第五百二十一話「リフレッシュ?」
エーセンを出てデュイスブルクに入ってから早数日、ここの所平和すぎて本当に戦争の真っ最中なのかわからなくなってくる。
デュイスブルクからフラシア軍が撤退したと知ってからすぐに俺達はエーセンから出て、ドルティムンドの軍もウッパータルへと入った。その時に空城の計でも仕掛けているのかと警戒したけどそんなこともなく、いともあっさりと両都市へと入城出来てしまった。
また入城直後の浮き足立っている時に不意打ちでも仕掛けてくるかと念のために備えもしていたというのに、それもなく今まで一度も敵に襲われていない。いや、それどころかフラシア軍の斥候すら見ておらず、向こうはこちらの偵察すらしていないのではないかとすら思える。
俺達が動いて手薄になった所で、デューセルドラフからエーセンへ密かに攻撃でもしてくるかと思って偵察や物見もたくさん置いているというのに、そちらにも一切反応はない。エーセンが手薄になっていることすら気付いていないのか、気付いているけど放っているのか、エーセンへの攻撃もないのでは敵の狙いがさっぱりわからない。
結局そんなことをしている間にカーザース軍の追加の援軍とマルク伯軍が到着して、エーセンにも両軍四千が配置されてしまっている。これではフラシア軍が攻め込める場所がない。一体フラシア軍が何を考えているのか、何を狙っているのか、さっぱりわからず不気味だ。
この辺りの都市での戦闘で捕虜にしたフラシア兵はすでに六千人近くに達しており、ある程度各都市に捕虜を分散させているけどすでにどこも収容所は一杯になってしまっている。入りきらない分はマルク伯領に後送して収容してもらったけど、恐らくマルク伯領も捕虜で溢れ返っているだろう。
この辺りの都市もさらに捕虜が出る可能性があるし、負担分散のためにさらに後方のロッペ侯爵領まで順次移送しているけど中々進まない。出来ることならこの辺りで一番大きいブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公領に負担してもらいたい所だけど、あそこはあそこでトップがアレだからな……。
あまりエルンスト・フォン・ブラウスヴェイグ=ルーネブルグには借りを作りたくない。もう蹴落とすことは決まっていてそのための工作も行なっている相手だ。そんな相手に手柄や手助けになるようなことをさせて、自分で自分の策の足を引っ張っては世話がない。
なのでブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公領には極力頼らないようにやってきた。今までだってブラウスヴェイグ=ルーネブルグ軍を頼らず引っ張ってきていないのはそのためだ。
「思いの他、捕虜がとれすぎていますね……。このままでは捕虜を養う負担だけでも馬鹿になりません」
「レイン川を利用してホーラント王国にでも送ればどうだ?」
「――っ!?」
デュイスブルクの執務室で色々話し合いながら仕事を進めていると父がそんなことを言った。俺は何か言おうとして口をパクパクさせるけど言葉が出てこない。
「……なんだ?まさか気付いていなかったのか?」
「いえ……、その……、はい……」
そう。俺はまったく気付いていなかった。もう俺達はホーラント王国と国境を接しているし、レイン川を利用すれば大型船によって大量輸送も出来る。武器弾薬や兵糧を運んできた船に、今度は捕虜を詰めて下流に送り返せば良いじゃないか。
俺は捕虜は捕虜を取った者がどうにかしなければならないと思っていた。実際捕虜なんて奴隷みたいなものだ。本来なら戦勝側が喜んで強制労働でもタダ働きでもさせるのが普通だろう。捕虜を取れたら喜ぶことはあっても負担だの困るだのと言う者はまずいない。
俺は戦後の統治とか、国際関係も考えて捕虜を奴隷にしたり、強制労働させようとはあまり思わないけど、別にさせても良い。それは何かに違反することでも非難されることでもなく、当然の権利と誰もが考えているものだ。
だから普通は捕虜を取ればその捕虜を得た者がわざわざ手放すなんてことはない。また敵になってしまうのに逃がしてやるのは論外だし、人に譲るのも奴隷を手に入れたのに譲るなんて奴はいないだろう。でも俺にとってそれが負担だというのなら、誰か他の者に譲るなり、別の場所に移送するなりすればいい。
ホーラント王国だって俺の国になったんだから、ホーラント王国に捕虜を送って奴隷として使役しようとは思っていない。でも別にプロイス貴族が得た捕虜を、現在友軍であるホーラント王国に送っても何の問題もないということだ。
「それでは次の輸送便から捕虜を乗せて送りますか?」
「いや……、向こうの管理が杜撰で脱走されたとかいうことになっても困る。まずは先に連絡して向こうの態勢を整えてからにしよう」
執務室で仕事を手伝ってくれているアレクサンドラに答えつつ、俺は頭の中で今後の予定を組み直す。
まず最初に俺はゴトーに『カーン軍として援軍一万を寄越せるか?』と問い合わせた。ここで肝心なのはブリッシュ・エール軍が一万では困るということだ。あくまでカーン軍として派遣してもらう必要がある。新興侯爵家がいきなり万単位の兵を動員出来るなんておかしいと思われるだろうけど、出来る限りはカモフラージュしておきたい。
中身が実質的にブリッシュ・エール軍であろうとも、俺達がカーン軍だと言い張ればそれはカーン軍だ。世の中建前とアリバイというものは重要であり、カーン軍として援軍を集めるという形にしておくのは大事だ。
その結果ゴトーは『カーザー王様が率いるのに一万では足りません!十万送りましょう!』と言ってきた。もちろんプロイス王国では新興侯爵家でしかないカーン家が、一国の動員レベルである十万単位を動員したら一発でおかしいとバレてしまう。
馬鹿なことを言っているゴトーの案は却下して、早急に一万の『カーン軍』を追加派遣してもらうことで話はついた。その援軍も明日には到着予定だ。
それとは別にホーラント王国に捕虜の監視や管理を行なうための部隊をブリッシュ・エール王国から送ってもらい、今後俺達が捕虜にした者はホーラント王国に送ってブリッシュ・エール軍の部隊に管理してもらおう。そうすれば俺達は捕虜の管理という負担から解放される。
ブリッシュ・エール軍や『カーン軍の援軍』にはなるべく裏方や目立たない仕事を負担してもらう。占領地の管理維持や、国境警備もそちらに任せよう。
「カーザース卿……、本当に明後日デューセルドラフ攻略に打って出るのですか?」
「もちろんだ。時間をかけるほどにこちらは疲弊する。早急に攻め落とす方が良いだろう」
ドルティムンド攻略作戦時の俺達は一万二千だった。千近くは死傷して大半は現在療養中だ。軽傷者の一部はすでに原隊復帰しているけど、傷は浅くともまだ療養している者が多い。
単純に一万千に減っていたとして、カーザース軍二千、マルク伯軍二千が援軍として到着し、これで一万五千。そして明日一万の『カーン軍』が到着すれば俺達は二万五千にまで膨れ上がる。
近隣の都市複数に分散しているとはいえ、二万五千もの大軍がずっと同じ場所で駐留しているだけでは、毎日かかるコストに比べて働きとしてほとんど意味がない。行動もせずにらみ合っているだけならばもっと少ない軍で良いわけで、所謂コストパフォーマンスが悪いというやつだ。
「わかりました。それではまた明日、到着した援軍の将達とも話し合いましょう」
「うむ」
明日一日休ませて、いきなり明後日から戦争だ。まぁ戦場ならそれも当たり前か。援軍の士気や練度、俺達との連携の確認などもしたい所だけど贅沢は言ってられない。こちらに一万もの援軍が到着したと知られる前に速攻で潰したいという父の考えもわかる。
それにすでにウッパータルに駐留している軍にもそういう予定で伝えている。早馬を出せば十分作戦変更も伝えられるけど、別に理由もないのに作戦変更するよりもこのまま事前の作戦通り進めた方が良いだろう。
「それではカーザース卿、本日はこれで失礼いたします」
「ああ……。……カーン卿」
「はい?」
アレクサンドラを伴って執務室を出ようとしていた俺に父が声をかけてきた。何事かと思って振り返ってみてもすぐに用件を言わない。貴族らしい言い回しなどや余計なやり取りを好まず、すぐにはっきり用件を済ませるタイプの父にしては珍しい。何かよほど言い難いことなのだろうか?
「貴卿はよくやっている……。その……、あまり無理はするな」
「…………」
「…………」
父の言った言葉がよく理解出来ずに固まってしまう。仮面越しに見詰める俺と、それを黙って受けている父。きっと今俺達を見ている周囲からすれば変な二人だと思うことだろう。でも当事者の一人である俺はあまりに予想外のことすぎて頭が回らない。ようやくジワジワとその意味が理解出来て……。
「はっ……。お気遣いありがとうございます……」
そう言うのが精一杯だった。もし今仮面がなければ俺はきっと変な顔を皆に見られていたことだろう。自分の顔だからどんな表情なのかわからないけど、まぁ普通じゃない表情をしているのは間違いない。
「ああ、うむ……」
そして父もいつもの父らしくなく、少し視線を逸らせてポリポリと頬を掻きながら僅かに赤くなっていた。自分でもらしくないことを言ったと思っているんだろう。
「ふふっ。それでは失礼しますね」
「ああ」
何か『ああ』しか言ってない父にますます笑いそうになってしまい、必死に笑いを堪えながら執務室を出た。今日はヴァルテック卿がいなかったのが救いだな。もしあんな場面をヴァルテック卿に見られていたら絶対に変な二人だと思われていたはずだ。
「よかったですわね、フロー……、フロトさん」
「何がですか?」
「いえ……。ふふっ」
執務室を出て廊下を歩いているとアレクサンドラにそんなことを言われた。ジロリと見てみたけどアレクサンドラは笑っているだけで特に効いている様子はなかった。
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さて……、これからまたデューセルドラフ以降、レイン川沿いの大都市を攻略していかなければならなくなる。当然そうなるとあれこれ忙しくなるだろう。またレイン川の水運を利用したいから主力はレイン川沿いに南下して遡上することになるけど、当然川沿い以外の場所も占領したり、国境警備したりしなければならない。
レイン川沿いにデューセルドラフ、ケロン、ボーンと重要な大都市が続くだけで、他はどうでも良いというわけじゃない。このルウルー地方一帯を制圧した後は、他の小都市や各町や村も『カーン軍』を分散派遣して占領しなければ……。
まぁそれはちゃんと考えているし、まずは目の前のデューセルドラフを落とさないことには取らぬ狸の何とやらだ。だから今はデューセルドラフ攻略に集中するべきなわけだけど……、そのためにはしなければならないことがある。
それは……、ずばり英気を養うことだ!そしてついでにお嫁さん達のご機嫌も取るという一石二鳥の作戦だ!
この前は魔法で頑張ってくれたミコトとルイーザを労ってあげた。当然働きには報いなければならない。でもじゃあ働きたくても出番がない人はどうすれば良いのか?という話になる。
ミコトとルイーザは魔法が使えるから活躍しやすい。しかもその活躍が目に見えやすいということもある。アレクサンドラは副丞相として色々と仕事を手伝ってくれている。見えやすい大戦果は挙げられないけどその働きは誰もが認めている。じゃあカタリーナとクラウディアは?
もちろん二人も働いていないわけじゃない。色々と働いてくれている。ただそれが見え難いというか、地味というか……。だから二人の働きに報いようと思っても中々その機会がない。今日はそんな二人を労おうというわけだ。
「ふっふっふっ。というわけで……、クラウディア、覚悟してくださいね!」
「ちょっ!まっ!僕はされるよりする方が好きなんだよ!ご褒美をくれるっていうなら僕にやらせてよ!」
「問答無用!」
「アッー!」
ベッドに寝かせたクラウディアの上に跨り、その肢体に指を滑らせる。時に優しく、時に強く、緩急をつけながら全身を満遍なく……。
「あっ……、あっ!ああっ!ああぁぁぁ~~~っ!」
くっくっくっ!クラウディアめ!どうだ!ほれ!ここか?ここがええのんか?
「ぎゃーーっ!いだだだっ!いだい!それ痛いから!」
「何を言っているのです。痛いということはそれだけクラウディアの体が悪くなっているということです」
「あああっ!もっ、もういい!『まっさ~じ』はもういいからもう許して!」
「まだまだ!」
「はぁ~~~っ!」
クラウディアの嬌声が響き渡る中、俺はクラウディアを隅々までマッサージした。体を使うタイプのクラウディアにはマッサージは大切だ。痛い所もあれば気持ち良い所もあるようで、痛がって暴れたり、気持ち良くてうっとりしてたり、コロコロ表情が変わって面白い。
「さぁ、クラウディアは終わりました。次はカタリー……」
「ああ、カタリーナはとっくに逃げたよ?」
「「…………」」
くったりしているクラウディアに替わって次はカタリーナをマッサージしようと思っていたのに、いつの間にかカタリーナは逃げ出していたらしい。俺としたことがクラウディアのマッサージに夢中でカタリーナが逃げたことにも気付かないとは……。
まぁいい。今逃げるというのなら……、カタリーナには後でもっとすごいご褒美を贈らないとな!




