第五百三十四話「全員集合!」
ケロンの南門が機能しなくなるという思わぬ事態のために少々時間がかかったけど、とりあえずの復旧の目処が立ったことで俺達はケロン、ボーンからさらに領土奪還作戦を再開させた。ケロンの防衛のために門が復旧されるまでは俺達もケロンに駐留していたけど、その間にも色々と仕事は済ませている。
まずケロン、ボーンなどケロン大司教領全てが降伏し、大勢の捕虜が出た。それらをレイン川を利用してホーラント王国に送りつけている。戦いもせずそのまま降った元敵兵はそのまま町の治安維持とかをさせているけど、さすがに戦場で矛を交えた直接の部隊とかは武装解除して捕虜として後送するしかない。
それとケロンで捕虜になったのは通常の兵士だけじゃなかった。ケロン大司教に唆されて参加した民兵、義勇軍……、十字隊と名付けられていた教会信徒達による部隊もどうにかしなければならなかった。市民や民兵だからといってそのまま無罪放免というわけにはいかない。
誰が参加していたとか、誰が普通の一般市民とか、調べて捕まえるのに随分苦労したようだ。一応教会側に部隊編成の資料があったからそれから追ったようだけど、それでも記載されていない当日参加の義勇軍もいたようだからな。
そういう諸々の後始末をしている間にも『カーン軍』の別働隊は東方面の敵勢力圏を占領していった。一時的に俺達より突出していたけど、俺達はレイン川を利用して流域を中心にしか兵を進めないので進軍が早い。俺達の停止中に東部方面で突出しても、俺達の進軍が再開されたらすぐに追いつくからそのまま行かせた。
そんなことをしている間にようやく俺達も準備が整ったからケロン、ボーンから出発して、レイン川流域の占領を進めた。
ちなみにコンッデ公とケロン大司教はまだボーンにいる。もちろん自由の身ではないけど……。コンッデ公はある程度俺達の奪還作戦が進めば解放して、フラシア王国に講和を勧めさせようと思っている。ケロン大司教はすでに都市ケロンの権利を放棄させている。現在ケロン大司教が持っているのはボーンにおける教会関係の権限だけだ。
ケロン、ボーンを出発した俺達はレイン川沿いに流域の奪還を行い、大小様々な町を奪還した。中にはそこそこ大きな町もあったけど、フラシア軍の抵抗はほとんどない。一応防衛部隊がチラホラいるみたいだけど、とても本気で防衛しようと思っているようには思えなかった。捨て石にされた部隊が町に留まっていたという感じだ。
結構な距離を南下して、途中で流れが東西方向へと大きく曲がり西へと向かう。もう一度流れが南北方向へと変わってすぐに支流メイン川との合流地点がある。このメイン川を遡上していけば次の目標、フランクフートアムメインがある。
「今回はいつもと違い我々が西側から攻める形になります。じっくり作戦を話し合っておきましょう」
「うむ」
「そうだね」
いつもの首脳陣を集めて話し合いを行なう。レイン川の流れが変わったり、メイン川との合流地点付近の町に分散して駐留しながら、俺達はレイン川流域で最後の難関となるであろうフランクフートアムメインの攻略について話し合うことにした。
支流のメイン川に入らず、さらにレイン川流域である南もまだ攻め落とさなければならない。でもそちらにはもう大きな拠点はなく、大勢の敵兵が駐留している場所もない。そもそも俺達は水運を利用しているからこんな大軍でも進めているけど、本来なら駐留する場所もないこんな所を大軍でいつまでもゆっくりなんてしていられない。
俺達がメイン川の下流を、フランクフートアムメインの西側を制圧してしまったことで、フランクフートアムメインは完全に孤立してしまっている。フランクフートアムメインの東と南は最初からプロイス領だ。北からは『カーン軍』の別働隊が周囲を制圧しつつ南下してきている。そして西側は俺達がレイン川に沿って占領してきた。
現状フランクフートアムメインは完全に孤立状態であり、無理に攻め落とさなくても包囲しているだけで落とせるのは間違いない。ただこちらも何ヶ月も包囲戦をしているほど暇はない。多少の犠牲は覚悟の上で力攻めするより他に手はないだろう。
「敵の司令官はテュレンネ大元帥、推定兵力は二万から三万ほどと思われます」
「「「う~ん……」」」
全員で首を捻る。どうにも腑に落ちない。
「これまでのフラシア軍とほとんど変わらない。これで何故わざわざ篭城を選んでいる?」
「さぁ……?」
「何か秘策が……?」
そう……。俺達がわからないのはそこだ。敵の配置がこれまで何度も俺達が破ってきた形と変わらない。これまで俺達がキルレシオ十倍、攻略まで一日もかからず落としてきたような攻城戦と同じ構図だ。フラシア軍内では稀代の名将、百年に一人の英雄などと呼ばれているテュレンネ大元帥が自ら指揮を執って、そんな馬鹿なことを何度も繰り返すだろうか?
これまでは俺達が包囲殲滅してきたから、敵がこちらの手や正確な戦果について理解していなかったというのもあるだろう。でも俺達だって敵を完全に包囲殲滅して一切情報を漏らさなかったなんて思っていない。市民に紛れて隠れたり、うまく脱出して情報を持ち帰った兵もいるだろう。
そういう情報を精査していれば、俺達の攻城戦のやり方や、これまでの戦果もある程度把握出来ているはずだ。少なくとも完全に把握出来ていなくても警戒すべき点やどうするべきかはある程度向こうも考えているはずだろう。それなのに今回の敵の篭城もこれまでと何も変わっていないように思える。それが余計に怪しい。
数万の兵を連れて大都市に篭城して、城壁を盾にして時間を稼ぐ。これがフラシア軍のセオリーだ。何故一つの都市に数万しか篭城させないのかは説明不要だろう。都市の機能としてそれ以上を受け入れて篭城することが出来ないからだ。だから各都市に数万ずつまでにして分散配置している。
それはフラシア軍の問題だけじゃなくて、俺達だって同じ問題を抱えている。俺達だって水運による物資輸送がなければ、よほどの大都市でもない限りは一万、二万の軍をしばらく駐留させるだけで精一杯だろう。
そしてその分散している兵で拠点を守り、周囲のどこかが攻撃されていれば、攻撃されている者は篭城して時間を稼ぎ、周辺の部隊が応援として駆けつける。それがフラシア軍の取ってきた手段だ。
ただ俺達は敵の援軍が来るまでに対象の都市を攻略してきた。だから援軍に外で囲まれるなんてことにもなったことはないし、篭城している都市を落とせずに退却したこともない。それがわかっているはずなのにフランクフートアムメインの状況はあまりに不可解すぎる。
フランクフートアムメインには確かに二~三万の兵がいるだろう。でもその周辺で大軍を養える都市がない。つまりルウルー地方の時のように、いくつもの大都市が密集していて、それぞれに何万もの兵がいて、攻略に手間取っている間に数万の援軍がやってくるなんてことがない。
さらに今回は本来フラシア軍の逃げる方向であるはずの西側まで俺達が占領している。これでは完全に退路はない。包囲されたら脱出することも出来ないフランクフートアムメインに篭る目的は何だ?それがわからないからとても気持ち悪い。
「敵が何を企んでいるかわからない。だがフランクフートアムメインを攻略しないという選択肢もない。今回は万全を期して作戦に備えよう」
「そうですね……」
「北は南下してきている別働隊に包囲させるのだろう?東と南はこのまま放っておくのか?」
それはない。確かに東も南もプロイス領ではあるけどそちらに逃がしたら何があるかわからない。
「いえ。南も東も逃がすわけにはいきません。南側は西から攻めるこちらの部隊から担当部隊を出して封鎖しましょう。東は……、こちらから向かうには少々難しいですが……」
南のカバーはこちらが出来る。フランクフートアムメインの中心地はメイン川の北側にある。だから南を押さえるのは容易い。俺達がメイン川を遡上する時にメイン川の南岸も押さえておけば良いだけだ。それに比べて東は西から迫る俺達とは正反対の位置であり敵に気付かれずに向かうのはほぼ不可能だろう。
でも絶対に東に敵を逃がすわけにはいかない……。フランクフートアムメインから東に逃げられたらバイエン領だ。バイエン公爵がどういう立ち位置かわからないけど、フラシア王国との戦争や出兵にナッサム公爵家やオース公国と共に反対していたのはわかっている。そちらへ逃げられたら非常に面倒なことになるだろう。
テュレンネ大元帥を匿ったり、あるいは逃げてきたテュレンネ達を自分達が討ち取ったと手柄を主張される可能性もある。フラシアやプロイスに対してどう出るかはわからないけど、余計なことをされて碌な事にならないのは間違いない。だから東に、バイエン領には絶対に逃がせない。
「ならばこういうのはどうだ?南下してきている部隊に東に回ってもらい、我々が北と南も担当する」
「「なるほど……」」
確かにそれしかないように思える。何も南下してきている部隊が必ず北を抑える必要はない。北からやってきて東に回ってもらってもいい。現在でもまだ二万を超える大軍である俺達が三方を担当するのなら出来なくはない。現実的にはそれくらいしか……。
「失礼します!急いで取次ぐようにと客人が参られています!」
「「「客?」」」
俺達が会議をしていると取次ぎにそんなことを言ってくる者がいた。作戦行動真っ最中の俺達に、一体誰がそんな急ぎで会いたいというのか。地元の権力者とかならよほどの事でもない限り急ぎで取次げとは言わないだろう。
「一体誰だ?」
「はっ!それは……」
その相手を聞いた俺達はすぐにここへ通すように指示を出したのだった。
~~~~~~~
暫く待っているとその相手がやってきた。
「やぁ。皆さんお揃いで」
「ラインゲン卿、お久しぶりです」
「ああ、私はもう息子に譲っているのでね。ラインゲン卿ではないんだよ。最早皆さんの方が遥かに上の立場だ。カールと呼んでくれ」
カール・フォン・ラインゲン前侯爵がやってきて皆と挨拶をする。言っていることはその通りなのでラインゲン卿と呼ぶわけにはいかない。
例えば俺がフロト・フォン・カーンとしてカーザース辺境伯を継いだ場合、カーザース辺境伯フロト・フォン・カーンとなり、カーザース卿ということになる。それをカーン卿とは呼ばない。もしそれでも俺のことをカーン卿と呼ぶのならばそれはカーン侯爵に対して呼びかけていることになる。
俺達は家名と爵位や領地名が同じ場合が多い。だから何気なく呼んでいるように聞こえるけど卿と呼ぶ場合は爵位に対して呼んでいることになる。だからラインゲン侯爵を譲ったカールにラインゲン卿と呼ぶということは今のラインゲン侯爵である息子エミッヒを認めないという意味になってしまう。そんな意図がなくてもそういう風に言われる恐れもあるので気をつけよう。
「それでカールは何故ここに?」
ヴァルテック卿がずばり聞いてしまった。それは誰もが思っていたことだ。確かに俺達は同じ派閥になろうとはしているけど、ラインゲン侯爵は領地の立地上あまり表立って俺達につくことが出来ない。バイエン領のすぐ近くだから……、って、あっ!もしかして……。
「皆さんがこちらまで攻め込んでいると聞いてね。息子とも相談して私が伝令役としてやってきたんだ。次はフランクフートアムメインを攻めるんだろう?どうだろう?ラインゲン家もその作戦に加えてもらえないかな?」
「それは……」
そうだ。ラインゲン家の領地はバイエン領のすぐ近く。フランクフートアムメインの近くだ。フランクフートアムメイン攻略においてこれほどぴったりな配置もないだろう。でも問題もいくつかある。
「バイエン家やバイエン派閥に対しては大丈夫なのですか?」
これが問題だ。もしラインゲン家が参戦したとして、手柄を挙げたらバイエン派閥の手柄だと言われたり、逆にバイエン派閥から勝手なことをしたと攻められたりしないだろうか?
「心配御無用だ。ラインゲン家はバイエン派閥を抜けた。それはもう王都で国王陛下の御前で正式に発表しているのでね。誰にも取り消せない。だからラインゲン家を助けると思って……、この通り!頼む!」
「何でまたそんなことに……」
頭を下げたカールを見ながら何だってそんなことになっているのか首を傾げる。ラインゲン家自身がカーン派閥に入るのは良いけど、立地がバイエン領と隣接しているからすぐに表立っては行動出来ないと言っていたはずなのに……。
「それは……」
ポツリポツリとカールが話し始める。どうやら王都でプロイス王国がフラシア王国に対してどう行動するか話し合っている時に、エミッヒがラインゲン侯爵として参加していたらしい。その時にエミッヒはフラシア王国に強く出るべきと主張したけど、バイエン家、ナッサム家とその派閥が日和見を決めた。
それに憤ったエミッヒは会議であれこれ主張したみたいだけど、若造が血気に逸っているだけだと言われて取り合ってももらえなかったようだ。それで我慢の限界に達したエミッヒはその場でバイエン派閥に絶縁状をたたきつけて領地へと戻り戦争に備えていたらしい。
戦争に向けて兵の準備を整えつつ情報を集めていると、俺達がフランクフートアムメインの西側まで迫っていると聞いて、カールと相談の上でフランクフートアムメインの攻略に参加したいと打診することにしたようだ。
「しかしそれではラインゲン家やその領地が危ないのでは……?」
「ああ。このままバイエン領に接した領地のままだったら交易を邪魔されたり、関税をかけられたり、色々と困ったことになるだろうね。だからどうしてもこの戦争で功績が欲しいんだよ。そう……、領地替えをお願い出来るくらいの功績がね」
「「なるほど……」」
ここで功績を挙げて、俺達と隣接するような立地の領地への領地替えを願い出ると……。今回の戦争で領地を得ればそこへ封じる諸侯が必要になる。ならばラインゲン家を配置替えするというのは王国や王家にとっても一考の価値があるというわけだ。
「先祖伝来の領地は良いのですか?」
「う~ん……。まぁ……、良くはないけど……、止むを得ないさ。そういうこともあるもんだ」
ははっ、と寂しそうに笑うカールは何だか放っておけないような感じだった。断ったとしても何を仕出かすかわからない怖さがある。
「何よりもうバイエン家やバイエン派閥とは縁を切ってしまったからね。もうやるしかないんだよ」
ほらな……。これが怖い……。人間自棄になったら何をするかわからない。それなら協力して力になってもらった方が良いだろう。
「わかりました。それでは配置の考え直しを……」
「おお!助かるよ!ありがとう!」
こうしてカーン派閥になる予定だった家が全て揃うことになった。ラインゲン家は千の兵しか用意出来ないらしい。北から南下してくる部隊を少し分けて北と東を担当させる。その東にラインゲン軍を混ぜる。そして西から進む俺達は南と、北にも一部送る。
結局最初の案とあまり変わらないように思えるけど、西、北、南と三方全てを俺達が負担するよりも、北への派遣が減っただけでも負担は全然違う。何よりラインゲン家にも手柄を挙げてもらって引越しをしてもらわなければならない。
「それでは作戦はこれで……。エミッヒ殿にもよろしくお伝えください」
「ああ!任せておいてくれ!」
作戦が決まるとカールはラインゲン軍にそれを伝えるべく戻って行った。これで準備は整った。後は最後の山場、フランクフートアムメインを攻略するだけだ。




