第四百九十五話「復興支援!」
「はい、フロトちゃん、体拭き拭きしましょうね~」
「うん。ルイーザお姉ちゃん」
俺がベッドでゴロゴロしているとルイーザが体を拭きにきてくれた。素直に甘えて体を拭いてもらう。あぁ、本当にルイーザ様マジ聖女様!お姉ちゃんっていうかいっそママって呼びたい!ルイーザママ!俺を甘やかして!
「はい、脱ぎ脱ぎしましょうね~」
体を起こすとルイーザが服を脱がせてくれる。されるがままに身を任せていてもルイーザは人の服だというのに器用にボタンを外して脱がせてくれた。
「それじゃ拭きますね~」
「んっ!」
背後に回ったルイーザに少しだけ背中を触られてビクリと体が反応してしまった。少しヒンヤリとした手が服を着ていた背中に触れるととても冷たく感じる。でも冷たい手で触れたのは最初だけで、すぐにお湯を張った桶に手を入れてタオルを絞ったから温かいタオルと手が俺の背中に触れた。
「はぁ~……」
極楽、極楽、とでも言いそうになってしまう。勝手に口から息が漏れてしまって止められない。温かいタオルでコシコシしてもらってとても気持ち良い。もういっそずっとルイーザお姉ちゃん、いや、ルイーザママに甘えていたい!
「それじゃここも拭こうね~」
「ひあぁっ!そっ、そこは……」
ルイーザが腋に手を差し入れてくる。何だかこそばゆいような、気恥ずかしいような、何とも言えない羞恥心が湧いてくる。もしかして……、いくらお嫁さんとはいえ腋まで拭かれるのは恥ずかしいことなのでは?しかもこそばゆい……。
「ほらほら!動いちゃだめですよ~。ここは汚れやすいからちゃ~んと拭き拭きしましょうね~?フロトちゃんはちゃんと出来る子ですよね~?」
「うん……。出来る……」
こそばゆくてビクビクと体が反応してしまうけど出来るだけ堪えて我慢する。ルイーザの手が優しく俺の体を触れるたびにこそばゆくて逃げたくなるけど、でももっとして欲しくて耐える。
「は~い。よく出来ました。それじゃ次はこの谷間も綺麗綺麗しましょうね~」
「ちょっ!そこはぁっ!はぁああ~~~っ!」
谷間や肉の下の汚れが溜まりやすい場所を重点的に拭かれた俺は、全てが終わった頃にはもうぐったりしていた。しゅごい……。ルイーザママしゅごい……。
「弟妹達も風邪をひいた時とかによくこうして看病してあげたんだよ。だからこういうのは得意なんだぁ」
「そっ、そうですか……。ルイーザがいてくれて助かりました」
本当に……、カタリーナが協力してくれてなくて一時はどうなるかと思ったけど、代わりにルイーザが皆を指揮してくれたお陰で今のところ何とかなっている。もし聖女ルイーザ様がいなかったら今頃どうなっていたかと思うとゾッとする。
「やぁフロト!調子はどうだい?食事を持ってきたよ」
「ありがとうクラウディア」
今回はクラウディアが料理当番らしい。クラウディアも野戦料理というか、火に放り込んだだけのワイルドな焼肉とかばかり作っていたように思うけど、今日持ってきた料理はかなりまともだった。まぁ野菜のスープとパンなんだけど、クラウディア一人で作ったのなら不安になるけど良い香りがしているから恐らく大丈夫だろう。
「まぁ……、元々病人ではないので病人食である必要はないのですが……。それにもうそろそろ大丈夫そうです」
最初のうちは体は派手に動かさない方が良いと思うけど、別に病人じゃないから頭痛や吐き気がなくなれば食事は普通の食事でも良いと思う。それにそろそろ体も動かしても大丈夫じゃないだろうか。
ここまで様子を見た限りでは体の一部が痺れていたり動かないということはない。脳に障害があればそういう症状が出る可能性があるかと思ったけど特に問題はないようだ。
「フロトの看病が終わってしまうのは残念だけど仕方がないね。僕としても看病出来ることよりもフロトが早く元気になってくれる方がうれしいよ」
おおっ……、クラウディアってやっぱり男前だな……。ニッコリ笑ってそんなことが言えるなんて凄い。男前といっても別に顔が男らしいとかそういう意味じゃない。性格的に格好良いとかそんな感じだ。
「ありがとう。いつまでもこうしてはいられませんから……、ね……」
……あれ?俺こんなことをしていていいのか?
ハーメレンが襲撃されてから今日で三日目だ。一日目の夜に襲撃されて、俺達は二日目の夜明け頃に夜襲をかけてフラシア軍を壊滅させた。二日目の日中に目が覚めて昨日のカタリーナの反乱による騒動があったわけだけど、それからさらに一夜明けて今日が三日目だ。
町の復旧作業はブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵やその配下が行なっているだろう。ロッペ侯爵軍やもしかしたらカーン軍も協力しているかもしれない。それは良い。それは良いけど……、カーン侯爵である俺が寝込んでるなんてことをブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵に知られたら困るんじゃないのか?
別に俺が寝込んでるからってカーン軍の今回の奪還作戦での功績がなくなるわけじゃない。でも俺が不在の間にブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵が好き勝手にしている可能性はある。それにロッペ侯爵達とも軍議をしなければならないだろう。こうしている場合じゃない。
「ロッペ侯爵やブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵との話し合いは?軍議を開かなければなりません」
「ああ。それは大丈夫だよ。ルイーザが仮面と外套を羽織って魔法で声を変えてフロトとして出てくれているよ。僕も同席してるから内容は聞いてるけどルイーザはよくやってくれてるよ」
「…………へ?」
一瞬クラウディアの言っていることが理解出来ず、クラウディアとルイーザを交互に見詰める。
「えっと……、クラウディアはこう言ってくれてるけど、私全然うまく出来なくて……、色々軍議で困ってるんだけど、それでもフロトが不在だと思われるよりは良いからってずっと私が出てたの。本当にごめんなさい!」
ルイーザが頭を下げる。でもルイーザが頭を下げる理由はないだろう。むしろこちらがお礼を言いたいくらいだ。
「ルイーザが頭を下げる理由などありませんよ。確かに私が不在となっていた方が困ったことになっていたでしょう。代わりに軍議に出て無理をさせてしまって申し訳ありませんでした。次からは私が出ます。次の軍議はいつですか?」
ルイーザママに甘えたいとか言ってる場合じゃなかった。俺は馬鹿か?自分の立場と仕事を忘れてどうする。プライベートでお嫁さんに甘えるのは良い。でもそれはきちんと自分のすべきことをしている者が言えることだ。自分のすべきことまで人に任せて何も成していない者が、ただお嫁さんに甘えて溺れたいなんて馬鹿過ぎる。
「う~ん……。この後軍議だからルイーザと一緒に出るつもりだったけど……、フロト、本当にもう大丈夫なのかい?」
「そうですか……。もう大丈夫ですよ。それではすぐに準備に取り掛かりましょう」
ようやくエンジンがかかって温まってきた。俺はちょっと呆けすぎていた。ここからはちゃんと真面目に働こう。お嫁さん達との生活を守るためにも俺がしっかりしなくてはな。
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すぐに着替えた俺はフロト・フォン・カーンとしてロッペ侯爵達との軍議に参加していた。でも議題はハーメレンの復興とかハノーヴァーの復興という話ではないようだ。
「ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵、勝手にハノーヴァーへ帰られては困ると申したはずですが?」
「しっ、知らん!私はそのようなことは知らんぞ!別に町を出てハノーヴァーへ帰ろうとしたわけではない!貴様らの兵が勝手にそう勘違いして騒いでおるだけだ!」
どうやら……、フラシア軍殲滅が完了した後に公爵は勝手に町を抜け出してハノーヴァーへ帰ろうとしていたらしい。勝手にいなくなるなとヘルマンが念を押していたのに、それを無視する形で逃げ出そうとしていたようだ。まぁそもそも何故ハーメレンも公爵の領地なのに逃げ出さなければならないのか疑問だけど……。
「ロッペ卿、もう良いではありませんか。どちらにしろ私達はその場面を見ていない。逃げようとしていた、いいや違うと水掛け論を言い合っていても解決しません」
「カーン卿……。しかしそれでは……」
ヘルマンの懸念もわかる。これをこのままなぁなぁで済ませたら後で面倒なことになるだろう。だから俺だってこのまま公爵を追及しないというつもりはない。でもここで言い合っても、逃げようとした、いいや違う、と言い合いになるだけで進まない。ここはもっと別の方向から攻めるべきだろう。
「そっ、そうだ!わははっ!みろ!カーン侯爵はわかっているではないか!」
どうやら俺が公爵の肩を持ったと思って喜んでるようだな。でも残念。逃げ出そうとしたかどうかを追及して言い合っても何の意味もないからさっさと終わらせようと提案しただけだ。別に俺はお前の味方じゃない。
「それよりもまずは迅速なハーメレンの復旧が重要です。ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵にはハーメレンの市民生活復興支援金として一億ポーロ拠出していただきましょう。ああ、もちろんこれらはハーメレン市民達に使われるものであり、公館や防衛設備などの復旧費用ではありませんよ?あくまで市民達に分配する復興資金です」
「わははっ!………は?」
俺の言葉を聞いて、公爵は馬鹿笑いをやめて間抜けな顔をしていた。
「先の協定による我が軍とロッペ侯爵軍への資金と物資の支援、それからハノーヴァー、ハーメレンの被害に対する復興支援、それとは別に公爵が本来受け持つべきハノーヴァーやハーメレンに対する治安維持や防衛設備の整備費用。また損害を受けた部隊の再建。その他諸々、必要な負担をしていただきましょう。その話し合いのためならば逃げ出そうとしていたかどうかの追及など二の次でしょう?」
「むっ?はははっ!そうだな!それはそうだ!ハノーヴァー、ハーメレンの住民達は今も避難生活を余儀なくされている。それらの復興に関する話し合いが先だ!違いない!」
俺の意図を察してヘルマンも笑い出した。
「ぐぬぬっ!そっ、そのような金はない!そもそも何故私が領民達へ金を出さねばならんのだ!それはおかしいだろう!」
ポーロと円の比率は推定三十倍ほどと思われる。円の感覚で言えば一億ポーロなんてたかが三十億円ぽっちだ。復興支援金としては微々たるものだろう。
もちろん公爵が言うように、本来ならば今回のような損害が発生しても領主が領民達に対してそういう費用を負担しなければならない義務はない。家を失ったとしてもその家族が勝手に家を再建すれば良いだけの話であり、それを領主が負担してやることなんてない。
こんなことはあちこちで起こっていることであり、戦闘がある度に領主が領民にそのようなことをしていては財政があっという間に火の車になる。だから公爵の言うことは尤もではあるんだけど、はいそうですかとこちらが引き下がるわけがない。それなら最初からこんなことは言わない。
「何も家を失った者に一軒一軒家を再建して与えてやれと言っているわけではありません。町の復興の目処が立つまでは公館を開放して住居を提供し補償したり、復興作業中は仕事が出来ないので復興作業を公共事業とし労働者達に賃金を支払ったり、家族を失った子供達のために孤児院を作って運営資金を提供して欲しいと言っているだけです」
「そっ、そんな義務も前例もなかろう!そんな政策など聞いたこともないわ!」
こいつはまぁ……、何というか……、まるで駄目な領主だな……。最初からわかってはいたけどあまりにひどすぎる。貴族だから全てがクズのような領主だとは言わない。中には尊敬すべき領主達もいる。でもこの国はあまりにこういう身勝手で何もわかっていない領主が多すぎる。こういう奴らを排除しない限り良い国にはならないんじゃないだろうか。
「もちろん義務はない。だが前例がなかろうが関係ない。そもそも公爵閣下が御存知ないだけで前例はいくらでもある。そして何よりもここは公爵閣下の領地でしょう。その自領の領民達が苦しんでいる時に領主として出来る仕事をしようとしないのであれば、そんな領主は不要なのでは?」
「きっ、貴様っ!」
ハノーヴァーでは小便を漏らして逃げ回っていたのに、もう恐怖を忘れたのか俺を睨んでいる。暴力で脅すのは簡単だけどそれじゃ意味がない。すでに暴力による恐怖が薄れているのを見てわかるように、そんなものはすぐに効果を失うからだ。だから暴力で言うことを聞かせても意味はない。
「ここに……、公爵閣下の署名が入った協定書がある。これに署名したのはつい先日です。もちろん公爵閣下も覚えておられるでしょう。この項目をよく読んでいただきたい。我々が必要だと思った支援は公爵閣下が全て請け負うと書かれている。今後フラシア王国と戦争を続けるためにはハノーヴァーとハーメレンの復興は必要です。この協定に従って速やかに復興支援を行なっていただく。よろしいな?」
協定書には色々と文言が書かれている。一見無制限に俺達が公爵から資金や物資を集れないように、色々と制限が設けられている……、ように見える。
でも実は今言ったように『フラシア王国との戦争で必要な支援は俺達の要請を受けた場合に公爵は可能な限り支援を行なわなければならない』と書かれている。
もちろん可能な限りの支援なので百億ポーロ出せと言っても無理なものは無理だろう。でもブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵とその領地からすれば一億ポーロくらい簡単に出せるはした金だ。それすらも提供しようとしないのは協定違反となる。
「ぐぬぬぅっ!~~~~っ!ふんっ!」
顔面を真っ赤にして、どうにか何かを言おうとした公爵は、しかし何も言えず机をバンッ!と叩くと立ち上がって会議室を出て行った。まぁ協定がある限りは公爵もある程度俺達に協力するしかない。満額回答とはいかないかもしれないけど、最低限の復興支援金は支払われるだろう。俺とヘルマンはそう思っていた。




