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第五十六話「アレが来た!」


 今日も今日とて書類とにらめっこする。今年度から税収が入ってくるとはいっても相変わらずカーン騎士爵家の財政は火の車だ。辛うじて自転車操業で回っているだけで余裕がある生活とは程遠い。何か一つでもこけると途端にお金が回らなくなるだろう。


 カーンブルクはカーン騎士爵邸から真っ直ぐに伸びた街道がズドンと走ってカーザーンの北門まで続いている。そのメイン通りに面して初期の頃は家もない入植者達が共同生活していた大きな建物が立ち並び、左右の路地裏には住民達の家が広がっている。


 東へ少し離れた場所には工場地帯があって甜菜糖や乳製品の加工場や保管倉庫街になっている。水を引きやすいように西側に畑が出来ており色々と農作物が育っているようだ。農作物はテンサイだけじゃなくて輸入に頼らなくても生活出来るように小麦などの主食から野菜まで色々と作られている。


 キーンでは農業はあまり大々的に出来ないので村人が最低限自給出来る程度で海産物と塩の取引で足りない食糧を輸入して賄っている。漁業に関しては漁師を呼んできて任せているだけだから俺は詳しくはわからない。ただ製塩業に関しては少々口を出させてもらった。


 天日塩を作ろうと思うと広大な塩田が必要になる。それに乾くまでに時間がかかってしまう。そこで釜炊き塩といって簡単に言えば海水を沸かして水分を飛ばして塩を取り出すわけだけど海水の塩分濃度は3%前後。1リットルの海水から30gそこそこしか取れない計算だ。これでは効率が悪い。薪がいくらあっても足りないだろう。


 だから釜炊き塩であろうと天日塩であろうとまずはある程度乾燥させて塩分濃度を高めるというわけだ。その上でそのまま天日で乾燥させるのが天日塩、釜で炊くのが釜炊き塩となる。


 塩分濃度を上げる方法だけど入浜式塩田というものが地球にもあったはずだ。物凄く大雑把に言えば潮の満ち引きを利用して満潮時には海水が流れ込み干潮時には海水が流れ込まない仕掛けを作る。そうして満潮時に流れ込んだ海水を通す溝に海水が溜まりそこから毛細管現象によって周囲の塩田に染み込む。その砂を太陽光や風で乾燥させて乾くと集めて海水で砂を洗い流し付着していた塩分を溶かす。こうすることで砂に付着していた塩分を海水に溶かすことで普通の海水よりも塩分濃度の高い水を作り出す。


 これの利点は普通なら人力で海水を塩田に撒いて乾かしていたのを潮の満ち引きで人手を使わずに海水を塩田に撒けることだ。一番大変な作業工程が省略出来るということはそれだけ少ない人手でたくさんの塩を作れることを意味する。


 俺も具体的な方法をはっきり知っていたわけじゃないから製塩業の経験者と相談して試行錯誤と失敗を繰り返してようやく完成した。俺達が手探りで作ったものだから恐らく地球のものほど洗練されていないだろう。それでも製塩業の者達はとても楽になったと喜んでいたから良しとしよう。


 獲れた海産物や塩はすでに繋がっている街道で陸路によってカーンブルクに運ばれるものもあるけど船を使って川を上ってくるものもある。


 現在カーン家では三隻の船を公営で運航させている。カーザーンの東を流れる川をディエルベ川といいカーザーンの東の船着場を終着としてカーンブルク東の船着場、ディエルベ川河口のルーベーク、キーンを結ぶ定期航路を運行中だ。


 元々はカーザーンからキーンへの生活物資の輸送がメインだったけどカーンブルクとキーンの生活が安定してからは領内の運搬向けに使う……、はずだった。だけどルーベークやカーザーンへの船客が多く盛んなために定期航路として使ったままになっている。それどころか船客が多すぎて貨物便と客船を分けようかと考えているくらいだ。


 まぁキーンまで行く客はあまりいないからキーンへの航路はほぼ貨物専用状態に近い。人が多いのはやっぱりカーザーン~ルーベーク間の利用客だ。カーンブルクに降りる客も少ないからね……。


 これも儲かってはいるはずなんだけど何故かお金は余らない。不思議だ。お金はあったらあっただけ消えていく。前世でも出かける時間もないほど働いていたはずなのにお金は貯まらなかった。あっ、あれはグッズや円盤やゲームを買っていたからか……。もう忘れよう……。


 他に手押しポンプも作った。カーンブルクも上水とはいえ現代日本のようにポンプで圧力をかけていつでも蛇口を捻ったら水が出るというわけじゃない。上水井戸から水を汲まなければならない。キーンも井戸を利用しているから汲み上げるのが大変だろうと思って手押しポンプを開発してみた。


 手押しポンプの構造自体は簡単だ。極端に言えば上向きにしか開かない蓋を二つつける。下の蓋は固定しておいて上の蓋は手押しポンプのハンドルを動かすと上下するところにつけておく。そこに呼び水と言われる水を先に入れてパイプ内を密閉しハンドルを動かすと水が上がってくる仕掛けだ。


 ハンドルを押し下げる。つまり中の蓋が上に上がると下の蓋が開いて水が吸い上げられる。上の蓋は蓋の上に水が乗っているので蓋が開かない。


 一番下までハンドルを下げると今度はハンドルを上げる。すると下の蓋は上の蓋が降りてくる圧力で閉じる。上の蓋は下の蓋が閉じたことで上と下の蓋の間の水が逃げる場所がなくなり圧力がかかり、上の蓋が開いて水が上の蓋の上に逃げる。


 再びハンドルを下げると上の蓋の上に溜まった水が押し上げられて外に出てくる。下の蓋は上の蓋との間が真空状態になっているので吸い上げられて井戸の下の水が上がってくる。いまいち説明がわかりづらいかもしれないけど単純に言えばこういうことだ。


 これを各井戸に設置した。カーンブルクの上水井戸はもちろんキーンの井戸にも設置している。さらに俺の家にもこれが設置してある。屋敷の隣に上水井戸を作り一度地上まで水を引き上げて溜める。地上の貯水池から屋敷の上までまた引き上げるポンプが設置してあり屋敷の上のタンクに水が溜まる仕掛けだ。


 井戸から地上と地上から屋上の二度ポンプで引き上げるようになっているから面倒ではあるけど屋上のタンクに水を溜めて上から水を落とすことで俺の屋敷内は蛇口を捻るだけで水が流れる上水システムを完備している。


 うちにはお風呂も完備していてお風呂のように水の使用量が多い場所は井戸のポンプから直接水を流せるようになっているので上水タンクの水は主に水洗トイレと洗面所に利用されている。キッチンにも一応上水タンクからの水も引いているけど大量に使う場合は井戸からのポンプで使うようにしている。あまり上水タンクを使いすぎて何度も屋上のタンクに溜めに行くのは大変だからね。


 手押しポンプはプロイス王国中でも需要があるだろうということでクルーク商会で商品化されて売られている。これも構造が単純だからいずれ真似されるだろうけど結構な売り上げになっているようだ。


 ウィッグ、トリートメントも最近では貴族相手に売り上げが伸びてきているようで収入源としては上々。チーズもかなり改良されて俺なら割りと食べられるくらいにはなった。ただ前世でチーズを食べていた俺と違って他の人はまだあまり好きではないようだ。発酵食品等は好みもあるし幼い時から食していたかどうかによっても大きく好き嫌いが分かれる。今度チーズを使ったおいしい料理かお菓子でも作ってみるか……。


 う~ん……。おかしいな?考えてみればこれだけ頑張っているのにどうしてお金が貯まらないんだろうか……。あ~……、少し前までイライラしてたのもこのせいだろうか。頭も痛かったしそれに何だか最近お腹が痛い……。下痢とか便秘とかそういう痛みじゃなくてこう……。シクシク痛むというかキューッと痛いというか……。


「失礼します。フロトお嬢様、書類をお持ちしまし……、フロトお嬢様!いかがなされましたか?」


 ヘルムートがノックしてきたから入るように言ったら入室してきたヘルムートは急に血相を変えて俺に駆け寄ってきた。


「別に何でもありませんよ?」


 嘘です。とてもお腹が痛いです。でも乙女がお腹痛いとか何か恥ずかしいのでお腹が痛いとは口が裂けても言えません。


「何でもないはずありません!とても顔色が悪い上に苦しそうではありませんか!」


 そうなの?一応ポーカーフェイスで平気そうな顔をしてるつもりなんだけど……。まぁちょっとお腹を抱えるように前かがみになっているのは否めない。いつもの背筋を伸ばした姿勢とは違うからもしかしたらそれでバレたのかもしれないな。


「一体どうしたのですか?」


 俺とヘルムートが言い合っている声を聞きつけたのかイザベラが部屋に入って来た。


「何でもありませんよ?」


「フロトお嬢様っ!?お加減が悪いのですか?向こうで少しお休みください」


 ヘルムートに言ったのと同じことを言ってみたけどイザベラにも通用しなかった。どうやら俺は傍目にも相当具合が悪そうなようだ。おかしいな。ここの所別に風邪を引くような気候でもないし何だろう。イライラしたり頭が痛かったりお腹が痛かったり……。


「さぁ!フロトお嬢様!もうお仕事は止めてお休みください!」


「……あっ」


 イザベラに抱えられて椅子から立ち上がった瞬間……、ドロリと俺の股の間を嫌な感触が流れていった。え?嘘?もしかして……、この歳で?


 俺は赤ん坊の頃から自我があったから極力お漏らしはしなかった。言葉もわからず人に話しかけることも出来なかった間はやむを得ないと思っておむつの中にしてたけど途中からは一切漏らさずきちんとトイレを伝えてさせてもらっていた。そのはずなのに……。まさか十三歳にもなってやってしまうとは……。


 やっぱりお腹が痛かったのは出そうだったからだったのか。まったくそんな感じはなかったのに……。でも何かおかしい。やっぱり漏らしたんじゃないんじゃ?


「フロトお嬢様……、これは……」


 俺の異変に気付いたらしいイザベラが俺のお尻の方を見ながらプルプル震えてる。こんな歳になってやってしまった俺がおかしくて笑いを堪えているのだろうか……。


「ヘルムート!すぐにこの部屋から出て行きなさい!」


「え?あの?フロトお嬢様は?」


「いいから早く行くのです!」


「はっ、はいっ!」


 イザベラの一喝によってヘルムートは部屋から出て行った。せめてヘルムートには知られないようにしてくれたのか。イザベラにはバレてしまったけどヘルムートにまで笑われなかっただけまだマシか……。


「フロト……、いえ、フローラお嬢様、最初は怖いかもしれませんがこれは普通のことなのですよ。まずは落ち着きましょう」


 そう言ってイザベラに再び椅子に座らさせられた。ぐちょりと濡れた感触が広がって気持ち悪い。っていうか普通なの?漏らすのが?そんなことないだろ……。いくら俺が今生に対して世間知らずでもそれくらいはわかるぞ。


「女性は成長してくると皆そうなるのです。フローラお嬢様だけがこうなのではないのですよ。それにフローラお嬢様くらいの歳ならばむしろ遅いくらいです。胸が膨らんできてから随分経っていたのになかなかこないので心配しておりましたがようやく初めてを迎えたのですよ」


 ………………なんだろう。それはもしかしてあれだろうか?女性が月に一度来るという伝説の?


「初潮おめでとうございます!」


「ええぇぇ~~~~!」


 こうして俺はこの世界では少々遅めの部類らしい初潮を迎えたのだった。




  ~~~~~~~




 プロイス王国王都ベルン王城の一室にて三人の男女が顔を突き合わせていた。


「こっ、これは本当か?」


 書類に目を通していたプロイス王国国王ヴィルヘルムは驚愕していた。


「はい。間違いありません」


 クルーク商会会頭ヴィクトーリアはお茶を飲みながら平然と答える。ヴィクトーリアにとっては今更の話だ。


「いやはや……、叔母上が嘘をつくとは思えませんがにわかには信じられない数字ですね」


 ディートリヒ公爵もヴィルヘルムと別の書類に目を通しながら溜息交じりに声を漏らす。


 プロイス王国では勝手に大型船を保有できない。ボート程度の小型船ならばともかく軍事力に直結する船の保有は王家の許可が必要になっている。そもそもプロイス王国も含めて周辺国では個人所有の船などまず存在せず複数の権利者が保有する共同保有の形が普通だ。


 そんな中で個人所有で既に大型船を三隻も持っているというのにさらに追加で二隻購入したいというカーン家の要望があったためにヴィルヘルムは丁度王都に来ていたヴィクトーリアを呼び出し話を聞くことにした。


 カーン家が、フローラが反乱を企てて船を集めているとは思っていない。しかしそれほど個人で船を保有するなど前代未聞のことであり、そもそもそれだけの資金を出すだけの財政状況はどうなっているのかとフローラ及びヴィクトーリアに問い質したのだ。


 その結果出て来た書類を見てヴィルヘルムとディートリヒは目を剥いていた。


「たったこれだけの期間で人口三百人に迫る勢いというだけでも驚きましたがまさかカーン家の財政規模がこれほどとは……。羨ましい限りですね」


 普通の騎士爵家や男爵家ならば数十人規模の村を治めていれば大したものだ。それも突然切り開くわけではなく何代にも渡って開拓してようやくその規模で安定出来るのであって決定からたった三年ほどで三百人もを安定的に養える町など作れるはずもない。


 しかしそれだけではなくカーン家の推定収入が桁違いに多い。その規模は男爵どころかそこらの伯爵をも上回り相当上位の貴族家並だと推定される。もちろんディートリヒのクレーフ公爵家には到底及ばないまでも羨ましいという言葉は嫌味でも冗談でもなくクレーフ公爵家から見てもカーン家の財政規模は無視し得ない額に達している。


 税収や年金など微々たるものであってないようなものだ。その内容はカーン家の特産品の販売代金、クルーク商会に販売委託している商品の販売代金、定期航路便の収益、多岐に渡りその金額もとてつもないものになっている。戯れにどれか一つ商売を取り上げても痛くも痒くもなさそうなほど多様で収入が大きい。


「フローラは商才もあったか……」


 ヴィルヘルムは顎鬚を触りながら思考に耽る。フローラを敵に回すのはまずい。これだけの才能ある者が、例えば万が一にも他国に亡命してそこで結婚でもしようものならば大変な敵になってしまう。フローラの才能を理解していたわけではないだろうが偶然にもルートヴィヒがフローラと先に婚約していて心底よかったと胸を撫で下ろした。


「それにこれだけ収入があるというのに堅実に使ってますね。無理なことや借り入れすることなく自己資本だけで次々と新規事業を立ち上げ、しかも全て成功している。かの姫の頭の中は一体どうなっているんでしょうねぇ……」


 普通なら事業を起こそうと思っても元手の資金が足りないためにどこからか資金調達してこなければならない。そして借りてくれば当然事業にも口を出されたり最悪乗っ取られたりすることもある。フローラは全て自己資本でやり繰りしているので誰に何を言われる筋合いもない。そして全て大幅な黒字を叩き出している。


 その大幅な黒字で自領の開拓を進めてさらに資金力を得る。一体どこまで開拓するつもりなのか想像もつかない。


「精々カーザース家の力を借りて小さな村でも作るかと思いきや……、いやはや恐れ入った」


「それで叔母上、この商品の数々についてなのですが、当家で話を聞いていない新商品らしきものが混ざっておりますが?」


「おや?クルーク商会はクレーフ公爵家にお伺いをたてなければ新商品も売ってはならないのでしたか?」


「いえ、そういうつもりはありませんが……」


 こうして三人は今日もフローラの奇抜な新商品を肴に遅くまで話し込んでいたのだった。



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