第五百二十五話「衝撃の……!」
「うふっ!うふふっ!あははははっ!」
逃げる馬を追い、剣を揮う。俺が腕を揮うと人も馬もバラバラになって空を舞う。そしてさらに前にいる敵兵と馬に迫る。
どれくらいそれを繰り返してるんだろう。一体どれくらい敵を吹き飛ばしただろう。もう時間の感覚もなく、殺した相手の数を数えるのも億劫だ。ただ一つわかることは、少しだけ冷静な自分がまるで他人のことのようにぼんやりと敵兵を薙ぎ倒している自分のことを考えていた。
俺は笑っているのか?
何故?
人を殺して笑う俺はおかしいのかもしれない。
どうして人を殺してはいけない?彼らもこちらを殺そうとしている。ならばこちらが彼らを殺しても良いはずだ。
俺はとっくに壊れてしまっているんだろうか?それともこの世界の価値観に染まってしまったんだろうか?あるいは最初から、山田春花の時から俺は異常だったんだろうか?
人を殺すことに慣れすぎたのか。最初から良心の呵責などなかったのか。明らかに今俺は平然と人をこの手で直接殺して、何も感じていない。いや、それどころか高揚しているとすら言える。俺が悪魔や悪鬼羅刹と呼ばれても反論のしようもない。
でも……、俺のこの手が血に塗れても、それでも……、俺には守りたいものがある。こんな世界で、時代では力のない者は奪われるだけだ。大切なモノがあるのなら、守りたいモノがあるのなら、強くなるしかない。人を殺すのが嫌だと泣き言を言っていたら自分の大切なモノまで奪われてしまう。ならば俺は喜んで鬼にでも悪魔にでもなろう。
「フローラちゃん!もういいのよ!」
「――ッ!」
俺が振り下ろそうとした剣を、巨大な槍が受け止める。こいつは……、強い。今までのような腕を振っただけで吹き飛ぶような雑魚とは違う。俺が本気で戦える相手だ!
「あああぁぁぁっ!」
「フローラちゃん、飲まれちゃ駄目よ!」
凄い!何合斬り合っても倒せない!全て受けられる!退屈なだけの作業とは違う。自分よりも強いと思える者との戦いに胸が躍る!もっと!もっと戦っていたい!
「はあぁっ!」
「もう!フローラちゃん!しっかりしなさい!」
ボッ!
と、到底槍を突いた時に鳴る音とは思えない音が俺の横を掠めて通り過ぎる。突きはいなしたけどまだだ。この後、引き戻しもまた信じられない速度で戻ってくる。
「ぐぅっ!」
「んもうっ!」
引いてきた槍を剣で受け止めて……。
「あっ……」
受け止めた瞬間剣が砕けた。武器の差が激しすぎる。俺が使っていたのはどこかそこらにいた敵兵から奪ったナマクラの一つだ。対して相手の武器は相当な業物だろう。剣が砕けた瞬間に手を離し、槍の太刀打ちを掴む。このまま黙って引かれたら俺が引っ掛けられるから止めるしかない。
「ああぁぁっ!」
「ふんっ!」
まるで綱引き、いや、棒引きのようにこの強敵と槍を引っ張り合う。太刀打ちを握った手が滑って血が噴き出す。相手の方が力が強い。その一瞬止まった瞬間にこの強敵から……。
パチンッ!
と、平手が飛んできた。槍を棒引きにした状態のまま頬を打たれる。
「あ?」
「フローラちゃん!正気に戻った?」
「お母様……?」
何が起こったのかわからず呆然と目の前に立つ母を見上げる。まだ少し母の方が背が高い。俺はまだ伸びる可能性はあるけど、この歳でこの身長だったらここから突然大きく伸びるなんてことは……、たまにはあるのかな?高校生になってから急に伸びたとかいう人もいるはずだしな……。
「フローラちゃん!楽しむのは良いけど飲まれちゃ駄目よ!めっ!」
「あたっ……」
母にコツンッ!と頭を叩かれた。まぁまったく本気じゃなくて、軽くコツンとしただけだけど……。
「私は一体……」
そう思って周囲を見てみれば……、無残な姿となった死体が滅茶苦茶に弾け飛んでいた。え~っと……、確か……、デューセルドラフを攻略しようと思っていて、途中で馬が倒されて、俺を見てフラシア軍が血塗れマリアだと騒ぐから、それならそれを利用しようとして……。
「あ~~~……」
俺は自分の顔に手を当てて天を仰いだ。ベチョリと顔が濡れたけど気にしている余裕もない。
そうか……。俺は……、途中から何もわからなくなって理性もなく暴れまわっていたのか……。何かそう言えばエーセンでもそうなっていたな……。
戦時中だしあまり深く考えないようにしていたけど、これって普通に考えて異常だし放置して良い問題じゃなかったかもしれない。ぼんやりともう一人の俺が俯瞰視点で自分を見ているような感じだったけど、思考も明瞭じゃなくて体も自由に動かなかった。まるでオートで戦ってる狂戦士を三人称視点で見ていたような感じだ。
「自分のしていたことがわかった?それじゃこのままじゃまずいから片付けて一度姿を隠しましょ」
「はい……」
いつもは滅茶苦茶だと思う母がまともなことを言っている。反対する理由もないので俺は母に匿われて一度姿を隠すことにしたのだった。
~~~~~~~
「はぁ~~~~…………」
一度姿を隠して身なりを整えてから無事占領したデューセルドラフの公館の一つで俺は盛大に溜息を吐いた。
作戦は無事に成功しデューセルドラフは一日ももたずに陥落した。こちらの損害は千にも満たず、ドルティムンド攻略よりも軽微な損害で済んだ。損害の千もほとんどは軽傷でちょっと治療を受けたら今日明日にでも原隊復帰出来る程度の者が大半らしい。
最初の突入時に少し敵の抵抗があっただけで、それから少ししたら敵は指揮系統も滅茶苦茶になり、しかも大混乱のまま各々が退却しようとして、余計に混乱に陥っていたとのことだった。どうやら敵にとっては『血塗れマリア出現』というのは相当なことのようだ。
血塗れマリアが出たという話が出回った瞬間、三万も駐留していたフラシア軍は指揮も何もなくなり、それぞれが勝手に逃げ出し始めた。当然そんな連携も取らずバラバラに逃げようとしても包囲しているプロイス連合軍を突破出来るわけがない。
各地では小競り合いが起こり、多少の戦闘にはなったけど、混乱して自滅していく敵軍に対してこちらは組織だって対応した。その結果ほとんど損害を出すことなく大量の敵を討ち取るか捕虜にしたようだ。
南門を破って侵入してきた母と俺と二人も血塗れマリアがいるということで敵はさらに大混乱となり、ほとんどは俺が暴走しているうちに斬り殺し、ようやくフラシア軍が降伏した時には三万の軍のうち二万も討ち取られていた。
そして敵が降伏を申し出ているにも関わらず、相変わらず敵を殺しまくっている俺を母が止めたのがあの時の戦いというわけだ。
結果的には無事にデューセルドラフが陥落し、敵兵二万を討ち取り、一万の捕虜を取った。自軍の損害は千にも満たず、その大半は軽傷ですぐに原隊復帰出来る。大勝利であることは間違いない。でも……、俺の心は晴れない。
「フローラちゃん、少しは落ち着いたかしら?」
「お母様……」
俺が報告書を確認しながらぼんやり自分のことを考えていると母がやってきた。フラシア軍が利用していた公館や兵舎は接収して、現在プロイス連合軍が利用している。後片付けや後始末をして、報告が纏まって上がってくればすぐに次の行動に移らなければならない。
とはいえ流石に今日攻城戦を行なって、今日すぐに残った部隊に移動を開始しろなんて言えるはずもない。数日は町の掃除と後始末。それから情報収集と調査、報告を受けてからの話し合いだな……。でもその前に聞かなければならないことがある。
「お母様……、私は何なのですか?」
自分でも……、何を聞いているのかわからない。どう聞けばいいのかわからない。ただ……、俺が聞こうとしていることは母もわかっているだろう。少しだけ顔を伏せてから、再び顔を上げて口を開いた。
「あのね……、驚かないで聞いてね?お母様はね……、天使なのよ!そしてフローラちゃんも天使なの!」
「………………は?」
グッと握った拳を顔の前に持ってきて母はそう力説していた。……は?
「驚くのも無理はないわぁ……。お母様だってお母様のお母様に聞いた時は驚いたものぉ……」
母は頬に手をあてながら顔を逸らせてハァッとそんなことを言った。いや、何を言ってるのかわからない。
「何を言っておられるのですか?」
「だから!お母様もフローラちゃんも天使の血を引く者なのよ!」
天使の血を引く?俺が?母も?
「それを言うなら鬼か悪魔の間違いでは?」
鬼か悪魔というのなら納得……、出来なくもない。日頃の母のデタラメっぷりも、正気を失ってあれだけ暴れる俺のことも、鬼や悪魔というのならわかるけど天使はないだろう、天使は……。
「あら?天使も悪魔も同じじゃないかしら?どちらも同じようなものよ」
「いや!全然違いますよね!?」
天使と悪魔だったら正反対だろう!?どこが同じなのか……。
「そうかしら?天使や悪魔なんて立場の違いだけでしょう?悪魔側から見れば天使こそ悪魔だわ」
「それは……」
違う……、とは言えなかった。天使が正義、悪魔が悪というのは天使側から見た価値観でしかない。悪魔側から見れば自分達こそが正義であり天使こそが悪であるとも言える。結局勝った方が正義であり、その価値観が広まるだけのことに過ぎない。ならば天使も悪魔も同じ……、か?
「え~……、それでは天使か悪魔かは良いとしましょう……お母様がその天使の血を引いておられるのですか?」
天使や悪魔や、正義や悪や、という話は置いておこう。それよりも問題なのは俺が人間じゃないのか?ということが重要だ。
俺は今まで何の疑いも持たずに普通にこの世界の人間だと思って生きてきた。でもそれは果たして正しいのか?この世界は地球とは違う。モンスターなんてファンタジーな生物が跋扈し、魔法なんていう力がある世界だ。この世界に何故他の種族、人間以外も住んでいると考えなかった?
そもそもすでに俺は人間以外と会ってるじゃないか。魔族は魔力が高いだけの人間……。そう思っていたけど本当にそう言い切れるのか?DNAを調べられるわけでもないこの世界で、本当に人間と魔族の違いが生まれ持った魔力量や魔法の才能だけだと言い切れるのか?
もし人間以外、魔族がいるというのなら、俺達の世界で言う所の天使や悪魔や鬼がいても不思議ではないのかもしれない。そう考えれば色々と辻褄も合う。
まず母の強さは人間離れしすぎている。とてもじゃないけどただ人間が鍛錬したから強くなりましたという範囲を逸脱している。しかも滅茶苦茶若い。俺の記憶にある範囲でもまるで歳を取ったように見えない。
まぁ実際には当時と今を比べれば多少は老けているだろう。でも今の俺と母は少し歳の離れた姉妹ですと言ってもほとんどの人を騙せそうなくらいだと思う。それが母が天使だからだとすれば……、そういう種族なのだとすれば納得も出来る。高齢出産に平気で耐えられたのもそのためかもしれない。
「正確に言うとね……、本当に天使や悪魔なのかどうかはわからないわ。ただ天使と呼ばれている存在の血を受け継いでいる、というのが正解ね」
「なるほど……」
魔族が魔力が高い人間なのか、魔族という別種なのかわからないように、母もただ凄い力を持ち天使と呼ばれている種族の血を受け継いでいるということしかわからないと……。
そしてそれはこちらで天使と呼ばれている勢力の敵側からすれば……、相手からすれば鬼や悪魔と呼ばれていてもおかしくはない。各地の伝承などを調べれば、もしかしたらあちこちで天使や悪魔と呼ばれるような存在が出て来る可能性はある。そして実はそれらに明確な違いがあるのかどうかも不明だ。
プロイス王国から見れば母の血族はプロイス王国を守る天使と崇められる。でもプロイス王国の敵、例えばフラシア王国から見れば母の血族は鬼や悪魔となるだろう。
ただ一つはっきりしていることは、母の血族は昔から人間離れした力を持ち、味方からは天使だと崇められていた一族である、ということだけだ。
「え~……、それでは私がこの異常な力を持っているのもその血筋のせいであると?」
「う~ん……。それは少し違うわねぇ……。血を継いでたって、ただ血を継いでいるだけではそうはならないわ。それはフローラちゃんが血の滲むような努力を、いえ、本当に血を吐きながら努力したからこその賜物よ」
それはまぁ……、そうだな……。昔から死ぬような思いをしながら修行してきたしな……。
「それでは今日や、以前エーセンで暴走したようになったのはその血のせいであると?」
「そうね。それはそうだと思うわ。フローラちゃんは力に飲まれちゃっていたのよ」
つまり俺が未熟だから自分の力に溺れて暴走していたと……。
「もしかして……、兄達や弟妹達も……、こんな力を持っているのですか?」
「男の子にはこの力は引き継がれないわ。可能性があるとすればヴィルヘルミナだけだけれど……、それもフローラちゃんみたいに頭がおかしいと思えるような修行でもしない限りはフローラちゃんのようにはならないわよ」
えっ!?俺って母にですら頭がおかしいと思われるような修行をしてたのか!?っていうかそれをやらせてたのは貴女ですよね!?
「はぁ……」
何かドッと疲れた。今日聞いた話を整理すれば……、この世界には一部に『英雄』と呼ばれる人間を超越したような力を持つ者がいる。父やジャンジカもこの『英雄』の一人だ。そして魔族にはその人間で言う所の『英雄』格の力を持つ者が多数いる。だからこそ魔族は恐れられていた。
そして……、母はその『英雄』格や魔族達ですら上回るような力を持つ一族の末裔である……、ということだな。俺もその血と力を受け継ぎ、鍛錬に励んできたからこの人間を超越したような力を持っていると……。
でも俺はまだ未熟で自分の力に振り回されている。今まではあまり力を使うことがなかったから気付かなかったけど、戦場の興奮状態で力に振り回されたらデューセルドラフやエーセンの時のような大惨事を生み出してしまうことになる。
凄い衝撃的なことを伝えられたような気がするけど、途方もない話のような、眉唾物の話のような感じがして、いまいち実感が湧かないというのが正直な感想だ。




