第五百三十六話「捕虜交換!」
俺達の予想に反してフランクフートアムメインは簡単に陥落した。はっきり言って敵が何をしたかったのかわからない。きっと敵には何か策でもあるか、何か凄い事情でもあるのかと思っていた。でもそんなものはなかったらしい。
いつも通りのキルレシオで、いつも通りの損害を出し合い、いつも通りに捕虜を得て、いつも通りに攻略が終わった。うちの死傷者は千人にも満たないくらい。そのうちほとんどは軽傷で死者はほとんどいない。敵は一万以上の死傷者を出し、一万数千ほどが投降した。攻城戦は一日もかからず、現在すでにプロイス連合軍が町を取り戻している。
どうも捕えた敵軍の参謀や指揮官達の話からすると、稀代の名将と呼ばれるテュレンネ大元帥はここに来てからほとんどまともに何もしていなかったらしい。自分達の後方である西側が陥落していることすら偵察していなかったようだ。
フランクフートアムメインを攻略した俺達はすぐさまレイン川のさらに南も奪還せんと部隊を派遣している。今回から合流してあまり手柄のないエミッヒ達ラインゲン軍に『カーン軍』をつけて、メイン川を下ってレイン川へと向かわせ、レイン川に沿って遡上しながら流域の奪還を任せた。
向こうはもうほとんど大軍が駐留出来るような規模の町がないはずだから、よほどのことがない限りそう危険もないだろう。
エミッヒ達はフランクフートアムメインの攻略で大将首であるテュレンネ大元帥を討ち取っている。それに加えてレイン川のさらに上流の奪還を成功させれば手柄としては上々だろう。これなら今回奪還した領地に封じてもらえるはずだ。
さらに別働隊が順次レイン川西岸の領地奪還を進めている。俺達はまだフランクフートアムメインにいるけど、『カーン軍』の大半はすでに送り出し、レイン川西岸の旧領回復も順調らしい。
南ホーラント戦線ではゴトーやジョン・マールボロス陸将の働きにより、南ホーラント最大の都市ブルッセルを攻略。大都市と大部隊を失った南ホーラント方面のフラシア軍は最早継戦能力はなく、南ホーラント全域を奪還したという報告を受けている。
またノルン公国方面でもシュバルツとエドワード・ルシェル海将の艦隊の活躍により、ラセイネ川河口の町ルハーブルの攻略に成功。さらにラセイネ川を遡上してノルン公国の首都ロウエンを陥落させたらしい。これによりノルン公国全土はブリッシュ・エール王国の手に落ち、しかもラセイネ川を伝って王都パリスまで進軍出来るようになった。
フラシア王国の王都パリスに一番近いのはロウエンを落としたブリッシュ・エール王国軍だけど、南ホーラント全土を喪失したことで北東からもパリスに圧力がかけられることになった。
俺達もレイン川を越えてホーラント王国、南ホーラント国境まで軍を進めて奪還に成功。南ホーラントと俺達に挟まれるようにリュクセムブール公領はほぼ孤立状態となっている。そのリュクセムブール公爵はフランソワ・ド・モンモンサーだったらしいので、領主が亡くなったことでリュクセムブール公領は現在も混乱しているらしい。
リュクセムブール枢機卿はこの辺りの教区の責任者らしいけど、別にフラシア王国と教会は関係ない。いや、そりゃお互いに利用し合ったり、力を貸したりはしてるだろうけど、領地としてのリュクセムブール公領と、リュクセムブール枢機卿には関係がないという意味でだ。
あまり期待はしていなかったけど、南西方面ではアラゴ王国が思いの他善戦しているらしい。寡兵でも上手く使って敵を撹乱しつつ、押したり退いたりを繰り返してあちこちを荒しているようだ。兵力不足のフラシア王国は神出鬼没のアラゴ王国に手を焼いているらしい。
それに比べてカスティーラ王国はまだ動かず日和見を決め込んでいる。そしてまさかのサヴォエ公国の敗北……。
いや、別にどちらもあてにはしていないからどうでも良いというのは、強がりでも何でもなく本当のことなんだけど……。ただあまりにどうなのかなと思ってしまう。
まぁ百歩譲ってカスティーラ王国の日和見は良いとしよう。彼らはまだ同盟に参加するとはっきり表明していない。だから何か違反しているわけでも嘘をついているわけでもない。誘われたけどどうしようかなぁと言いながらずっと動かないだけだ。それならいないものと思って放っておけば良い。それよりもサヴォエ公国には呆れる。
サヴォエ公国が同盟への参加を非公開にして自分達で表明すると言っていた時から彼らの魂胆はわかっていた。都合の良い時に参戦して、おいしい所だけ持って行こうと思っていたんだろう。そして実際に仕掛けたタイミングも悪くはなかった。
自分達は万全に準備を行い、フラシア軍が弱り、西でも北でも友軍が頑張って自分達の近くまで迫ってきていた。まさにタイミングとしてはこの機しかないというほどのベストタイミングだったと思う。俺だって同じ立場なら同じことをしたかもしれない。でもこれが大失敗の元だった。
オース公国を警戒していたフラシア王国は、戦争がある程度進んでからは対オース公国用に部隊を駐留させていた。その対オース公国部隊がいるすぐ近くがサヴォエ公国だ。それはそうだろう。サヴォエ公国はオース公国の西端のすぐ近くだからな。
対オース公国に備えていたフラシア軍に向かって突撃していったサヴォエ軍はあっさり壊滅させられた。相手が待ち構えている所に向かったんだから単純に力量の勝負だろう。そこで大敗だ。恐らく兵の練度や士気、指揮官の能力やこれまでの陸軍ドクトリンにおいて致命的な差があったんだろう。
必勝と思って仕掛けたけど、自軍が弱すぎて敵の不意を突くくらいしか勝ち目がなかったというわけだ。それなのに開戦直後に不意打ちをするでもなければ、敵の動きや配置を調べるでもなく、ただ周囲の状況だけを見て判断して馬鹿正直に正面から侵攻してしまった。それじゃ勝てるものも勝てやしない。
サヴォエ公国は秘密裏にフラシア王国と接近して講和を打診。フラシア王国も今は敵を少しでも減らしたいからサヴォエ公国との和平に首を縦に振った。そしてサヴォエ公国は同盟からの離脱を正式に要請してきた。
もちろん俺達は二つ返事でサヴォエ公国の離脱と中立を認めた。だって、いらないし……。
もう俺達の勝ちは見えている。ここで終戦までサヴォエ公国の同盟参加を認めていたら、例え何の戦果も成果も挙げていなくても、講和会議に顔を出し、口を出し、自分達の権利や取り分を要求してくることだろう。働くどころか足を引っ張ってる奴に何故分け前をやらなければならないのか?
ここでサヴォエ公国の離脱と中立を認めれば、彼らは最早この戦争とは何の関係もない。講和会議に呼ぶ理由もないし、働きに対して取り分を分けてやる必要もない。だって彼らは勝手に離脱したんだもん。
自分達が不利だ、やばい、と思って勝手に早々に敵と講和しておいて、元所属していた方が勝ったからって、やっぱり俺も所属側だから分け前寄越せはあり得ないだろう?離脱した時点でその権利を放棄しているということに他ならない。だから喜んで送り出してやった。
あとは俺達が取り戻したい失われた領土はエルサ=ロスリンゲン地方だ。リュクセムブール公領の南側からレイン川の上流西岸辺り一帯が、エルサ=ロスリンゲン地方と呼ばれている。敵の後方拠点となっているメッツもロスリンゲン地方だ。エルサはレイン川のすぐ西岸の辺りだな。
「カーン卿、会議を行ないたい」
「わかりました」
父が呼びに来たから執務室から出て会議室へと向かう。会議室に入るとロッペ、ヴァルテック両名だけじゃなくて、エンゲルベルトなどの主要な将軍達も集まっていた。少し驚きながらも俺も席に着く。
「先ほどフラシア王国から捕虜交換の打診がきた」
「えっ!?」
俺はそんな話は聞いていない。まぁだから今言ってるんだろうけど、俺だけいきなり会議でそんな重要なことを教えられたような気分だ。しかもそれって……。
「私はこれに応じて、コンッデ公及びルイ・フランソワ・ド・ボーフレルスを解放してはどうかと思ってる」
「…………」
やっぱりな……。ルイ・フランソワ・ド・ボーフレルスとはこのフランクフートアムメインで捕えたフラシア軍元帥だ。テュレンネ大元帥がやってくるまではこの方面の指揮を担当していた……、俺風に言わせてもらば方面軍司令官みたいな感じの者だろうか。フラシア軍の軍制では方面軍司令官なんて立場はないけどな。
あとフラシア貴族はルイとかフランソワとか多すぎてほとんど名前被りすぎる。こいつもボーフレルスと呼ばないことには誰だかわからない。
コンッデ公は俺達の強さが身に染みているはずだ。コンッデ公はフラシア王国の負けを認めていた。解放すればフラシア王国に講和を勧めるだろう。ボーフレルスも同じだ。少し面会や尋問をしてみたけど、彼もプロイス軍の強さを目の当たりにしてフラシア王国に勝ち目はないと諦めたらしい。
早急に講和をしたいのならばこの二人を解放すればいい。二人とも将軍や元帥だ。立場も発言力も高い。彼らが講和した方がいいと勧めればある程度は同調する者が出て来るだろう。そもそももう西はパリス目前くらいまで攻め込まれてるわけだしな。
こちらはほとんど捕虜を取られていないから捕虜交換といっても実質はこちらの捕虜を解放するだけだろう。これに応じるメリットは講和の話が進むかもしれないということだけど……。
「お待ちいただきたい。それはつまりエルサ=ロスリンゲン地方の奪還は諦めるということでしょうか?」
あと少し……、リュクセムブールとエルサ=ロスリンゲンを取り返せば奪われた領土を全て取り返すことが出来る。講和すれば今占領中の所の大半は戻ってくるだろう。だけどまだ攻め落としていない所まで返せと言っても向こうが返すはずがない。だから失った国土を全て取り戻すまでは……。
「カーン卿の気持ちはわかる。しかしエルサ地方はともかくロスリンゲンやリュクセムブールをどうやって奪還するつもりかな?」
「それは……」
軍を進めて敵を追い払うか殲滅すればいい。そう言いかけて口篭った。言うのは簡単だ。でもどうやってそれをするのかと父は聞いている。父が言う通りエルサ地方はどうにかなる。レイン川の水運を利用すれば兵でも糧食でも武器弾薬でも輸送出来る。でも他の場所はどうする?
俺達が大軍を維持出来ているのはレイン川による大量輸送が出来ているからだ。それを内陸部の奥深くまで攻め込もうと思ったら補給が続かない。これまでは幸運にも陸路や水路がうまく繋がっていた。でもこの先は厳しい。
メッツから流れ、途中でリュクセムブール公領とプロイス王国の国境線となって、そこからボーンの南の方でレイン川と合流するモセル川というレイン川の支流の一つがある。それを使えば多少の水運は可能だけど、今までのような大軍を賄うのは難しい。
陸路を併用して、レイン川の拠点までは水運で、残りは陸路での輸送とモセル川の水運を合わせて……、と言いたい所だけど……、俺達はあまりに遠くまで来すぎてしまった。
同じ小麦を一トン運ぶとして、十キロの距離を往復させるだけなら少しの輜重隊とその護衛だけで済む。毎日輜重隊が往復すれば事足りるかもしれない。でもそれが百キロだったら?二百キロだったら?
一つの輜重隊と護衛だけでは足らず、一つの部隊が出ている間に次の部隊を送り出さなければならない。でなければ前線は食糧不足で飢えてしまう。往復十日かかり二日に一回は補給しなければならないとすれば、五部隊は輜重隊を常に往復させていなければならないということになる。
今までは辛うじて補給が維持出来ていたけど、これ以上俺達の本拠地から離れれば離れるほど、補給の負担は増し、金も手間も天文学的に跳ね上がっていく。
侵攻限界を五十キロで一ヶ月間の戦闘と設定していたのに、百キロ進軍してしまったから戦闘可能期間が十五日かと言えばそうはならない。距離が伸びた分だけ輜重隊も護衛も増やさなければならず、輸送コストも嵩み、反比例のようにどんどんと負担が増えてしまう。
「カーン卿にはまだまだ余裕があるかもしれないけど、うちはもう家計が火の車だよ~」
「現状のままこれ以上進むのは厳しいと言わざるを得ない」
ヴァルテック卿とロッペ卿がすまなそうな顔でそう言う。俺達は国の援助なしでポケットマネーで戦っている。ここまで侵攻してきただけでも相当金も物資も消費しただろう。正直すぐにでもやめたいほどのはずだ。それにあまり本拠地から離れすぎたら本拠地も危険になる。
俺だって最初は北部の領土を奪還して海への出口と、ホーラント王国との隣接地点さえ取り戻せば良いかと思ってたじゃないか。それがいつの間にかトントン拍子に進みすぎて欲が出すぎていた。
別にエルサ=ロスリンゲン地方を永久に諦めるわけじゃない。今回はこれ以上は無理だ。これ以上進もうと思ったら備えが必要になる。今まで取り戻した地域を俺達が発展させて、陸路も水路も整備し、この近場からも食料や兵を得られるようにしなければならない。
今はまだ奪還した領土の領民達もフラシア王国民なのかプロイス王国民なのか困惑しているはずだ。まずは彼らを迎え入れて、プロイス王国民として、俺達の領民として協力してもらえる形を作らなければならない。そして俺達の力が増せば、その時に残る地域も取り返せばいい。
あまりにうまく行き過ぎて、欲に目が眩んで、俺は大事なことを忘れていた。俺一人だったら侵攻限界を超えて行ける所まで行こうとしていたかもしれないな。
「ふ~~~っ……。コンッデ公とボーフレルス公を捕虜交換で解放し講和を勧めさせましょう。そして……、私達も帰りましょう、故郷へ」
「うむ」
「そうだな」
「こんなに楽で気持ち良いくらいあっという間に進める戦争は初めてだったよ」
皆も頷いた。決まりだな。
連合軍の首脳陣が同意したことで答えは決まった。これからは講和に向けた話し合いが進むことになるだろう。そのためにも急いでカンベエとミカロユスを呼び戻さないと……。交渉に出てもらうなら俺よりも二人の方が適任だろう。
あっちもこっちも大変な状況で手が足りないと思うけど、講和会議のためにカンベエとミカロユスを呼び戻すくらいは大丈夫だと思う。……大丈夫だよな?




