第五十話「ドリル頭完成!」
「フ~ロ~トっ!」
「うっ……」
隣に座ったアレクサンドラが抱き付いてきて俺はついつい体を硬くしてしまった。アレクサンドラと初めて会った社交界デビューのパーティーから八ヶ月が経過している。
十一歳も近づいてきた俺達の体は徐々に変化してきている。特に胸が……。
太っている男の胸が全体的に膨らんで垂れているのとはまったく違う。乳頭の回りだけがぷっくりと膨らんでいる。どうやら俺達の体は変化しつつあるようだ。
もちろんまだ未熟な本当に小さな青いつぼみだろう。だけど間違いなくアレクサンドラの体は女になりつつある。まぁ俺も最近胸が出てきているわけだけど……。でもそれはつまり女の子同士でキャッキャウフフ出来る日が刻一刻と近づいてきているということで何も悪いわけじゃない。
ただほとんど下着もないこの世界で少女の青いつぼみが押し付けられるというのは俺には少々刺激が強い。
今日もアレクサンドラは森の中の俺の小屋を訪ねてきている。最近暇さえあればこうして訪ねて来て、来ない日の方が少ないんじゃないかと思ってしまうくらいだ。もちろん俺の方としては歓迎なんだけど……、それは伯爵家のご令嬢として良いのだろうか?
それにしても……、こんなに無防備に抱き付いてくるなんてアレクサンドラには百合の気があるんだろうか……。
いや、待て待て。早まるな……。そうして早合点して失敗したことを忘れたのか?アレクサンドラはあくまでノーマルでただの親愛の印としてこうして接してくれているのかもしれない。下手にがっついて今の関係まで壊れてしまうくらいならこうしてキャッキャウフフと遊べているだけでも良しとしなくてはならない。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「え~……。仕方ありませんわね。それではフロト、また明日も遊びましょうね。御機嫌よう」
「あまりここにばかり来て自分のするべきことを疎かにしないようにね……。御機嫌ようアレクサンドラ」
毎日のように来ているからか一応帰るのを惜しみはするけど素直に帰ることが多い。アレクサンドラは夕方前には帰るので外はまだ明るいし色々と出来る時間帯だ。何より俺にはしなければならないことが山ほどある。
アレクサンドラを見送った俺は早速作業に戻る。開拓村は上下水とメイン通りは完成している。メイン通りにはU字溝を使って側溝を作った。結局煉瓦でのU字溝モドキは作るのが大変だったので面になるように少し組み上げた物を現場で繋ぎ合わせるようにして少しだけ工期を短縮出来た程度だ。
その過程でコンクリート製のU字溝自体は試作してうまくいった。ただ色々と問題もあるので後でメンテナンスや維持が難しい地下に埋めて利用することは控えた。少なくとも実際に使ってみてからでないと後でやり直すのが難しい地下に埋めるわけにはいかない。
そこでまず側溝としてU字溝を実際に使ってみることにしたわけだけど今の所は特に問題は発生していない。ただ建物もあまりないし住民はいないからまだ実用性という意味でどれくらいなのかは不明だけど……。
開拓村はまだ地表上はほとんど出来ていないと言われても反論しようもない程度にしか進んでないように見える。区画割りを決めて地下への埋設物を先に工事しているから上部構造物は作業員達が寝泊りしている建物くらいしか完成していない。
一番の問題は下水処理だった。濾過装置は一応出来たけど濾過するだけじゃ雑菌等は取り除けていないだろう。それに浄化槽で沈殿させるだけでは目に見えない下水に溶け込んだ物質までは除去されていない。
俺は下水処理の専門家でもなければそういう仕事に携わったこともないからあまりわからないけど確か活性汚泥というもので細菌などの生物に食べさせて分解させるんだったか……、というおぼろげな記憶を頼りに考え得る設備を作ってみた。
ただ現代のように電気もなければ機械もないし、電子顕微鏡で確認するとかそういう設備も一切ない。実験で下水の底に溜まっている汚泥と下水を混ぜて水に空気を一杯送り込んでみた。魚を飼っている水槽とかでプクプク空気が出ているのを見たことがあるだろう。あれと同じようなものだ。
小型の実験だから人力で頑張って空気を送り込んでみると水の中に綿くずのようなものが浮かんでいるのが確認出来た。確かこれが微生物の集合体でこれが下水に溶け込んだ物質を食べてくれているんだったはずだ。空気を送り込んだことで微生物の活動が活発になって汚れを食べてくれた。ということで一応実験は成功だった。
実際に下水処理場を建設する際に電気もないのに全て自動で管理することなど出来るはずもない。そこで活性汚泥に空気を送り込むのを毎日ずっと人力で送るわけにもいかない。だから考えたのが風車と水車だった。風車と水車を回してその力でポンプから空気を送り込む。
どの程度効果があるのかはわからない。もしかしたら活性汚泥があまり役に立っていなくてほとんど浄化されていないかもしれない。水質検査も出来ないから確認のしようもないからね。
ただ元々この世界では下水なんて垂れ流しが当たり前なんだから多少なりとも浄化効果があればそれだけでも御の字じゃないだろうか。最悪の場合は浄化槽で沈殿だけさせてそのまま水は垂れ流すつもりだったんだから効果が低くても浄化しようとするだけでもないよりはマシだろう。
また上水も川に揚水水車を作って水路に水を流すようにしている。これなら流量もある程度コントロール出来るだろうし流れ込むゴミや魚も何重にも除去出来る。地下の水路に直に川の水を流していればゴミや魚が流れたり詰まったりするかもしれないからな。
そんなわけで上下水など地下に埋設する工事は一応完了し現在はメイン通りの両脇に建物を建てている。一番北側の奥はどうやら俺の家だそうだ。俺の家の前から真っ直ぐにメイン通りが通ってその両脇に色々な建物が出来るらしい。
今は通りと側溝は完成しているから建物の建設と上下水への接続工事中だ。そろそろ俺の家は一段落するとのことだった。まだ完全に完成ではないけどガワだけはもうすぐ出来上がるようだ。出来たら今度視察に行ってみるのも良いだろう。
そんなこんなでアレクサンドラが帰った後は俺は開拓と農場と牧場の書類仕事をしてから帰る。そうだ。今日は帰りにクルーク商会に寄っていこう。
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そろそろ例のアレが出来上がっているだろうと思って帰りに遠回りしてクルーク商会に寄ってみた。まだ用件も何も言ってないのに俺が馬車で到着するとすぐに手厚く迎えられて応接室に通される。クルーク商会の人達は俺が重要な客人だと思っているようだ。確かにヴィクトーリアとは親しいけど実際はただ遊びに来ているだけとかも多いのにな……。
「ようこそおいでくださいました、フローラ様?フロト様?」
ヴィクトーリアは俺の用件によってフローラかフロトか一応使い分けている。それに意味があるのかどうかはわからないけど公私混同……、じゃないけどきちんと分けておくのは必要なことなのだろう。
「今日は例のウィッグの件で来ました。そろそろ出来ている頃ではないかと思いまして……」
「あぁ!それでは少々お待ちくださいフロト様。あれを……」
どうやらウィッグの件だとフロト案件のようだ。ウィッグなんてご令嬢でも利用するものだからフローラ案件でも良いような気はするけどヴィクトーリアの分け方は俺にはよくわからない。カーン家の予算かどうかで区別しているというのなら俺は全てカーン家の予算から出しているから全案件がフロト案件になるはずだしな。
まぁそれはともかく俺は結構前からクルーク商会にあるウィッグが作れないかと注文していた。何度も失敗し様々な試作品を作ってきてようやく完成に近づきつつある。それがそろそろ出来ているはずなんだ。まだ完成品というわけじゃないけどかなり改良された試作品が……。
暫くヴィクトーリアと楽しくおしゃべりしていると先ほど指示を受けて出て行った者が戻ってきた。その手には箱がある。それを受け取ったヴィクトーリアが俺に箱を差し出してきた。
「どうぞ、お確かめください」
「……ドキドキしますね」
俺がそう言うとヴィクトーリアはにっこり微笑んだ。どうやら今回は相当自信作らしい。そっと箱の蓋を開けてみる。
「こっ、これは!」
「手に取ってみてください」
言われるがままに俺はウィッグを手に取った。この手触り……。今までのものとは比べ物にならない。
「素晴らしいです!」
ついに……、ついに完成した。これで完成と言っても良いだろう。ついに俺は……。
「ドリル頭ウィッグが完成しました!」
そう。ずっとアレクサンドラに似合うと思って作ろうとしていた金髪縦ロールのドリル頭。それがついに完成した。
この世界にもウィッグそのものはあった。ただ派手なものでもないし普及もしていない。それから一応パーマも存在するけど熱パーマ?とでも言うのか?熱をかけて髪をカールさせるらしく傷みがひどくなる。人毛で作っているウィッグなのにまるで現代の作り物のような質感になってしまうのだ。しかもカールが弱いし長続きしない。
そこで俺はクルーク商会と協力して強いパーマをあてつつ髪質が悪くならない、いや、悪くなった髪質を戻すトリートメントのようなものを開発した。
地球に居た頃に美容室でパーマは化学反応だと言われたけどパーマ液等に関しては化学物質等を作れないので用意しようがない。そもそもどんな物質でパーマをかけているのか知らない俺がこの世界でどうやってそれを再現するというのか。
ただこの世界の熱パーマも強くかけようと思えばかけられなくはないんだ。強くかけすぎるとそれだけ髪が傷んでチリチリになってしまうだけで強いパーマ自体はかけれなくはない。
だから解決策として強いパーマをかけてチリチリになった髪を補修する方向で考えてみた。自作の髪パックのようなものは割りと簡単に出来る。オリーブオイル、卵、はちみつ、などを使って混ぜればお手軽パックの出来上がりだ。
まぁこの世界ではどれも高価な物だからお手軽とはいってもコストは馬鹿にならないけど……。それと俺は比率とか分量もわからないからその辺りは手探りだった。そうして試行錯誤の末についに俺達は艶々の髪で金髪縦ロールのドリル頭を完成させたのだ!!!
「ところでフロト様……、本当にこのトリートメントというものの売り上げの取り分はこれだけでよろしいのかしら?」
ヴィクトーリアがトリートメントの開発料に関する取り分を確認してくる。これは前にも決めたからそれで良いんだけどヴィクトーリアとしては俺の取り分が少ないと思っているようだ。
「カーン家の農場や養鶏場から仕入れる材料費はまた別でしょう?これでも十分すぎるくらいだと思いますよ」
養鶏などはまだまったくと言っていいほど流行っていないので材料は結構うちのものを使って作ることになっている。それらの売り上げもあるのにただトリートメントのアイデアを出しただけでたくさん分け前をもらうのは何だか抵抗がある。それに配合量さえわかれば誰でも比較的簡単に真似出来るのでそのうち真似されてしまうだろう。
ヴィクトーリアもそれまでに投資額を回収しなければならないわけで、俺に多額の分け前を払っている場合ではないことはわかっているはずだ。
ドリル頭を開発するにあたって出来た副産物である様々なウィッグやそれらをケアするトリートメントは今後クルーク商会で販売されることになる。特にトリートメントはウィッグだけじゃなくて地毛に使う人も多いだろうと思って売り上げを見込んでいる。いつの時代も女性の美への追及は止むことは無い。きっと良い商品になることだろう。
まぁそれはヴィクトーリアとクルーク商会がすることであって俺は少しだけアイデア料として分け前をもらえば十分だ。その分開発の苦労も販売の手間もないからね。少しアイデアを出してアドバイスしただけだ。それよりも……。
「ふっ、ふふっ!うふふっ!これでアレクサンドラが……」
そう。それよりも俺にとって大事なのはこのドリル頭だ。今度これをアレクサンドラの頭にセットしよう。きっと良い感じに金髪縦ロールの傲慢お嬢様風になるに違いない。
アレクサンドラは性格はあんなに良い子なのに見た目は怖くてきつそうに見える。まぁそこも可愛い所ではあるんだけど初対面の人はビビるだろう。そしてこのドリルだ。これを装備すれば完璧に違いない。
「さぁ!明日アレクサンドラが訪ねてくるのが楽しみね!」
俺はヴィクトーリアにウィッグの代金を払って上機嫌でカーザース邸に帰っていった。しかし翌日アレクサンドラが俺の掘っ立て小屋に現れることはなかった。




