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第五百二十六話「ケロン大司教!」


 テュレンネに追い出されるようにデューセルドラフを出陣させられたコンッデ公は二千の兵を連れて、デューセルドラフ後方のケロンに立ち寄っていた。テュレンネはフランクフートアムメインに向かい、コンッデ公はボーンへ向かうように言われている。しかしコンッデ公はボーンに赴く前にあえてケロンに立ち寄った。


 ルウルー川、レイン川流域に存在する大都市群の南側に存在するケロン、ボーンなどの都市は他の都市とはその存在を異にする。この辺り一帯はケロン大司教領と呼ばれ、教会の大司教が実質的に支配している領地となっている。


 本来は世俗の権力とは分離されているべき教会ではあるが、実質的には各地にこのような司教領、大司教領を持っており領主として支配している。


 ケロン大司教は歴史的にプロイス王国の宮廷とも親しく関係が深い。教会の大司教でありながらプロイス王国内においても大きな権力と影響力を持つ大貴族のようなものだった。そのケロン大司教がフラシア王国に割譲されてからそれなりに長い時が経っている。


 他の割譲された領地のプロイス貴族達はフラシア王国貴族となるべく努めてきたが、ケロン大司教は現在でも教会の大司教ということでフラシア王国にも、プロイス王国にも大きな影響力を行使している。フラシア王国も教会との関係を考慮して、ケロン大司教がプロイス王国へも働きかけていても見て見ぬフリをしていた。


「ケロン大司教にお会いしたい」


「これはコンッデ公様……、大司教様はお忙しくすぐにはお会い出来ません。面会の予約を取ってから後日お越しください」


 フラシア王国の公爵であり、フラシア軍の大将軍の一人であるコンッデ公に対しても、ケロン大司教領の僧侶達は偉そうな態度を崩さない。しかしそう言われてはいそうですかと帰れない。それで済むのならばわざわざ突然訪れたりはしていないのだ。


「ケロン大司教領にとっても大事な話だ。至急ケロン大司教にお取次ぎ願いたい」


「うっ……、しかし……」


 歴戦の猛将でもあるコンッデ公の迫力に生白い僧侶達はタジタジとなった。教会で偉そうに踏ん反り返り、宮廷内で権力争いに明け暮れていても、実際に戦場で戦う戦士には敵わない。それでもコンッデ公に負けて通せば自分がどのような罰を受けるかわからない僧侶達は、どうしようかと悩んだまま答えを出せなかった。


「良い。お通ししなさい」


「ケロン大司教様!?」


 その時、後ろから姿を現したのはまさにこの地の領主であるケロン大司教その人だった。僧侶達は驚くがコンッデ公は驚いた様子もなくケロン大司教と挨拶を交わす。そして教会の奥へと通されたのだった。




  ~~~~~~~




 随分都合の良い瞬間にケロン大司教が出て来たがコンッデ公は驚いていなかった。コンッデ公が向かっているという先触れは出していたし、コンッデ公は旗を掲げてケロンへと入り、教会へとやってきた。当然外の様子を窺っていた大司教はやってきたのがコンッデ公だと最初から把握していたはずだ。


 面倒そうな用件ならば代理の者に対応させるか、面会の予約を取らせて追い返そうかと思って裏から様子を見ていたに違いない。しかしコンッデ公の態度や言葉が尋常ではなかったために何かを感じ取って出て来たのだろう。教会の僧侶や司教などはそういうことをよくやる。だからコンッデ公に驚きはなかった。


「それで……、どういったご用件でしょうか?」


 奥へと通されたコンッデ公は大司教と向かい合って座った。出されたのはお茶ではなく白湯だがコンッデ公への嫌がらせではない。教会では客に対しても白湯を出す。そして自分達も日頃から白湯を飲んでいる……、ことになっている。


 もちろん実際には僧侶達はお茶も酒も飲んでいる。貴族は見栄のために普段自分達が飲まないような高級な物を重要な訪問客に出したりするが、教会では客には白湯を出し、裏では自分達だけ高級なお茶や酒を飲む。何故訪問客などに高級なものを出してやらなければならないのか。それが彼らの考え方、教義なのだ。


「現在このケロン大司教領にもプロイス王国の手が迫っていることは御存知と思う。そこで我々と協力してプロイス軍と戦っていただきたい」


 教会は神の教えを広め、やってくる信者達に説法をするためにある……、わけではない。教会は世俗に領地を持ち、税を集め、また信者達から寄付という名の財の提供を行なわせる。領地を経営し、軍を持ち、政治活動に参加する。


 世界各地で大きな影響力と領地と兵力を持つ教会は重要な戦力であり、周辺の者達はどうにかして教会を味方につけようと努力する。そして教会もまた自分達に都合が良いようにあちこちに力を貸したり、信者を使って反乱を起こさせたりして自分達の要求を国家や領主に飲ませる。


 これまでもケロン大司教領はその時々で都合良くフラシア王国についたり、プロイス王国についたり、それぞれの宮廷でも大きな影響力を持ち、自分達のためだけに行動してきた。彼らが動くのは宗教のためでも、信者のためでも、各国のためでもない。自分達により大きな利益があるように動いているだけだ。


「我が教会は平和を愛する万民のための組織です。近隣国が戦争をしているのは嘆かわしいことであり、ましてやどちらか一方に組するなどということは出来ません」


 何を白々しいことを……、とコンッデ公は思うがそれは口に出さない。教会はこれまでも戦争を煽り、あちこちに味方したり、敵対したりを繰り返してきた。まるで世界を操る最高権力者かのように振る舞い、全てを意のままに操り、あちこちで殺し合いをさせて自分達の利益を貪ってきたのだ。だが今はそれを言っている時ではない。


「ケロン大司教はプロイス王国が勝っても今度はプロイス王国の宮廷内で影響力を持てば良いとお考えでしょう。ですがプロイス軍がこの地を支配したならばケロン大司教領は解体されます。それでも大丈夫だと高みの見物を決め込まれるおつもりか?」


「…………」


 コンッデ公の言葉にケロン大司教は目を細める。その言葉だけを聞けば大変だと慌てるようなことではあるが、ケロン大司教は現在もプロイス王国の宮廷に絶大な影響力を持っている。そちらの情報網ではそんな情報は届いておらず、これはコンッデ公が自分達を焚きつけるための嘘を吐いているのだろうと判断した。


「プロイス王国は従順な神の信徒です。彼らがそのような神をも畏れぬ所業をするとは思えませんが?」


「プロイス王国の宮廷ではそうだろう。しかしそれがプロイス王国の全ての意思でもない。宮廷で日和っているバイエンやナッサムの意見がいつまでも通ると思っていたら大間違いだ」


 ケロン大司教の言葉にコンッデ公もすぐに答えた。その言葉にケロン大司教の片眉が上がる。


「ケロン大司教も御存知であろうが、今回の戦争ではフラシア王国もプロイス王国宮廷の主流派、バイエン家、ナッサム家に働きかけた。実際両家の働きのお陰でプロイス王国本体はこの戦争に対して積極的に動いていない。だが現実はご覧の通りだ。この意味がわからぬ貴殿ではあるまい?」


「…………」


 コンッデ公の言葉にケロン大司教は口元に右手を持ってきて顔を隠した。ケロン大司教も今回の戦争に向けてプロイス王国宮廷への働きかけに参加している。その結果、バイエン、ナッサムなどの主流派は反戦に回り、現在でもプロイス王国は国家としてはっきりとした動きは示していない。にも関わらず現在の戦況は芳しくない。


 いくら国境に配置されているプロイス貴族達といっても、本国の支援もなしにフラシア王国一国と争うなど出来るはずがない。だからプロイス王国が纏まる前に、国境付近のプロイス貴族達を倒し、飲み込んでしまう。それがフラシア王国の狙いだった。


 だが蓋を開けてみれば国境付近のプロイス貴族達はあっという間に団結し、少なくとも現状ではフラシア王国相手に一歩も退かない戦いを見せている。それどころか北部を次々に攻略され、ついにはデューセルドラフまで迫られている。


 デューセルドラフが落ちれば次はケロン、ボーンとケロン大司教領が狙われるのは明白だ。その時にケロン大司教は、まさかプロイス王国が教会を敵に回してまでケロン大司教領を奪うようなことはないだろうと思っていた。今までそのために宮廷工作を行い、各国に強い影響力を持ってきたのだ。


 そもそもケロン大司教領を奪えば、それはケロン大司教と辺境貴族との問題ではなく、教会とプロイス王国との問題にまで発展してしまう。教会全てを敵に回してまでプロイス王国がそのようなことをするはずがない……、と考えていた。


 しかし果たしてそう言い切れるのか?


 ケロン大司教はコンッデ公に言われてから考えた。これまでのフラシア王国とプロイス辺境貴族との争いはいくらか情報を仕入れている。そのことから考えてこのまま自分達が静観したとしても、プロイス辺境貴族達がどう動くのか。今までのように教会におもねるのかどうか自信がなくなってきていた。


「プロイス王国にはこれまでのケロン大司教領の裏工作は全て知られていると見るべきだ。となればプロイス貴族達はこの戦争をこれ幸いにとケロン大司教領解体の根拠として示してくるだろう。ならばケロン大司教領の取れる道はただ一つ!我らと共に戦いプロイス王国に勝利することのみ!」


「…………」


 コンッデ公の言葉には説得力がある。というよりも実際にケロン大司教はバイエンやナッサムに裏工作を仕掛けている。バイエン、ナッサムが宮廷の中心に座っている間は良いが、もし彼らが蹴落とされ、家宅捜索でもされたならば、ケロン大司教との内通や工作が露呈する可能性が高い。いや、すでにプロイス王家には知られているのだとすれば……。


「良いでしょう……。ケロン、ボーンを中心としたケロン大司教領軍を集めてプロイス軍に備えましょう。コンッデ公、もちろん貴方もこの聖戦に参加してくださるのでしょうね?」


「現在の兵は二千だが近日中にメッツから一万の援軍が届く。我が軍一万二千もケロン大司教領軍と共に戦おう」


 それを聞いてケロン大司教はニヤリと笑った。歴戦の猛将コンッデ公とフラシア軍の正規軍一万二千ともなれば大戦力だ。そこに近隣のケロン大司教領軍をかき集めて合流させれば二万数千、そして信徒を駆り出せば三万以上の軍も組織出来る。


「頼りにしていますよコンッデ公」


「こちらもだ、ケロン大司教」


 二人は固い握手を交わした。しかしそれは友情からでも信頼からでもない。双方にはそれぞれ思惑がある。ケロン大司教はまさかこれだけの陣容で簡単に負けるとは思っていなかった。別に勝てなくともケロン大司教領の力を示し、その後にプロイス王国に降って自分達の所領を安堵させるだけでも良い。自分達がどうしても勝たなければならないという意識はなかった。


 そしてコンッデ公はコンッデ公で思惑がある。何も善意でケロン大司教やその領地を救ってやろうと思っているわけではない。ここでケロン大司教を味方に引き込み、協力してプロイス軍を食い止める。その後に味方につけたケロン大司教と共に反テュレンネの同志を集め派閥を作る。


 ケロン大司教ならばフラシア王国にもプロイス王国にも顔が利く。しかも教会関係者ということでそれほど親しいわけではない相手でもかなりの者に対して大きな影響力を持っている。それを利用して反テュレンネ派閥をかき集めるための教会のお墨付きが欲しいのだ。


 コンッデ公は本来テュレンネ大元帥にボーンから東のプロイス領への攻撃を命じられていた。コンッデ公も作戦会議でそれを了承して出陣した。だがそれに素直に従うつもりはない。


 このままプロイス軍の南下を許せばデューセルドラフ、ケロン、ボーンとこの辺り一帯全てを失うことになるだろう。戦略の要衝であるこのルウルー地方一帯を失えば、フラシア王国はプロイス王国への反撃の足がかりを完全に失うことになる。


 いくらフランクフートアムメインを維持出来たとしても、南方の拠点一つだけでは四方八方を包囲されて簡単に陥落してしまう。南は押さえておくから良い、というものではなく、南と連携出来るように北の拠点も押さえて包囲されないようにしておかなければならない。


 テュレンネ大元帥ほどの者であればその程度のことはわかっているだろうに……、敵から逃げることばかりを考えて大局的な戦略眼を失っている。最早彼に任せていてはフラシア軍は損害が増えるばかりだ。だからこそ……、自分がここでプロイス軍を食い止めた後、反テュレンネの動きを加速させなければならない。


 祖国フラシア王国でテュレンネ大元帥の人気が高いことは知っている。そのテュレンネを失脚させようとしている自分は裏切り者や反逆者の謗りを受けるかもしれない。それでも……、フラシア王国のために今こそ動かなければいつ動くというのか。


 その覚悟を持ってコンッデ公はケロン大司教領にてプロイス軍を迎え撃つ準備を進めていたのだった。



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2020/11/10 13:54 通りすがりの人
[一言] 遂に教会が出てきたね~。しかも、この戦に参戦かいな。 今回ブリッシュ・エール王国の兵達がカーン家の兵という名目で参戦してるけど、教会と戦う事になれば、教会の信仰してる神を邪教として捉えて殲…
[一言] めんどくさい宗教勢力がわざわざ処分されに来てくれてありがたいですね。 フローラ様が天使の子孫だから、天使(ユーキちゃん様)を崇める教団を作ればいいのでは?鰤の国はもうそんな感じになってますな…
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