第五百話「次なる作戦は?」
ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵のせいで思わぬ時間を食うことになってしまった。公爵の配下の中でもまともそうな奴をこちらに引き抜く裏工作をしたり、フラシア軍による奇襲を受けた情報をハノーヴァーやハーメレンの住民達に流したり、その対応に当たったのが俺達だとさりげなく流したり……。
まず公爵の犯罪を暴くためには色々と裏の事情に詳しく、証拠を入手出来る立場にいる者を味方に引き入れなければならない。公爵の取り巻き達はほとんど碌でもない奴らばかりだけど、中にはまだまともな人もいる。ハーメレン救援に行きたいと直訴してきた兵士達のような者がな。
だからまずはそういう公爵のやり方に反発していてまともそうな者をこちらの味方になるように手を回した。もちろんまだまだこれからもそういう者は引き抜いていくし、全て完全に終わったわけじゃないけど、俺がいる間に一先ず公爵配下を切り崩す足がかりは出来たと思う。
それから公爵はハノーヴァー、ハーメレンの襲撃に関して情報封鎖をするつもりだったようだけど、俺が配下を使って住民達に情報を流してやった。当然その情報を聞けば、領主が怠慢でフラシア王国への備えを怠り、そのために町はあれほどの被害を受けてしまったのだと住民達にも広く知れ渡ることになった。
そこらの盗賊が突然襲ってきたのなら止むを得ない部分もあるかもしれないけど、今フラシア王国と戦争になっているというのに、その国境に近い位置にいる領主が他の領主達と協力することもせず、敵への備えもせず、その結果町に大損害が出たとあっては住民達の反発は必至だろう。
しかもその大損害のすぐ後の対応もまずい。公爵は何の対応も取らなかった。それを救援に駆けつけたカーン侯爵とロッペ侯爵が陣頭指揮を執って対応したという情報も広めておいた。実際俺が公爵の城で復旧の対応を指示したわけで、本来自分で言うことじゃないけど、何も嘘は言っていない。
もちろん俺や俺の配下が直接言いふらしているわけじゃなくて、それらしく町の噂としてジワジワと広めている。その方が信憑性も高いからな。あとは城の関係者達からも徐々にその情報が肯定されているから、やがてそれは事実として両町に広がることになるだろう。
そして最後にカーン・カーザース・ロッペ・ヴァルテックという俺達の連合軍からの支援物資と復旧作業の労働者達を送り込む。何もしてくれない領主と、損害を受けてすぐに対応してくれる俺達。住民からすればどちらが支持されるかは考えるまでもない。
ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵の不正の証拠を入手しつつ、公爵が何もしてこなかったことを住民達に広め、逆に俺達は住民達のために働いているという情報を流す。まだ始めたばかりではあるけどすでにあちこちで効果が出始めており、公爵に対する不満は高まりつつある。
あまり煽りすぎて戦時中だというのに後方が不安定になるのも困るけど、この機会に一気に政変を起こすつもりならばちゃんと準備を進めておかなければならない。
「全て順調に進んでいますわ」
「そうか。それは何より」
アレクサンドラの報告を聞いて……、少し考える。他のお嫁さん達はともかくアレクサンドラはその立場上俺の悪巧みも知っている。それを知ってどう思っているだろうか。俺を最低な奴だと思うだろうか?汚い奴だと思うだろうか?
俺だって出来ることなら真っ当な手段で進めたいとは思う。でもそれではあまりに時間がかかりすぎる。何より汚い敵と相対するためにはこちらも相応の手段で守らなければ敵の汚い手に嵌められてしまう。そして……、相手の悪行を暴くためにはこちらも悪行に手を染めなければならない……。
「アレクサンドラは……、私を汚い奴だと思うか?悪人を貶めるために自らも悪行を重ねては結局私も悪人と同じだと思うか?」
「…………」
返事のないアレクサンドラの方が気になって見てみれば、キョトンとした顔のまま俺の方を見ていた。『何言ってんだこいつ?』みたいな表情に見える。
「何を言っておられるのですか?」
みたいな表情じゃなかった。はっきりそう言われてしまった。
「いや……、その……」
「フロトさんのどこが汚いのですか?悪行なのですか?影ながら悪人の不正を暴き、それを断罪し無辜の民を救う。フロトさんは悪人などではありませんわよ」
にっこりと……、アレクサンドラが微笑みながら座っている俺の頭を抱き締めてくれた。現代日本では……、例えば潜入捜査は違法捜査となる。だから違法に入手した証拠では相手の罪を問えない。でもここではそんなルールも法も決まりもない。
証拠を手に入れるために相手の屋敷にこっそり忍び込めばそれは本来犯罪だ。でもここではそれが犯罪だと言われることはない。それで証拠が見つからない状況で忍び込んだことがバレてしまえば大問題だけど、証拠さえ手に入れて相手に突きつければそれで証拠になる。
俺は頭が固いな……。前世の常識に囚われたままだ。
「ありがとうアレクサンドラ」
「私は何も特別なことはしておりませんが……、何かフロトさんの手助けになったのならばよかったですわ」
少しだけ俺の頭を離してアレクサンドラが微笑みかけてくれる。普段は少し性格のきつそうな悪役令嬢顔なのに、こうしてフワリと微笑んでいるととても可愛らしい。このギャップもまたアレクサンドラの魅力で……。
「ねぇフロト……、って、あーーーっ!アレクサンドラと二人で何をしてるのよ!」
「何だい?二人でお楽しみだったのかい?それはずるいんじゃないかな?僕達も混ぜておくれ!」
何か用があったのか、やってきたミコトに俺とアレクサンドラが抱き合っている所を見られ、さらにその声を聞き付けて次第に皆が集まり始めた。結局てんやわんやの騒ぎになって、騒動が落ち着くまで暫くの時間を要したのだった。
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お嫁さん達が集まってきて揉みくちゃにされてしまった。とりあえず騒動は収まったから用件を聞こう。
「ミコト、何か用があって来たんじゃないのか?」
「え……?え~っと…………、あっ!そうだったわね!はいこれ!さっき届いたから持ってきてあげたわ!」
そういってミコトが差し出してきたのは他の隊からの報告書だった。急ぎの伝令書ではない。なのでこれまでの作戦の報告だろう。書類を受け取った俺は中身に目を通していく。
「なるほど……」
ブリッシュ・エール軍は作戦通りに洪水線を迂回してフラシア軍の背後から奇襲。敵を洪水線に押し付ける形となり、砦からの榴弾、榴散弾によってフラシア軍主力をほぼ殲滅したとのことだった。
こちらの損害は軽微で敵の主力をほぼ殲滅出来たのだから戦争としては御の字だろう。ただ軽微といっても死傷者は確実に出ている。損害が百人だから駄目、一人だから良いというものではない。死傷者を出さないというのが不可能なのはわかっているけど……、俺の命令で誰かが死んでいくのはやはり気持ちの良いものではない。
俺は……、領主になった時に……、こうなることはわかっていたはずだ。それを覚悟で先へ進むことを決めたはずだ。それでもやっぱり味方に犠牲者が出たと聞けば戦闘に勝利したと無邪気に喜ぶことは出来ない。
フラシア軍を殲滅したブリッシュ・エールとホーラントの連合軍は、占領されていた地域を奪還しながら前進を続け、レイン川の下流、ホーラント側では川が分岐していて名前が変わるようだけど、を越えて敵の大都市群の裏へと回ろうとしている。
レイン川流域、ルウルー地方には大都市が多く、フラシア側も今回の侵攻作戦の重要拠点として兵や物資を集積しているらしい。ブリッシュ・エール、ホーラント連合軍がレイン川流域の西側を南下していけば、敵は北から南下してくるカーン・カーザース軍と、西に陣取るブリッシュ・エール軍に挟まれることになる。
カーザース軍は順調に南下を続けて、現在はムンステルまで奪還に成功しているらしい。フローレンから南西に進んでいくとオスナブルックという都市があり、そのオスナブルックからさらに南西に進むとムンステルだ。
ムンステルからさらに南西に進めばルウルー地方で重要な大都市かつ、現在カーン・カーザース軍とフラシア軍が対峙する中で一番近い大都市であるドルティムンドに続いている。
この時代の地図や感覚だからどの程度正確かはわからないけど、東西の位置関係で言えばハノーヴァーから西に進めばオスナブルック。ハーメレンから少し南西に進むとデトモルドがあって、デトモルドから西に進めばムンステルという所だろうか。
ムンステルからドルティムンドまでは南西というよりほぼ南に近いか……。若干西に寄るけどだいたい南と言う方が良いかもしれない。
俺達が次に攻略すべき場所はドルティムンド、そしてその西や南にある大都市郡だ。ルウルー地方やレイン川流域には大都市が多く、この辺りを攻略しないことにはフラシアに大打撃を与えることは出来ない。そもそも元々はプロイス王国の領土だし全て返してもらおう。
それから……、ギヨームの参謀の一人だったエンゲルベルト・フォン・マルク、フラシア軍、ギヨーム軍の投降兵達を指揮させてフローレンに配置していたエンゲルベルトだけど……、その領地がこの近くにある。
マルク伯領はドルティムンドから北東の方向にあり、今回の作戦においては重要な位置を占めることになる。エンゲルベルトはフローレンに配置されていた投降兵達を指揮していたけど、本来はマルク伯領の領主だ。今まではカーン家、ブリッシュ・エール王国の捕虜となってうちで働かせていたけど、その身分はまだマルク伯領の領主のはず……、ということになる。
ただ俺に入ってきている情報ではここ最近フラシア内では色々と政変が起きているらしい。あちこちの領主がプロイス王国への内通などの罪によって裁かれているらしいということだった。それは特にこのプロイス・フラシア国境の領主達が多く断罪されており、もしかしたらマルク伯領でも何か政変があったかもしれない。
俺としては出来ればエンゲルベルトがマルク伯領に入って、マルク伯領がそのままこちらの味方になってくれる方がありがたい。敵対されて戦闘になるよりも、領主がこちらについて丸々味方になる方が良いだろう。
人柄も内心もわからないフラシア貴族がこちらに寝返ると言ってきても相手にしないだろうけど、エンゲルベルトなら長く……、というほどではないにしても付き合いはそれなりにあるし、ある程度人柄や考え方もわかっているつもりだ。
彼らだって領土がフラシア王国に割譲されたから止むを得ずフラシア側についただけで、本心からフラシア王国に忠誠を誓いたくて向こうについたわけじゃない。
レイン川は基本的に南北に流れているけど、ホーラント王国の手前くらいから西に曲がって東西の流れになる。途中で分岐しているけどそのままヘルマン海に注がれていると思えば良い。レイン川の西側はブリッシュ・エール、ホーラント連合軍が侵出し、ドルティムンド北側からはカーザース軍が南下する。
俺達はドルティムンド北東のマルク伯領へと入って領都ハムを掌握して東からドルティムンドに圧力をかけるのが良いだろう。全周囲を包囲するのは無理だけど敵を南へと追いやれば十分だ。もちろんただ撤退させるだけじゃなくて相応に損害は与えてやるけどな。
ここから先の戦争は一度の戦闘で敵を殲滅していけるほど簡単な戦闘じゃなくなる。大都市での市街戦になることも考えれば敵を殲滅することよりも、敗走させて追い出すことを優先して考えなければならない。
もし市街地に立て篭もる敵を殲滅しようと思ったら町を破壊して住民達まで巻き添えにしなければならなくなる。剣や魔法による白兵戦をするつもりなら市街戦でも町を破壊して住民を巻き添えにすることは抑えることが出来るだろうけど、うちの軍が市街戦をすれば町を瓦礫の山にしてしまうからな……。
だからまずは敵を市街地から追い払うために、敵を殲滅することよりも敗戦を痛感させて撤退させなければならない。もし敵の司令部を破壊しすぎたら今度は撤退の指示を出す者がいなくなったり、スムーズな撤退が出来ずに市内に立て篭もられるなんてことになりかねない。
うまく手加減しつつ、それでも敵にこれ以上の篭城は無駄だと思い知らせて、指揮官達を程よく残して上手く撤退の指揮を執らせる。
うん……。考えただけでも面倒臭い……。でもやるしかないだろう。でなければ泥沼の市街戦での白兵戦をすることになるか、町を瓦礫の山にして砲弾を撃ち込むことになってしまう。
平野での戦闘ならこんなに悩まなくて済むのに、市街戦になるとわかっているとこうも面倒臭いとは……。いっそ全て破壊してやりたい衝動に駆られるけどそれは悪手だということはわかっている。あくまでこちらは悪くない形で、そして戦後の統治もうまくいくように住民達に下手な反発を食らうわけにはいかない。
カーン軍からハノーヴァーとハーメレンへの支援物資や復興支援が届きつつある。もう俺達は必要ないだろうからハーメレンから出発してエンゲルベルトと合流してから、マルク伯領の領都ハムを目指すべきだろう。
エンゲルベルトにその旨の指示を出してから俺達もハーメレンを出立したのだった。




