第五十四話「調査終了!」
ヘルムートと遊んだのは良いけどびしょびしょになってしまった。しかも海水だからベタベタする。洗い流したい所だけどこの辺りに川はなく、当然持ち運んでいる水にそんな余裕などない。
「フローラお嬢様、少し透けておりますよ」
「え?あぁ……」
イザベラにコソッと言われて自分を見てみれば胸が透け透け、というほどではないけど濡れた服が体に張り付き最近膨らんできている胸がはっきりわかるようになっていた。それに良く見れば若干透けているかもしれない。
まぁ近代くらいまでのヨーロッパもこの世界も裸とか上や下丸出しでもあまり気にしないというか大らかではある。そもそも俺はまだ十一歳になる前の子供であってそれほど気にすることでもないだろう。イザベラも一応言っておこうかくらいのもので見えているからといってはしたないだとか何だとか言っているわけじゃない。
それより問題なのはこのベタベタな全身や服をどうするかということだ。俺とヘルムートは完全にベッチャベチャで酷い有様だった。
「少し遊びすぎましたね。ヘルムート、イザベラ、少し来てください」
俺は二人を連れて浜辺から離れて森へ入って行く。これくらい離れれば良いだろう。
「水よ」
水の魔法を使ってシャワーのように上から降らせてみる。良い感じだけど何か足りない……。
あぁ、わかった。冷たいんだ。これで温ければ完璧にシャワーになるんじゃないだろうか。
「熱よ……」
前に作った熱魔法を利用して水を温水に変えてみる。良い感じだ。これで完璧だろう。
「ヘルムートもこれで体を洗ってください」
「……お嬢様、こういうものはあまり人前でお見せにならない方がよろしいかと思います」
う~ん……、ヘルムートにも駄目出しをされてしまった。イザベラも似たようなことを言っていたしやっぱり俺のへなちょこ魔法はあまり人に見せない方が良いようだ。
「ヘルムートとイザベラにしか見せていませんよ。父上にこのようなものを見られようものならきっと大変なことになります」
ヘルムートは服を脱いで完全にシャワーを浴びる感じで体を洗っている。俺は服を着たままだけどよく洗ったから今は温風魔法で服を乾かしている。ヘルムートは俺が出したシャワーを浴びているから細かく洗うには服を脱いで洗う必要がある。俺は自分で魔法をコントロールしているから細かい場所まで自由自在に洗えるからだ。ヘルムートより先に終わったからって決して俺が手抜きでいい加減な洗い方をしたわけじゃない。
「私がどうしたと?」
「ひっ!ちちうえ……」
結構森の中に入って来たはずなのに父が木の影から出て来た。何でこんなとこまで来るんだよぉ……。
「いえ……、その……、これは……」
ヘルムートには未だにシャワー、自分には温風、言い訳のしようもない。ついに父にこのへんてこ魔法を見られてしまった。
「このような魔法があったならば何故もっと早く言わなかった?これならば水の確保が楽であったろうに」
「……え?」
俺はてっきり変な魔法を作っているから怒られるか呆れられるかと思ってたけどどうやらそうでもなかったようだ。父はヘルムートに降らせていたシャワーや俺の服を乾かしている温風を確かめてから『ふむ』と顎を触っている。
ここに来るまで俺は火種係りはしていた。キャンプするたびに火起こしなどしていられないからほとんど俺の火魔法で着火して火を起こしていた。だけど水を出したりこうして体を洗ったりなんかはしていなかった。むしろこんなことに魔法を使ったりへんてこ魔法を使っていると怒られるかと思っていたくらいだ。
「まぁ良い。折角だから私も体を洗わせてもらおう」
「はい……」
断れるわけもない。というわけでこうして突然始まったシャワー大会で連れてきていた兵士達も一緒になって皆で俺のシャワー魔法を堪能したのだった。流石にあまりお風呂に入らないこの世界でも一ヶ月近くも碌に体も拭けずに森の中をうろうろしていたので皆体を洗いたかったようだ。
ちなみにイザベラは他の者が終わった後に最後にシャワーした。俺は魔法を制御しなければならないから全員の裸を目の前で見ながらシャワー魔法を使っていたわけで……、何かの罰ゲームか何かだったのだろうか…………。
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翌日俺は砂浜から離れて近くの森を調査した。目的は水源の確保だ。もし山のこちら側に村なりを作るなら最低でも水源がなければ人間は生活出来ない。しかし残念ながら大きな川などは流れておらず別の方法を取るしかないだろう。
海水から真水を作るのは大変な労力がいる。単純な方法では海水を蒸発させて水分だけ再び集めて水滴にして水を得るという方法だろう。でもこれじゃ薪などの燃料を大量に必要とする割りに得られる水は少ない。この森や山が禿山になるまで木を薪にしてもどれほども得られないだろう。
ならば考えられるのは井戸だろうか。とりあえず試しにどこか掘ってみるか?
山の向こう側、今開拓している方の森は土が悪いのか井戸を掘っても飲める水は出ないというとこだったけどこちらはどうだろうか。水源は同じこの連峰に染み込んだ山の水だとは思うけど土が違えば水も飲めるかもしれない。
「少し……、この辺りを掘ってみましょうか?井戸に向いている場所とかあるのでしょうか?」
俺は井戸とかはド素人なのでどこを掘ったら良いとかはわからない。ヘルムートやイザベラに聞いてみたけど二人もよくわからないということだった。
「井戸に向いている向いていないというのはわかりませんが……、フローラお嬢様が掘るのですか?」
ヘルムートが何か変なモノを見る目で俺を見ている。でも俺って結構腕力も持久力もある方だから井戸くらい掘れるんじゃないかなという気はする。尤もヘルムートが考えているような手で掘るわけじゃないけどね。
「もちろん私が掘りますよ。土よ……」
論より証拠ということで早速掘ってみる。まぁ掘るというか土魔法で土を動かしてどけているだけだ。土を動かして掘り横によけておく。みるみる穴が出来上がった。これは便利というか楽だな。
……あれ?もしかして開拓村でも俺がやればもっと早かったんじゃ?
いやいや……、毎日俺が魔法で土を掘り返してばかりもいられない。俺にだってしなければならないことくらい山ほどあるしあまり人に魔法を見せるなとも言われている。あれはあれでよかったはずだ。
「……もう水が湧いてきていますね」
「え?あぁ、本当ですね」
考え事をしながら適当にやってるともう水が湧いてきていた。暫く放っておいて水が溜まって泥が沈んだら試しに飲んでみるしかないだろう。現代のように水質検査とかしようもないし、出来た所でこれからそんなことをしていては時間がかかりすぎるので体で試すしかない。毒はないと思うから死にはしないだろう……、たぶん?
井戸が崩れないように掘った回りのむき出しの土を魔法で補強してガチガチに固めてからその場を離れる。この水が飲めるかどうか試せるようになるまでの間に他にもしたいことが色々ある。
森や海岸を歩いて調査しながら色々考える。もし山のこちら側に村を作るとしたらどこに村を作りどうやって生活していくかが肝心だ。
まず農業と林業は難しいだろう。山から海岸までは距離がそれほどない。しかも沿岸部は恐らく塩害で作れる作物も限られると思われる。そうなると沿岸部から離れて森の中まで入って切り開く必要がある。また大きな川もないから水の確保も難しい。出来なくはないだろうけど大規模にというのは無理だ。
普通に考えれば海の近くなら漁業か製塩だろうか。漁業に関しては俺はよくわからない。この辺りでどんな魚が獲れるのか。漁獲高は?獲れる種類は?獲れた物が売れるのか?それらは実際にやってみないとわからないだろう。
一番確実なのは塩だな。海水から塩を作れば絶対に需要がある上に海の水が真水にでもならない限りは材料がなくなることもない。ただこれも何も問題がないわけじゃない。
塩を作ろうと思うと天日塩だと広大な塩田が必要になる。それに高温で湿気が少なくて晴れの多い地域でないと難しいんじゃないだろうか。日本は高温多湿で雨が多いから昔から釜炊き塩が作られていた……、んだったはずだ。
天日、釜炊きどちらも広い塩田が必要になるけど乾くまでずっと塩田で天日を利用するよりは釜炊きの方が少ないスペースでたくさん塩を作れるだろう。ただ釜炊きは燃料が必要になる。実際の工程とかは俺はよく知らないからどこかで塩を作っていた職人を連れて来なければならない。
山と海の間の森を切り開いて少々の農場を作り可能な限り自給自足出来るようにして、漁業と製塩で交易する。これならいけるか?そうなると村の位置は沿岸部すぎても山奥すぎてもいけないな。農業で使う水源も井戸を掘らなければならないだろうし……。
「フローラお嬢様、今日はそろそろ戻りましょう」
「え?あら?もうこんな時間ですか」
気がつくと日はかなり傾いてきていた。日暮れまではまだ時間があるけどそろそろ戻った方が良いだろう。
漁業と製塩がどれくらいうまくいくかはわからないけど井戸の水が何とかなればこちら側にも村が作れるかもしれないな。
その後暫く海側の調査を行い、湧いた井戸の水を兵士達が試飲しても大丈夫なことを確認して俺達は調査を終えてカーザーンへと帰還したのだった。
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カーザース辺境伯軍の兵士オリヴァーは仏頂面を隠そうともしていなかった。最初にアルベルト辺境伯直々に呼ばれた時は何事かと思ったものだ。そして最初の方の話を聞いているうちは自分の実力が辺境伯に知られているのだとうれしくなった。そして途中からは要は左遷ではないかと腹を立てたものだ。
オリヴァーが辺境伯に呼ばれて出頭してみれば自分の他に四人、全員で五人の人間が並んでいた。そのうち一人は兵士の同僚で知っている相手だった。
最初の話の内容は簡単だった。これから辺境伯が娘とともに森に出かけるのでその護衛をせよ、というものだ。兵士を仕事にしているのだから主である辺境伯の身を守るために同行するのは当然のことであり、そして平民出身の上にまだ年若い十八歳のオリヴァーを辺境伯が直々に指名してくれるなど自分の実力を認めてくれているのだと舞い上がったものだった。
しかし話が後半になってくると状況は一変した。同行する辺境伯の娘をよく見て、仕えても良いと思った者はこの護衛任務が終わった後に娘の配下に入って欲しいと頼まれたのだ。
言葉の上では確かに頼まれただけで命令ではない。自分の目で見てから選べと言われたのだから娘が気に入らなければ断れば良いという体裁ではある。しかし現実にはそんなことはないだろう。実質的にこれは最早命令であろうと誰もが思っている。形の上では自分が選べることになっているがここに呼ばれた時点で兵を辞めるか娘の護衛に移るかしかないのだ。オリヴァーはそう解釈した。
腹立たしい。自分は平民ながら精一杯頑張ってきたはずだ。それなのにわけもわからない娘の護衛のために異動させられるなど許し難い。例え兵士を首にされても絶対異動なんて断ってやる。そう思いながら森への護衛についていったのだった。
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オリヴァーは元々知っていた兵士の先輩であるイグナーツと今回の件で初めて一緒になったアルマンと三人で辺境伯の娘、フローラの護衛についていた。同じ兵士とは言っても大身であるカーザース辺境伯軍においては全員が全員顔見知りでもなければ一緒に作戦行動をしたことがあるわけでもない。隣国出身だというアルマンとはこれが初顔合わせだった。
「あ~あ……、やってらんねぇよな。何で俺達が世間知らずのお嬢様の身辺警護なんかに異動させられなきゃならないんだ?」
「まぁそう言うな。最前線で殺し合いをさせられるよりはよほどマシだろう?」
先輩であるイグナーツはすでに中年に差し掛かっており知識と経験は豊富だがいつまでも最前線で一兵士を続けるだけでは駄目だと思っていた所だ。イグナーツは経験が長いこともあり実戦経験もある。二十代後半で隣国出身のアルマンやまだ若いオリヴァーとは考え方も経験も雲泥の差だった。
「私もオリヴァーに賛成ですかね。大して活躍の場もないであろうお嬢様の護衛よりも前線で活躍して出世を目指したいと考えておりました」
アルマンも不満を口にする。確かにご令嬢の護衛ならば戦争の最前線とは無縁だろう。安泰な生活を送りたければむしろ良いかもしれない。しかしそれでは功績を挙げて出世することは望めない。良くも悪くも安定はしていても上は目指せない状況になるだろう。
初めて顔を合わせたアルベルト辺境伯の娘であるというフローラお嬢様は確かに歳の割りには利発で可愛い。イグナーツやアルマンは歳が離れすぎているがオリヴァーくらいの歳の差ならばフローラがもう少し大人になれば十分結婚してもおかしくない程度の年齢差だ。
だからといってご令嬢の護衛など御免蒙りたい。もしかしたら我侭放題かもしれない。平民出身の自分達のことなど路傍の石のようにしか見ない傲慢貴族かもしれない。そんな者に振り回されて気苦労するくらいなら戦場に出て剣を振り回し出世する方が良い。若い二人はそう考えていた。しかし……。
「あら?火起こしですか?それでは面倒でしょう?火よ……。はい、これで良いですか?」
「……あぁ、はい……。ありがとうございます?」
オリヴァーが火を起こそうとしていたらフローラお嬢様がやってきて魔法で簡単に火をつけてくれた。この歳ですでに魔法を当たり前のように使っている。貴族でも半数ほどは魔法なんて使えないという話も聞くくらいなのに十歳、十一歳くらいで気安くポンポン魔法を使っていることが信じられない。
それにこうして共に森の中を歩いて探索していればフローラお嬢様の人となりがわかってきた。普通の子供がこんな森の中を一ヶ月も探索など出来ないだろう。それなのに泣き言一つも言わず、それどころか率先して仕事をして回っている。
話していても我侭どころかとても謙虚で平民相手だというのに傲慢どころかこちらが恐縮してしまうほど丁寧に接してくれる。何より可愛らしい……。
そもそもフローラお嬢様には腕利きの護衛がすでにいるらしい上に自分達の護衛など必要ないだろうと思えるだけの実力があることなどすぐにわかった。オリヴァー達ですら森の中を歩いて疲れ切っているというのにフローラお嬢様は疲れている者達を気遣って休ませて、その間に一人であちこち探索している。一体どれほどの体力があるというのか。
日頃から訓練をしているはずの兵士より体力があるのかと思えるほどに活発に動き回り、森の中の危険など物ともせずに一人で解決してしまう。食糧の現地調達で自分達が食べた獲物の半分以上がフローラお嬢様が狩った獲物だ。これは貴族のご令嬢ではなくどこかのハンターなのではないかと疑いたくなった。
魔法を自在に使いこなし火を起こし果ては水まで出して水浴びまでさせてくれた。こんな楽な森の探索などしたこともない。フローラお嬢様一人いるだけで何と楽な行軍になったものかと驚かされた。
そして一ヶ月以上に及んだ森の探索が終わった時、オリヴァー、イグナーツ、アルマンの答えは決まっていた。
「「「フローラお嬢様の『配下』への異動、慎んでお受けいたします」」」
そう。フローラお嬢様の護衛ではない。自分達に望まれている仕事はフローラお嬢様の手足として働くことだ。カーザース辺境伯軍にいるよりもランクは下がる左遷なのかもしれない。それでも三人は異動を承諾した。
「他の二人は異動しないことを選んだ。お前達も断っても何のお咎めもないぞ?」
アルベルト辺境伯の言葉に三人は首を振る。
「いえ、俺達、あっ、私達はフローラお嬢様の下で働きたいのです」
きっぱり言い切ったオリヴァー達はこの瞬間からフローラ配下へと配置変えとなった。三人が出て行ったのを見送ってから執事長のマリウスが口を開く。
「どうやら仕込みの二人は必要なかったようですね……。出すぎたことを申してしまいました」
五人居た兵士のうち、実は残りの二人はマリウスの進言で入れた仕込みだったのだ。誰もフローラの下へ異動しないと答えれば仕込みの二人が異動するということにして他の者達に異動を促すつもりだった。そして今のように仕込みでない三人が異動すると言った場合には仕込みの二人は異動しないけど罰はないと示すために仕込んでおいたのだ。
しかしその必要はなかった。三人とも自分の判断でフローラの下へ異動することを受け入れたのだ。
「いや、最後に意思を確認出来ただけでも意味はあった」
マリウスがフローラを信用し切っていないことはわかっている。もしフローラを信じていれば直接会わせれば相手から勝手にフローラに引き寄せられるだけのカリスマがあることを信じるだろう。マリウスが保険をかけさせたのはフローラを信用していないからだ。
アルベルトもマリウスの気持ちはわかる。アルベルトもまたフローラを測りかねているのだ。だからこそマリウスの保険の策を受け入れた。それが杞憂に終わったことを喜ぶべきなのか恐れるべきなのか。手駒の足りないフローラに三人の配下を送ったアルベルトは今後のことにさらに思考を巡らせたのだった。




