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第五十七話「遭遇!」


「おかえりなさいフローラちゃん!聞いたわよ!おめでとう!」


 イザベラに拭いてもらって服を着替えた俺はカーザース邸へと戻ってきていた。さすがに今日はこのまま仕事を続けるという気にはなれない。


 そんな俺を見つけて母がにこやかに近寄ってきてそう声をかけてきた。正直何も目出度くも何でもない。気分も悪いし最悪だ。


 だいたいこの世界はまともな下着もないし生理用品もない。前世では男だったから生理用品を使ったことはないんだけどそれでも今生よりはマシだろう……。何しろ今俺は……、ガードル、って言っているけど実質ただのベルトみたいなもの、に丸めた布を留めて股の間にあてている。所謂ふんどしみたいな状態だ。この世界ではこれが普通らしい。


 お腹は痛いし気分は悪いし股は気になるし何も良いことなんてない。最悪だ……。


「今日はお祝いにご馳走にしましょうか!」


「いえ……、あまり食欲がありませんので……」


 俺が辞退しようと思ったら母がジロリと睨んだ。怖い……。もしかして母は父より怖いんじゃないだろうか。普段は綺麗なお母さんだなと思ってたけど怒らせると父よりやばいのかもしれない。


「わっ、わ~い、ご馳走楽しみですね~……」


「そう!?それじゃダミアンに言ってくるわね!」


 パタパタと母は小走りで去って行った。もしかしてただ単に自分がご馳走を食べたかっただけじゃ?


 この家の人は他の家よりも相当良い食事を摂っている。俺が色々と食材や調味料や調理方法を教えるからだけどこの世界で言えば王族よりもご馳走を食べているだろう。


 それでも毎日贅沢が出来るほどこの世界は裕福じゃない。他の家から見れば十分贅沢でご馳走なんだろうけど前世を知っている俺からすればカーザース家ですら何て貧しい食卓だろうかと思ってしまう。そんな中でたまには少し贅沢をするのが楽しみな気持ちもわからなくはない。


 母が去って行った廊下を眺めながら、この気分最悪のテンションでご馳走が食べられるだろうかと少し心配になったのだった。




  =======




 何とかご飯を食べた俺は股を拭いてから眠りについた。だけど眠れない。俺は今嫌でも女なんだということを実感させられた。


 ほんの少し前までは呑気に考えていたものだ。いずれは男と結婚させられるだろうけど今女の子とキャッキャウフフ出来れば我慢も出来る?


 出来るわけがない。許婚のルートヴィヒのことは別に嫌いというわけじゃない。異性として好きかと言われたらそんな気はまったくないけど一生懸命な幼い男の子を見て微笑ましいという程度の感情だ。


 だけどあと何年かしたら俺は本当にルートヴィヒと結婚させられるかもしれない。そしてルートヴィヒの真ん中の第三の足が俺の真ん中に突き刺さる……。想像するだけでもおぞましい。とてもじゃないけど精神的に耐えられると思えない。


 ルートヴィヒのことが嫌いじゃないことと、ルートヴィヒにアレを突っ込まれることはまったく別の問題だ。俺が普通に精神的に女でルートヴィヒのことが好きならばこうは思わないのだろう。だけど俺は男でルートヴィヒのことは別に異性として好きなわけじゃない。


 あぁ~!駄目だ駄目だ駄目だ!ず~っと嫌なことばかり考えてしまう!眠れない!何なんだこれは!




  =======




 俺の初潮が来てから一週間、すっかり股の間の大惨事も収まって日常生活が戻ってきた。ルートヴィヒと結婚がどうとか考えるだけ無駄だ。どうして俺はあんなことをうじうじと考えていたのだろうか。どうせ俺が考えても無駄なんだからなるようになるさ!


「もう体は良いようだな。それでは遠慮なくいくぞ」


「――ッ!」


 朝の訓練中に余計なことを考えていたせいか父が少し強めに打ってきた。なんて大人気ないんだ!この父は!


 エーリヒ、ドミニクがうまく連携しつつ俺を牽制してくる。俺も少しは強くなったつもりだけど何か段々この二人も息が合ってきたというか連携がうまくなってきていて差が縮まらない。いつまで訓練しても勝てる気がしないのは何故だ……。


「ぬっ?」


「お?」


 だけど今日は俺に幸運が味方した。練兵場の地面が少し抉れていて父が足を取られた。滅多に無いチャンスだ。これだけ毎朝毎晩訓練に明け暮れているけど父から一本取ったことはない。エーリヒやドミニクは肉壁として父に生贄にされてるけど父は絶対に俺の剣を食らわない。今日こそ長年の悲願の一撃をお見舞いするチャンス!


「やぁっ!」


「……ふむ。少し……、強めにいくぞ?しっかり受けろよフローラ」


 隙ありと見て思い切り打ち込んだ俺の全力の一撃は、不自然な姿勢で片手で受けた父の剣に完全に止められていた。


 ありえない。そう、ありえない。


 いくら俺と父に腕力差があろうとも、男女差があろうとも、両手の俺の全力を不自然な姿勢で片手で受けられるはずはない。普段の父と俺との腕力差では絶対にあり得ないことだ。しかも俺は勢いまでつけて打ち込んだのであって体重や加速も加わっている。それをこんな姿勢で片手で受けるなんて……。


「――ッ!?かはっ!」


 考え事をしていたせいか俺の剣を受け止めた父が逆に剣を押し返してきただけで俺は吹き飛ばされた。そして父の剣が俺の胴を捉える。なぜあんな姿勢から放った一撃がこれほど重い?これでも一応弾かれた剣を引き戻して受けたはずなのに……。


 俺の一撃は届くことなく父の剣は俺にダメージを与える。俺と父の剣の何が違う?


「どうした?もう終わりか?」


「ぐっ……」


 転げまわっていた俺に剣を突きつけてくる。俺の前に立つ父からユラリと魔力が迸って……。


「がっはっ!」


 転がっていたはずの俺は空高く打ち上げられていた。その途中で意識は途切れその後どうなったのかは俺の記憶にはなかった。




  =======




 目を覚ますと見慣れた天蓋が目に映った。何だっけ……。どうして俺は寝てるんだ?


「……あぁ、そうでしたね……」


 朝の訓練で父に思いっきり吹っ飛ばされて気を失ったのか。


 何故父の剣はあれほど重い?俺の剣をあんな簡単に受け止められる?


 俺が子供で父とでは腕力差や体重差があることは間違いない。だけどそれだけでは説明がつかないほどの大きな差がある。


 俺も剣の腕だけならそこそこ使えるようになったと思う。だけど父のあの剛剣にはまったく敵わない。一度も一本すら取ったことがない。これはどうにも納得出来ないことだ。


「目が覚めたか?」


「……父上?」


 無遠慮に俺の部屋に入って来た人物に視線を向けると父だった。父は俺が年頃の娘だということを理解してるのだろうか。こんな無遠慮に入って俺が色々と大変な状態だったらどうするつもりなのか。まぁ自分で言ってても『ないわぁ』とは思うけど……。そもそも自分で自分が娘だという自覚があまりないしね……。


「少し強く打ちすぎたようだ。大丈夫か?」


 おお!父が俺の心配をしてくれている。いつもなら訓練でボコボコにしても別に心配もしないのに珍しいこともあるものだ。


「大丈夫です……。あの……、父上……」


「どうした?」


 俺が聞きにくそうにしていると何でも聞けとばかりに鷹揚に頷いて先を促してくれた。なので遠慮せずに聞いてみることにする。


「どうして私の剣は父上には届かず父上の剣はあれほどの威力があるのでしょうか?」


「……何を言っている?フローラもいつもブーストを使っているだろう?肉体の強さとブーストの効果を合わせれば普通以上の力が出る。フローラが十三歳の娘ではありえないような怪力を出しているのと同じだろう?」


 ん?ん?何だって?そもそも『ブースト』とは何じゃらほい?


「父上……、『ブースト』とは何ですか?」


「フローラ……、お前はまさかブーストも知らずに無意識に使っていたのか?」


 いや、そうは言われても何も教えてもらったこともないですけど?訓練もほとんど実地訓練ばっかりで鉄の棒で殴り倒されてばかりですし?


 それとなく父にそう言うとレオンとエーリヒを加えて色々と説明してくれた。どうやら父は説明下手らしい。ちなみにドミニクは呼ばれていない。ドミニクはその『ブースト』とやらが使えないのか、父同様説明が下手なのか、レオンとエーリヒが居れば説明は十分だと思われたのか、何故呼ばれなかったのかは聞いていないけどそんな所だろうか。


「なるほど……、魔力を……」


 皆の説明を聞いて大体はわかった。だけど何か色々と違和感のある話でもある。


 『ブースト』というのは大雑把に言えば所謂バフみたいなもののようだ。ただゲームのバフと違うのはそういうステータスアップの魔法をかけるわけではなく自分の魔力で瞬間的に自分を強化するらしいということだ。


 でもその言葉通り本当にただ魔力を集めて込めるだけでそういった効果が得られるなら何故ほとんどの者はそれが出来ないのか?それがわからない。


 厳しい訓練を積んだ騎士の中でも一部の者しか使えないということだけど人間は皆大なり小なり魔力を持っている。魔力を込めれば良いのならほとんどの人間が出来ることになるはずだ。


 仮に魔力を操作出来なければブーストが出来ないのだとすれば魔法使いは皆出来ることになる。だけど実際には魔法使いでブーストが出来る者はいないという。ブーストとはあくまで戦士系の者が自身を強化して魔法使いやモンスターに対抗する手段だそうだ。


 術式も必要なくただ体を強化したいと念じながら魔力を込めるだけで強化されるというのもおかしい。魔力にそういった作用があるとは俺は今まで気付かなかった。単純に魔力を込めたから身体能力が上昇するというのなら俺が魔力を込めて何かすれば物凄い力を発揮するはずだ。だけど試してみてもそんなことは起こらない。


 説明してくれた父やレオンに礼を言うと皆帰って行ったのでさらに検証を進める。


 確かに先ほど最後に父から魔力が迸るのは感じた。今までは感じたことがないのに何故今日は感じたのか。いつもは使っていないというわけでもないようだ。父の人間離れした怪力や身体能力はブーストによるものらしい。そう言われればそうだろうな。でなければ父は普段からカップとかを握り潰してしまうほどの怪力親父ということになってしまう。


 そして俺もこれまで無意識の間にずっと使っていたようだ。エーリヒやドミニクも使っているらしい。この世界で剣で名を馳せるほどの人物は皆使っているということだ。遥か昔の剣豪は防具もない腕で真剣を防ぎ剣の一振りで大地を割ったという。眉唾物だけど誇張しているにしてもそれに近いようなことが可能だという証拠かもしれない。


 少し……、調べてみようか……。これが出来るようになれば父からも一本取れるかもしれない。




  =======




 今日はカーンブルクの屋敷に来ている。カーンブルクの屋敷が完成してからも俺はカーザース邸と掘っ立て小屋と屋敷の三箇所を拠点にしたまま維持している。掘っ立て小屋はカーザーンから近いから割と便利だ。それにカーン家の兵士達は来ないから静かにしたい時は丁度良い。屋敷だと配下の者達がウロウロしているからね。


 でも今日は屋敷の方が都合が良い。屋敷から北西方向に森へ入っていけばまだ手が入っていない誰もいない森の中だ。こっそり執務室を抜け出して森の中へ入って行く。


 俺の認識では魔力とは一言で言えばただの燃料と同じだと解釈している。それなのにただその燃料だけを纏ったからって肉体が強化されるものなのか?それが疑問だった。


 燃料を使うためには燃料を燃やして動力に変えるエンジンなりが必要なはずだ。そのエンジンの役割を果たすのが術式であって術式がきちんと出来ていなければ燃料を入れて燃やしてもまともに動かない。


 だったら、もしかして騎士が『ブースト』というバフを瞬間的に使っているのは何らかの術式を発動させているからじゃないのか?魔法使いがブースト出来ないのはその術式を構築出来ないからだと考えるべきだろう。体に関わるバフ系統の魔法は普段から体を動かしていないと術式がうまく構築出来ないのかもしれない。


 もちろん俺の考えがあっている保証はないわけで術式なんて関係なく発動させている可能性もある。でも正規のブーストとは違っても術式で魔力をそういう効果に変換する魔法を作れば同じ効果が出せるんじゃないだろうか。つまり今から俺がやろうとしていることはバフ魔法の開発。


 これが成功した時にそれがブーストであるのか同種の効果を発揮するだけのまったく別の能力であるのかは問わない。要は術式によってコントロールされたブーストのようなものを自在に使えるようになれば目的達成だ。


 このブーストを知ってから俺は何日も何日もバフ魔法の開発に励んだ。これまでの魔法と違って簡単にはいかない。熱魔法なんかは既存の魔法の術式を少し書き換えるだけで出来たけど肉体を強化する魔法というものが存在しないのだから何かを元にしてちょっと手を加えたら完成とはいかない。


 何日も何日も術式を考えて構築しては試して失敗を繰り返した。時には筋肉がブルブルおかしくなってこむら返りのようになったり、血管が浮き出して血が噴き出したり色々とあったけどようやく一つの形になりつつあった。


「よし……、今度こそ……、『ブースト』!」


 今度こそ自信がある。これまでの失敗は無駄じゃなかった。体が軽くなったような気がして軽く飛び上がると人間の身体能力じゃあり得ないほどの高さに飛び上がった。


「やった!成功だ!」


 俺が普段使っていたというブーストの比じゃない。術式によって完璧にコントロールされているバフ魔法は騎士達が使うブーストとは魔力効率が桁違いだ。しかも持続時間も自由自在。俺が魔力を込め続けて魔法を維持している限り連続で使用可能だ。


 ただたぶん肉体への負担は大きいだろう。いくら強化しているとは言っても普段出せないような力を出しているわけだから体に影響がないはずがない。だから騎士達のブーストも瞬間的なものなのだろうと思う。魔力の枯渇の問題もあるんだろうけど……。


「ちょっと……、森を走ってみるか」


 バフ魔法の効果を確かめながら飛んだり跳ねたり走ったりを繰り返す。ずっと魔法を発動していることはない。地を蹴る瞬間や着地の瞬間だけ発動させて肉体への負担や魔力の消費を抑えればどうだろうか。色々試しながら森の中を駆け抜けていたらいつのまにか遥か先の北西に見えていた一番高い山の近くまで来ていた。どうやら調子に乗って森の奥まで入りすぎたようだ。


「これは……、そろそろ戻った方が良いかな……。ん?あれは?」


 一度森の上までジャンプして周囲を確認してみたら何やら人影を発見した。こんな森の奥深くに人?猟師ですら入ってこないと聞いている場所なのに人がいるなんて何か変だな。少し行ってみようか。


 急いで人影を発見した場所まで駆け寄ってみればそこには……。


「あっ!あぶない!」


「え?きゃっ!」


 モンスターじゃなくて普通の猪のような獣に襲われそうになっていた少女が居たからそのまま駆け寄って抱きかかえて飛びずさった。だけど少女は自力でも何とか出来たようだ。俺が少女を抱きかかえて移動する前に放っていた魔法が猪のような獣を捉えて絶命させていた。


 それはそうか。一人でこんな場所にいるということは自衛手段も持っているということだ。でなければそもそもこんな場所まで来れるはずがない。


「ちょっと!何なのよ!」


「あっ、ごめっ……、え?……黒目黒髪?」


「あっ……、人間っ!?」


 俺が抱きかかえている少女を覗き込んで見ると、この世界に来て初めて黒目で黒髪のツインテールの少女を見たのだった。



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