第五百四十四話「聞いてないよ!」
ようやく準備も整い、今日はプロイス王国の全貴族による大会議が開かれる。国事やこういった会議に参加するのは貴族の義務であり、よほどの理由でもない限りは本来全員強制参加となっている。
ただ広い国土にこの時代の遅い情報伝達や移動から、あるいはどうしてもその場を離れられないような事情がある場合には名代による参加も認められている。そもそもそういう事態に対応するために貴族は王都に屋敷を構えて、当主の代理を任せられるような立場の者が常駐していることが多いというわけだ。
まぁ必ず誰か当主代理級の者が常駐しているわけでもないけど、そういう家でも何かあれば名代くらいは送ってくる。むしろそうしないと罰せられてしまうからな。そんなわけでやってきた大会議場だけど相変わらず圧巻だ。
俺もこれまでに全貴族が参加している会議や国事に参加したことはある。わかりやすい所では俺自身の陞爵なんかも、基本的には大会議で認められなければならないし、式典は国事だから全員参加だ。ただまぁ、俺の陞爵の場合はちょいちょい抜け道というか、王様がずるい手段を使ったりはしていた。
今回もそうだけど、普通なら全貴族を集めて会議を開こうと思ったら何ヶ月も前から通知して、全員が十分揃うだけの期間を置いてから開催されるものだ。でもその時間がないからという理由で、集まれる者だけを集めた形ばかりの全貴族会議を開いて承認させるとか、そういうことは繰り返されていた。
今日の会議も本来なら全貴族を集めて会議を開くには告知から開催までの時間が短すぎる。結構前から通知していたようだけど、それでも万全な時間を取るには短い。元々対フラシア王国戦争のために貴族達を集めて話し合いが行なわれていた。この全貴族会議の招集も元々は対フラシア戦争のためだったらしい。
結果的には会議が召集される前に対フラシア戦争は終わってしまった。だから折角集めるのだから別の目的に利用しようと王様とディートリヒは考えているようだけど……。
まぁとりあえず今日のこの大会議の目的は対フラシア戦争が終わったことを知らせるためのものだ。この前俺達が会った時に他にも何やら色々と言っていたけど……、ちょっと聞き流していたから何だったかあまりわからない。
どうせ俺には大して関係ない話だろうしそれはいいだろう。
「集まったね。それでは全貴族会議を開催しよう。ヴィルヘルム国王陛下、お言葉を……」
「うむ」
暫く待っていると大会議が始まったらしい。王様の挨拶を聞き流しているけどやっぱり対フラシア戦争の戦勝報告みたいなもののようだ。
「そして今回得た領地と賠償金は、戦った家のみに分配される。今回何の手助けもしなかった卿らには一切何の分配もない!」
「「「「「なっ!?」」」」」
戦勝を宣言した後、王様はそんなことを言った。あれ?割譲された領土と賠償金については俺達が自分でどうにかしろと言ってなかったっけ?得た物は戦争に参加した俺達だけに分配することは認めるけど、他の貴族達をどうにかするのは自分達でしろと言われていたと思うんだけど……。
まぁ王様が言うのも当然か。俺達が勝手にそう言ってたら何を言われるかわかったもんじゃないもんな。少なくともプロイス王国がその分配に関して認めていますと宣言くらいはしてもらわないと、俺達が勝手に領土と賠償金は俺達の物だと言えば、それこそ国を割っての内戦になりかねない。これはきちんと王国から認められているという宣言は必要だ。
「おっと!お待ちいただきたい!私は彼らに協力した!ならば私はその分配に参加する権利があるのではありませんかな?」
そこへ……、待ったをかける声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがある。ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵だ。確かにこいつは俺達と関わった。でも散々俺達の邪魔をして足を引っ張るわ、物資の購入ではこちらの足元をみて吹っ掛けてくるわ、碌な事をされた覚えはない。協力したどころか妨害をしたと言った方が正しい。
でもまぁいいさ。こいつの処分はもう決まっている。あの時にこいつは排除すると決めていた。だから内部にいたまともそうな者達に協力を頼み、こいつの不正やら何やらの証拠はすでに掴んで王様に報告済みだ。
ハノーヴァーやハーメレンでの襲撃があってから、ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵家に仕えていた者の中でも一部は相当反発していた。そりゃ自分の故郷があんな目に遭っているのにまともに対応もしない領主に仕えていれば反発もするだろう。そういう者を抱き込んで証拠を集めるのは簡単だった。
この公爵様は自分によほど自信があったのか、ただの馬鹿なのか、ほとんど警戒もしていなかったから証拠を集め放題で、もしそういう証拠がなければでっち上げてでも蹴落としてやろうかと思っていたけどその必要もなかった。
王様にそれらの不正の証拠を提出すると直ちにブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵家のお取り潰しと、当主エルンストの裁判が決まった。裁判も形だけで結果はもう決まっている。エルンストの罪状はあまりに重く斬首だ。一言で言えば国家反逆罪に相当する罪があるからな。死刑は免れない。
西部貴族の大公爵であるエルンスト・フォン・ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵が罰せられることが公となり、大会議に参加している貴族達は静まり返っていた。公爵家のような大貴族ですらこうなのだ。他の貴族などもっとあっさり処分されるとわかったからだろう。
ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵みたいな奴に、今後も西部地域ででかい顔をされていたらまともな貴族がまともに働けなくなってしまう。王様が処分することに同意してくれて助かった。今までの王様やディートリヒだったら大貴族に遠慮してそこまで大胆な決定は出来なかっただろう。
何で今回は急にこんな大貴族を潰したり、全貴族会議で王家派以外の派閥を敵に回すかのような大胆な行動が出来ているのかは知らないけど、所詮下っ端の俺には関係ないし、今後の統治がやりやすくなるのなら大歓迎……。
「ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ領を含めた一帯をニーダーサクゼン地方とし、ハノーヴァーをフローラーと改名する。そしてニーダーサクゼン地方をフローラー選定侯領とし、フローラー選定侯にフロト・フォン・カーン侯爵を任命する」
「「「「「…………」」」」」
……………………は?
「そしてルウルー地方を含めたウェストファレン地方をケロン選定侯領とし、ケロン選定侯にフロト・フォン・カーン侯爵を任命する」
「「「「「…………え!?」」」」」
……………………え?
「さらにレインラント地方のレイン宮中伯を復活させる!レイン宮中伯をプファルズ選定侯とし、フロト・フォン・カーン侯爵をレイン宮中伯に任命する!」
「「「「「…………」」」」」
はぁっ!?ちょっ!?いや!あのおっさんは何を言っているんだ?頭がおかしくなったのか?
いやいやいや……。理解が追いつかない。何を言っている?
「ああ。もう一つ忘れておった」
「「「「「まだあるのっ!?」」」」」
まだあるのっ!?
「今回の働きに報いるためにフロト・フォン・カーン侯爵には余の娘、エレオノーレとの婚約を正式に発表する。またエレオノーレとの婚姻により王族に連なるフロト・フォン・カーン侯爵は公爵へと陞爵させる。以上」
「「「「「…………」」」」」
あっ……、あ~~~~~……。それは……、そういう話はあったね……。うん……。それだけはわかるよ。
って、いや、待て待て待て!エレオノーレと正式に婚約して公爵になるのはまぁまだいい。今回の戦争のご褒美も考えればそれくらいの対応はあるだろう。でもその前の話があまりにおかしすぎる。
まず選定侯って何だよ。地球の歴史では選帝侯というものは存在した。神聖ローマ帝国においてローマ王を選ぶ権限を有した者達のことだ。この場合の侯というのは諸侯のことであり侯爵のことじゃない。選帝侯自身の地位や爵位は様々で侯爵だったわけじゃないということだ。
選帝侯は選挙侯や選定候とも呼ばれ、ローマ王の選挙手続きにおいて『選挙』と『選定』が明確に区分されていたために選挙侯ではなく選定候が正しいという意見もあるとかどうとか……。
それはともかく地球での選帝侯はローマ王を選ぶ権限を有する諸侯という意味だったけど、当然プロイス王国では王を選挙で選ぶというプロセスが存在しない。プロイス王国は世襲だから現在はヴィルヘルム王が、そしてその次はその子供達が継ぐことになる。
じゃあ今王様が言った選定候とは一体何なのか?
「父……、カーザース卿……、選定候というのは何でしょうか?」
隣に座る父に小さな声で聞いてみた。すると父は驚いたような変な顔で俺の方を見ていた。何だ?
「かつては建国時よりプロイス王国を支えた大貴族を集めた上級議会が存在した。今は最早それらは有名無実となり機能していなかったが、その上級議会の有参加資格者こそが選定候だ」
「なるほど……」
昔はあった有力貴族達による上級議会の議員資格こそがその選定候であると……。王様の狙いは上級議会を復活させて、そこで多数派を握ることで今の貴族達の派閥を無力化させようということか。もし上級議会の権限を最大に高めることが出来たならば、今の貴族の派閥がいくら多数派であろうとも何の決定権も持たないということになる。
議会にあまり強い権限を持たせれば、折角専制政治、絶対王政へと移行しようとしているプロイス王国の状況を後退させかねない。今のプロイス王国が領邦制のようで各領地貴族達の権限が強すぎるのをどうにかしたいんだ。それが上級議会に権限が移っても、その上級議会を王様が抑えられなければ意味はない。
でも王様はそれを理解した上で、それでも一先ず今の体制から王様と上級議会による政治にシフトさせようとしているということだろう。そしてその上級議会を掌握するために……、あれ……?俺が組み込まれてるんじゃね?
「先の我々だけの会議で話し合い、お前も承諾していただろう?」
「えっ!?」
そうだっけ?そんな話したか?
「え~……」
「…………」
父の視線が痛い……。
「ヴィルヘルム国王陛下は、現在六つしか残っていなかった選定候のうちの二つをカーン卿に授け、領地を失って以来消滅していたレイン宮中伯まで復活させて授けた。王家が持つ選定候と合わせて、現在上級議会にある七つの議席のうち四つを王家とカーン卿で持つことになる。この意味がわからないお前ではあるまい?」
「あ~……、はい……」
そういうことか……。上級議会を復活させ、その議会の議席の過半数を王家と王家派で占めてしまう。そうなればあとの議席が誰であろうと、王家に反対であろうと何の意味もない。こちらの貴族達の派閥も何も関係なくなり、上級議会で過半数を得ることが今後の政策の決定権に直結する。
そして一応王家寄りであると思われる俺に三つを持たせ味方に引き込んでおく。王家にとって都合の良い意見の場合は俺と王様だけで可決出来、王家にとって都合が悪い方に俺が傾けば残りの三人を王様が抱き込み俺と対立すれば、俺一人では可決することは出来ない。
それでも俺に三議席分持たせるのは賭けではあると思うけど、それだけ俺への評価や信頼しているという意思表明にもなる。本心でどう思っているかはわからなくとも、普通これだけ優遇されていて俺が王家に反旗を翻すというのはまずあり得ないだろう。
「では国王陛下が言われたフラシア王国の賠償金と領土は自分達で守れというのは……」
「うむ。これだけ大々的に宣言されたのだ。これから反対派の貴族は挙ってカーン卿を攻撃するだろう。それを自らの実力で守れと言われたのだ」
あ~……、やられた……。完全にやられた……。
俺は精々この大会議で他の貴族達相手に、対フラシア戦争で得た物を俺達の物だと論戦でもすれば良いのかと思っていた。でもそんな簡単な話じゃなかった……。
そんな宣言なら王様がいくらでもしてくれる。というより王様が宣言してプロイス王国がそれを認めていると言わなければ纏まらないだろう。問題なのはその後の話だ。
俺がフローラー選定候、ケロン選定候、プファルズ選定候として各選定候領を賜れば、当然あちこちの貴族から反発を買う。実際三つの選定候領を合わせれば南ホーラントを加えた全ホーラント地域くらいの広さになるからな。はっきり言えば小国の王を軽く超えるくらいの規模だ。
ホーラントだって小国とは言われるけどそれは左右のフラシア、プロイスが大国すぎるからであり、南ホーラントも加えたホーラント全土は決して小さくはない。ホーラント王国の隣に同規模の国がもう一つ出来たと思えばその脅威がどれほどかわかるだろう。なら他のプロイス貴族がそれを黙って見ているだけのわけがない。
これから他のプロイス貴族達は様々な方法で俺に接触してくるだろう。仲間に加えてもらおうと接近してくる者、どうにか切り崩そうと計略を仕掛けてくる者、味方のような顔をして入り込んでくる者、それこそ様々な思惑を持って多くの者が何か仕掛けてくる。
王様が言っていた割譲された領土と賠償金を手に入れて守れというのは、これからずっと続く他の貴族との争いの矢面に立って防いでみろということだったんだ……。
さっきのブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵のように、戦争に対して何らかの貢献をしたから俺にも権利があると言ってくる者も出て来るだろう。うちの傘下に入るから領土や金を分けてくれと言ってくる者も現れるだろう。
「はぁ……」
「まぁそう嫌そうな顔をするな。我々も力を貸す。これからはお前の時代だ」
「父……、カーザース卿……」
俺の周りに座っている父や、ロッペ卿、ヴァルテック卿、ラインゲン卿がこちらを見て頷いてくれた。
そうだな……。俺一人だったら投げ出していたかもしれないけど……、俺だって一人じゃない。しなければならないことも責任も格段に増えるだろうけど……、どうせこの国をどうにかしようと思っていたんだ。だったら乗っかってやるさ。
「よろしくお願いします」
「「「ああっ!」」」
「任せておけ」
心強い先達がこれだけいるんだ。きっとどうにかなるさ。




