第六十一話「お弁当交換!」
朝起きて練兵場に向かうとそこには……。
「待ってたわよフローラちゃん」
「げっ……」
今日も母がいた。いつものメンバーに加えて母もいる。どうやらこれから母の手が空いている日は訓練に参加してくるらしい。
正直怖い。母の攻撃はどれも命を奪う必殺の一撃になっている。ほんの少しの油断、失敗、そんなことで命を落としかねない。例え俺が精神的には大の大人だったとしても命の危険がある所へ無謀に突っ込んでいけと言われてもそう簡単に出来ることじゃない。
「さぁフローラちゃん!まずはお母様と遊びましょうね!」
「ひいぃっ!」
この後俺は本当に死にかけたけど昨日同様父が途中で母の攻撃を受け止めてくれたので何とか死なずに済んだのだった。
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命懸けの訓練も終わったので俺は早速厨房へ向かう。今日はミコトとの約束でお弁当を持っていかなければならない。毎朝訓練があるから昨日のうちに出来る下準備は済ませてある。今から作っても何とかなるだろう。ただ折角火や油を使うつもりなのにお弁当をいれるだけにしか使わないのはもったいない。
というわけで朝食と昼食用にも少し多めに色々作っておこう。俺はミコトと森の中で昼食だけど家族や部下達の昼食を用意しておけば誰かが食べるだろう。
下準備は出来ているからチャチャチャと作ってしまう。ミコトの好き嫌いはわからないから完全に俺の都合でメニューを決めている。見た目は東洋系の顔っぽく見えるし日本食とか好みかもしれないけど俺じゃ再現出来ないしね。
「フローラちゃん、良い匂いねぇ」
「お母様……」
母が厨房の外からこちらをじーっと見ている。母は俺の作った料理をおいしいおいしいと言っていつも食べてくれる。調理法や調味料はこの世界では斬新かもしれないけど作り方は料理長のダミアンに教えているんだからダミアンが作った方がおいしいはずだけどそう言ってくれることはうれしい。
「お母様も朝食にされますか?」
そう言って俺は朝食用に作っておいたフレンチトーストを母に出そうとする。だけど母は首を振った。
「フローラちゃんと一緒がいいわ。パパも一緒に三人で食べましょ」
「……はい」
母の気遣いをうれしく思う。確かにさっき殺されかけた所だけど母は俺を殺そうと思ってああしているわけじゃない。父は厳しくはあるけどいつも俺のために働いてくれている。母はいつも優しく包み込んでくれる。俺は家族に愛されていてとても幸せ者だ。
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父と母と三人でフレンチトーストを食べた俺は早速カーン邸へ向かう。兄達とはあまり顔を合わせることがない。今は二人共王都から帰って来ているはずだけどこうも顔を合わせないのは何故だろう。まぁいい。兄のことを考えている場合じゃない。
カーン邸に入った俺はミコトとの待ち合わせに間に合うように大急ぎで仕事を片付ける。いくら俺でもやるべきことも終わってないのに抜け出すような真似はしない。いつもならゆっくり終わらせる仕事も手早く片付けるとヘルムートとイザベラの目を盗んで執務室から飛び出した。
朝食をゆっくりしすぎたせいで少々予定よりも遅れているけど別に遅刻しそうなほどじゃない。走るのを少し急げば十分間に合う時間だ。
森の中だから多少獣はいるけど普通の獣はわざわざ俺を襲ってくるようなことはない。この森にはモンスターはあまりいないからモンスターと出会った覚えも無い。北東や南西に行くとモンスターが出るのに何故か北西にはモンスターがあまり出ないのは魔族のせいだと言われている。
事の真相は俺にはわからないけど確かに北西方向に進んでモンスターと出会ったことは今まで一度もなかった。逆に北東方向へ行ってディエルベ川流域を調査した時は小物とはいえそこそこの数のモンスターと遭遇したから生息数はかなり多いのだろう。
カーンブルクとキーンの開拓の他にもっと北西方向にも開拓を拡げた方が良いだろうか?ただ財政の問題であまりあれこれ手を拡げ過ぎるのも良くない気がする。今の収入ではこれ以上負担を増やすわけにはいかない。
でも人間が増えて町が開拓されれば税収が増えるわけで最終的には増収に繋がる。それなら今のうちに少しでも将来の増収に繋げた方が良いかもしれない。でも収入がなぁ……。借金はしたくないし出来る相手もいない。
もし俺に貸し付けてくれる相手がいるとしたらカーザース家かクルーク商会ということになるだろうか。でもどちらにもあまり借りを作るわけにもいかないし絶対貸し付けてくれるとも限らない。
父は娘だからとそういう所で甘くしてくれる人じゃない。最初に投資してもらったのもきちんとした計画書を提出して利益が見込めると判断してからしか許可をもらえなかった。ちょっと口で言って甘えたからといってホイホイお金を出してくれる甘い父ではない。
クルーク商会も商売なんだから同じだろう。利益も見込めない無茶な投資はしてくれない。出資を募るのならば相応に計画を立てて計画書を提出して説得しなければならないだろう。
またクルーク商会にお金を借りれば最悪返せない時に事業を借金のかたとして取り上げられる可能性がある。そうなると次に俺が何かすることも難しくなるのでこちらとしても失敗のリスクが犯せなくなる。
今は全額俺が自腹で賄っているから多少の賭けも出来るんだ。もしこれが人のお金で差し押さえがかかっていれば今までのような大胆な賭けは出来なかった。まぁ当分はこのままで今調達中の新型船二隻が来て収入が増えてからだろうか。
定期航路の需要は思ったよりもあるから新型船の許可が下りて運行する船が増えれば増収に繋がる可能性が高い。そもそもこの国では、というか地球の中世ヨーロッパでも船は共同保有が大半だったから個人所有でこうして自由に運行させるというのは中々難しい。
中世ヨーロッパ等の船というのは基本的に複数の商人達が共同で出資して管理運営していた。また船長も船の所有権を持つうちの一人が務めていることが多く雇われ船長が出てくるのはかなり後になってからだ。造船所等も作った船に対して所有権を有していた。
そんなわけでほとんどの船は一口船主とでも言うような人々が、何分の一、場合によっては何十分の一という権利を保有して共同で管理していた。船の扱いについて一人で決めることは出来ないから色々と面倒も多い。
それに比べて俺はカーン家の個人所有として現時点で三隻、さらに今追加で二隻の保有申請をしているから船の運用については俺一人で自由に決められる。雇われ船長と船員なので方針で争うこともない。
もし新しい船の許可が下りたら船のイニシャルコスト回収までにどれくらいかかるだろうか……。今の三隻体制で一隻当たりの収支が……、でも単純に五隻になったからって三分の五倍になるわけじゃないよな。今パンク寸前の運行スケジュールの客を分散させるだけだからすぐに売り上げが大きく伸びるわけじゃない。
となると……。
「もう!フロト!遅い!」
「え?あぁ、ごめんなさい?」
考え事をしていたらいつの間にか待ち合わせ場所に着いていた。ミコトに怒られたけどちょっと待って欲しい。別に俺は遅刻していない。つい謝ってしまったけどまだ待ち合わせ時間の前だ。
「まずはそこに座りなさい!」
「はぃ……」
何故かいつもの石に座らさせられてお説教されている。何故だろう……。でもミコトも本気で怒ってるわけじゃない。こういう風にしかコミュニケーションが取れないんだろう。これはこれでミコトなりの会話のとっかかりの一つなんだと思う。その証拠に……。
「ねぇ、それでね!その時のメイドったら……」
「うんうん」
やっぱりね。徐々に普通の話に切り替わっていっている。素直じゃないミコトはすぐに普通の会話を始められない性質なんだろう。だからこうして暫く聞いていてあげると上機嫌で話し出す。
「そろそろお昼にしましょうか?」
暫くミコトの話を聞いていたら結構良い時間になってきたのでそう提案してみた。だけどその瞬間ミコトの顔が強張ったのを俺は見逃していない。
「うっ……。あのぅ……、その……、ね?」
俯いてモジモジしたままはっきり言わない。さっきまでしゃべっていたというのに急に口ごもり出した。
考えられるのは『お弁当を忘れた』、『そもそもお弁当を作るのを忘れた』、『お弁当は作ったけど自信がない』、『お弁当は持ってきたけど作ったのは別人』、こんな所だろうか。
「ふふっ、お弁当忘れちゃった?それとも自信がない?」
俺が笑いながらそう聞くとミコトは頬をプクゥッ!と膨らませていた。可愛い。
「ちっ、違うもん!ちゃんと持ってきたもん!はいっ!」
「わっ!……それじゃ私のも渡すわね。はい、どうぞ」
ミコトがズイッと風呂敷を差し出してきたから受け取ってから俺のも渡す。お互いのお弁当の包みを開けると……。
「うわぁ!これ本当にフロトが作ったの?……フロト?」
「…………」
ミコトが何か聞いてきているけど頭に入ってこない。俺の視線も全意識も完全にミコトのお弁当に集中している。
「こっ、これ……、は……、おっ、おっ、おにぎりだぁ~~~っ!!!」
そう。ミコトのお弁当というか風呂敷の中には竹皮に包まれたおにぎりが入っていた。そう!お・に・ぎ・り!白米!ご飯!
「はわぁ!こっ、こっ、これ!食べていいんだよね!?」
「いっ、いいけどどうしたのフロト?」
ミコトが変なモノを見る目で俺を見ているようだけど気にしている余裕はない。十三年、十三年振りのお米だ。焦ってはいけない。じっくり、ゆっくり、隅から隅まで堪能しなくては!
まずはじっくり見る!三角に握られたおにぎりだ!
そして嗅ぐ!冷えているからあまり匂いはしない!当たり前だ!それでも仄かにお米の匂いがする!
そしてついに……、ついに口に……。
「あ~ん……。はっ!いけない!忘れていた。……いただきます!」
食べる前には儀式が必要だ。一度膝の上に置いてから両手を合わせて儀式を済ませる。さぁ!これで準備は万端!いざっ!
「あ~ん……。ほわっ!はわわわわぁぁぁ~~~~!塩味の中に噛めば噛むほど仄かな甘味が広がって……、おいしい!」
「ちょっと……?フロト?」
ミコトが何か言っているけど聞いている余裕はない。じっくり、ゆっくり噛み締める。そして再び口に運ぶ。粉々に噛み砕いて勝手に口の中からなくなるほどじっくり噛んでようやく次を口に入れる。そうしてゆっくり時間をかけて楽しんだご飯はあっという間になくなっていた。
「あぁ……、もう食べ終わってしまいました……」
「……もうしゃべっても大丈夫?」
途中から黙って俺のしていることを見ていたらしいミコトが話しかけてきたので俺も答える。
「ごちそうさまでした。うん、何?」
「えっと……、色々言いたいことはあるんだけど……、フロトは何でお米とかおにぎりとか知ってるの?」
はにゃ?それはもちろん知ってるでしょ?日本じゃ主食ですよ?
……いや、待て待て。俺は今プロイス王国に住んでいる十三歳の生粋のプロイス王国人だ。日本人じゃない。そしてプロイス王国にはお米、ライスが存在しない。
俺だって散々探した。あるのならとっくに手に入れている。ヴィクトーリアに頼んで近隣の他国まで探してもらったくらいだ。でも結局見つからなかった。それが何故ミコトから出てくる?
まず俺がお米を知っているのもおかしいだろうし、ミコトがお米を持っているのもおかしい。ここは返答を間違えたらやばいことになるんじゃ?
「じ~~っ」
「…………」
「じ~~~~っ」
「………………」
ど、ど、ど、ど、どうしよう?完全に疑われている。こっ、こんな時は!
「ミコトも私のお弁当を食べてみて?」
「え?」
「私はもうミコトのお弁当を頂いたんだから!さぁ早く!」
「えっ、ええ……」
よし!押し切った!こちらはもうミコトのお弁当を食べたのだからあとはミコトが俺のお弁当を食べるのを待っている状況だ。女の子同士ならこう言われたら自分の方も食べなきゃならない気になるはずだ!いや、女の子同士だからとか根拠はないけどね!ただの勢いで言ってるだけだけど!
「これは?」
「フレンチトーストね」
女の子だから甘い方が好きかと思って甘めのフレンチトーストをメインにしている。鶏卵もプロイス王国じゃあまり出回っていないから貴重と言えば貴重だ。
「あっ、甘いっ!?じゃ、じゃあこれは?」
「卵焼き?」
卵焼きも砂糖を入れて甘めにしている。甘い卵焼きなんておかずになるか!という人もいるだろうけど女の子はきっと甘い物が好きだろうと(ry
「これも甘い!?じゃあこっちは?」
「コロッケサンド。それは甘くないよ……」
今朝揚げたてのコロッケをレタスとトマトと一緒にパンで挟んだコロッケサンドだ。ただ発酵させるイースト菌が違うのか日本のパンほど柔らかくもないしおいしくもない。それでもプロイス王国の標準的パンよりは柔らかくておいしくなるように改良してある。
「うっ、うまぁ~!何なの!何なのこれ!こんなのずるい!」
何か変なことを口走りながらミコトはパクパクと俺のお弁当をおいしそうに食べてくれたのだった。




