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第六話「貴族の令嬢ってこんなんだっけ?」


 オリーヴィアのマナーの授業の休憩中、俺は魔力操作と魔法を使う練習をしながら窓の外を眺めていた。家の裏にある練兵場で父が兄二人に剣の稽古をつけている姿が見える。


 七つ年上の上の兄がフリードリヒ・フォン・カーザース。五つ年上の下の兄がゲオルク・フォン・カーザースだ。何というか露骨な名前な気がする。


 フリードリヒという名前の由来は平和という言葉と権力・君主という言葉が合わさった言葉に由来しているらしい。対してゲオルクという名前は大地で働く人、つまり農民を意味するという。


 これは即ち長男フリードリヒはカーザース辺境伯家を継ぐ権力者、君主であり次男ゲオルクは家から出されてただの農民、家臣へと落とすという意味なのだろうか。あの父のやることだとそんな勘ぐりまでしてしまう。もちろんただ単純に名前の響きだけでつけた可能性もあるけど……。


 俺が知る限りではこの世界は別に長子相続というわけでもないようだし、俺が見た限りでは兄二人の仲も悪いわけではなさそうだ。


 尤も俺は兄二人とほとんど接点がない。既に五歳にもなっているというのに兄達と顔を合わせるのは食事の時くらいしかない。食堂で家族全員揃って食事をする時以外に滅多に兄達と会ったこともなければ会話したこともない変わった家だ。


 十歳で社交界デビューして十五歳から王都にある貴族の子息子女が通う学園に通うのが一般的だそうだから十二歳と十歳の兄達はもう社交界デビューしているだろう。普通なら兄のデビューの頃に俺の耳にもそういう話や噂が流れてきそうだけど俺にはそういう話は一切知らされなかった。あの父のことだから教える必要性がないと思えばいちいち教えないのかもしれない。


 俺が社交界デビュー出来るのはあと五年近くも先か……。社交界にデビューして可愛い貴族のご令嬢達とキャッキャウフフしたいものだ。五年が待ち遠しい。


 それに貴族達が通うという学園にも興味がある。勉強の内容なんて別に興味の欠片もないけどそこで出会えるであろう深窓の令嬢達とのキャッキャウフフな青春が楽しみだ。


 いくら社交界デビューとは言っても貴族の子息子女全員と交流するわけじゃない。同じ貴族とは言っても完全な身分違い同士ならばお互いを呼んだり呼ばれたりというのもそうそうない。何故ならば大勢の貴族を呼ぶ中で例えば貧乏な低位貴族が高位貴族を呼んだとしたらどうやっておもてなしするというのか。


 もちろん双方が特別に親しければ身分の差など関係なく交流していることもあるだろう。あるいは同じ派閥だったならば身分差に関わらず関係を強化することもある。だけど普通の男爵家のパーティーで公爵家など呼ぼうものなら失礼のないようにとんでもない額の出費が嵩む。そんな負担を普通の男爵家が出来るはずもない。


 また派閥の関係もあるから誰もが自由に好きな所のパーティーに行けるわけじゃないくらいは誰にでもわかるだろう。同じ派閥であろうと敵対派閥であろうと個人的な好き嫌いもある。社交界デビューしたからといってどこの家とも平等に親しく付き合うなどということはあり得ず交流出来る相手というのは限られている。


 それに比べて学園というのはどうやら同世代の貴族の子息子女がかなり集まるようだから社交界デビュー以来会ったこともないような相手とも出会える可能性が高い。色んなご令嬢達と親しくなってキャッキャウフフしたい俺にとってはまたとない機会だ。


 そんなことを考えながら何気なしに練兵場を見ながら魔法の練習をしていたら父アルベルトとばっちり目が合ってしまった。しかもめっちゃじっとこちらを見てる。声をかけられるほど近い距離じゃない。かと言って目が合ったからとすぐに黙って目を逸らしたり窓際から離れるのも何だか失礼な気がする。


 どうすれば良いか迷った俺は父に頭を下げて挨拶してから窓際から離れた。その対応が合っていたかどうかはわからないけど黙って窓際から離れるよりはまだ良いだろう。それで終わりと思った俺はそれ以上そのことについては考えずオリーヴィアが戻ってきたこともあって授業を再開したのだった。




  =======




 翌日俺は父に呼び出された。理由はさっぱりわからない。父が俺を呼び出すなんてことは滅多にない。思い当たることがあるとすれば昨日窓の外を眺めていた時に目が合って頭を下げたことくらいか?まさかあの時の対応が気に入らなかったからお叱りを受けるとか?


 そんなことを考えている間にも父の執務室に着いたので覚悟を決めて扉をノックする。


「フローラです。お呼びと聞き参上致しました」


「入れ」


 父の許しが出たので扉を開けて部屋へと入る。いつもなら執務室に居る時には秘書や政務官や執事がいるはずなのに今日は誰もいない。静かに扉を閉めてから父の座る机の前に歩み出る。別に俺は父が苦手じゃない……、はずだけど滅茶苦茶緊張する。父に呼び出されるなんて滅多にないから呼ばれたら何か怒られるのかなと悪い方にばかり考えてしまう。


 家庭教師達の授業も真面目に受けているし成績もそれほど悪くはないはずだ。オリーヴィアには結構よく怒られてるけどあれはオリーヴィアの性格だと思う。オリーヴィアの授業を含めて満点ではないにしてもそんなに出来が悪いってことはないはずだ。


 だったらやっぱり昨日の窓で外を覗いていたことに関してか?窓の外を見るななんて怒られるはずもないだろうから……、目が合った際の対応の仕方がまずかったのだろうか。何かさっきから思考がグルグルとループしている。俺が一人で考えていても答えは出ないのだから父の言葉を聞けば済む話だ。怒られたら謝ろう。


「剣術に興味があるのか?」


「……はい?」


 突然な父の言葉に俺は意味がわからずポカンとした顔をしていることだろう。何を言っている?昨日たまたま剣の稽古をしている父と兄達を見たからか?


「そうか。興味があるのか」


 え?え?俺は別に興味があるなんて答えていないぞ?……『はい?』と問い返したのを『はい!』と断言したと受け取ったのか?普通言葉のニュアンスで疑問系や問い返しだと思わないか?


 いや……、この父のことだ。端的に明瞭簡潔に答えろと三歳児に言うような父だから『は』と『い』という文字が連続していればニュアンスや発音など関係なく肯定という意味に受け取るのかもしれない。


「わかった。それならばフローラにも剣術指南をつけよう。そうだな……。ジークムントとレオンの授業を週一日ずつ減らす。その二日を剣術の日とする。また毎朝毎晩欠かさず魔法と剣術の訓練をするように。次の授業から内容を切り替える。以上だ」


 この父はいきなり何を言っているんだ?内政と兵法の授業を減らしてマナーの授業を増やすというのなら理解出来る。俺はカーザース辺境伯家唯一の子女なんだからどこに出しても恥ずかしくない令嬢としての教育を施されるのはわかる。


 だけど何で俺は魔法や内政や兵法の授業を習いまくって、しかも今度は剣術の指南まで受けなきゃならないってんだ?授業がない日でも毎日朝晩自主練までしろと……。


「……わかり、……ました」


 でも逆らうことは出来ない。この厳格な父に明確な理由もなく逆らえばどんな目に遭わされるかわからない。これを虐待や横暴だと思うだろうか。それとも教育だと思うだろうか。


 ただこの世界のこの時代のこの国では家長である父の言葉は絶対だ。もし気に入らないのであれば相応にきちんとした理由を説明して説得するか自分の方が出て行くしかない。


 父がチラリと扉を見る。用件は終わったからさっさと出て行けということだろう。父の言わんとしていることがわかる俺は退出の挨拶をして部屋から出た。


 廊下を歩きながら考える。次の授業から替えると言っていた。今日はクリストフの魔法の授業で本来ならば明日がジークムントの内政、明後日がレオンの兵法となる予定だった。魔法、内政、兵法を二回繰り返し最後にマナーの順だ。


 内政と兵法の日を一日替えると言うのだから魔法、剣術、剣術、魔法、内政、兵法、マナーとするのか?魔法は予習復習もあるので間が空いている方が都合が良い。内政や兵法も宿題というか課題などもあったから同様だけど今度からは週一に減ることになるからその日自体はいつでも良いだろう。翌週の授業までに課題をすれば良くなるだけだ。


 詳しい授業の順番は明日聞くとして、とりあえず明日から剣術の授業を受けなければならないようなのでその心積もりだけはして今日の魔法の授業を受けたのだった。




  =======




 翌日言われた時間に言われた場所に向かった。格好はいつものスカートではなくパンツルックだ。何でも兄達が幼少の頃に着ていたお古らしい。そりゃ急に言われても俺用のズボンやパンツなんてないからな。俺はこれまで基本的にドレスでスカートだった。パンツを穿くのも随分と久しぶりだ。転生以来だから五年ぶりくらいだろうか。


 十分早く現地、家の裏の練兵場に向かったというのにそこにはすでに父がいた。それから見たこともない人物がもう一人いる。


「遅い。何をしている」


 怒られた……。まだ予定の時間の十分前のはずなのに早くに来てもまだ怒られるのか。


「申し訳ありません」


 俺が謝っても特に反応はない。ただ淡々と次の作業に移っていく。この父は本当によくわからない。俺が普通の子供だったならばこの父のことは相当恐れたことだろう。まぁ今の俺でもこの父は怖いけど、普通の子供ならトラウマになるに違いない。


「この者はエーリヒ・シュタイナー。お前の剣術指南役だ」


「エーリヒ・シュタイナーです。以後お見知りおきを」


 かなり厳つい感じのエーリヒが頭を下げる。本当ならばこんな五歳児になど頭は下げたくないかもしれないけど父の手前そうもいかないだろう。


「フローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースです。よろしくお願いしますエーリヒ先生」


 スカートじゃないからカーテシーでは挨拶出来ないので男性用の挨拶方法で挨拶しておく。それが良いかどうかはわからないけどエーリヒがそうやって挨拶してきたのだから同じように応じておくのは最低限の礼儀だろう。


「……え?」


 だけど何故かエーリヒはポカンとした顔をしている。何かおかしかっただろうか?


「あの……、アルベルト様……?」


「良い。君の疑問は理解出来る。しかしその問答は無用だ」


 エーリヒが父に何か言おうとしていたのを遮って父は剣を抜き放ち俺に向けてくる。


「まずは私がみてやろう。エーリヒ君は見ておきなさい。フローラ、剣をとれ」


「……はい」


 有無を言わせない父の言葉に従って並べられていた練習用の剣を一つ選んで抜き放つ。滅茶苦茶重い。五歳児が自由に振り回せる重さじゃない。これでも一番小さくて軽そうな剣を選んだというのにまともに構えるのも一苦労だ。


「何をしている?隙だらけだ」


「――カハッ!……げぇっ!うえぇぇっ!」


 いきなり思いっきり胴を剣で殴られて吹き飛ばされた俺は無様に地面を転がってゲロを撒き散らした。いや、思いっきりというのは俺の思い込みで実際には父は手加減しただろう。いくら刃を潰している練習用とは言えまともに防具もつけていないのに本気で殴れば大怪我どころ済まない。


「いつまで寝転がっている?敵が待ってくれるとでも思っているのか?」


「ゲボッ!」


 吹っ飛ばされた俺の所まで来た父は地面に転がったままの俺の鳩尾に蹴りをぶち込む。またしても吹っ飛ばされた俺の所にさらに父がやって来る。


「剣を手放すとは何事だ。剣は自らの命を守る最後の頼みの綱だ。その剣を手放すなど自ら命を手放すに等しいと知れ」


「ああああぁぁぁっ!!!」


 右腕を思い切り踏みつけられる。痛い。涙と鼻水が溢れてくる。だけどこれはこのクソ親父に泣かされて泣いてるんじゃない。ゲロを吐けば、あるいは鼻っ面を殴られれば誰でも涙や鼻水が出てくるのと同じ生理現象だ。大人でも泣くような痛みだけど俺は決してこのクソ親父にやられたから泣いているんじゃない!


 そう思って睨みつけて足を跳ね除けようと腕に出来る限りの力を込める。当然五歳児の腕力で大人を跳ね除けるなんて出来るはずもない。だけど出来ようが出来なかろうが関係ない。これは俺の矜持の問題だ。こんなクソ親父に屈してたまるかという俺の意地だ。


 剣を振ったこともない五歳児に隙だらけだなどといって思い切り斬り付ける。すぐに立ち上がらないからといって蹴り飛ばす。武器を手放したからと上から踏みつける。この父は常軌を逸した狂人だと思うか?


 だけど言っていることに間違いはない。もし今日、今、この瞬間カーザース辺境伯領で戦争が起こり敵が攻め寄せてくれば俺は今のやりとり以上の目に遭っているだろう。敵は子供だからや負傷して転がっているからといって手加減などしてくれない。それどころか俺が領主の娘だと知ればさらに何をされるかわかったものじゃない。


 俺は俺の身を守り、家族を守り、領民達を守らなければならない。そして場合によっては自ら命を絶つ覚悟も必要だ。高位貴族の娘として生まれた俺にはそれだけの責任がある。だからこそ俺はその領民達の血税で生活させてもらっているんだ。


 義務があるから権利が守られる。貴族はただのうのうと好き勝手に生きて良いわけじゃない。貴族として責任を果たすからこそ権利が認められているんだ。


 俺は父にも敵にも屈しない。少し離れてこちらを見詰めている父を睨み返しながら剣を拾う。前世ですらまともに剣を握ったことも振ったこともない俺は俺なりに剣を構えて父へと斬り掛かっていったのだった。



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