第五百二十三話「単騎突撃!」
翌日、予定通りブリッシュ……、じゃなくて『カーン軍』の援軍一万がデュイスブルクに到着した。諸将を集めて作戦会議を行なう。
「それでは我々の作戦を説明します。まず……」
会議の進行を預かっている俺がざっと作戦の概要を説明する。ウッパータルからデューセルドラフに通じる街道はデューセルドラフの南側につながっている。なのでウッパータルにいるロッペ卿、エンゲルベルト、母とその部隊はデューセルドラフの南側を封鎖するのが役目だ。
デューセルドラフはレイン川沿いにあり、北がデュイスブルク、東にウッパータル、北東にエーセンがある。さらにレイン川を上って南下していけばケロンだ。もし敵が逃げるとすれば南のケロン以外にはあり得ない。他の方角はほとんど俺達かホーラント王国に包囲されている状態であり、大軍が纏まって逃げられる先はない。
敵に逃げられた場合こちらの兵器について情報を持ち帰られるリスクが上がる。さらにまた無傷で後退されては敵は兵力が密集して強力になり、こちらは兵が分散する分だけ集中して攻撃出来なくなってしまう。
なので撤退しようとした敵を絶対に逃がさないという意味も込めて血塗れマリアさんに頑張ってもらう。俺でも時間をかければ四千近くも屠れたんだから、母ならもっと早くにもっと多く屠れるだろう。何より逃げる敵を追うよりも、迫ってくる敵を迎え撃つ方がやりやすい。
南の脱出路を封鎖する部隊はロッペ軍二千、カンザ同盟軍二千、カーン軍二千の六千しかいない。でも母もいるし、カーン軍二千は砲兵と鉄砲隊がたくさんいる。ロッペ卿も戦上手だし脱出しようとして総崩れになっている敵くらいなら食い止めてくれるだろう。
デューセルドラフ攻略の主力は北から迫る俺達だ。こちらはデュイスブルクからレイン川も利用して南下する。カーザース軍三千、ヴァルテック軍二千、カーン軍千の六千……、プラス今日到着した『カーン軍』一万がついている。総勢一万六千の大軍だ。
ちなみに到着したばかりの『カーン軍』以外は数十人から数百人くらいは死傷者として戦線を離脱している。切り上げで数えているから千や二千と言っているけど、実数としてはそれより少しずつ少ない。
エーセンのカーザース軍の援軍二千とマルク伯軍二千についてはエーセンに待機してもらう。彼らは頭数と裏方仕事を中心にしてもらう予定の軍であって、最前線で戦うのにはあまり向いていない。
まぁ戦えないこともないんだろうけど、もしかしてエーセンに逆侵攻してこないとも限らないから念のために防衛に残ってもらうという感じだ。
デューセルドラフからデュイスブルク行きの街道もエーセン行きの街道も基本的に北方向にあり、途中で分岐している感じだから、俺達が北方面を押さえてしまえばもう向こうが出陣することは無理だろう。あくまで俺達と入れ違いでエーセンを攻撃された場合の備えと言える。
デューセルドラフの攻略が終われば、一度『カーン軍』の一部を後方に下げてあちこちに散ってもらうことになる。各地の治安維持や防衛の担当、国境警備など、働いてもらう仕事はいくらでもある。
それから俺達は主要街道と大都市を集中して攻撃しているけど、この方面以外にももっと東側にも放置してきた小さな町や村がある。それらの制圧にも向かってもらわなければならない。
現状ではまだ攻撃前だからこちらもどの程度の損害を受けるかわからないけど、一応想定では三割ほどは後方の任務についてもらう予定だ。さらに『カーン軍』の後方部隊が移動すれば交代でエーセンのカーザース軍とマルク伯軍には前進してもらう。この二軍は今後も俺達の後ろについてきてもらって後詰めをしてもらう。
「……ざっとこんな所ですが、何か質問等はありますか?」
デューセルドラフを落とせばケロン、ボーンとレイン川沿いに南下して行くことになるけど、それはまだ先の話だ。目の前の攻略目標も落としていないのにあまり先々の話をしても意味はない。全軍を指揮する立場である俺達はもちろん先まで考えているけど、これから攻城戦に向かう現場指揮官達に余計な情報を伝えても混乱するだけだ。
「カーザー……」
「――ッ!」
「……カーン様の作戦は完璧です。我々が口を挟むことなど何一つありません」
カーザー王と言いかけた『カーン軍』の指揮官の一人をジロリと睨んだ。俺の視線に気付いた指揮官は言い直したけど大丈夫かな……。あくまで俺はプロイス王国のフロト・フォン・カーン侯爵であり、彼らは『カーン軍』の援軍でなければならない。そこだけはしっかり気をつけてもらいたい。
それと俺に絶大な信頼を寄せてくれるのはうれしいけど、俺だって間違えもするし失敗もする。そういうことを少しでも減らすために皆で話し合おうと言っているのに、話し合いまで放棄して俺を賞賛するだけでは会議の意味がないだろう。それなら会議などせず俺だけが命令すれば済む話だ。でもそうじゃないだろう。
「この資料によれば敵軍は三万を超えると思われると書かれていますが、そのデューセルドラフという町は三万もの兵を養えるほどの都市なのですか?」
会議のために配った資料には確かにデューセルドラフに篭るフラシア兵は推定三万以上と書かれている。そして恐らくもっと多いだろうと俺も思う。
「長期間三万以上もの兵を養える都市ではないだろう。現在そんな数に膨れ上がっているのは、デュイスブルクとウッパータルの兵を消耗することなく後退することに成功したからだ。一時的なものであり常に三万の兵がいたわけではない」
父が『カーン軍』将校達に答える。彼らは顔を見合わせてから再び一人が口を開いた。
「では何も無理に力攻めしなくとも、包囲しておけばそのうち干上がるのでは?」
まぁそれはそうだろう。俺だってそう思う。本来いなかった人間を、それも何か労働して生み出すわけでもない兵士を三万人も養うというのは非常に大変だ。俺達の所にも毎日のように物資が運び込まれており、兵糧なんかは毎日大量に消費されている。
もし通常の住民達に加えて三万もの兵士がデューセルドラフに篭っているのならば、適当に包囲して補給を遮断してやればそのうち飢えて死ぬか降伏するだろう。でも今回はこちらにもそんな悠長なことをしている時間はない。
攻略を急ぎたいのは俺達の方であり、出来れば数ヶ月以内にはレイン川流域を全て奪い返したい。そのためにいちいち大都市を攻略するのに何ヶ月も包囲戦をしていては一体何年かかってしまうのか。
「まず攻略を急いでいるのは我々の方だ。いちいち都市一つを落とすのに何ヶ月も包囲戦をしている暇も余裕もない。それから敵が三万以上というのは両都市から撤退した兵も全てデューセルドラフに集まった瞬間の話でしかない。すでに部隊を移動させている可能性もある。敵情が正確にわからない以上兵糧攻めしようにもどれほどかかるかわからない」
敵軍三万以上というのはあくまで情報を仕入れた時点と、後退した部隊を単純に合わせた数だ。もしかしたら敵はデューセルドラフに三万は多すぎると思って後方に移動させているかもしれない。何ヶ月も包囲してデューセルドラフを落としてみれば、敵は数千しかいませんでしたでは笑い話にもならない。それなら最初から力攻めしておけばよかったという話になってしまう。
「わかりました。それでは我が軍の被害を最小限にしつつ、敵を南側へと追い詰め、南の外を包囲している友軍と挟み撃ちにして殲滅すれば良いのですね?」
「そうですね……。降伏してくる者まで殺す必要はありませんが、敵は極力逃がさないようにしてください」
「「「はっ!」」」
こうして明日の出陣が正式に決まった。今日一日兵を休ませて、明日からすぐに攻城戦開始だ。出来るだけ被害を出さないように『カーン軍』にも頑張ってもらおう。
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クラウディアは可愛が……、じゃなくてマッサージのサービスをしてあげたから、昨晩こそはカタリーナを可愛がってあげようと思っていたのに結局逃げられてしまった。まぁカタリーナを可愛がるのはまた後日ということにして、今日はデューセルドラフ攻略を頑張ろう。
デュイスブルクを出陣した俺達は船でレイン川を封鎖する部隊と、東側を封鎖する部隊と北から侵攻する部隊に分かれた。南側はウッパータルの部隊に任せているけど、他の三方は基本的に俺達の担当だ。
まぁ西はレイン川で塞がれている。レイン川にはうちの軍の船を浮かべるから川から逃げることも無理だろう。東門はあまり大きな街道がないからそれなりの部隊を配置しておけば食い止めるくらいは出来るはずだ。
「…………よし。時間だ。降伏の使者を出せ」
「はっ!」
今回は奇襲ではなく一応真っ当?な包囲戦だ。まぁ包囲戦って言ってもすぐに門を破って突入するけどな。奇襲じゃないからちゃんと慣例と手順に則って戦争を進める。
「我々はプロイス王国、カーザース辺境伯、カーン侯爵、ロッペ侯爵、ヴァルテック侯爵、及びカンザ同盟軍による連合軍である!プロイス王国領土であるデューセルドラフを不当に占領しているフラシア軍は直ちに出て行け!さもなければ力ずくで奪い返す!」
「何を言う!デューセルドラフはフラシア王国の正当なる領土だ!野蛮なるプロイス王国の侵略者共よ!今すぐ逃げ帰るのならば我らが王の慈悲をもって見逃してやろう!さもなくば野蛮なる侵略者共には裁きの鉄槌が下ることになるぞ!」
城門の前まで駆けて行った使者が降伏勧告をする。当然フラシア王国が従うわけもなく降伏勧告は聞き入れられなかった。ならば戦うまでだ。
「一刻後より攻撃を開始する!それまでに戦う意思のない市民達は家に入っていろ!外にいる者は戦意ありと看做して攻撃する!」
「ご配慮痛み入る!だが我が国民にそのような気遣いは無用だ!侵略者共はこの門を一歩たりとも越えることは出来ん!」
宣戦布告は終わった。あとは向こうの準備が間に合わなかろうが、市民が出歩いていて巻き込まれようが俺達のせいじゃない。とはいえこちらは将来的に支配するつもりの自国民の住む町だ。あまり無闇に市民達を巻き添えにするわけにもいかない。
「……一刻経ったな。行くぞ!カーン砲の威力を見せてやれ!門をこじ開けるぞ!」
「「「「「おおおぉぉぉーーーーーっ!!!」」」」」
一斉に上がった鬨の声と共に黒い筒から轟音が鳴り響き、一瞬にして巨大な鉄の扉がへし曲がり吹き飛ぶ。続いて鉄砲隊が城壁の上にいる敵弓兵に向かって発砲するとバタバタと人が倒れていた。
この戦法は前回使ったのとほとんど同じだけど、今回もまともに対応はされていない。どうやらあまり情報は伝わらなかったか、上層部が信じずに対応策を真面目に考えていなかったようだ。
「突入!」
「「「「「おおおおぉぉぉっ!」」」」」
俺を先頭に騎馬隊が突入していく。また市街戦をしなければならないのが実に腹立たしい。カーン軍の砲兵、鉄砲隊は外に配置しているけど、それ以外の者は基本的に突入しての白兵戦だ。
「カーン様に続け!遅れるな!」
「カーン様をお守りしろ!傷一つつけるなよ!」
う~ん……。『カーン軍』は俺に対して過保護すぎるな……。俺が突入の先陣を切ると言った時も大反対だったし……。まぁ……、普通に考えたら大国の王様が最前線で、しかも突入部隊の先頭を走るなんてあり得ないか……。
でもプロイス貴族としてはそれもあり得る話だ。ブリッシュ・エール王としてはあり得ないだろうけど、ここにはフロト・フォン・カーン侯爵として来ている。ならばこれは俺の仕事だ。
「腕に自信のある者はかかってこい!」
まさかいきなり門が破られると思っていなかったらしいフラシア軍はかなり浮き足立っている。鉄砲隊によって弓兵がバタバタと倒れたのも効果的だっただろう。一瞬で大混乱に陥っているフラシア軍を次々に切り伏せる……。
一体どれほど戦っていただろうか。三十分?一時間?夢中になっていてあまり時間がわからない。ただわかるのは俺が通って来た道にはあちこちに死体が転がっているということだけだ。
「……あっ?」
ヒヒィーーーーンッ
と馬が嘶いて倒れた。どこから狙っていたのか。大量の矢が俺に向けて放たれた。もちろん俺にはそんなものは当たらないんだけど馬はそうじゃない。馬に向かって飛んで来る矢まで全て払い落とせるほど俺の武器は長くなかった。結果馬に矢が当たり倒れてしまったようだ。下敷きにされないように途中で飛び降りたけどその時に兜が飛んでしまった。
「あ~ぁ……」
幸い近くにはほとんど人はいない。俺一人突出しすぎたようで味方は完全にいなかった。とりあえず誰かに見られる前に兜を……。
「ヒッ!」
「ちっ、『血塗れマリア』だ!」
「血塗れマリアだぁぁぁぁぁあああああっ!」
「んん?」
俺の馬を射ってくれた弓兵達が隠れていた所から飛び出して一目散に逃げ始めた。どうやら俺を母と間違えているらしい。
「そういえば……、エーセンでも血塗れマリアだと叫ばれていたような気がするな?」
もしかしてこれは利用出来るんじゃないか?敵がこれほど母を恐れているのなら、俺を母と誤認させて撹乱すれば戦争で利用出来そうな気がする。
血塗れマリアに追いかけられて逃げ出したと思ったら、南門の外にも血塗れマリアがいたら……、前後を挟まれた者達はどう思うだろうな?
「ははっ!それはいい!」
俺の素顔を隠しておくことは重要だけど、俺が血塗れマリアだと思われているのなら多少面が割れても大丈夫だろう。そう考えを改めた俺は弓兵達を皆殺しにしてから顔を晒したまま敵兵を南へ追い立てるように動くことにしたのだった。




