第五百三十八話「委任!」
捕虜交換の提案があってからトントン拍子でコンッデ公とボーフレルスの解放が決まった。捕虜交換なんて言ってるけど、こちらは重要人物は誰も捕まっていない。こちらの捕虜といえば精々偵察に出ていた部隊が見つかって捕まった者くらいだ。だから実質的には金銭で解決された。
フラシア王国はまず捕虜交換の提案をしてきて、こちらに捕まっている者の中でも上位に位置する者のリストを要求してきた。本来なら教えてやる筋合いはないけど、こちらもコンッデ公達を解放して講和に向けて動かすつもりだったから、わかっている範囲の貴人や上役の名前のリストを渡してやった。
もしかしたら本当はそれなりの身分や血筋なのに、他の一般捕虜に紛れている者が他にもいるかもしれない。全員を完全に把握出来ているわけじゃないだろう。でも捕虜側にそうするメリットは実はない。
高貴な身分の者が、自分が国との取引で利用されるのを恐れて身分を隠して一般捕虜のフリをして……、なんてことはまずない。理由はいくつかある。
まず根本的に一般捕虜とは本来奴隷だ。世界各地どこでも当たり前のようにそうされていたから、ここが特別とかそんなこともなく、本来ならば敗れた軍の捕虜というのは奴隷として扱われる。一般捕虜として身分を隠せば自ら奴隷になるようなものだ。
それに比べてそれなりに地位や身分や家柄が上の者は相応に扱われる。簡単に言えば人質などとして使えるというわけだ。だから他の一般捕虜、奴隷とは扱いが違う。家族や国に迷惑をかけたくないからと、わざわざ他の兵と一緒に奴隷になろうとする貴族や上役はいない。
それから我が身可愛さだけじゃなくて色々と交渉の席などでも地位や立場というのは重要になってくる。身分を隠して一般兵に紛れていたら、捕虜の待遇改善などや自分達の扱いについて相手国と交渉も出来ないだろう。
捕虜達をまとめる身分であることや、相手国と交渉するに足るだけの身分であると明かしていなければ、まともに相手にもしてもらえず交渉も出来ない。自らの保身だけではなく、一軍を預かる者であるのならば自軍のためにも名乗り出て交渉などをしなければならない。
だからよほどのことがない限りはほとんど名乗り出ているはずだ。そのわかっている範囲のリストを渡したら……、フラシア王国が解放して欲しいと言ってきたのはほとんど軍の上役ばかりだった。貴族とか領主達はほとんど無視だ。
まぁこの時代では領主がそのまま軍の指揮官として兵を集めているケースが多いけど、地方領主とかはいらないとばかりに交渉の席で名前も挙がらなかった。こちらの期待通りにコンッデ公やボーフレルスは入っていたけど……。
俺達が奪還した地域の領主はほとんど元プロイス貴族系の者ばかりだ。フラシア王国としては元プロイス貴族系の者などいらないのかもしれないな。煮るなり焼くなり好きにしろということかもしれない。
元々捕虜の地位や身分によって交換する場合の相場というのがあるらしい。コンッデ公達のような上位の将軍や参謀達は個人としては結構な金額で解放された。もちろん俺達がこれまで使ってきた戦費に比べれば微々たるものだけど、捕虜の解放というのは思ったよりも高いようだ。
人の命なんて軽いこの時代だったら、捕虜なんて勝手に殺せば?くらいに簡単に見捨てられるのかと思っていたけど、やっぱり上位の地位にあるような人材は貴重であるという考えもある程度は広まっているらしい。うちも常に人材不足だから、お金を払えば返してくれるのならうちだってあの程度の金額はすぐに払うだろう。
解放されていったコンッデ公達だけど、別に俺達の方から講和を勧めたりはしていない。こちらから余計なことを言わなくてもコンッデ公達なら勝手に国に帰ったら講和を勧めてくれるだろう。俺達が下手なことを言って接触する方が彼らの立場を悪くする可能性もある。彼らにはその程度の分別はあると信じてそのまま行かせた。
捕虜交換で支払われた金銭はその捕虜を捕まえた時の戦場に関係のあった軍で均等に分けた。例えばコンッデ公の時にはラインゲン家は参加していなかったんだから分け前がないのは当たり前だろう。でもボーフレルスの時は一緒に戦ったんだからラインゲン家にも分けた。
個人に対して支払われる金額としては結構なものだけど、俺達が使った戦費に比べれば本当にちょっとだ。大した足しにもならないけど……、まぁ……、ないよりはマシという程度だろうか。
コンッデ公達を解放してから間もなく、俺達の期待通りにフラシア王国から一時停戦と講和の打診がきた。交渉を担当させようと思ってカンベエとミカロユスは、俺達が講和に向けて舵を切った時点で呼び寄せている。そしてフラシア王国から正式に停戦と講和の打診があったからプロイス王家にも連絡を送っている。
ここまで戦ってきたのは俺達連合軍であってプロイス王国は何もしてない。でも世間的に見ればこの戦争はプロイス王国とフラシア王国の戦争であり、この戦争の講和に関する外交権はプロイス王国が握っている。俺達が何の許可もなく勝手に交渉して講和するわけにはいかない。
「カーン卿!王都からの返事がきた。会議を行なおう」
「わかりました」
執務室で仕事をしていると丁度ロッペ卿がやってきた。どうやら王都に送っていた使いが戻ってきたらしい。
停戦は俺達の裁量で受け入れて現在はプロイス連合軍に関しては完全に停戦している。ホーラント王国もブリッシュ・エール王国もだ。アラゴ王国に関しては知らないけど、たぶん停戦してるんじゃないかと思う。
フラシア王国が態勢を立て直すためだけに嘘の停戦と講和交渉をしようと言い出したのなら許されることじゃないけど、まぁそれはないだろう。交渉が決裂したらノルン公国側からブリッシュ・エール軍がパリスを攻撃することになっている。俺達の方は侵攻限界が近いけど、ブリッシュ・エール王国は余裕だからな……。
俺達が攻め落とした範囲はざっとホーラント王国と南ホーラントを合わせたくらいの広さはあると思う。実際に測量したわけじゃないけど、ある程度正確だと思える地図上で見たらそれくらいの広さだ。さらにここから西に進んでパリスを目指そうと思ったらかなりの距離がある。とてもじゃないけどそこまで攻め込むだけ余裕はない。
でもブリッシュ・エール王国は違う。奪ったノルン公国は南ホーラントの半分よりも小さいだろう。それにブリッシュ海峡を渡ればすぐに本国がある。補給も大量輸送も思いのままだ。そして王都パリスまで目前……、というと少しオーバーに聞こえるけど、目前と言っても差し支えないほどに近い。戦力差も考えればすぐに攻め込めるだろう。
もし今回の講和交渉も申し出が嘘や時間稼ぎだった場合……、ブリッシュ・エール王国の上層部は怒り狂うと思う。そうなれば本当にフラシア王国がなくなるまで侵攻しかねない。
会議室に入って待っていると俺達の後に父がやってきた。これでいつもの四人は揃った。あと領地奪還のためにフランクフートアムメインから出ていたエミッヒの代わりに、ラインゲン家の代表としてカールが残っている。今は五家が中心になっているからこの五人で話し合う。
「全員が揃ったようだな。それではまずは陛下からの勅書をカーン卿に読み上げていただこう」
「へっ?はぁ……」
ロッペ卿が持ってきた書類を受け取って広げる。読めと言われたら読むしかないだろう。
「え~……、『勅旨、今般におけるプロイス王国とフラシア王国の戦争において、講和条約の交渉及び署名に関してフロト・フォン・カーン侯爵に全権を委任する』……、はぁっ!?」
「うむ」
「国王陛下の英断だな」
皆ウンウンと頷いている。いや、ちょっと待て。待て待て待て!おかしい!色々とおかしい!もしこの文書通りだとすれば今回の講和に関する交渉において、俺が全て一人独断で決めて良いと書かれていることになる。そんな馬鹿なことがあるか?
代理や全権大使が交渉したり、最後にサインしたりするのはよくある話だ。国王陛下がわざわざ出向いていって、直接交渉したり署名したりすることはあまりない。まったくないとは言わないけどよほど重要なことや、絶対安全とわかっているような場合だけだろう。ノコノコ出て行って暗殺されるかもしれないような所には行かない。
それはわかる。それはわかるけど交渉の段階から全て一侯爵に任せるっておかしいだろ!?普通なら王国からある程度の指針が示されたり、最低限の条件や、譲歩しても良い範囲の指示があるはずだ。それが今回は何もない。全て俺の自由な裁量で好きに決めろと丸投げされている。こんなおかしなことがあるはずがない。
「これで交渉しやすくなっただろう?」
そう思うなら父が交渉してくれたらいいんだよ?俺はそんなことにはあまり向いていない……。
「そもそも我々しか働いていない。我々が講和の内容を決めて何が悪い?」
それはそうだと思うけど、この中で一番年下の俺に丸投げなのはおかしくないですかね?
「うちはもうバイエン派閥を抜けてしまった。うちが移封出来る領地の確保はお願いしますよ!」
カール君さぁ……。いや……、何も言うまい……。
「うちは金銭だけでも良いよ。今回の戦争はうちの者達にも良い経験になったからね!」
何かヴァルテック卿だけ楽しそうだな!この戦争狂め!さすが日頃からあちこちに傭兵として軍を出して戦争に明け暮れてる戦争狂だよ!
「カーン侯爵様、ご到着されたお二方がこちらへ通して欲しいと……」
「あ~……。わかりました……。通してください……」
そして会議の最中だというのに伝令がやってきて到着した二人が会議に参加したいと言っているといってきた。二人とはカンベエとミカロユスだ。呼び寄せておいた二人が到着したらしい。そして現状も把握している。だからこの会議に参加させろと言ってきたんだろう。
どうせ実際に交渉するのはこの二人だ。だからもう俺はどうにでもなぁれとばかりに二人を会議室に通させ、他の家の代表達と話し合わさせた。
それぞれがどれくらいの物を望むのか。取り分や講和に際しての条件など、やってきたカンベエとミカロユスはすぐに他の家とも話し合っていた。ぶっちゃけ俺はもう空気だ。俺もそういう調整が出来ないわけじゃないけど面倒臭い。丸投げ出来る奴が来たのならば任せるに限る……。って、あっ!
もしかして……、王様もこうなのか?俺に丸投げ出来るなら全部俺に丸投げしてしまおうと?その方が楽だし?今俺がカンベエやミカロユスに丸投げしたように、王様も自分でも出来るけど俺に丸投げしてるのか?
でも待って欲しい。カンベエとミカロユスは本人達がそういうことをやりたがって、任せれば喜んでやってくれる。でも俺は違う。俺はそんなことをしたくないのに王様に押し付けられている。この違いは大きい。
いやいや……、待てよ?
王様は俺が喜んでやってると思ってるのか?手柄を挙げるために俺が頑張ってそういう仕事をしたがっていると思っているんじゃないだろうか?
俺は心の中では嫌だ、したくないと言っているけど、王様に向かってはっきりそう言ったことは……、たぶんほとんどない?それらしく匂わせて言ったり、遠回しに言ったことはあると思うけど、それが謙遜や遠慮に受け取られていたら?俺が喜んで仕事をしていると思われていたら?
そして俺はカンベエやミカロユスが喜んで仕事をしていると思っているけど果たして本当にそうか?二人だって俺と同じように、上司に言われているからイヤイヤやってるだけで、本当はそんな仕事なんてしたくないんじゃないのか?
もし俺が二人の本心も気付かずに無理やり丸投げしているのなら……、俺が王様に呆れているように、二人も俺に呆れているのだろうか?そしてそれはこの二人だけじゃなくて、俺についてきてくれている家臣、部下、配下の者達も全員がそうである可能性があるんじゃないだろうか?
これはまずい……。まずいぞ……。俺は果たして本当に部下達を掌握出来ているのか?
俺が王様に対して忠誠心が低くて、割と好き勝手しているように……、うちの部下達も俺のことを呆れて見ていたり、万が一の時は俺を見捨ててでも我が道を行こうと考えたりしているんじゃないだろうか?俺が上に対してそう思っているということは、俺も下からそう思われている可能性があるということだ。どうして今までこんなことに気付かなかったのか。
これは早急に調べる必要がある。人の忠誠心を調べるなんて何かちょっと趣味が悪いような気もするけど、こっちの命だってかかってるし、そういうことを調べるのは何かやらしいからと放っておいて良いことでもない。
ようやく戦争も終わりそうだし……、今度は自分達の内側についても良く見ていかないと……。




