第五十九話「母は強し2!(ガチで!」
若いって素晴らしい。筋肉痛もあっという間に治る。多分普段も俺はしょっちゅう筋肉痛になってるんだと思う。毎日の訓練とかで結構体を酷使しているから……。だから普通の筋肉痛程度ならもう慣れっこになっていて気付かないというか当たり前になっているんだろう。今回はバフ魔法を多用しすぎたせいでいつもより重度の筋肉痛になって一晩で治らなかったのだと思われる。
それでもこの若い肉体は一日、二日もあればすぐ治ってしまうようだ。あれくらいの筋肉痛で済むのならあの程度の多用はまだ一応許容範囲ということだろう。ただそう思って過信して使いすぎるのはよくない。あれぐらいが限度だと覚えておかなければ同じ轍を踏むことになる。
そんなわけで今日は父やエーリヒ達に俺のバフ魔法を初お披露目といこう。昨日は筋肉痛が酷すぎて実戦訓練はなしにして体を動かしただけだから実際に見せるのは今日が初めてだ。
今日こそ父から一本取る。セコイ、ズルイと言われるかもしれないけど初見殺しだ。父から一本取れるとしたら今日初めてバフ魔法を見せた瞬間しかない。今までの俺の動きを想定している父やエーリヒ達の裏をかくには最初の一撃だけがチャンスだ。もし一度でも見せれば次からはそれも想定内として対処されるだろう。
「どうされたのですか?フローラお嬢様?随分楽しそうにニコニコされて……」
「何でもありませんよ?」
余計なことを言うなドミニク!皆が俺に注目したじゃないか!何でこいつはいつも余計なことを言うんだ。
うっわ~……。クリストフと父がめっちゃくちゃこっちを見てる。何か企んでるってバレたか?どうしよう……。でもどの道バフ魔法を見せる最初の一回しかチャンスはない。だったら……、あとは覚悟を決めてタイミングを見極めるだけだ。よしっ!やるぞ!
「さぁ、始めましょう」
完全に 訝しんでると思うけどもういい。そこまで気にしていたらどうしようもない。今日俺は父をヤる!いや……、うん……。変な言い方になった……。積年の恨み?晴らしてくれる!別に恨んでないけど……。
開始と同時にクリストフが魔法を次々と撃ち込んでくる。今日はいつもとパターンが違う。いつもなら戦いの要所要所で俺を牽制するように魔法を撃ち込んでくるのに今日は初っ端から本気だ。やっぱりさっきので何か感じ取られたのかもしれない。
クリストフの魔法を迎撃しながら突っ込んでくるドミニクの槍を剣で往なす。突きとは攻撃範囲が狭いようで意外と厄介な攻撃だ。かわしても引いて再び突くだけだから思いのほか次の攻撃が早い。斬撃のように鍔迫り合いというものもないから受けるのも難しく払うのも一度避けてから払うしかない。その上射程も長いんだから戦場で槍が主武器というのも頷ける。
尤も戦場で歩兵が槍を主武器にしているのは上から叩いたり槍衾で突撃を防いだりするためであってドミニクのような槍捌きで戦うためというわけじゃない。まぁ歩兵が皆ドミニクみたいに槍を自由自在に使いこなしてくればそれはそれで恐ろしい話ではある。
遠距離での魔法攻撃のクリストフ、中距離での槍のドミニク、これらを凌ぐと次は近距離の剣であるエーリヒと父だ。しかも父は結構容赦がないからドミニクやエーリヒを肉壁にしてでも俺を切り伏せに来る。今まではそこで父には届かずやられていたけど今日はそこが狙い目だ。
今回も懐に入られて槍の効果が半減したドミニクを盾にして影から俺に近づいてきている。エーリヒはドミニクの右手側から、父はドミニクの背後から俺に迫る。恐らく直前でドミニクの影から出てきて俺がエーリヒやドミニクを倒している間に切りつけるつもりだろう。
懐に入り込んだドミニクの腹を蹴り飛ばし後ろの父を牽制する。エーリヒの剣は撃ち合えばまだ俺の方が腕力でも体重でも劣るのでまともに受けてはいけない。いつもなら剣で往なすところだけど今日は体捌きだけでかわして近づく。
「うおっ!」
「ふっ!」
短く呼吸を整えてから渾身の一撃で胴を打つ。いつもならここで父に俺も打たれて相打ちで負けだ。来るのがわかっていても避けられないのが父の一撃であり今の俺の身体能力や反射神経ではどうしようもない。
ヒュッ
と背後から鋭い音が迫る。
やっぱりこの瞬間を狙ってきていた。予想通りでありいつもの俺なら反応が間に合わずわかっていても避けられない。しかし!今日は違う!
「ここっ!」
バフ魔法を発動させてエーリヒに向かっていた体を無理やり切り返す。ギシギシと足や腕がいやな軋みの音をたてているけどこれくらいなら許容範囲だ。
急ブレーキをかけた俺は体を捻り目標も見ることなく音を頼りに俺に向かってきている攻撃を受ける。そのまま力ずくで受けずに攻撃を目視して往なせばがら空きの父が……。
「……え?」
違う!受けたのは父の剣じゃない!?ドミニクの槍!?蹴られたドミニクは……、まだ後ろに仰け反って倒れそうになったままだ。これは……、父がドミニクが手放した槍を俺に向かって振るった?なら父は?
「大した反応だ。今までとはまったく違う。今日まで手を抜いていたのか?」
「――ッ!?」
右手で左から右に槍を払いながら自身も左へ回りこんでいたのか……。右回りに振り向いていた俺のさらに右へと回りこんでいる父に対して反応が遅れる。
くそっ!まだ届かないのか……。このまま俺の背後にあるであろう父の左腕の剣で背中から斬られるのだろう……。また負ける……。
いいや!まだだ!
「まだっ!」
再度バフ魔法を発動させて思いきり屈む。父の攻撃がどういう攻撃かはわからない。これはもう出たとこ勝負の勘だ。これで攻撃をかわすか、かわしきれなくとも少しでも当たるのを遅らせられれば良い。
「ぬっ!」
屈んだ姿勢から思い切り溜めた足のバネでロケットのように飛び出す。
「やぁっ!」
キンッ
と高い音が響いた。槍を受けていた腕を無理やり引き戻して突進した俺の剣は……、折れている。
左肩にズキリと鈍い痛みがある。どうやら父が振り下ろしていた剣が俺の剣を折り肩にまで当たっていたようだ。また負け……か。
「見事だ。まさかもう私から一本取るとはな」
「……え?」
振り返って見てみれば、父の脇腹に少し擦ったような跡がある。どうやら俺の胴への払いも一応父に届いてはいたようだ。ただそれは本当に小さな掠り傷で一本取ったというには程遠い。
俺の剣が掠るくらいの時に父の剣によって俺の剣が折られたんだろう。もう少しで完全な一撃が入ったと思うけどあれ以上は体がもたない。今でも打たれた剣のせいだけじゃない反動で体がプルプルしているのにこれ以上バフ魔法で無理をすれば自滅するだけだ。
「ふむ……、あれはマリアの……。自力でマリアと同じ……?」
「父上?」
何かブツブツ言っている父に近づくとジロリと見られた。ちょっと怖い。
「まさかこんな隠し玉があったとはな。私から一本取ったのは見事だ。今朝の訓練は終わりとする」
「はっ、はい!」
急に言われて背筋がピーンとなった。これって……、褒められてる……、んだよな?
「ふふっ」
屋敷へと戻っていく父の後姿を見詰めながら自然と笑みが零れた。例え満足のいく一撃ではなかったとしても確かに俺の剣は父に届いた。今はそれだけで良いじゃないか。
ちょっと卑怯なだまし討ちみたいだったけど、ちょっと掠っただけのほんの些細な一撃ではあったけど……、それでも父に一矢報いた俺は上機嫌で屋敷へと戻って行ったのだった。
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カーン邸で仕事を済ませた俺は今日もこっそり抜け出して森を北西に向かって走る。今朝もかなり無理をしたから抑え目ではあるけどバフ魔法も慣らしておかなければならないので限界を超えない程度にブーストして走る。
昨日は来れなかったけど……、今日もいるかな……。
初めてあの娘と会った辺りをウロウロして探していると……。
「お?いた……」
本当にいた。少し大きな石の上に座っている。何をしているんだろう?こっそり近づいてみようかな。
「何よ……。今日も来ないつもり?」
ん?独り言か?誰かを待っているのかな?
「この私が待ってやってるってのに!もう今日来なかったら知らないんだから!」
何だか怒り出した。一人でコロコロと表情や感情が変わって本当に面白い娘だな。まぁいつまでも後ろで聞き耳をたてているのも失礼だろうから声をかけよう。
「誰を待っているの?」
「ひやぁっ!」
後ろから覗き込みながら声をかけるとミコトは飛び上がっていた。いや、比喩じゃなくて本当に……。3mくらい浮き上がってからフワフワと降りてくる。
丈の長いスカートを穿いているとは言っても上から降りてくればスカートは捲くれるし下から覗き込めば全ては見えないまでもそれなりに綺麗なお御足が見える。ロングスカートが当たり前で特定の仕事でもなければ膝ですら見せることが滅多にないこの世界のこの時代においてうら若い乙女の足が見えるというのは中々良いものだ。
「ちょっと!驚かせるんじゃないわよ!心臓が飛び出るかと思ったじゃないの!」
「あぁ……、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだけど……」
まぁちょっとは驚くかなとは思ってたけどそんなに驚くとは思ってなかった。
「大体何しに来たのよ!またこんな所まで来て!」
「え?それはこの辺りに来たらまたミコトと会えるかなと思って」
バフ魔法の訓練も兼ねているけどそれだけならわざわざこんな所に来る必要はない。ここまで来たのは言葉通りミコトがいるかと思ってのことだ。
「なっ!ちょっ!あんたね!そんなことで私の気を引けるとでも思ってるわけ!」
俺の前に降りて来たミコトは真っ赤な顔をしながらワタワタと手を振りながらそんなことを言っていた。可愛い……。
昔は俺はこういう強気キャラというか、ツンデレというか、そういうのは少し苦手だと思っていた。例え本心ではそうじゃないとわかっていたとしても偉そうに強気で言われるのは苦手というか何というか……。そう思っていたはずなのに……。
現物が今目の前にいるとまったく違う印象というか、俺が歳を重ねて余裕が出来たからだろうか?明らかに俺よりも相当年下の女の子相手だから余裕があるのかこういうのも可愛いと思えるようになった。
きっとこういうタイプの子は同じくらいの年頃相手だとあまりウケが良くないだろう。受け取る側に余裕がなければこういう子は誤解されてしまうに違いない。
でも今の俺はミコトのこういう所を受け止められるだけの余裕がある。だから言葉と裏腹に照れているのだとか恥ずかしがっているのだということがわかる。それがわかると何と可愛らしいことか。
いや、決してアレクサンドラのことを忘れたわけじゃないよ?浮気じゃないよ?いや、うん……。アレクサンドラとも別にそういう関係じゃないから浮気だとか気にすることはないはずなんだけど……。ただ単純にミコトが可愛いなっていうだけのことだ。他意はない。今のところ……。
いやいや、将来はわからないじゃん?ミコトといつかそういう仲になるかもしれないし?というかミコトならこちらからお願いしたいくらい可愛いし?アレクサンドラが王都に行って以来女の子とキャッキャウフフ出来てないしちょっとくらい……、ねぇ?
「今日は時間があるかしら?少しでも良いからお話しましょう?」
そう言って俺が大きな石に座ると暫く口篭ってアウアウしていたミコトも俺の横に腰掛けた。
「べっ、別に暇だから付き合ってあげても良いけど……。少しだけだからね!」
うんうん。ツンデレさん可愛いね。
「それではお話しましょう」
こうして俺はミコトと少しだけお話出来た。まずは当たり障りのない話から、徐々にお互いのことについて。がっついてはいけない。落ち着いて、ゆっくり、無理に聞き出さずに相手が話してくれることに耳を傾ける。楽しく有意義な時間はあっという間に過ぎていったのだった。
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昨日は楽しい時間を過ごせた。ミコトともかなり親しくなれたと思う。多分だけどミコトはあまり同世代の友達はいないのだろう。昨日の何気ない会話からでもそのことが薄々感じ取れた。
俺もそうだからわかるけどミコトの話には他の友達や同世代の子達の話がまったく出てこない。普通なら同世代での流行りや出来事の話くらい出てくるはずだろう。それがまったくないということは知らないということ。話せるようなことがないということだ。
俺も、カタリーナも、アレクサンドラも、ミコトも、皆そうだ。ルイーザは子供達の面倒を見ていたし兄弟も多くてそういう話題に事欠くことはなかった。クラウディアも騎士候補生達の話や近衛師団での話はあった。だけど俺達にはあまりそういう話はない。他の人とあまり接触する機会がなかった俺達にはそういう経験は乏しい。
まぁネガティブに考えることもないだろう。今まではそうだったかもしれない。だけどこれからは変えていけば良い。これからはミコトと会ってたくさんお話すれば良いだけのことだ。
折角新しいお友達が出来て良い気分なのだから暗い思考は必要ない。ルンルン気分で朝の日課の練兵場へと向かう。
だけどそこに居たのは……。
「……お母様?」
カップのついた胸当に腰鎧をつけて籠手や脛当ての防具を身に纏い、方天画戟かハルバードかという巨大な槍状の武器を持って立っているのは紛れもなく俺の母マリアだ。
「パパったらねぇ、ず~っとお母様がフローラちゃんとこうして遊ぶのを禁止してたのよ~?自分は毎日フローラちゃんとこうして遊んでたのにねぇ?」
いや、別に遊んでないですけど?むしろ毎日鉄の棒でぶん殴られて痣だらけですけど?
「だけどねぇ!ようやくパパがお母様もフローラちゃんと遊んで良いって言ってくれたのよぉ?お母様うれしくってうれしくって!」
「なっ!?どういうことですか?」
母の言葉は要領を得ないので隣に立つ父に聞いてみる。父も言葉少なで意思疎通が得意とは言いがたいけど少しは状況を教えてくれるだろう。
「マリアは手加減が極めて下手なのだ。もしフローラの実力が伴わないうちのマリアと手合わせすれば大怪我を負わせてしまっていただろう。しかし先日私に一撃を入れられることが証明された。だからマリアの相手も大丈夫だろうと判断したのだ」
いやいやいや!全然意味わかりませんけど?なんでこんなおっとりした母が?ブゥンブゥンとあんな重そうな槍だかハルバードだかわからない武器を軽々と振り回しているんですか?
「奥方様は『血塗れ聖母』ブラッディーマリアと呼ばれるほどの武人です。一説には英雄アルベルト様よりも腕が立つという話もあるほどで……」
コソッとエーリヒが教えてくれた衝撃の事実。あんなほんわかした母が?
「えええぇぇぇ~~~~!?」
驚きのあまり俺ははしたない声を上げたのだった。




