第五百四十三話「怒涛の展開!」
フラシア王国との戦争が始まってから早数ヶ月、開戦早々に何とか王家が捻じ込んだ千の部隊派遣までもまだ何ヶ月も時間を要するだろう。この前までは連日のように上位貴族を集めて開かれていた会議は暫く下火となり、今日は参加可能な全貴族が集められての大会議が開かれることになっている。
「陛下と宰相殿は何かお考えなのか?」
「さて……。我ら大貴族が挙って反対している現状では王家とその取り巻きだけではどうにも出来まい」
「それでは今日の全貴族を集めての会議は?」
「弱小貴族でもとりあえず集めて参戦派の意見を通そうと思っておるのやも知れんが……、所詮は無駄な努力よな」
「然り。弱小貴族共は所詮我ら大貴族の派閥に参加していなければ生きていけぬ。全ての意見は我らが握っているも同然よ」
今日の会議には全貴族の参加が義務付けられている。とはいえ急に言って急に来れない遠方の貴族や、地域紛争などでその場を離れられない貴族もいるだろう。こういう時には名代の参加も認められているので、跡継ぎや隠居した先代などが名代として参加することも多々ある。
よほどの理由で名代すら派遣出来ないというのならばその理由を説明して免除してもらう必要があり、そういったこともなく無断欠席であれば罰せられる。今日は日頃会議に呼ばれないような泡沫貴族ですら誰かしら代表を送ってきての大規模会議が開かれようとしていた。
「まぁ王家派の最後の悪あがきでしょう。ねぇ?ナッサム公爵様……。ナッサム公爵様?」
今まで軽口を叩いていた老齢の取り巻き貴族の一人はいやらしい笑みを浮かべてヨハン・フォン・ナッサム公爵に媚を売った。しかし当のヨハン・フォン・ナッサム公爵はやや青白い顔に深刻そうに眉間に皺を寄せていた。そのただならない雰囲気に取り巻き達も不審そうに顔を見合わせた。
「ナッサム公爵様?お加減が優れないのですか?」
「あっ!?あぁ……、いや……、大丈夫だ」
取り巻き達に迫られてようやく気付いたかのような表情をしたヨハンは笑顔を浮かべて受け流していたが、とても普段の余裕は感じられない。それでも取り巻き達にうまく合わせてその場は凌いだが……、ヨハンは現状がよくわからずどうすれば良いか真剣に悩んでいた。
開戦前から接触を図ってきていたフラシア王国との密約により、ナッサム公爵家は今回のフラシア王国によるホーラント王国侵攻を陰ながら支援していた。またカーザース辺境伯家をはじめとする西部貴族とは折り合いが悪いために、プロイス王国の介入を引き延ばしてカーザース家などの弱体化を狙っていた。
だがこの前までは密に連絡を寄越してきていたフラシア王国からの連絡が、ここ暫くぱったりと止まっている。何かあったのかもしれないがそれが何なのかわからない。
ナッサム公爵家は宮廷での世渡りには長けている。しかしあまりに政治にばかり長けすぎた。長い時の中で宮廷での権力闘争に明け暮れ、味方に囲まれた安全な内地を治めているうちに武力による戦争というものを忘れてしまっていた。
調略には長けていてもフラシア王国に間者を送ることもしなければ、戦場に直接誰かを派遣して探ることもしていない。今回の件に関してはフラシア王国側から送ってくる使者の言葉と情報だけを頼りに全てを判断していた。だからフラシア王国からの使者と情報がこなくなれば戦場で何が起こっているのかさっぱりわからない。
プロイス王国の表立っての参戦を引き延ばし、西部貴族達をフラシア王国に潰させて、自分達はプロイス王国の宮廷での地位を確固たるものにする。そのはずであったのに……。
何故フラシア王国は急に使者を送ってこなくなったのか。何故何の情報も送ってこないのか。今何が起こっているのかもわからない中でのヴィルヘルム王による全貴族会議……。今日の議題すら何なのか知らされず、何の根回しもないままに会議に出なければならない。
自分達が圧倒的多数であり有利であることは間違いない。ナッサム派閥のみではなく今はバイエン派閥とも手を結んでいる。これだけの圧倒的多数を握っていれば根回しなどなくともほとんどの意見は通せるだろう。
だが……、自分は何もわからず、何の準備も出来ておらず、そんな状況で相手の土俵に立って会議に臨まなければならない。そんなことはここ何十年も経験してこなかった。いつも自分が全ての段取りを整え、必勝の席にのみ臨んできた。
それに比べて今日は何一つわからないまま、相手の土俵に立たなければならない。そのことが不安で仕方がない。
「卑怯者のヴィルヘルムめ!何を企んでいるのか知らぬが……、私に何の情報も与えずいきなり会議に連れ出そうなどと……。それが王のやることか!」
「はぁ?」
ついヨハンの口から漏れていた言葉に、取り巻き達は首を傾げていたが、それにも気付かずにヨハンはキリキリと痛む胃を押さえながら会議へと向かったのだった。
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会議について不安を抱えていたのはヨハン・フォン・ナッサム公爵だけではなかった。詐欺事件によって隠居を申し渡された父アルトの跡を継いだオットー・フォン・バイエン公爵もまた不安の中で会議へと向かっていた。
「何故フラシア王国もナッサム公爵も何も言ってこないんだ……」
ギリギリと爪を噛む。ナッサム家と一緒になってフラシア王国とホーラント王国における戦争への介入を邪魔していたオットーは、やはりこちらもフラシア王国からの使者や情報が入ってこなくなって困惑していた。
しかしこれまで困惑するばかりで、自分から情報を集めるために人の派遣すらしていない。そんな受身で情報が入ってくるわけなどないが、まだ年若いオットーにこのような状況でどうすべきかなどという良い案は浮かばない。
それに海千山千であるはずのヨハン・フォン・ナッサム公爵ですら手をこまねいているのだ。本来はまだまだ跡を継ぐはずではなかった若造であるオットーに今の状況をどうにか出来るだけの器量はない。
「これはバイエン公爵」
「ああ、ナッサム公爵様」
大会議場の前で、ヨハンとオットーは顔を合わせた。お互いに相手に聞きたいことは山ほどある。しかし周囲に人が多いこの状況で迂闊なことなど聞けない。それに自分が何も把握していないと相手に知られては足元を見られてしまう。だからお互いに余裕のフリをして挨拶を交わして別れた。
しかし……、お互いに腹の中では相手の態度に煮えくり返っていた。あの余裕の態度は何だというのか。何か知っているのなら何故自分に教えにこないのか。そんな不満をお互いに持っただけの挨拶になっただけだった。
「集まったね。それでは全貴族会議を開催しよう。ヴィルヘルム国王陛下、お言葉を……」
「うむ」
宰相ディートリヒの言葉を受けて立ち上がったヴィルヘルム国王が口を開く。一体どんな言葉が聞けるのか。対フラシア王国戦争への貴族達への協力の懇願か?お手上げの現状から一先ずフラシア王国との講和を進めるのか?全ての貴族はその言葉に耳を傾けた。
「まずは全員に知らせねばならぬことがある……」
「「「「「…………」」」」」
そこで言葉を切って俯いた王を見て、ヨハンやオットーは一先ず胸を撫で下ろした。どうやら自分達にとってそれほど悪い状況ではないのではないかと受け取ったからだ。しかしその感情は次の一言で全て消し飛んだ。
「西部貴族、いや、カーン侯爵家、カーザース辺境伯家、ロッペ侯爵家、ヴァルテック侯爵家、ラインゲン侯爵家のみによって行なわれていた対フラシア王国戦争は我が国の勝利で終わった!すでに講和は結ばれておる!」
「「「「「…………え?」」」」」
それを聞いていた誰もが理解出来ない。一体何を言っているのか。あの大国フラシア王国を相手に、たかが四つや五つの侯爵家や辺境伯家のみで戦い……、そして勝った?
まったく意味がわからない。あり得ない。数家の貴族家だけで一国を相手に勝てるというのならばとっくにそうしている。プロイス王国を転覆してやろうなどと思っている家はそれなりにあるのだ。ただそんなことが出来るわけがないからしていない。そんなことが出来るはずがない。
ましてや相手はプロイス王国すら超える大国フラシア王国だ。それを四つ、五つ程度の家だけで戦って勝てるはずがない。だからこれは嘘だ。嘘でなければおかしい。
「卿らが信じられないのも無理はない。しかしこれは全て事実だ。後日正式にフラシア王国から使者がやってくることになっている。今日は一先ずその情報を卿らに知らせようと思ったのだ」
ザワザワと大会議場が騒がしくなった。いきなりそんなことを言われても誰も納得出来ない。そもそもまだ開戦して数ヶ月しか経っていないのだ。そんな短期間でフラシア王国がいきなり講和を結ぶというのが理解出来ない。
そんな情報があれば自分達に段階的に出回っているはずだが今回はそんな情報が一切なかった。いきなり戦争が始まったかと思ったら、もう終わったと言われている。何がなんだかさっぱりだ。
「そして今回得た領地と賠償金は、戦った家のみに分配される。今回何の手助けもしなかった卿らには一切何の分配もない!」
「「「「「なっ!?」」」」」
すでに講和が終わっているというだけでも驚きだが、領土と賠償金を得ているということは実質的にプロイス王国が勝ったということになる。まったく理解は追いついていないが、それでも得た利益を自分達には分配されないということだけはわかった。それに対して抗議の声が相次ぐ。
「そんなものは横暴だ!」
「そうだ!専横だ!」
「黙れ!何も働いていない者がただで何かを得られるとでも思っておるのか!貴様らが一体何をした?プロイス王国の動きを妨げるばかりで何一つ協力的ではなかった者が、他の者が汗と血を流して得た物を横取りしようとでも言うのか!」
「「「「「…………」」」」」
それまで静かに話していた王の一喝で大会議場は静まり返った。王の言うことはあまりに正論すぎ、それを切り崩すだけの理屈をひねり出せる者はいない。
「おっと!お待ちいただきたい!私は彼らに協力した!ならば私はその分配に参加する権利があるのではありませんかな?」
「「「おおっ……」」」
そこへ一人の貴族の声が響き渡った。その声を上げたのはエルンスト・フォン・ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵だった。確かに西部貴族の大物公爵であるブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵家ならば、今回の戦争でも色々と関わっているだろう。
「ふむ……。其方については色々と聞いておる」
「そうでしょうそうでしょう!」
ヴィルヘルム王の言葉にエルンストは胸を張って応えた。カーン侯爵やロッペ侯爵に脅されたりはしたが、エルンストは自分は戦争にかなり貢献したと自負している。物資の融通もしてやったし、領内の通過や軍事行動も認めてやった。
普通に考えたらあんな位置にいる大公爵家でありながら前線に兵の一人も出さず、物資を融通したと言っても平均価格よりも高く売りつけて暴利を貪ったに過ぎない。しかしそれでもエルンストは自分は貢献したと本気で思っている。
「本来根拠のない徴用の乱発、領民への不法な負担強要にはじまり、国への納税の誤魔化し脱税、支援金の着服、横領、各種報告義務違反から不法な奴隷販売……。数え上げたらキリがない」
「なっ!?なっ!?」
読み上げられた罪状にエルンストは目を白黒させる。しかしそのどれもが本当のことであり咄嗟に違うとも言えなかった。
「ああ、言い訳は聞かんぞ。全て証拠も揃っておる。エルンスト・フォン・ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵よ。貴様にはこれより裁判を受けてもらう。それからブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵家は今をもって取り潰す」
「「「「「…………」」」」」
あまりの急転直下に他の貴族達もポカンとすることしか出来ない。まさか西の大貴族である公爵家がこんなあっさりお取り潰しになるなど思ってもみなかった。普通なら王がそんな専横をすれば他の貴族からの反発によって大変なことになるだろう。だが探られては困るモノを抱えている貴族達は咄嗟に何も言えなかった。
もしここで妙な声を上げて、自分のことまで調べられたら……。ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵家のような大貴族ですらお取り潰しが申し渡されたのだ。自分の家などもっと簡単に飛ばされてしまうというのがすぐにわかってしまった。
「ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ領を含めた一帯をニーダーサクゼン地方とし、ハノーヴァーをフローラーと改名する。そしてニーダーサクゼン地方をフローラー選定侯領とし、フローラー選定侯にフロト・フォン・カーン侯爵を任命する」
「「「「「…………」」」」」
ヴィルヘルム王が何を言っているのかあまり頭に入ってこない。全貴族会議にやってきたかと思ったら一体今何が起こっているというのか。
「そしてルウルー地方を含めたウェストファレン地方をケロン選定侯領とし、ケロン選定侯にフロト・フォン・カーン侯爵を任命する」
「「「「「…………え!?」」」」」
ぼーっと聞いていて、ようやく今何かおかしなことを言ったことに気付いた。しかしヴィルヘルム王の言葉は止まらない。
「さらにレインラント地方のレイン宮中伯を復活させる!レイン宮中伯をプファルズ選定侯とし、フロト・フォン・カーン侯爵をレイン宮中伯に任命する!」
「「「「「…………」」」」」
もう誰も何も言えない。何が何だかさっぱりわからず、何をどうすればいいのかもわからない。ただ一つわかることは『さっきからフロト・フォン・カーンって名前だけ随分出てくるなぁ』ということだけだった。
「ああ。もう一つ忘れておった」
「「「「「まだあるのっ!?」」」」」
ヴィルヘルム王の言葉に全員が驚きを隠せない。
「今回の働きに報いるためにフロト・フォン・カーン侯爵には余の娘、エレオノーレとの婚約を正式に発表する。またエレオノーレとの婚姻により王族に連なるフロト・フォン・カーン侯爵は公爵へと陞爵させる。以上」
「「「「「…………」」」」」
あまりの怒涛の情報量に処理が追いつかない貴族達は、暫く静まり返ったまま必死で情報を処理しようと今まで使ったことがないほどに頭を働かせていたのだった。




