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第六十二話「お米!」


 二人揃ってお昼ご飯を食べ終わったからゆっくり落ち着いて座る。


「はい。お茶をどうぞ」


「ありがとう」


 持ってきていた水筒の中の水に熱魔法をかけて温めてお茶を淹れるとミコトも受け取ってそれを飲み……。


「あつっ!何これ!何でお湯も沸かしていないのにこんなに熱いのよ!」


 怒られた……。


 いや、たぶん怒ってるわけじゃないんだろうけど何か怒っているように聞こえてしまう。本当の所は熱くて驚いたという所だろうけどしゃべり方が悪いのか声のトーンが悪いのか怒っているように聞こえてしまうんだろう。


「熱すぎた?ちょっと冷ます?……はいどうぞ」


 熱魔法は熱を自在に動かす魔法と言えばわかりやすい。だから当然加熱するだけじゃなくて熱を奪うことも出来る。ミコトには熱すぎたようだから少し熱を冷ましておいた。


「ありがとう……、ってそうじゃないわよ!何でお湯も沸かしていないのに熱湯があるのか聞いてるの!それに今のは何?」


 折角冷ましたのを渡したというのに口もつけずにさらに詰め寄ってくる。お茶が零れそうだからもう少し落ち着いて欲しい。


 アルコ子爵家の娘、アデーレだったか?アデーレにかけられたのは冷えたとは言いがたいけど熱くはないジュースだったけど、ミコトが今手に持っているお茶は熱い。さすがに熱いお茶をぶっかけられるのは勘弁願いたい。


「まずは落ち着いて、ミコト。お茶が零れそうよ。今のは何?ってこれのこと?」


 俺は残っている水筒のお湯にさらに熱魔法で熱を集める。あっという間に湯気が立ち昇りゴポゴポと煮立ってきた。


「なっ!何よこれ!どうなってるの!今のは魔法?」


「そうだけど?何か変かな?」


 俺のへんてこ魔法はかなりマイナーなもののようだから人にあまり見せるなと言われてたっけ。ついミコトの前で使ってしまったけどお茶を飲むためにはお湯を沸かさなければならない。今からここで火起こしするくらいなら熱魔法の方が手っ取り早い。


「状態強化を使える人間が魔法も使えるなんて……。それにどうして火も起こしていないのにお湯が沸くのよ……。こんな魔法見たことも……」


 ミコトがブツブツ言ってるけどあまり答えないでおこう。下手に余計なことを言えば墓穴を掘ることになりそうだ。


「そうだ!どうしてお米やおにぎりなんて知ってるのよ!それもおかしいでしょ!」


 あぁ……、どうやら思い出してしまったらしい。前世が日本人で主食として食べていたからですとは言えない。


「それよりミコトはどうしてお弁当を持ってきていたのにあんなにうろたえていたの?」


「え?!いや……、えっと……、それは……」


 お?どうやらここがウィークポイントのようだな。その点を聞くとミコトは口篭って視線を泳がせた。どうやら何か後ろ暗いことがあるようだ。


「ちゃんとお弁当を作ってきてくれてたじゃない。それなのにどうしてあんなに……」


「違うの!違うのよ!本当はこれを渡そうと思って作ってたの……。だけど失敗しちゃって……」


 そう言ってミコトは他にも持っていた包みを出してきた。何やら若干焦げ臭い。醤油が焦げたような、煮物を炊きすぎて焦げ付いた時のような匂いがしている。


「これは……」


 差し出された包みを開けるとそこには焦げた魚の煮物があった。魚の種類はわからない。日本で見ていた魚で似たようなものは存在しない。この世界なりの固有の魚かもしれないし俺の知識が足りないだけで地球でも居たのかもしれないけどそれはわからない。


 問題はそんなことじゃないだろう。これは明らかに醤油の匂いがしている。醤油ベースの出汁で煮込んだに違いない。焦げているけど少しだけ解して食べてみる。


「あっ!そんな失敗したのを食べちゃ……」


「しょ、醤油だぁ~~~っ!間違いなく醤油だわっ!」


 ミコトが何か言っているけど聞いている余裕はない。俺は今この世界に来てから十三年間探し続けたものの数々と再会している。それは何よりも勝る感動だった。


「そんな焦げてるのを食べて大丈夫なの?」


 結構焦げている魚を食べた俺をミコトが心配そうに見ている。まぁ味は確かに悪い。おいしいおこげと違って鍋にこびりついた焦げた煮物を想像すればわかるだろう。食べられはするけどおいしくはない。だけどそんなことより醤油があるということが重要だ。


 大豆を手に入れるだけでも大変じゃないかと思っていたのにすでに醤油にまで加工されているものが存在するなんて!


「焦げは大丈夫だけど……、ちょっとこの魚生臭いね……。下準備が出来てないからだと思う」


「え?え?どうしたらいいの?」


 ミコトの魚の煮物は焦げているだけじゃなくて魚が生臭い。これはきちんと下処理をしていないままに煮たからだと思われる。


 魚の臭い消しで一番簡単でありながら一番奥が深い(と俺が勝手に思っている)のが塩を振る方法だ。魚に塩を振ると浸透圧の差で中から水分が出てくる。その水分と一緒に臭みも出るから臭いが和らぐ、だったはずだ。


 だけど問題は適度な時間できちんと水分を拭いて塩を除かなければ旨味まで染み出してしまっておいしくなくなる点にある。水分をきちんと拭くのはその水分に臭みが混ざっているからでありきちんと拭かなければまた臭いが残ってしまう。そして旨味まで染み出してしまう前に拭き取らなければおいしくなくなる。この時間と管理が難しい。


 日本でなら魚や料理によって適度な時間が目安として調べればすぐにわかるだろうけどこちらではそうはいかない。それに目安はあくまで目安であって絶対じゃない。それを見極めるのが難しいと思う。簡単なようで奥が深いと俺が言った所以はそれだ。


 他に思いつくのは牛乳やヨーグルトに浸ける。お酢に漬ける。お酒に浸ける。しょうがと一緒に煮る。という辺りだろうか。


 俺は一応自炊していたとは言ってもそんな本格的なものは出来ないし料理本を読んで勉強していたわけでもない。どうしてそうすれば良いのかとか、この処理方法はこの料理に合う、あの処理方法はあの料理に合う、というような使い分けもわからない。ただ少し調べてその通りに調理していただけだ。


 それでも俺はミコトにそれらの調理方法を教えてみた。失敗はするだろうけど何でも試してみないことには成功なんてしない。いきなり全てうまくいくのなら誰も苦労しないというわけだ。


「そうだったんだ……。だからいつまで経っても臭いが消えなかったのね……。何か皆が作る料理と違うと思っていつまでも火にかけてたらいつの間にか焦げちゃってたのよ……」


 なるほど……。もっと煮込めばそのうち臭いが消えるのかと思って炊きすぎたのか。


「今言ったやり方を試したからってすぐうまくいくことはないと思うけど色々と試して自分で慣れるしかないわ」


「うん……。魚なんて煮るだけだから簡単だろうと思ってたんだけど……、そんな簡単なことじゃなかったんだね。私全然知らなかった。それでどうしようって思って……、とりあえずおにぎりならすぐ出来るだろうと思っておにぎりだけ握ってきたんだ……」


 あぁ……、予定と違ってとにかく間に合わせで一番簡単に出来そうなおにぎりだけ作ってきたからあんなにうろたえていたのか。俺にとっては何物にもかえがたいご馳走だったけど普通ならお弁当交換しようねって言っていておにぎりだけ持ってきたら顰蹙を買う可能性もあるかな。


「そんなに落ち込まないで。ミコトが頑張って作ろうとしてくれたことはわかったよ。私だって料理が上手なわけじゃないし……。これでも食べて元気を出して」


「ありがと……」


 俺が差し出したものをボリボリと食べるミコト。まだちょっとシュンとしているけど何か小動物みたいで可愛い。


「って、ちょっと!何これ!甘い!おいしい!ねぇ!何これ!」


「シュガーラスク?」


 お茶請けのおやつについでにシュガーラスクっぽいものも作ってきた。硬くなったパンを切ってバターと砂糖で焼くだけのお手軽調理だ。本物のラスクと違うかもしれないけど俺が地球に居た頃にパンの耳をどうにかおいしく食べられないかとネットで調べて見た作り方がこんな感じだった。バターと砂糖が手に入るようになった今、これくらいのおやつは再現出来る。


「何で疑問系なのよ?そういえば何でお米やおにぎりを知っているの?醤油って言ってたわよね?醤油も知ってるの?なんで?ねぇ?なんで?」


 やばい……。何か急に話題が戻ってきた。ミコトは話題がコロコロ変わるから面白いけどついていくのが大変だ。そして俺への追及に戻ってしまった。


 適当に誤魔化しながらミコトと話しつつ、俺もお米や大豆などミコトが俺に見せてくれたものについて情報を集めてみたのだった。




  =======




 何とかミコトの追及をかわしつつ有意義な時間を過ごせた。色々と俺にとってうれしい情報もある。ミコトの地元ではお米や大豆があるらしい。醤油があるということはもしかしたら味噌もあるのかもしれない。俺は色々とミコトの地元に興味が沸いてきた。出来ればぜひ行ってみたい。


 ただそう簡単な話じゃないだろうなということは薄々気付いている。俺はヴィクトーリアに方々で探してもらったのにそれらの食材は見つからなかった。もちろん本当はあったのにうまくヴィクトーリアに伝わっていなくて見逃した可能性はある。現物を見せられたわけじゃないから言葉で言われただけのものを探すというのも難しいだろう。


 だけどクルーク商会が手を尽くして探したのに見つからなかったものが簡単に出てくるなんて、難しく考えるまでもなくおかしいということくらいすぐに察しがつく。


 それからミコトだ。ミコトはまともに料理もしたことがない様子だった。それに話に時々使用人やメイド達の話が出てくる。あんなしゃべり方だからついつい勘違いしそうになるけどミコトは相当良い家の育ちだろう。


 まぁいいか……。俺が深く追及しても良いことは何もない。俺は今ミコトと楽しくおしゃべり出来ている。話し方もラフな感じで話せるからアレクサンドラの時のようにお嬢様風に硬く話す必要もない。そういう意味ではアレクサンドラ以上に気の置けない友達という感じだろう。


 ミコトが地球の女子学生くらいの感じだからこちらもつい気が緩んでしまう。俺はミコトと話しているとついつい素のような話し方になっている。お嬢様として取り繕う必要がないというのは楽でいい。


 ……おっと、ミコトのことばかり考えている場合じゃない。やっておかなければならないことや考えなければならないことが山ほどある。


 まずバフ魔法の改良をしなければいつ母に殺されるかわからない。俺が自作したバフ魔法は所謂ブーストと呼ばれている騎士達が使うらしいバフよりは効果が高い。だけど母のバフ魔法らしきものに比べたら効果は低い。


 効果を上げること自体は簡単だ。もっと魔力を使って大きな魔法を発動させれば良い。問題なのはその効果に体が耐えられないことだ。


 バフ魔法はいわば掛け算だ。身体能力×バフ魔法の掛け算であってバフ魔法の数値を上げれば当然能力も跳ね上がる。ただし肉体に返ってくる反動はそれだけ大きなものになるから多用は出来ない。


 基本的には身体能力を上げて掛けられる側の元の値を上げるのが一番王道だろう。だけどそれは時間をかけてじっくり体を作り上げなければならないし、成長期である俺はあまり無茶なトレーニングは出来ない。あまり幼い頃から筋肉をつけすぎたら良くないという話も聞いたことがある。合ってるか間違ってるかは知らないけどね。


 ともかくそれは一朝一夕に出来ることじゃないわけで継続して鍛えていく必要はあるけどすぐに劇的効果があるわけじゃない。それならどうするか?


 母も身体能力だけでいえばそんな超人のようなすごい身体能力じゃないはずだ。確かに鍛えてあるだけあって普通の人よりはよほど凄いようだけど超人というほど異常じゃない。ならばバフの掛け算が大きいからあれだけの能力を発揮出来ているということになる。


 だけど前述通りただ掛け算を大きくするだけなら簡単ではあるけど体がもたない。何か秘密があるはずだ。訓練の時はあまりじっくりバフ魔法を見ている暇もないし母のバフ魔法は発動が短すぎてよくわからない。ただ想像は出来る。術式を真似することは出来ないけど似た効果を作り出すことは可能かもしれない。


 恐らく俺のバフ魔法と母のバフ魔法の決定的違いは魔法で元の体を守る術式が存在するかどうかだろう。


 俺のバフ魔法はただ単純に身体能力×バフ魔法で能力を引き上げている。それに比べて恐らく母のバフ魔法はそこに体の保護という効果が付与されているはずだ。だからバフ魔法の掛け算が大きくなっても肉体が耐えられる。


 言うのは簡単だけどそんな簡単に出来ることじゃない。俺だってバフ魔法を作るにあたって当然それは考えた。だけど体の保護というのがどうすれば良いのかわからなかったから術式に組み込めなかった。無理かと思って諦めていたけど現実にそれをしている人がいる以上は出来ない技術じゃない。ならばそれを考えて作るだけのことだ。


「こうして……、こっちを……、それから……」


 一応考え得る術式を組んでみた。色々と試してみるしかない。


「バフ魔法……。い゛っ!い゛だだだだっ!ヒィッ!」


 試しに作ってみたバフ魔法は失敗した。発動させた左腕の筋肉が勝手にビクビク跳ねるように蠢いていて見ていて気持ち悪かったし物凄い痛かった。手足がツルとかこむら返りとかそんなレベルじゃない。


「はぁ……、それはそう簡単ではないでしょうね……」


 その日も眠りにつくまで色々とバフ魔法について試行錯誤を重ねたのだった。



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