第五百三十話「ケロン攻略戦!」
俺達は今、夜のレイン川を船で上っている。首脳陣による会議で作戦を決定した俺達は準備を整え、今正に実行中というわけだ。
まずボートのような小型船を真っ黒に塗り、さらにボートの上にちょうど被せて、乗組員や荷物を隠せるこれまた黒い幕のような布を用意した。それを数隻、いや、数艘こちらも黒いロープで縦に繋げるように結ぶ。これで連なった船は先頭の進んだ通りにある程度進む。
船の段取りが出来れば後は乗組員というか、南へ回り込む部隊を選抜して準備をさせ、夜陰に紛れてレイン川を上っていくだけだ。
選抜した部隊は鉄砲部隊と魔法部隊が中心の少数精鋭。そしてそれを率いるのが……。
「狭いわね……」
「ミコト……、あまり詰めてこないでください……。指揮が執れません」
「冷えるね、フロト。温めてあげる」
「ルイーザ……、くっつかれては操船の指示を誤ります……。こんな所で座礁したら洒落になりませんよ」
ご覧の通り、狭い船上で俺にくっついてくるミコトとルイーザだ。こんな時にまでこんなことをしてくるのは不安でしかないけど、二人は紛れもなくカーン軍でも最上級の実力を持つ魔法使いであることに疑いの余地はない。
俺とミコトとルイーザはカーン軍の中でもトップクラスの魔法使いであり、この三人が揃っていて火力不足ならばそれはもうカーン軍だけではどうしようもない状況と思うしかない。今回の少数精鋭で最高火力が必要な作戦では二人に協力してもらわざるを得ない。
俺だって本当はお嫁さん達に危険なことはして欲しくないと思っている。誰だって自分のお嫁さんが戦場の、それも一番危険な場所に立つなんて嫌だろう。でもそれは向こうも同じことのようで、お嫁さん達も俺が危険な戦場に立つことは嫌らしい。そう言われたら俺だって二人の出陣を断れない。
この状況では力を借りざるを得ないし、俺が二人を心配しているように、お嫁さん達だって俺を心配していると言われたらお互い様だと納得するしかないだろう。そんなわけで川を遡上しての兵員輸送の第一弾は最大火力であるミコトとルイーザとその配下を中心に行なっている。
俺は時々瞬間的に感知魔法を使って周辺の様子を探りながら船を進めていた。
現代日本と違ってこの時代じゃ夜もある程度遅くなれば町の灯りもほとんど消えている。街灯もないから人通りの少ない道はかなり暗い。ましてや川を照らすための照明や街灯なんてあるわけもなく、町の中を通っているとすら言えるこの状況でも、町から川も、川から町もほとんど見えない。
あまり派手に感知魔法を使うとまた俺の頭がパンクしてしまう。だから前のように細かく全てを把握出来るくらいに放つのではなく、軽く、短時間だけ、大雑把にわかる程度に細かく魔法を使っていく。
座礁しないように浅瀬を感知したり、橋や土手の上の道に人がいないかだけ確認する。これくらいなら使ってもそれほど負担もないし、必要なことは知れるから性能としても十分だろう。
この時代だと夜中に出歩くことはほとんどないようで、酔っ払いや歓楽街で遊んできた者がいるかと思ったけど、そういう者の気配もほとんど感知することはなかった。思ったよりもあっさり上流、南側に到着した俺達はすぐに船を降りて荷物を降ろすと森に身を潜めた。
「私は次の部隊を迎えに行ってきます。ミコトとルイーザは出来るだけ敵との接触を避けて身を潜めておいてくださいね」
ボートのような小船を数艘連結しているだけだから一度に運べる量なんて知れている。いくら俺とミコトとルイーザがいるにしてもこれでは兵が足りない。夜のうちに何度も往復しなければならないので、こちらの指揮を二人に任せて俺は戻る。とても不安だけど二人を信じて任せるしかない。
「任せといてよ!誰か来ても消し炭にしてやるわ!」
「はぁ……。ミコトはまるでわかっていないではありませんか……」
俺達は隠密行動中だ。可能な限り相手に見つからないようにして、どうしても接触が不可避の場合だけ最小限の接触と、目立たないように相手を始末するしかない。派手に燃やしてしまったら他の敵にまで気付かれる。
「それでは任せましたよ、ルイーザ」
「うん。任せておいて」
「ちょっと!冗談よ!私だってわかってるんだからね!」
ミコトはあてにならないとばかりにルイーザにそう言うと、ミコトも慌ててそんなことを言ってきた。本当にわかってるんだろうか?わかってるならそんな相手の信用をなくしたり、不安になるようなことは言わない方がいいと思う。
ともかく不安ではあるけど二人に現地を任せて、俺は再び各船の船頭だけ連れて船に乗り込み、この後一晩の間に何往復もレイン川を上ったのだった。
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案外何事もなく無事に部隊の輸送に成功した。ケロンの南側に布陣しているミコトやルイーザ達にも特に問題はなかったらしい。
今回の相手は教会だ。ケロン大司教領を攻撃しても教会は中立不干渉という言質は取ったけど、ケロン大司教は信者達に呼びかけて扇動、動員している。だから今回の敵は兵士だけじゃなくて教会信者達、一般市民が多く敵についている。
ここで俺達が潜伏している間に樵に会ったくらいなら気にしなくても……、なんてことはなく、猟師や樵ですら教会信者で、俺達が見つかったらすぐに通報される恐れもある。今回は徹底的に人に見つからないように気をつけて、見つかった場合は相手が一般市民に見えても簡単に帰すわけにはいかない。
またいざ戦闘が始まれば今回はいつも以上に敵に注意しなければならない。いつもなら一般市民らしい格好をしていたらなるべく狙わないようにという指示を出していたけど、今回はその一般市民の信者が敵だ。市民の格好をしていたら信者で敵なのか、本当に無関係の市民なのか区別がつかない。
区別がつかないから怪しい奴は片っ端から殺せ!とまでは言わないけど、こちらの指示に従わないようなら例え一般市民に見えても容赦は出来ない。無関係の市民を巻き込むのは本意ではないけど、そのためにこちらが市民に紛れたゲリラに襲われて損害を蒙るわけにはいかない。
「向こうはそろそろ始めている頃でしょうか」
時間的にそろそろ北側で降伏勧告が行なわれているはずだ。それで奴らが降るとは思えないけど、戦略的に奇襲する意味がある場合以外は出来るだけ戦場の作法に則って行動する方が良い。
潜んでいる間は少し離れた場所に待機していたけど、時間が近づいてきたから俺達も移動して南の街道付近に潜む。もし北側で宣戦布告と降伏勧告が行なわれて、敵が降ることなく徹底抗戦の構えならボーンなどへ伝令が走るはずだ。俺達は南門の近くに潜んで伝令を遮断する役目も持っている。
暫く待っていると予想通りに慌てて伝令が出て来た。ボーンなどの周辺都市へケロンの状況を知らせて援軍を頼みに行こうとしているんだろう。もちろん伝令を遮断するのが俺達の任務だから城門から離れて死角になっている場所で伝令を全て始末した。
それ以来伝令は出てこなかったから、伝令役は最小限しか出さなかったようだ。まぁ凡将なら手元に少しでも多く兵を残したいと考えるだろう。大量の伝令を出せばそれだけ自分の周りの兵が減る。それを嫌う将は実は結構いる。
ともかく俺達は開始まで伝令の遮断を行い、大砲が鳴り響けば俺は南門付近で暴れる。ミコトとルイーザとその部隊は俺の討ち漏らしが南門から脱出しないように包囲して攻撃するのが役目だ。
俺以外に今回連れてきているのは精鋭鉄砲部隊とミコトとルイーザの魔法部隊の一部のみ。あんな小型船で何往復かするくらいじゃ大人数は連れて来れないし、カーン砲も運んで来れない。乗らないことはないけど喫水の浅い小船では不安定になって転覆しかねない。
日中の明るい中で堂々と運べるのならまだしも、真っ暗闇の中、俺達も息を殺して静かに移動しなければならなかった。そんな中でわざわざカーン砲を運んでくるのは労力に対して得られる期待値が少ない。砲を運べば弾も運ばなければ使えないわけで、今回の場合は砲や弾を大量に運んでいる間に兵を運んだ方がよほど使える。
暫く待っていると北の方からドンッ!ドンッ!と大砲の音が響いてきていた。どうやら作戦が始まったらしい。大砲はこちらにとっても合図として利用出来るから良い。城門の破壊と同時に、他の地点に潜む味方にも戦闘開始の合図となるからな。
「始まったようですね。私達も南門の封鎖に向かいましょう」
「ええ」
「うんっ!頑張る!」
ミコトとルイーザを連れて潜んでいた森から出て南門へと向かう。突然姿を現した敵軍である俺達に南門のフラシア兵達は驚いたようだけど、こちらが少数の軍だとわかると馬鹿にして笑っていた。何故この手の手合いはこうも愚かなのか。
普通に考えたら、相手が僅かな手勢しか連れずに現れたならば、相手にはそれだけの兵でもどうにか出来るだけの策や手段があると考えるべきだろう。確かに世の中には自分の力や相手の力の差もわからず自信過剰に飛び出す愚か者もいるだろう。でも単独や少数で別行動をしている部隊がいれば普通は警戒をするものだ。舐めてかかるものじゃない。
相手のことを最大限に警戒して、実は無策で自信過剰な馬鹿が先走っただけであっさり倒せましたというのならそれはそれでいい。もしかしたら何かあるかもしれないと思って警戒して、何とかなったのならよかったねと言うのが普通だろう。それを戦ってもいない相手を最初から馬鹿にして軽く考えるのは愚かの極みだ。
「構えっ!」
俺の号令で鉄砲隊が銃を構える。いくら相手が城壁の上からであろうとも弓では到底こちらに届かない。完全なるアウトレンジからの……。
「てぇっ!」
パパパパンッ!
と、乾いた音が響き炎と煙が銃身の先から噴き出す。いくら無煙火薬といっても現代の物ほど性能は良くない。それに無煙だからといって一切煙が出ないわけではなく、従来品に比べれば格段に減っているというだけのことだ。
「「「ぐわぁっ!」」」
「ぎゃぁっ!」
城壁の上にいたフラシア兵達は血飛沫を上げて倒れる。施条を施しているドライゼ銃は命中精度が向上しており、射程も命中率も圧倒的に改善されている。フラシア兵達は今頃慌て始めたけどもう遅い。俺達を見た瞬間にすぐに行動を起こさなかった自分達の愚かさを恨むがいい。
「ミコト、ルイーザ、南門の封鎖は任せましたよ。無理に攻める必要はありません。門から出て来る敵兵を逃がさないように封鎖しておいてください」
「わかってるわ!任せておいてよ!」
「うん!ミコトが暴走しそうだったら止めるから!」
「ちょっとルイーザっ!?それってどういう意味っ!?」
言葉通りですよねぇ……。どう考えてもミコトの方が暴走しがちだし……。ルイーザは少々遠慮がちというか、引っ込み思案というほどではないけど普段は大人しめだけど、実はそうでもないことを俺は知っている。
ルイーザは昔から小さい子達を引っ張っていく姐御肌だったし、弟妹達も多くて慣れているからか面倒見も良い。普段は皆との立場の違いを気にして遠慮しているけど、いざという時はしっかりしてくれている。
「あーっ!フロト!何をルイーザと良い雰囲気になってるのよ!ずるいじゃない!」
「別に良い雰囲気になどなっていませんよ」
「ねー?」
ルイーザと見詰め合って首を傾ける。うん。可愛い。ルイーザの方が少し年上なのに忘れそうになるほど可愛い。
「それが良い雰囲気だって言ってるのよ!二人で見詰め合って!一緒に同じ格好をして!もう!ずるい!戻ってきたら私ともしてよね!」
「そうですね……。ミコトがしっかり作戦を守って無茶をしなければ……」
「約束よ!」
俺の言葉に食い気味にミコトが約束を迫ってくる。約束を交わした俺はこのほっこりした気分を振り払って少しばかり真剣になった。
「それではいきます……。はぁっ!」
フラシア兵は混乱していてまともに対応出来ていない。その隙に俺は門まで駆け寄って拳を叩き込んだ。母はあの凄い槍で突いて門を破っていたけど、生憎俺はあんな凄い武器は持っていない。普通の剣で同じ鉄製の扉を斬ろうとしたり、突いたりしたら剣の方が折れるのは目に見えている。
これだけ大勢の人が見ている前で剣で斬ろうとして失敗したら格好悪いから、俺は絶対確実に城門をぶち破れるように拳を叩き込んだというわけだ。俺に殴られた城門はぐにゃりとひしゃげて吹っ飛んで行った。片側の門しか殴ってないけど、閂で繋げられていたからか、二枚の扉の殴った方は吹っ飛び、もう片方も物凄い勢いで開いて曲がっていた。
「さぁ……、死にたい者からかかってきなさい」
「…………マリア」
「……血塗れマリア」
「血塗れマリアだーーーっ!」
「出た!出たぞ!血塗れマリアだぁぁぁぁっ!」
俺の姿を見た瞬間、フラシア兵達は一目散に逃げ出していた。よし。予想通り。やっぱりフラシア兵は母、血塗れマリアを見たら半狂乱になって逃げ出す。これなら南門に集まってこようという奴はほとんどいな……。
「あれが悪魔か!」
「やれっ!」
「殺せ!」
「教会に仇なす悪魔を滅ぼせ!」
あるぇ?何か雲行きが怪しいぞ?何故かピッチフォークや鎌、牛刀のようなナイフか包丁を持っている者まで、たくさんの一般市民が俺に向かってきていた。そう……、一般市民の格好をした者達が……、俺に向かって……、武器を構えて突撃してくる。
予想通りにフラシア兵は俺を血塗れマリアと勘違いして逃げ出した。それなのに……、何故一般市民の格好をした者が俺目指して向かってくるというのか。
しかも悪魔とか、仇なすとか、滅茶苦茶なことを言われている。何か予想外の展開になったんだけど……、どうすればいいんだ?




