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第五百三十五話「幕切れ!」


 デューセルドラフを出て以来、テュレンネ大元帥はあらゆる悩みから解放されていた。いつからか常に体に纏わりつくように感じていた死の予感も、ここ最近はまるで感じない。


 フランクフートアムメインに入ってよかった。テュレンネは心の底からそう思っていた。こんな清清しい毎日は久しぶりだ。それが一体いつから、何故あんなことになってしまったのかと考える。


 確か……、この戦争で最初に死の危険を感じたのはカーザース辺境伯領への奇襲を行なおうとした時だ。それまでの生活では長い間、死の予感など覚えたこともないというのに、カーザース辺境伯領に奇襲に行って、カーザース辺境伯の汚い手に嵌められてから常に死の予感が付き纏うようになった。


 あの時から、カーザース辺境伯領から撤退してからというもの、まるでツキに見放されたかのように碌でもないことばかりが起こるようになった。一度死の予感から離れて助かったと思ってもまたすぐに死の予感に囚われる。どこへ行っても、何をしていても、常に小さいながらも感じていたような気がする。


 そうだ。一時的に逃れても、ずっと小さくどこかで感じていた。いつまで経っても振り切ることも出来ず、常に死神に追われているような気分だった。だがフランクフートアムメインに来てからはそれがない。


 町一つや二つ後退しても駄目だったのだ。もっと根本的に、徹底的に逃げなければならなかった。デューセルドラフからこれだけ離れたフランクフートアムメインでは感じないのだ。これこそが正解だった。何故今までこんな簡単なことに気付かなかったのか。


 全てから解放されたテュレンネはようやく自分を取り戻した。今までの自分は常に死に追われて精神的におかしかった。だから療養しよう。フランクフートアムメインからプロイス王国を攻撃して牽制するとは言った。だがそんなことをする必要はない。


 ここから南東に広がるのはすでに抱き込んでいるバイエン公爵領だ。ここからもう少し東に進めばバイエン侯爵領の北西の端に到達する。バイエン公爵とは話がついているのだから、適当に口裏だけ合わせてもらえばどうとでもなる。実際に兵を派遣して戦わせる必要はない。


「私は……、自由だ」


 ようやく瞳に生気と知性の光りが戻ったテュレンネは、少しばかり休日を楽しもうと、当分の間体を休めることにしたのだった。




  ~~~~~~~




 テュレンネがフランクフートアムメインに来てから暫くが経ち、周囲もあまりにテュレンネが行動しないのを不審がるようになってきていた。いい加減いつまでも引き篭もっているわけにはいかないかと思っていたテュレンネは最悪の体調で目を覚ました。


「テュレンネ大元帥閣下!起きてください!テュレンネ大元帥閣下!」


「あぁ……。うるさい……」


 ドンドンドンと扉が叩かれて、外から大声で呼びかけられている。しかしテュレンネはそれどころではなかった。激しく頭が痛い。吐き気のようなものまで感じて、とてもではないが元気に出歩ける体調ではなかった。


「どうしたのだ……」


 それでも何とかのそのそと起き上がると扉を開けた。扉の外には血相を変えた参謀が立っている。


「大変です、テュレンネ大元帥閣下!敵です!敵襲です!」


「あぁ……、今日は体調が悪いんだ……。もう少し静かにしゃべってくれ……」


 すぐ近くにいるというのに大きな声で騒ぐ参謀に顔を顰めたテュレンネは、いまいち働かない頭で考える。


 まずどうしてこんなに頭が痛いのか。気分も悪く吐き気がしている。こんな症状をテュレンネもよく知っていた。これは二日酔いにそっくりだ。ふと昨晩は飲みすぎたかな?と考える。


 確かにフランクフートアムメインに来てから、全てから解放されたテュレンネは少々酒にも溺れていた。だが昨晩飲んだ酒もいつもと変わらないくらいの量だったはずだ。こんな酷い二日酔いになるほど飲んだつもりはない。


 とはいえ現実にこんな状態になっている。それに飲んだ量だけが問題ではない。体調の良い時に大量に飲んでも平気でも、体調の悪い時に少量飲んでも二日酔いになる時もある。必ずしも毎回飲んだ量だけで決まるわけではなく、その時の体調や、一緒に飲食した物などによっても条件が変わってくる。


 大して飲んだ覚えはないが、確かに昨晩も酒を飲んだし、実際に自分が酷い二日酔いになっているのだからそうなのだろう。あるいは風邪なども引いているのかもしれない。


 そんなズキズキと痛い頭でさらに考える。参謀は敵襲だと言っていた。一体どこの誰が……。


「――ッ!?敵襲だと!?どこの軍だ?数は?仕掛けてきてからどれほど経っている?」


 ハッとしたテュレンネは参謀に一気に問いかける。ボーッとしている場合ではない。ただいつものような死の予感がない。きっと大丈夫だろうという考えが浮かぶ。酷い頭痛と吐き気があるが死の予感とは無関係なはずだ。


「相手はプロイス軍ということしかわかりません。東の門前に集まっている敵兵より先ほど降伏勧告がありました。攻撃は一刻後だそうです」


「東……。敵兵の規模は?」


 服を着替えて準備を整えながらテュレンネは参謀に聞いていく。東というのが引っかかる。


「森の影になっているために総数はわかりませんが、それほど多くは見当たらないとのことです。確認出来ているのは精々千から二千ほど。周囲の見えない位置にいるとしても四千もいないのではと……」


「ふむ……」


 テュレンネの頭の中でカチリと全てが綺麗に嵌った。四千もいないとなれば本気でフランクフートアムメインを攻略しようとしているとは思えない。そんな兵力で落とせるほどこの都市は甘くないのだ。そしてそんな少数の兵を連れてやってきたのが東からと言えば誰の差し金かわかるだろう。どうせバイエン公爵に違いない。


 バイエン公爵とはお互いに本気で争わない密約が出来ているはずだ。ならばフランクフートアムメインを落とすには少なすぎる四千などという少数部隊を送ってくるのも頷ける。バイエン公爵は最初からこの都市を落とすつもりなどなく、いや、そもそもで言えば本気で攻撃を仕掛けてくるつもりもないのだろう。


 プロイス王国内で何か状況が変わったのか、見せ掛けだけでも一応仕事をしているフリをしなければならないのか、詳しいことはわからないが、本気で戦争をするつもりではなく、そういうことをしてますよと他の貴族やプロイス王国に見せるためにやっているのだろう。ならばこちらも本気で対応する必要はない。


「それは恐らくバイエン公爵の軍だろう。バイエン公爵とは密約が出来ている。慌てることはない」


「ですが……、バイエン公爵ならば何故……」


 参謀のくせにそんなこともわからないのかとテュレンネは頭を押さえて首を振りながら説明してやる。


「バイエン公爵にも事情というものがあろう。他の貴族やプロイス王国の手前、ずっと何もしないままでいるというのが難しくなることもある。だから見せ掛けだけでも戦争をしているようなフリをするために兵を派遣してきたのだろう。そもそも四千にも満たない軍で本気でこの都市を攻める馬鹿はいまい?」


「それは……、そうですが……」


 何とも参謀の歯切れが悪い。ここで言い争っていても時間の無駄だ。だったらテュレンネが証明してやればいい。


「もう良い。私が直接東門へ出向いて確認する」


「きっ、危険では!?」


 テュレンネの言葉に参謀は驚いたがその程度でテュレンネはやめなかった。準備を終えたテュレンネは酷い頭痛と吐き気の中を体に鞭打って東門へと向かったのだった。




  ~~~~~~~




 東の城壁の上に上ったテュレンネは外の様子を窺った。東門の前に集まっているのはプロイス軍で間違いない。バイエン家の旗がなく不審に思ったが、どこか見覚えのある旗が目に入った。


「あぁ……、あれは確か……、バイエン派閥の……、ライゲ……、ラインゲン?確かそんな名前のバイエン子飼いの家だったな」


「紋章官に確認させますか?」


「いや、必要ない。やはりバイエン家からの戦争のフリだろう。それでいつ攻撃が始まるのだ?」


「降伏勧告の後に一刻後に攻撃を開始すると言っていたので……、もうそろそろかと思われます」


 テュレンネは少し考える。折角最前線の東門まで来たのだ。どうせバイエン家が戦争をしているフリをしに来ただけであろうが、折角なので最後まで見ていくかと城壁の上から下を眺める。


「あの敵兵が持ち歩いている杖は何だ?」


「わかりません……」


「それではあの並べている黒い筒は何だ?」


「わかりません……」


 使えない参謀だなとテュレンネは呆れた。何を聞いてもわからないのならば一体何のためにいるというのか。こちらは頭が痛くて吐き気がする中で無理を押してこんな所まで来たというのに……。


「むっ?」


 しかし……、今、急に、ふっと体が軽くなった。先ほどまで感じていた頭痛も吐き気も何もない。まるで全てから解放されたかのような清清しい気分だけがテュレンネを包んでいた。


 それと同時にドンッ!と腹に響く低い音が鳴り響き、目の前に黒い塊が迫ってきていた。


(ああ……、そうか……。これは……)


 ようやくテュレンネは全てを悟った。何故今朝起きた時からずっとあれほど酷い頭痛と吐き気があったのか。それは決して二日酔いでも風邪でもなかった。あれは最大限の死の予感に対する警報だったのだ。


 テュレンネが助かるためにはそれを感じた瞬間にすぐさまどこかへ逃げるより他になかった。この都市にいてはどこにいようとも助からない。絶対の死に絡め取られてしまっていた。それなのにテュレンネは逃げるどころかますます死地へと向かってしまっていた。


 今、急に頭痛や吐き気が治まったのは簡単だ。もう自分に絶対の死が訪れる。今更死の予感を覚えるもクソもない。自分はもう何をしても、どうやっても、この目の前に迫る塊に潰されて……。


 テュレンネの意識はそこで途切れたのだった。




  ~~~~~~~




 敵への降伏勧告と一番槍の誉れを授かったエミッヒとカール達ラインゲン侯爵家の部隊は、合流してきた二千ほどの『カーン軍』と共に東門の前に集まっていた。


「よし。時間だ。やれ」


「はっ!」


 他の諸侯と会議を行ってきたカールの言うことが本当ならば、この合流してきたたった二千の兵が、開戦早々に城門を吹き飛ばしてくれるという。また城壁上の弓兵も薙ぎ払ってくれるというのだから、もしそんなことが出来るのならば大したものだろう。


 エミッヒは半信半疑ではあったが、父カールが他の諸侯と会議を行い、それが出来ると聞いてきたのだ。まずは出来るものならやってみろとばかりに任せることにした。


「ああ、おい!そのカーン砲……?だったか?その一つはあそこを狙ってみろ。狙えるか?」


 エミッヒが指差したのは城壁の上だった。その辺りに何人かの人がウロウロしているのが見える。城壁の上には弓兵達が待機しているようだが、そこだけ何か雰囲気が違った。


「狙えますが……」


「よし。ならこのカーン砲はあそこを狙え。大将首だ。しっかりな」


 エミッヒがギラリと眼光を鋭くする。城壁の上にいるのはテュレンネ大元帥だ。バイエン派閥の頃に見た覚えがある。もし本当に何らかの攻撃方法があるのならば、今ここで討ってしまえばいい。そうすればラインゲン侯爵家が大将首を挙げたことになる。


「準備完了いたしました!」


「よし!攻撃を開始しろ!」


「てぇっ!」


 エミッヒの指示を受けて、『カーン軍』の砲兵部隊がフランクフートアムメインの東門に向かって砲撃を開始する。エミッヒが威力を見せてみろと数門同時に攻撃させた結果……。


 ドンッ!ドンッ!ドンッ!


 と短い間隔で数回低く重い音が響いた。


「うっ!うおおっ!?こっ、これが『カーン砲』とやらの威力なのか!?」


 大轟音を響かせ、城門は吹き飛び、積み上げられた城壁はガラガラと崩れ去った。城壁の上に居たテュレンネ大元帥は恐らく原型も留めていないだろう。


「即座にドライゼ銃による敵弓兵への斉射が有効です。ドライゼ銃の斉射を行なっても良いでしょうか?」


「あっ、あぁ……、任せる……」


 まだカーン砲のあまりの威力に理解が追いついていないエミッヒは言われるがままに承認した。一応東門の総指揮官はエミッヒなのでその指示を仰ぐ必要があるからだ。エミッヒの許可を貰った『カーン軍』指揮官がドライゼ銃の斉射を指示する。


 今度はパパパパーーーンッ!と乾いた高い音が鳴り響き、バタバタとフラシア兵達が倒れていった。開始後僅かな時間ですでに多くのフラシア兵を葬っている。一体どうなっているのかエミッヒの理解が追いつかない。


「それで……、どうされますか?エミッヒ様。あとは待っていれば他の門から残る諸侯の軍が突入して町を制圧してくれるでしょう。我々が無理をする必要はありませんが……」


「むぅ。もちろん我々も突入するに決まっている!予定通り『カーン軍』は門の封鎖に専念しろ!ラインゲン軍は突撃だ!ここで手柄を挙げずにいつ挙げる!」


「「「「「おおおぉぉぉっ!」」」」」


 先頭を駆けるエミッヒに続いてラインゲン軍が崩れた東門を越えて町へと突入していく。最初は先陣を切るがすぐに他の兵がエミッヒを追い抜いていき最初に突入するので、エミッヒにはそれほど危険はない。あくまで士気を高めるための演出だ。


「あまり前に出すぎるなよエミッヒ」


「父上!?」


 突入していくラインゲン軍の中にはカールの姿もあった。それにエミッヒは驚いていたがカールは余裕の笑みを浮かべる。


「まだまだヒヨッコには遅れは取らんぞ!それよりもエミッヒ。お前は見かけによらず激情家なところがある。あまり焦らずじっくり進めるのだ」


「私はいつも冷静ですよ」


 父の言葉にエミッヒはふふんとばかりに答える。


「冷静な者がバイエン派閥に絶縁状を叩きつけて帰ってくるというのか?」


 しかし、カールの言葉にエミッヒはニヤリと笑った。


「いつまで経ってもカーン家につくことに踏ん切りがつかない父上のために一芝居打ったまでのことです。これでもう後がなくなったでしょう?」


「……は?」


 カールはポカンとしたがエミッヒは余裕の表情だ。


 エミッヒはカーン騎士爵領を視察に行った時から、もうカーン派閥に入ることを心に決めていた。例え領地替えをしてでもカーン派閥に入る。それだけの覚悟があった。


 だがカールはバイエン派閥への未練か、先祖伝来の領地への執着か、中々踏ん切りがつかず、ずっとバイエン派閥のフリをしたままずるずると引き延ばしていた。


 だからエミッヒはもう取り返しがつかないように、バイエン派閥に王家の目の前で絶縁状を叩きつけ、カーン軍達が南下してくるのを待っていた。カーン軍と合流してこの戦争で戦果を挙げ、王家に領地替えを嘆願する。カーン家の近くの領地を貰えれば万々歳。最悪でもバイエン派閥から離れた領地になれば御の字だ。


「おまっ……」


「さぁ、父上!どちらがより手柄を挙げるか競いましょう!」


「ちょっ……、はぁ……。わかったわかった。私の負けだ。怪我だけはするなよ!ラインゲン侯爵殿!」


「そちらこそ!前ラインゲン侯爵殿!」


 二人はそれぞれ信頼の置ける部隊を率いて侵入した町中で多くの手柄を挙げたのだった。



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 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] グッバイ、テュレンネ あんたの逃げ足忘れないぜ
[一言] エミッヒは一番最初の印象を視察からの判断で改善して更にその印象に反してかなり頭よくて冷静だった( ˘ω˘ )b
[一言] 勘というのは今までの知識や経験が無自覚に働いた結果のひらめきと言われますが、 テュレンネ元帥の死の予感は恐らく生存本能に根差したものであり、 逃げ出した後にどうやって戦いを推移させるかと言っ…
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