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第五百三十七話「一時停戦!」


「この戦の始末、どうつける?誰ぞ、余の問いに答えてみよ」


「「「「「…………」」」」」


 王の言葉に、しかし居並ぶ重臣、将軍達の中で誰一人答える者はいなかった。全員が顔を逸らせ王の方すら見る者はいない。


「ふむ……。誰も答えぬか。ならばここはどこだ?」


「「「…………」」」


 王の問いの意味がわからず困惑した顔で数人が顔を見合わせていた。明らかに不機嫌になっていく王の顔を見て一人が慌てて答えた。


「フッ、フラシア王国王都パリスの離宮、ヴェルサイレス宮殿でございます!」


「うむ」


 王の満足する答えだったのか。目を瞑って頷いた王に一同がほっとする。しかしそれもすぐに次の問いが出て返答に困る。


「余は誰だ?」


「フラシア王国国王、ロイ四世国王陛下にございます!」


「うむ」


 また正解だったのか、王が頷いたのを見てほっとした空気が流れる。


「余は世界の中心たるフラシア王国の王。それは即ち世界を支配する王だ」


「はっ!その通りで御座います」


 太鼓持ちがそう持ち上げた瞬間、王はダンッ!と机を叩いた。その音に文武百官が飛び上がる。


「『ホーラント王国など所詮は小国。即座に征服し王に捧げましょう』と言ったのは誰だ!『プロイス王国には調略を仕掛けているのでホーラント王国への戦争には介入してきません』と言ったのは誰だ!『プロイス王国が介入してくるようならば逆に攻め落としましょう』と言ったのは!」


「「「「「…………」」」」」


 一言一句違わぬというわけではないが、確かに戦争前は皆がそう言っていた。ホーラント王国などフラシア王国に全周囲を包囲された小国だ。開戦すれば数年、いや、一年で落としてやろうと息巻いていた。


 プロイス王国やオース公国にはホーラント王国への侵攻に際して介入しないようにと手を回していた。そして万が一介入してきてもプロイス王国やオース公国など返り討ちにしてやれば良いと思っていた。


「『ブリッシュ・エール王国など海に隔てられ海に守られているだけです。向こうが攻め込んでくるのならばノルン公の仇を討ってやりましょう』と言ったのはどこのどいつだ!」


 ロイ四世の言葉に答えられる者はいない。ブリッシュ島への征服戦争が失敗したのは、海を隔てた向こうまで侵攻するのが難しいからだと思っていた。船を失い補給も援軍の派遣も撤退も出来なくなったから、ノルン公達はブリッシュ島侵攻に失敗しただけだと思っていた。


 だが……、いざ開戦してみれば、ホーラント王国は自国を洪水で沈めるなどという手段でフラシア軍を足止めした。その足止めで時間を稼いでいる間に態勢を整え、反撃に打って出てきた。結果ホーラント王国を落とすどころか逆に南ホーラントを奪い返されてしまう始末だ。


 プロイス王国へ仕掛けたかと思えば逆に反撃され、次々に都市は落とされ、将兵を失い、かつて奪ったプロイス王国の領土の大半を奪い返されてしまった。


 ブリッシュ・エール王国が侵攻してくるのならば、今度は自国の陸の上での戦いならば負けるはずがない。そう思っていたノルン公国方面は完全に占領されてしまった。


 まさか裏切るとは思ってもみなかったイベリカ半島のアラゴ王国がホーラント、プロイス、ブリッシュ・エールと手を組み宣戦布告してきた。しかもアラゴ王国の如き小国にまで領土を奪われながら打つ手もなく右往左往している。


 唯一フラシア軍が意地を見せたのは南東のオース公国に備えていた軍が、身の程知らずにも仕掛けてきたサヴォエ公国を返り討ちにしたことだけだ。それでも今の状況ではサヴォエ公国に懲罰に打って出る余裕もなく、あのような小国相手に屈辱的な、対等な講和条約を結ぶしかなかった。


 本来であればサヴォエ公国が滅ぶか、その身の程を知るまで徹底的に叩き、領土と多額の賠償金でも支払わせていたことだろう。だが今はサヴォエ公国に攻め込む余裕もなければ、いつまでも敵対したまま長々交渉している暇もない。早急に講和するために領土も賠償も要求せず、ただお互いに終戦することで合意した。


「なんったる屈辱!なんったる体たらく!貴様らはそれでもこの太陽王ロイ四世の家臣か!」


「ひぃっ!」


「――ッ!?」


 再び机を叩いたロイ四世に全員が縮み上がる。最早王の周りには王を注意出来る忠臣はいなかった。残るのは佞臣(ねいしん)の類ばかりであり、誰も怒り狂う王を止めることは出来ない。


「おっ、恐れながら申し上げます」


「……申してみよ」


 怒り狂う王に一人の大臣が口を開く。


「はっ!ありがとうございます!まずはこの状況を作り出した元凶。テュレンネ大元帥とコンッデ公を呼び戻し問い質し、その罪を償わせてはいかがでしょうか?」


「馬鹿者め!テュレンネとコンッデを問い質したからといって何がどうなるというのだ!責を問うてその首を落とせばこの状況が変わるとでも言うのか!そもそもコンッデは敵に捕まっておるわ!どうやって呼び出すというのだ!」


「ヒィッ!もっ、申し訳ありません!」


 解決策を提示しろと言っているというのに、責任転嫁の相手を探すことばかりに腐心する重臣、大臣達に呆れ果てて頭が痛くなってくる。


「王よ。恐れながら申し上げます」


「うむ」


 今度ふざけたことを言う者がいればその首を刎ねてやろう。そういう意思を込めて相手を見る。家臣達もそれを感じ取ってガチガチになっているが、その者は口を開いた。


「コンッデ公は虜囚の身だと伺っております。そこでプロイス王国と捕虜交換の提案をいたしてみてはどうでしょうか?」


「そんなことまでしてコンッデに責任を問えというのか?」


 今までの怒りに任せた怒鳴り声ではない。静かな、しかしだからこそ余計に恐ろしい圧を込めてロイ四世が問い返す。その答え次第では本当に首を落としてやろう。そう思っていたが……。


「コンッデ公に罪を問いたいのであれば戦後にでも問えばよろしいでしょう。ですが今はそのような時ではありません。敗れたとはいえ現在残る者の中でコンッデ公より優れる将軍はおらず、また敵と幾度も戦い、虜囚になったことでより多く敵のことも把握しておられるでしょう。まずはコンッデ公を取り戻し、その見識をもって今後の戦争について話を聞きたく思います」


「ふむ…………」


 言っていることにおかしな点はない。確かにその通りだ。まずは現場をよく知る者に問うてみないことには何もわからない。このまま敵のこともわからないまま戦い続けても同じ失敗を繰り返すだけだろう。


「よかろう。プロイス王国に捕虜交換を持ちかけ、コンッデ公を返すように働きかけよ」


「「「はっ!」」」


「ははぁっ!」


 こうして方針の決まったフラシア王国はすぐさまプロイス王国へと交渉の使者を送ったのだった。




  ~~~~~~~




 使者を送ってから僅かな日数ですぐに交渉はまとまった。『捕虜交換』などと謳ってはいるが実質的にはフラシア王国の重要人物を返還してもらうための交渉にすぎない。フラシア王国はプロイス王国の重要人物など誰も捕まえておらず、捕虜といっても偵察に出てきていたような下っ端歩兵くらいしかいない。


 それに比べてプロイス王国はフラシア王国の重臣、各地の領主、貴族、各軍の将軍や参謀といった重要人物達を数多く捕えている。ただの歩兵と重要人物を人数で一対一で交換などするわけがない。実際にはフラシア王国が莫大なお金を払い捕虜を解放してもらっただけだった。


「戻ったか。コンッデ公。それからボーフレルス公も一緒だったか」


「はっ……。虜囚となり、国に負担をかけておめおめと戻ってまいりました」


「ですが我らはロイ四世国王陛下にどうしても直訴したいことがあって戻ったのです」


 現場を知る軍の重役ということで、コンッデ公とボーフレルス公は解放されてパリスに戻ってすぐ王の前に跪いていた。その顔は真剣そのものであり、ロイ四世も二人の発言を許可した。


「例え多少屈辱的な条件であろうとも……、直ちにプロイス王国と講和してください」


「「「「「――なっ!?」」」」」


 周囲で見守る重臣、将軍達が絶句する。この男は自分が何を言っているかわかっているのか。


「コンッデ公!何を言っている!我が国は栄光あるフラシア王国であるぞ!」


「そうだ!蛮族プロイス王国などに我が国が頭を下げることなどあってはならない!」


「そもそもこの戦争はテュレンネ大元帥とコンッデ公が始めたのであろう!その責任を取れ!」


「黙れっ!」


「「「「「――ッ!?」」」」」


 ワイワイと勝手に騒がしくなった重臣達を王が一喝して黙らせた。そして自分の前に跪くコンッデ公とボーフレルス公を見下ろして言葉をかけた。


「コンッデ公、ボーフレルス公、続けよ」


「はっ!私は初期はホーラント王国と、そして途中からはプロイス王国としか戦っておりません。ですので他の軍についてはわかりませんが一つだけ断言出来ます。どれだけの兵をつぎ込んでも現在の我が軍ではプロイス軍には絶対に勝てません。これ以上争っても徒に兵を損ない国を失うだけです。どうか……、どうかご決断を……」


「私はテュレンネ大元帥と共に一日フランクフートムメインでプロイス軍と戦ったのみです。ですが私も断言します。プロイス軍はたった一日でフランクフートアムメインを陥落させるだけの力を持っております!我が軍は何も油断も慢心もしていなかった!降伏勧告してきた敵を見送った後万全に備えていたのです!それでも一日であの規模の都市が落とされる!その意味をご理解ください!」


 コンッデ公とボーフレルス公は床に頭がつくほどに頭を下げた。ロイ四世も報告書は読んでいる。とても信じられないような馬鹿げた内容ばかりだ。しかしもしそれが本当であったならば……、フラシア王国に勝ち目はない。


 そもそも信じられないとは言っても、現実にたった一ヶ月、二ヶ月の間にこれほどの領土を失っている。敵がこちらの都市や砦を落とす時間が異常に早過ぎるのは間違いない。そしてこの圧倒的進軍速度。大軍を賄う補給が間に合うのも何かあるに違いない。


「売国奴……」


「そうだ!この裏切り者め!」


「大方プロイス王国に捕らわれている間に何か裏取引でもしたのであろう!」


「恥を知れ!」


 居並ぶ文武百官からコンッデ公達二人に辛辣な言葉が投げかけられる。その言葉を言っている者の気持ちもわからないではない。確かに普段であればロイ四世もこんなことを言う者がいればその首を刎ねたことだろう。だが今の状況から考えれば……。


「静まれ」


「「「「「…………」」」」」


 ロイ四世の言葉で場が静まる。


「コンッデ公、ボーフレルス公、プロイス王国は何をどれだけ望む?」


「恐らく……、かつて失われた領土の回復……。それから賠償金というところかと……」


「ふむ……。これ以上切り取られる前に交渉に持ち込み、現在の前線で手を打てということか?」


 ロイ四世は目を細めて二人を見下ろす。他の者達が言うように、この二人が敵に唆されフラシア王国の不利になるようにしようとしている可能性も捨てきれない。それを見極めるのが王の器というものだ。


「はい。このまま戦争が続けばさらなる領土を失うことでしょう」


「そして何よりも……、王都すら失い国がなくなります……」


「無礼な!王よ!このような者達即刻斬首にすべきです!」


「そうだ!」


 コンッデ公達の言葉を聞いていきり立つのは何も文官達だけではない。本来ならばコンッデ公より立場が低いはずの武官達ですら二人を非難している。自分達が出ればプロイス王国など追い返せると息巻いている者が多い。


「講和を結ぶとして……、交渉は誰に任せるのが良いと思う?」


 ロイ四世は二人をよぉく観察する。ここで自分達に交渉させろとでも言えばその首を即刻刎ねる。また自分達にさせろとは言わずとも、自分達の子飼いの者にさせろと言っても首を刎ねる。そして自分達やその関係者でなくとも、二人が保身や何らかの利益のためにこのようなことを言っていると感じれば首を刎ねる。そのつもりで二人を見極めようと見詰めた。


「…………フランソワ=ミッチェル・ル・テリアー陸軍大臣が適任かと思われます」


「ふむ……」


 テリアー陸軍大臣は以前の会議で捕虜交換をするようにと進言してきた者だ。そして陸軍大臣と言っているが別にコンッデ公達とツーカーというわけではない。むしろ軍制改革では対立しているとすら言える。


 コンッデ公達貴族は兵とは貴族が集めて国の召集に応じて連れていくものだと思っている。それに比べてテリアー陸軍大臣は国が直接兵を集め管理すべきと改革を進めようとしていた。両者の主張は真っ向から対立するものであり、仲が良いどころか敵対関係とも言えるほどだ。


 例え犬猿の相手であろうともテリアー陸軍大臣の能力を買って、今回の交渉に推挙した。もしかしたらテリアー陸軍大臣は今回の戦争の責任をコンッデ公に擦り付けてプロイス王国に売り渡すかもしれない。それでも国のために最も適任であると思える人物を選ぼうとしている。ロイ四世の腹は決まった。


「コンッデ公、ボーフレルス公に講和会議と各国との調整を命じる。直ちに各地で停戦し、講和会議を進めよ」


「「「「「なっ!?」」」」」


「「はっ!」」


 居並ぶ文武百官達は驚きを隠せなかった。しかしロイ四世の決定には逆らえない。こうして……、フラシア王国は講和に向けて準備を始め、各地の戦闘は一時停戦となったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 文武百官らは、戦争の体験をもろに味わってないから、コンッデ公達に好き放題言いやがるね~。非難の声が、国を想う心から出たのだとすれば気持ちは分からなくもないけど、一応は戦のプロの意見として受け…
[一言] 何かあって停戦が修理したら次こそヤバいことになるんだろうなぁ
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