第五百三十三話「各国の動き!」
イベリカ半島と大陸側、フラシア王国との間を隔てるピリネオス山脈。その山々の中央部は特に険しく大軍で越えるのは難しい。イベリカ半島とフラシア王国を往来しようと思ったならば、比較的標高の低い峰が多く、西大洋から山脈までの距離が比較的幅広い西沿岸部付近が最も適している。
東のメディテレニアン沿岸部からピリネオス山脈までの距離は短く幅が狭い。もちろんそれでもただ人が往来するだけならば十分ではあるが、軍事的に見た場合にはその狭い山脈と海の間の平地というのは困難な場所だ。
幅の狭い場所では警備、防衛は容易く、攻める方は細長く進むしかない。かといって隘路ほど狭いわけでもないので、少数の軍が大軍と対峙する時に接する面が少なく数の不利を覆すのに利用も出来ない。幅は狭くはあるが何キロも何十キロもあるものであり、戦闘になれば普通に包囲されてしまう。
ピリネオス山脈はイベリカ半島とフラシア王国を隔てる天然の要害であり、これまでフラシア王国がイベリカ半島を支配出来ない原因でもあった。大国であるフラシア王国が攻め込むのも防いでしまうほどの山脈であり、普通の小国ではそう簡単にピリネオス山脈を越えてフラシア王国に攻め込むことは出来ない。
しかしここにその無茶を押し通そうとしている国があった。
「同盟への参加。フラシア王国への宣戦布告と侵攻はどうなっている?」
アラゴ王国国王ペドロの言葉に重臣や将軍達が答える。
「はっ!同盟への正式な参加の通達及びフラシア王国への宣戦布告はすでに行なわれております。またフラシア王国への侵攻も順調であり、すでにいくつかの町を制圧したとの報告が入っております」
「そうか……」
ペドロ王は一先ずうまくいったかと息を吐き出した。本気でフラシア王国と戦争になったならば勝ち目はない。しかしそれは単独で戦った場合の話だ。いくら大国フラシア王国といえど、周囲全てを敵に囲まれて同時に攻められたならば、一箇所に全ての兵を集めることなど出来るはずがない。
いや……、それは嘘であることをペドロ王もわかっている。万が一の可能性ではあるが……、フラシア王国がその気になれば、他の戦線の兵を引き抜いて、一箇所に集中し、周囲を囲む敵を一つずつ潰していくという手段もなくはない。
それをするためには多少は自国が攻められるのは覚悟しなければならない。また各戦線で遅滞戦術を行い、敵の侵攻を出来るだけ遅らせておく必要がある。全体の侵攻を遅らせている間に一箇所ずつ戦力を集中して敵を叩き、一つずつ敵を潰していくというのは包囲されている側からすれば当然の打開策だろう。
ただそれをするためには周囲の敵の侵攻を遅らせる遅滞戦術と、一か八かの賭けに出られるような胆力と決断力が必要となる。もし一箇所に兵を集めている間に他が破られて自国が陥落すれば……。あるいは集めた兵でも包囲している敵の一つを潰すのに時間がかかってしまったならば……。色々と欠点があり、凡人ではそこまでの決断は中々出来ない。
複数に包囲されたままジリジリ粘ってもやがて負けるだけかもしれないが、だからといってそんな大博打を打てる者は少ないだろう。だが絶対にあり得ないとは言い切れない。そしてそんな大胆な方法を取ってくるのならば、最初に狙うのは一番弱い相手だろう。
強い相手と正面から戦っても倒すまでに時間がかかってしまう。それでは他の包囲者達にやられてしまう。もし戦力を集中して敵を減らそうと思うのならば簡単に倒せる相手、すぐに倒せる相手から減らしていくはずだ。そうなれば、その相手はこのアラゴ王国しかない。
「フラシア王国が持ち直す前に出来るだけ兵を進めるのだ!」
「はっ!」
ペドロ王は何もアラゴ王国がフラシア王国を破れるとは思っていない。ブリッシュ・エール王国やプロイス王国がフラシア王国を破るまで敵を引きつけ役割を果たし、そして終戦までどこかを占領して維持しておけば良い。その戦果に見合った賠償なり領土なりを得れば良いのだ。
だから不意打ちで敵の備えが不十分な間に出来るだけ兵を進め、敵が持ち直してきたら適度に時間を稼ぎつつ後退する。自分達がどこまで進めて、どこまで粘り占領を維持出来るか。全てはそこにかかっている。ペドロ王は薄く広く浸透し、フラシア軍を撹乱しつつ時間を稼ぐ作戦を取ったのだった。
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フラシア王国中央政府に衝撃が走った。やってきたアラゴ王国の使者からのブリッシュ・エール王国、プロイス王国などの同盟への参加表明と宣戦布告。まさかアラゴ王国が敵になるなど夢にも思っていなかったフラシア王国にとっては青天の霹靂だった。
アラゴ王国が敵にならないと思っていたのは何も良好な関係を築けていたから……、ではない。カスティーラ王国、アラゴ王国を含めたイベリカ半島諸国に対しては、フラシア王国は圧倒的な優位を保っていた。まさかそんな小国が自分達に逆らうはずなどないと思っていたのだ。だが現実には裏切られた。その思いがフラシア王国の重臣達には強かった。
ブリッシュ・エール王国と対峙する北部戦線、ホーラント王国の北東戦線、プロイス王国の東部戦線、そのどれもが芳しくない。はっきり言えば負けている。この状況でいくら小国が相手とはいえ、さらに南西のアラゴ王国を相手にしなければならないのは苦しい。だが苦しいからと放っておくわけにもいかない。
対アラゴ王国戦のために一万の軍を預けられて王都パリスを出陣したアンヌ・ド・ノアイレスは現地の状況を理解して頭を抱えた。
「こんな状況で私にどうしろというのだ……」
「ノアイレス元帥……」
前線近くまでやってきたアンヌ・ド・ノアイレスは麾下の将軍や参謀を集めて会議を開いていた。しかし打開策がまったく見当たらない。
そもそもいくら辺境の小国と侮っていようともアラゴ王国一国を相手にするのに派遣された部隊はたったの一万しかいない。この時点でおかしいと思うべきだったのだ。現地部隊の指揮権も与えるとは言われていたが、それにしても一国を相手にたったこれだけで戦えというのは大国フラシア王国としてあり得ない。
そしていざ現地に到着してみれば、現地部隊は右往左往するばかりで散り散りとなり、最早バラバラになっていた。何とか数千は寄せ集めたが、国境警備や各地の防衛に当たっていた戦力を集めても自軍が一万数千しかいない。二万、三万は集まるだろうと思っていただけにその差は激しい。
だが何よりも困っていることがすでに海軍が壊滅していることだ。
アンヌ・ド・ノアイレスが到着して状況を整理した結果わかったことは、宣戦布告後間もなく国境を突破され山脈を盾にして防衛することは最早叶わない。そして同じく開戦後間もなくアラゴ王国の艦隊がフラシア王国のメディテレニアン艦隊を攻撃し……、すでに敗北してしまっている。
フラシア王国メディテレニアン艦隊はメディテレニアン海域においてかなり精強な艦隊だった。しかしヘルマン海艦隊が壊滅したことで急遽艦隊の大部分がヘルマン海へと回されてしまった。結果、大した敵もいない平和な海だと思って無警戒だったメディテレニアン艦隊は、開戦後すぐのアラゴ王国艦隊の奇襲によって大損害を蒙った。
事実上すでにメディテレニアン艦隊は壊滅しており、アラゴ王国はメディテレニアン沿岸部を自由に往来出来ている。その結果、フラシア王国の沿岸都市はアラゴ王国艦隊の襲撃を受けて大損害を出し、場所によっては占領されてしまった町まであった。
陸では国境を突破され、防衛の整っていなかった内陸部を次々に侵攻され、後方支援をあてにしていた後方沿岸部の都市も壊滅状態となっている。たった一万数千の兵でこれだけ各地に受けている被害をどうにかすることは出来ない。まったく手が足りず、どこから手をつければ良いのかもわからない状況だ。
「援軍を要請すれば……」
「そもそも最初から一国相手に一万で戦えという状況だぞ!援軍など来るわけがないだろう!フラシア王国は今どこも兵など足りていないのだ!」
ダンッ!とノアイレス元帥が机を叩いた。諸将は黙る。誰も彼もわかっているのだ。どうにかなる状況ではないと……。ノアイレス隊はただこれ以上アラゴ王国が侵攻してこないように食い止めるだけで手一杯だった。
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カスティーラ王国では今まさに重要な決断をせんと会議が開かれていた。しかしこの会議は毎日開かれており、今まで一度も重要な決断が下されたことはない。
「アラゴ王国はすでにフラシア王国に攻め込んでおる。我が国はどうすれば良い?」
「ここはやはりフラシア王国に出兵して隙だらけのアラゴ王国を攻めるべきかと……」
「しかしアラゴ王国はフラシア王国に善戦しているというぞ。我が国の兵で勝てるのか?」
「仮に隙だらけのアラゴ王国に一撃を加えることが出来たとしても、その後でフラシア王国が落とされては我が国が同盟国側に報復を受けましょう」
カスティーラ王国では毎日同じ議論が繰り返されていた。この話もすでに何度目だろうか。
「では我が国も同盟国に参加してフラシア王国を攻めますか?」
「今はあちこちから攻められて対応に苦慮しているようだが、相手はあの大国フラシア王国だぞ。このまま終わるとは思えん」
「万が一にもフラシア王国が勝った場合我が国は地図上から消えるかもしれん……」
「「「う~~~ん……」」」
「それで……、結局我が国はどうすれば良いのだ?」
アルフォンソ王の問いに答えられる者は誰一人いなかった。
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「時は来た!今こそ我らの武勇を示す時だ!」
「「「はっ!」」」
サヴォエ公国ではフラシア王国への奇襲攻撃が決定されていた。北方のプロイス王国は連戦連勝を重ね、ついにフランクフートアムメインに迫っている。サヴォエ公国とはまだ距離があるが、どの道これ以上は南下してこないだろう。ならばプロイス王国を待つのはもうこの辺りが限界だ。そして西ではアラゴ王国が健闘している。
自分達と同じ同盟側に参戦しているアラゴ王国はサヴォエ公国よりも先にフラシア王国に宣戦布告し、ピリネオス山脈を越えて侵攻を開始。さらにフラシア王国のメディテレニアン艦隊を壊滅させ、メディテレニアン沿岸部を我が物顔で襲撃している。
北のプロイス王国との連携は難しいだろうが、西のアラゴ王国との連携は可能だろう。何よりプロイス、アラゴ両国が敵を引き付けてくれている。これなら自分達に向けられているフラシア兵も相当減っているはずだ。ここで奇襲を仕掛ければ一気にフラシア領を食い破れる。
「サヴォエの精鋭達よ!進め!」
「「「「「おおおぉぉぉっ!」」」」」
この日、サヴォエ公国は万全の態勢と完璧な機会を捉えて五千の大軍をもってフラシア王国領内へと越境。フラシア王国南東方面においてフラシア・サヴォエ間の戦端が開かれたのだった。
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周辺国家が騒がしくなっていることで、いずれサヴォエ公国も動いてくるだろうと思っていたフラシア王国は、フラシア・サヴォエ国境付近にニコラス・カティナット元帥とその麾下二万の軍を駐留させていた。
まさかアラゴ王国が動いてくるとは思わず、イベリカ半島方面では対応が遅れたフラシア王国ではあったが、南東の国境方面はオース公国からも近いために最初から警戒していた。プロイス王国が向こうについた以上はいずれオース公国も攻撃してくるだろうと思っていたからだ。
本来はオース公国を警戒するために二万の兵を預かり待機していたニコラス・カティナット元帥の下に、サヴォエ公国が越境してきたとの知らせが入っていた。
「ふむ……。オース公国が来るかと思っていたがまさかサヴォエ公国がここまで身の程知らずとはな……」
「はっはっはっ!違いありません!」
「サヴォエ公国など一捻りにしてやりましょう!」
サヴォエ公国の奇襲にも関わらずカティナット元帥とその麾下の軍は一切動揺していなかった。カティナット部隊は二万もの大軍ではあるが全軍をサヴォエ公国に差し向けることは出来ない。その隙を突いてオース公国が動いてくるかもしれないために、当初の目的通りオース公国を牽制しておかなければならない。
五千の別働隊を派遣したカティナット軍はすぐにサヴォエ公国軍と会敵。サヴォエ公国軍を散々に打ち負かし元の国境まで退却させることに成功したのだった。
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「馬鹿なっ!何故……、何故こんなことに……」
サヴォエ公国ではサヴォエ公アメデーオが頭を抱えていた。機会は完璧だった。準備も万端だった。同盟側は近くまで集まってきており、フラシア軍は散々弱っている。この機会をおいて他にない完璧な瞬間だったはずだ。それなのに侵攻に失敗してしまった。
「アメデーオ様、我々にお任せください」
「おお!お前達……、何か策があるのか?」
「はい!我々が必ずやフラシア侵攻を成功させてご覧に入れましょう!」
「よし!任せたぞ!」
自信満々の将軍達に、予備戦力と後詰めに集めていた兵を補充して再び五千を持たせてフラシア王国へと侵攻させた。しかし再侵攻したサヴォエ軍は二度目の大敗を喫し、将兵の多くが討たれてしまった。
二度の大敗で自身の身の危険を感じたアメデーオは、秘密裏にフラシア王国と接触、和平の密約と同盟からの離脱について話し合いを行なったのだった。




