第五百四十二話「女の子には弱い!」
国の貴族達を集めた話し合いが行なわれるまでにはまだ少し時間がある。元々フラシア王国と開戦してしまっていたので、王様達が他の貴族を集めて連日会議を開いていた。だからすでにある程度の貴族達は集まっているけど、今度の会議では全貴族、もしくは名代を集めての会議になるからな……。
それが集まるまでに今しばらくの時間がかかるから、少しばかり時間的な余裕がある。もちろんずっと遊んでいるわけじゃなくて、会議に向けた準備や根回し、他の貴族への働きかけなど色々とすることはあるけど……、それだってずっと付きっ切りというわけじゃない。
そして今日は……、王様からフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースへのとある命令が下っている。この前の会議のような王から貴族への『要請』じゃない。今日はヴィルヘルムからフローラへの命令だ。断ることは出来ない。さらにその内容が内容だけにどうしたものかと困り果てたまま王城へとやってきた。
「え~……、いつ戻れるかわかりませんのでカタリーナはいつものように……」
「いえ。本日は裏でお待ちしております」
「そうですか……」
王城に到着した俺はカタリーナや馬車にはいつものように家に帰っているように言おうとした。でもカタリーナに先にお断りされてしまった。王城にだって来客の馬車の預かり所や御者達が休む場所もある。俺がいつ解放されるかわからないのにカタリーナはそこで待ってくれるようだ。
「それではいってまいります」
「いってらっしゃいませ」
カタリーナに見送られて、王城でちゃんと正規の手順を踏んでから後宮へと通してもらう。
あ~~~っ!嫌だ嫌だ!これから先のことを思うと胃が痛くなってくる。でも逃げ出すことも出来ない。王様からどうにかしろという命令だからな……。でも俺のせいじゃないのに……。
コンコンッ
と王城の奥にある一室をノックする。それから声をかけた。
「失礼いたします。フローラです。エレオノーレ様、開けてもよろしいでしょうか?」
「…………」
中から返事はない。そう……、ここは後宮にあるエレオノーレの私室だ。そこにエレオノーレが篭ったまま出てこないらしい。
原因はわかっている。折角学園の休みを利用して一緒に領地に帰ったのに、途中から俺は戦争に出かけてエレオノーレに構っている暇がなかった。結局途中からは放置したままで、エレオノーレは学園の休みが終わる前に予定通りに王都へと送り返されている。
俺は学園の後期が始まってもまだ戦争中だった。エレオノーレは俺が王都へ戻る予定だった通りに行動している。それはまだ幼いエレオノーレにとってはどう感じられただろうか?
例えば、長期休暇の間に両親などと家族旅行に出かける予定だったとしよう。旅にはちゃんと出掛けた。しかしその出先で父親に急な仕事が入ったからと自分をその場に残して父だけ仕事に向かったらどう思うだろうか?
とてもじゃないけど許せないんじゃないだろうか?楽しみにしていたのならば楽しみにしていた分だけ、父親が好きだったら好きだった分だけ許せないと思う。ある程度大人になっていれば事情によっては仕方がないことだと理解してくれるかもしれない。でもエレオノーレの年齢でそれが出来るか?無理だろう?
エレオノーレが俺との領地への旅行を楽しみにしてくれていたのならその分だけ、俺と一緒に居たいと思ってくれていたのならその分だけ、エレオノーレの落胆と悲しみは大きいだろう。それを思えばどの面を下げてノコノコとエレオノーレの部屋にやってきたというのか。俺だって胃が痛い……。
でもこれは王様の命令であり、貴族に会合に顔を出すようにという程度の要請とは次元が違う。そして何よりも俺だってそんな状態のエレオノーレを放置しておけない。
王城に戻ってからのエレオノーレはほとんど自室から出て来ることもなく、食事もかなり摂る量が減っているらしい。さすがにまったく食べないわけじゃないようだけど、同世代の子供から考えれば小食になっているという。このまま放っておいてエレオノーレに何かあったら大変だ。
「エレオノーレ様、失礼いたしますよ」
意を決した俺はエレオノーレの返事がないままに扉を開けた。そしてそこで見たものは……。
「エレオノーレ様……?」
「フロー……、――ッ!」
ベッドに転がっていたエレオノーレは一瞬こちらを見て笑顔を浮かべて……、すぐにハッとした顔になって逆を向いて布団の中に潜ってしまった。その時に見えたエレオノーレの顔は……。
「あっ……、あぁっ!あああああぁぁぁぁ~~~~っ!エレオノーレ様!エレオノーレ様!」
そのあまりの姿に俺はベッドの傍へと駆け寄って、そっと布団を捲った。
「ん~~っ!」
隠れて抵抗しようとするエレオノーレだけど、俺は少々強引にでも布団を引っぺがす。そして出て来たのは……、エレオノーレの変わり果てた姿だった。
あの可愛らしく真ん丸プニプニだった頬は痩せ、ややぽっこりお腹だったのが萎んでしまっている。まるで赤ん坊のように関節部分に輪ゴムでもしているのかと思うほどだった手首などのプニプニ感がなくなってしまっている。
「あぁっ!エレオノーレ様!何とおいたわしいお姿に……」
「…………」
俺が顔を覗き込もうとしてもプイッと背けられてしまう。でもそんなことを言っている場合じゃない。あの……、プニプニで丸々してて可愛らしかったエレオノーレがこれほどやつれてしまうなんて……。
「…………連れて帰ります」
「は……?」
俺が部屋に乗り込んだから慌てて後ろから追ってきた城のメイドが間抜けな声を出している。でもそれどころじゃない。何故こいつらはエレオノーレがこんな姿になっているというのに何もしていないというのか!
「エレオノーレ様は私が連れて帰ります!」
「あっ……」
あまりエレオノーレの痛ましい姿を晒すわけにもいかない。毛布に包んだまま抱き上げた時、エレオノーレは小さく声を漏らしていたけど、俺はそのまま抱き上げて部屋から出て行った。
「あっ!おっ、お待ちください!」
メイドや衛兵達が俺を止めようとしてくるけど全て薙ぎ倒して無理やり突き進む。エレオノーレがこんな痛ましい姿になっているというのに、ただ部屋に放り込んだまま放置している奴らなんかにこれ以上エレオノーレを任せることなんて出来ない。
「お待ちください!このままではカーザース様が王女誘拐ということになってしまいます!どうかお待ちを!」
「どきなさい!エレオノーレ様がこのようなお姿になっても放置しているだけの貴女達にこれ以上任せることは出来ません!」
兵士達はひっくり返してやれば良いけど、さすがにメイドさん達を薙ぎ倒すわけにもいかない。数人ならかわして突き進めばよかったけど、段々集まってきているメイドさん達に行く手を遮られて身動きが取れない。飛び越えて行くのは簡単だけどエレオノーレも抱えているしそういうわけにもいかないだろう。
「何事だ?騒々しい」
「ヴィルヘルム国王陛下!?」
俺がメイドさんに囲まれて身動きが取れなくなっていると王様が現れた。隣にはディートリヒもいる。今日俺に登城してエレオノーレをどうにかしろと言った張本人だ。俺が来ていることなどわかっている。
「エレオノーレ様は私が連れて帰ります!」
「おお、そうか。まぁそれでは暫くは預けるとしよう」
「「「「「…………え?」」」」」
俺が王様にそう言うと王様はあっさり承諾した。メイドや衛兵達はポカンとした顔をしている。でもこれでもう止められる理由はなくなった。
「さぁエレオノーレ様。国王陛下からも許可をいただきました。帰りましょう……」
「…………」
毛布を顔まで被ってこちらは見てくれない。でも嫌がったり暴れたりもしていない。同意を得たと勝手に解釈して俺はそのまま裏で待機していた馬車とカタリーナに指示を出して、エレオノーレを連れてカーザース邸へと戻ったのだった。
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カーザース邸に戻る馬車の中でふと思っていたけど、もしかしてカタリーナはこうなることを見越していたんだろうか?だから屋敷に戻らず厩舎や裏で待っていると言ったのかもしれないと思った。
まぁそれはともかく屋敷に戻った俺はエレオノーレをカタリーナ達に預けてすぐに厨房に向かった。料理人を集めて指示を出す。
「香辛料も、砂糖も、油も、卵も、一切惜しまずに最高の料理を作りなさい」
「「「「「はいっ!」」」」」
まずはエレオノーレに食事を食べさせなければ……。でもただ高カロリーな食事を与えれば良いというものでもない。栄養のバランスなども考えて、今のエレオノーレに必要な食事を……。
でもこの時代の者達にそう口で説明しても理解出来ないだろう。料理の腕は俺なんかよりプロの料理人の方が圧倒的に上だけど、そういう現代的な栄養のコントロールでは俺の方が詳しいだろう。実際の調理は料理人に任せるとしても、使う食材や作る料理に関しては俺が指示を出そう。
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俺が考え得る最高の料理の数々が出来た。今はエレオノーレはお嫁さん達が相手をしてくれているはずだ。馬車での移動中も、俺が話しかけても終始無言だったエレオノーレだけど、お嫁さん達とならある程度は話せている……、と思いたい。でなければどうしようもない。
「エレオノーレ様!食事の用意が出来ました……、よ……?」
俺がエレオノーレやお嫁さん達が待っている部屋へやってきたら……、王様やディートリヒ、それどころか王妃様であるエリーザベトやルートヴィヒとマルガレーテまでいた。さらに連合軍の五家の面々まで……。何だこれは?
「おおっ!出来たか!楽しみであるな!」
「フローラ姫の久々の料理、堪能させていただきましょうか」
王様とディートリヒはニコニコと勝手にうちの食堂に向かい……。
「すまないフローラ。ご相伴に与らせていただくよ」
「久しぶりのフローラのお料理楽しみだわ」
ルートヴィヒとマルガレーテはまるで恋人同士が楽しそうに食事に出掛けるかのように通りすぎ……。
「陛下との会食というのは少し緊張するな……」
「ロッペ卿は固いなぁ。もっと気楽に食事を楽しめば良いですよ」
ロッペ卿やヴァルテック卿が友達同士で食事にでも行くかのように通り過ぎていく。何だこれは?あれ?
「さぁエレオノーレ様、食堂に向かいましょう」
「うんっ!」
そしてエレオノーレはお嫁さん達に手を繋がれてニコニコで俺の横を通り過ぎていった。
あるぇ?なぁにこれぇ?どういうことぉ?
「え~……、っと……?」
「フローラ様も向かいましょう」
「いえ……、あの……」
何かわからないうちにカタリーナに背中を押されて食堂へと向かう。何だっけ?あれ?こんな和気藹々とした感じでいいんだっけ?
「お?主役がきたね!それでは陛下」
俺が食堂に入るとすでに席に座っていた王様がディートリヒに言われて立ち上がった。
「ゴホンッ!あ~……、それでは……、先の戦勝の祝い、それからフロト・フォン・カーンのエレオノーレとの正式な婚約と『公爵』への陞爵を祝して、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
「え~……、これは?」
王様の声に合わせて皆がグラスを持ち上げるけど俺だけついていけない。何これ?
「言葉通り、フローラ様とエレオノーレ様の正式な婚約と公爵への陞爵の祝いです」
まだ食堂の扉の前で固まっている俺の後ろからカタリーナが答えてくれた。いや、それは聞いてたけどね?あれ?そんな話だったっけ?っていうかこれが俺への祝いの席なら、俺は俺に自分で頑張って料理を用意させていたのか?って、あっ!そうだよ!それよりもエレオノーレは……。
「エレオノーレ様は?エレオノーレ様が拗ねられて食事もあまり摂られないというのは……」
「まぁ確かに戻った当初はそのようなこともあったな。今でも食が少し細くなったのは確かだ」
「そうです!エレオノーレ様はあんなに福福しくおられたのにこれほど痩せ細ってしまって……」
エレオノーレの方を見てみる。あんなに丸かった顔はシュッとして、ぽっこりお腹もスラッとしてしまっている。まるで赤ちゃんのような丸々コロコロしていたエレオノーレの面影はまるでない。
「フローラ様、現在のエレオノーレ様の体重でも年齢相応よりやや重いくらいです。正直に申し上げますと今までが少々重過ぎました。ですので現在のお姿でも『普通』でございます」
「…………普通?」
え?これが?こんなに痩せ細ってしまって、顔も丸々していたのが細くなって、ぽっこり出ていたお腹もへっこんでしまったのに?
「フローラ!これからもずっと一緒に居てくれる?」
俺の前まで歩いて来たエレオノーレが、俺のドレスの裾を掴みながら見上げてくる。もしかして、戻ってくるまでずっと顔も見せずに声も聞かせてくれなかったのは、下手なことを言うとボロが出てしまうから我慢していたんだろうか?このサプライズのために?
「ええっ!ええっ!ずっと……、ずっと一緒にいますよ!エレオノーレ様……」
しゃがんだ俺はエレオノーレを抱き締めた。エレオノーレは痩せ細ったんじゃなくてこれが標準らしい。だったら何も心配はいらないんだ。それに途中でエレオノーレを放ったらかしにしていてもエレオノーレは怒っていなかった。いや、多少は怒っていただろうけどちゃんとわかってくれた。
まだこんな幼い年齢でもエレオノーレはちゃんと聞き分けてくれている。それは大人からすれば手のかからない良い子だと思われるだろう。でも子供としてどうだろう。わがままを言いたい年齢だろう。皆に構ってもらいたい年頃だろう。それでもそれをグッと我慢して、年齢相応に振る舞うことすら許されず……、王女として振る舞わなければならない。
それでもそれを受け入れて、ちゃんと王女としての自覚を持ち振舞っている。そのなんと高潔で不憫なことだろう。
俺達がもっとしっかりしていればエレオノーレにそんな負担をかけなくても良いのに……、俺達大人が不甲斐無いばかりにエレオノーレにまでそんな負担をかけてしまっている。
だから俺は……、これからは俺がエレオノーレを守っていこうと誓った。何があってもエレオノーレは俺が守らなくちゃ……。
「うむうむ……。これでフローラ……、いや、カーン公爵もこれからもっと責任感を持ってこの国のために、エレオノーレのために行動してくれるであろう」
王様が何か言ったような気がするけど、今の俺はそれどころではなかった。




