は……、ヴィルヘルム・フォン・プロイス……。この国の王様ですね……。王様がこんな気軽に大して親しくも無い一個人に手紙をポンポン出して良いんですか?


 そうは思ったけど内容を読んで一応納得はした。どうやら新たな船保有の申請に関してらしい。


 わざわざ王都にいるらしいヴィクトーリアが手紙を送ってくるほど急ぎでもなかったんだけどね……。まぁ急いで知らせてくれたのだから素直に感謝しておこう。ヴィクトーリアが帰って来てからカーザーンの商会で聞いても十分だったんだけど……。


 ともかくその手紙には俺の申請が許可されたことが記されていた。これでカーン家は五隻の船を保有することになる。馬車はないけど……。


 色々とおかしいな……。カーン家は未だに馬車を保有していない。俺が普段乗っているのはカーザース家が保有する紋章のない馬車だ。それで事足りてしまうのでついつい後回しにして馬車を買っていない。


 それからカーン家に紋章がないということも大きな要因だ。普通自分の家で保有している馬車には誰のものかすぐにわかるように紋章が描かれている。だけどカーン騎士爵家には紋章がないので馬車を購入しても紋章を描けない。だから紋章が決まったら買おうと思いながらずっと紋章も決めていなかった。


 そういう意味では船にも旗をつけた方が良いだろう。となればこれはそろそろカーン騎士爵家も紋章を決めておかなければならない。そうなると船二隻に加えて馬車も購入……。げっ……。またお金がかかるな……。船の建造も注文しなければならない。


 カーン家が現在保有している船はコグ船二隻とハルク船一隻。許可が下りたら新しく建造してもらおうと思っている船はこれらとはまったく違う別種の船だ。


 今カーン家が持っている三隻はもともと造られていた船だけど今度注文する船は俺が口を出して新しく設計してもらった新型船となる。


 俺はあまり船に詳しいわけじゃないけど何となく俺が出した意見を何軒かの造船所の棟梁達を集めて聞いてもらい絵を描き、スケールモデルを試作して一応原型は完成している。それらの新型船は二種類あり一種類をキャラック船、もう一種類をキャラベル船と名付けたようだ。


 許可が下りたらこの新型船を一隻ずつ建造する予定にしていた。許可が下りたようだから造船所に行って実際の建造に関しても色々と打ち合わせをしなければならない。


 いつもなら朝一の公務はカーン邸で書類仕事だけど今日は予定を変更して造船所へ向かう。今日すぐに契約を結んで建造開始するというわけじゃないけど折角ヴィクトーリアや王様が急いで手紙を届けてくれたのだから早いに越したことは無いだろう。


 俺は最終的にキーンに造船所を作りたい。今回のことはチャンスだ。新型船を作るにあたって新しい造船所が必要になるかもしれない。そこでキーンに造船所を作りそこに職人達を集めてキーンを船の町にする。小型の船はカーンブルク東のディエルベ川沿いに小型船用の造船所を作り、大型船はキーンで建造する。


 ……それはまたお金がかかるな。困った……。木材は自前でどうにかなるとしても造船所の建設から職人達の給料まで考えると将来的な維持費、ランニングコストは一体いかほどになるだろうか……。


 お金、お金お金お金!どこへ行ってもお金ばっかりか……。グチグチ言っていても仕方がない。どうにかして資金は確保しなければ……。


 それにあまりゆっくりしているとまたミコトに怒られてしまう。今日の公務は午前中に造船所で打ち合わせ。終わったらミコトの所へ行って夕方までに帰ってから、いつも朝している書類の片付けだな……。


 何故かどれほど働いても一向に楽にならない。仕事も片付けても片付けても終わらないし……。ヘルムートやイザベラに任せている仕事も結構あるし俺は最終的な決済や確認だけで済ませている部分も多い。それでも手が足りない。これはそろそろそういった仕事専門の……、財務担当者や秘書のような者達が必要だろうか……。



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