表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/545

第五十八話「森での出会い!」


 綺麗な黒髪に吸い込まれそうな真っ黒な瞳が俺を見詰めている。ツインテールのその少女は和風な人形のような綺麗な女の子だった。


「ちょっと!私をどうする気!?離して!離して離して離して離して~~~~!」


「…………」


 うん……。見た目だけな?見た目はとても清楚な感じがするのに口を開くと残念な感じだ。お姫様抱っこしているとバタバタと暴れて危ないのでとりあえず降ろすことにする。


「うぅ~~っ!あんた何者よ!私をどうする気っ!?」


 別にどうする気もないけど……。ただ獣に襲われてるのかと思って助けようと思っただけで、それも必要なかったというのはもうわかっている。こういう場合はまず自己紹介からして落ち着いて話をした方が良いのだろうか。


「えっと、怪しい者じゃないです。私は……」


 あっ!この場合はフロトの方が良いのかな?それともフローラ?ここは一応カーン家の領地だからフロトの方が良い?だけど今は別に騎士の格好はしていない。執務室からこっそり抜け出したままだから比較的ラフなドレスのままだ。それならフローラの方が良い?


「『私は』何?名乗りも出来ないの?やっぱり怪しいじゃない!」


 どうしよう。カーン家の領地だし領主として名乗った方が良いのかな……。何か騎士爵に叙爵されてからはあまりフローラと名乗らない方が良い事も多いし……。でも急にここの領主ですとか言ったら驚かせるかな。


 う~ん……、う~ん……。もういいや。フロト。フロトでいきます。


「私はフロト・フォン・カーン。貴女は?」


「フロト・フォン・カーン?変な名前ね」


 悪かったですね変な名前で……。それを考えたのは俺じゃないんですよ……。俺に言われても知りません。


「まぁいいわ。私はスメラギ・ミコトよ」


すめらぎみこと?」


 何だ?日本人?なわけないよな……。ないよな?見た目は黒髪で黒目だけどこんな所に日本人がいるはずがない。


 驚いた俺がじろじろ見ているとムッとした顔のミコトが怒り出した。


「何ジロジロみてんのよ!これだから人間は……」


「人間は?何かその言い方だとミコトは人間じゃないみたいだね?」


「はぁ?何言ってんのよ。私が人間なわけ……、あっ!そっか……。あんた知らないんだ。そっかそっか」


 ミコトは一人でブツブツ言うと何か納得したように頷いていた。何か自己完結が多くて会話が成り立たない子だな……。


「あの?」


「あぁ、いいの。気にしないで。そっか。フロト・フォン・カーンね。何て呼べばいいの?フロト?カーン?」


 急に態度が変わった少女に面食らいながらもようやく会話が出来そうなのでまずは親しくなるところからやってみることにする。


「フロトでいいよ。貴女はミコトで良いのよね?」


「そうよ。ミコトが名前。あんたはフロトが名前ってことでいいのよね?」


「フロトが名前よ」


 姓名の順ということはやっぱり日本に似ている。言葉は一応通じているけど何か訛りがあるように聞き取り難い。一応通じるけど少し違う言葉というような感じだ。


 ヨーロッパではそういうことが比較的ある?古○○語を元にして分かれた言語だからある程度は通じるけど通じない言葉もある、みたいな親戚のような言葉がたくさんあったはずだ。


 ちなみに日本の方言は意図的に方言として言葉をかえていた。方言で話していれば言葉の通じない者、つまり間者には盗み聞きされても意味が通じないから情報を盗まれるリスクが下がる。また方言を使わない者や理解出来ない者がいれば他所から来た者ということであり間者などを発見しやすくなる。だから意図的に地元民しかわからない方言を作り上げていった。


 有力な地方の大名のいた地域にきつい方言ばかりあるのはそういうことだ。中央、幕府と距離を置いている地方大名は幕府の間者に情報を奪われないように、あるいは隣接する大名同士がいがみ合っていれば相手からの間者に気付いたり情報を奪われないようにお互いに異なる方言を使っていたりする。


 ヨーロッパの言葉がそういう意図で方言的に変化していったのか、ただ単純に長い年月を経ている間に交流の少ない地域間の言葉に違いが出て来たのかはわからない。今言えることはミコトの言葉は一応わかるけど日本で言えば非常にわかりにくい方言を聞かされているような気分になるということだ。


「フロトね……。それでフロトはこんな所で何をしていたのよ?」


 それは俺の台詞なんですが……?ミコトみたいな女の子が何故こんな所に一人で居たのかの方が謎だ。


「ミコトこそ……、どうして一人でこんな深い森の奥にいたの?どうやってここまで来たの?」


「えっ!それは……、その……」


 俺の突っ込みにミコトはしどろもどろになっていた。さっきは魔法で猪みたいな獣を倒していたんだから少なくともそれなり以上に魔法が使えることはわかっている。問題はどこから来て何をしようとしていたのかだ。一応ここは俺の領地になっているんだから猟をするにしても俺の許可とかがいるんじゃないだろうか?


「フっ、フロトこそどうなのよ!フロトみたいな女の子が一人でどうしてこんな所にいるのよ?」


 お?今度は逆切れか?俺の答えを聞いてから自分の答えを合わせて答えようってことかな。何か疾しいことがありそうだなぁ……。


「私は領地の巡回だけど?」


「はぁ?巡回?女の子が一人で?こんな森の奥を?」


 はんっ!と何か小馬鹿にしたような感じでミコトが鼻で笑う。表情もコロコロ変わるし何かこの娘面白いな。


「そういうミコトも女の子一人でこんな森の奥に居るでしょう?」


「私はいいのよ。見てみなさいよあれを。あれは私がやったのよ」


 ミコトの指差す方を見てみれば、確かにそこには獣が転がっている。俺も別にミコトの力を疑っているわけじゃない。ここまで来れるだけの実力はあるんだろう。


 だけどミコトにはそれほど汚れた様子はない。ここに来るまで俺はバフ魔法で走ってきたからかなり短時間で済んだけど普通に町から歩いてくれば一番近いカーザーンやカーンブルクからでも相当時間がかかる。その間汚れもせずにここまで来るのは難しいだろう。


「ミコトはどこからどうやってきたの?森の中を歩いてきたにしては随分綺麗だね?」


「うっ!だからそれは……、って!それはフロトもじゃない!」


「私はこうやって走ってきたから」


 俺は軽くバフ魔法をかけて飛んだり走ったりしてみせた。これだけ走れれば町からここまでもそれほどかからないことはわかるだろう。


「うっ、嘘っ!?人間がこれほどの状態強化を使えるなんて!?」


 ミコトは驚いているようだけどどうやらバフ魔法についても何か知っているようだ。


「それでミコトはどうしてここへ?」


 パフォーマンスを終えてミコトの前に降り立つとミコトはタジタジと少し下がってから気を持ち直したのかまた強気の顔に戻っていた。


「ふっ、ふんっ!それくらい出来るからっていい気にならないでよね!私だってこうして飛んできたんだから!」


「おおっ!?」


 そう言うとミコトはフワリと浮いた。一瞬だけ……。


「……え?それだけ?」


「ちょっ!そんなわけないでしょ!見てなさいよ!えいっ!」


 ミコトは連続でフワフワ浮くように地面を滑り出した。たぶん持続時間の短い浮く魔法をジャンプの跳躍、着地前後にだけ使っているのだろう。フロッピーディスクを開発したと主張しているドクターが履いていたピョンピョン跳ねる靴のような跳び方というか走り方というかだ。


 見た目はあれだけど跳ぶ距離と速度は中々のもので本人も疲れている様子はない。案外速く楽に進める方法なのかもしれない。


「どっ、どう?ハァハァ……、これで……、ゼェゼェ……、わかったでしょ?」


 いや……、訂正……。何かこの娘えらい疲れてるぞ……。普通に走った方がまだしもマシなんじゃ?


「ここまで来た方法は別にいいんだけど……。どこからここへ来て何のために来たのか知りたいんだけど?」


 そう。俺が知りたいのはどうやって来たかじゃない。何をしに、どこから来たのか。それが聞きたいことだ。


「それは……、ちょっと……、気分転換に城を抜け出して……」


「ん?気分転換に抜け出して?」


 何かボソボソと言っているからよく聞き取れないけど何か今気分転換に抜け出して来たとか言ったぞ?この娘もしかして無断でどこかから抜け出してきたんじゃ?


「だっ、だから私はいいのよ!フロトこそどうなのよ!」


 おおっ……、やっぱりこの娘逆切れで押し切ろうとしているな……。


「だから私は自分の領地の巡回よ」


「……自分の領地?ここが……?フロトの……?」


「そうだけど?」


 一応間違いじゃないはずだ。東方面へはどこまで出て良いかはっきり線引きされていないけど西は北西の山まで俺の領地に割譲すると言われた。南西へ向けて進むことは出来ないけど北西は国境まで俺の領地だ。


「ふ~ん……。そう……。そうなんだ……」


 何か怖い顔で俯きながらブツブツ言っている。この娘は最初からずっとこんな感じだけどその表情の怖さは今までの比じゃない。何かまずいことでも言っただろうか。


「ミコト?」


「フロト・フォン・カーン!またいずれ会うことになるわ!それまで首を洗って待ってなさい!」


「え?あっ!」


 それだけ言うとミコトはまたピョンピョン跳ねながら去って行った。だけどさっきの冗談みたいなピョンピョンとはレベルが違う。滅茶苦茶速く去って行った。あれが本気か?さっき見せた時のピョンピョンは冗談だったんだろうか。


 何だったんだろう……。何か凄く気になる娘だったけど……。俺もいつまでもこんな所に居るわけにはいかないから帰らなければならない。ミコトが去って行った北西方向を最後に一度だけ振り返ってから俺はカーン家の屋敷へと帰って行ったのだった。




  =======




 翌日、目が覚めたけど動けなかった。全身が滅茶苦茶痛い。これはあれだ。酷い筋肉痛の時みたいな感じだ。


 原因には思い当たることがある。恐らくバフ魔法のせいだろう。バフ魔法は確かに肉体を強化して普段以上の力を引き出す魔法だけど肉体そのものが強くなるわけじゃない。言うなれば無理やり普通以上の力を魔法で引き出しているようなものだ。


 当然その反動は肉体に返ってくるわけで、今俺が寝たままの姿勢から動くのも辛いのはその反動の結果ということだろう。


 筋肉痛とは簡単に言えば筋肉が切れることによって起こる。過度な負荷を筋肉にかけることで酷使された筋肉は切れる。少し切れたくらいなら気にもならない程度の痛みしかないからわからないけどたくさん筋トレ等をしてたくさんの筋肉が切れると一つ一つは小さな痛みでも全体として大きな痛みになるわけだ。


 そしてその切れた筋肉が回復してくっつく時に超回復というものが起こる。切れる前よりもくっついて暫くの間は前以上に太く強くなっているというわけだ。それは時間の経過と共に元に戻ってしまうので超回復自体は短期間的なものでしかない。


 ただその超回復中にさらに筋肉に負荷をかけて切って、また超回復をさせて、と繰り返すのが所謂筋トレだ。そうして超回復を繰り返させて筋肉を増大させることでマッチョな体になったりする。


 今の俺は昨日バフ魔法を使いすぎたせいで筋肉が酷使されて切れているんだろう。だから筋肉痛と同じ状態になっている。


 俺はようやくバフ魔法の危険性に気付いた。いくら魔法で肉体を強化しても肉体がそれについていけなければこのように寝込む羽目になるというわけだ。それもただの筋肉痛レベルならまだ良い。だけど恐らくバフ魔法を酷使しすぎれば筋断裂、腱断裂、血管断裂、最悪は骨まで折れるかもしれない。安易に連発して良い魔法ではないということが身に染みた。


 騎士達がブーストをほんの僅かしか使わないのはそれだろう。ここぞと言う時に僅かにしか使えない。でなければ連発していては自らの肉体の方が崩壊してしまう。普段鍛錬している大人の騎士ですらそうなのだから女児の体である俺が無理をすれば大変な反動が来るのは想像に難くない。


 今日はまだ少し筋肉痛で力が入らず歩くのが辛いという程度で済んでいる。だけどもしもっと多用していれば?もっと強く魔法をかけていれば?


 瞬間的にスーパーなマンやウルトラなマンみたいな力が出せたとしてもそのツケは必ず自分に返ってくる。今後も五体満足で生活したければ無闇に多用しないこと。自分の限界を超えないこと。それを肝に銘じなければならない。


 それがわかっただけでも良いじゃないか……。失敗しない人間なんていない。俺は昨日バフ魔法を多用しすぎて失敗した。そして取り返しのつかないことになる前にその危険性に気付いた。それで良い。これが手や足を失うことになる前でよかった。


 今日はあまり動けないというか動きたくないのでカーザース邸で事務仕事だけしよう。とてもカーン邸に行ける状態じゃない。歩けるけど力は入らないし痛いし辛いしで大変だ。


 ノロノロと歩いている俺は執務室に行くまでもかなりの時間がかかった。イザベラやヘルムートは心配してくれていたけどこうなった原因を話せないので適当に誤魔化しつつ今日はカーザース邸で事務仕事だけ済ませて早々に休んだのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ