第四百九十一話「許容量オーバー!」
俺が壇上から下りるのと入れ違いにロッペ軍の護衛が公爵の身柄を確保していた。一応わかりやすいように人質に取っていないと、また馬鹿な行動をする配下の者もいないとも限らない。
「ジーモン達に聞いてはいたが……、噂に違わぬ実力だな、カーン卿」
「それは……、ありがとうございます?」
一体どんな噂だ、ジーモンめ。ヘルマンにどんな噂を流しているのかは気になる所だけどそんなことを言っている場合じゃない。こうしている間にもフラシア軍による攻撃が続いているはずだ。まずは何よりもこれ以上の被害を出さないように行動していかなければならない。
「さて……、それで……、どうする?」
俺がグルリと周りを見回すとほとんどの者は怯んだ顔をしていた。最早力ずくで俺達をどうこう出来る状況にはないことは理解しているらしい。
「ふむ……。これでようやく話が出来そうだな。エルンスト・フォン・ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ」
「ひぃぃっ!」
俺が声をかけるとまた変な声を上げていた。ロッペ軍の護衛達はおっさんのお漏らしを踏んでいるけど気にならないんだろうか?俺だったら足元が気になりすぎてあんな場所にじっと立ってるなんて絶対に出来ないけど……。
「それでは話し合おうか」
「うむ」
「ひぃっ!」
俺とヘルマンとエルンストによる話し合いがようやく始まった。まず……、俺達に言いがかりをつけて捕縛しようとしたことに対して正式に謝罪させ、文書にして書き残しサインさせる。これで後でそんなことはなかったなんて言い逃れはさせない。この場にいる多くの者も見届けているから言い訳のしようはないだろう。
次にフラシア王国との戦争について。ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ公爵として戦争への協力を約束させる。とはいえ、たかが千のフラシア兵に奇襲されて領都にこれほどの被害を出すような軍に何も期待出来ない。下手な味方は敵よりも厄介だ。
だからブラウスヴェイグ=ルーネブルグ軍として協力してもらうのではなく、公爵には資金と物資の提供をしてもらう。実際には別にそれほど困っていないんだけど、仮にも国境を守るべき公爵がプロイス王国存亡の危機であるこの有事に何も働いていないというのでは体面が悪いだろう。
そこで、本当は別に俺達は必要ではないんだけど、どうしても公爵に活躍の場をやるために、ほんの少しだけ資金と物資を提供してもらう。これで公爵は名目上戦争に協力したという事実が残り、俺達もいつ後ろから撃ってくるかわからないような兵に背後を任せなくて済む。まさにウィンウィンの関係だ。
それから最後に公領内での俺達の全ての行動の自由を認めてもらう。通行はもちろん、軍事行動も、商業活動も全てだ。何故商業活動が必要かと言えば、物資を補給したりするのに売買をしなければならないだろう?そのついでに少しばかりうちの特産品を売ってお金を工面したりするかもしれないけど、それは軍事行動上必要なことだから全て目を瞑ってもらうことで合意出来た。
「それでは全てに納得した上で署名してもらおう」
「はひぃっ!」
全ての文言を文書に起こし、三人で署名する。もちろん四通用意しそれぞれが保管するので後で誤魔化しなどは出来ない。三通は俺達用であり一通は王国へ届けるためのものだ。この場にいる公爵家の配下の者達もきちんと見届けているので何の問題もない。
「よし。それではこれで戦時協力協定が結ばれた。実に良い合意が出来てうれしく思う」
「うむ」
「はひぃっ!」
全員で硬い握手を交わす。もちろんお漏らしおやじは着替えてもらっている。どこかへ行かれても困るので皆の目の前で着替えてもらった。配下の者達の前でこれだけのことがあればもうこのおやじは終わりじゃないかな。少なくともこの後も尊敬して仕えてくれる者はいないだろう。まぁ最初から打算的に仕えているような奴を重用してたんだろうけど……。
「おい、お前」
「……は?はっ!」
俺は適当に周囲にいた軍人の中で、ニヤニヤ笑っていた者じゃなくて他の町も襲撃を受けていると聞いて驚いた顔をしていた者を一人呼んだ。
「これから公爵閣下はハノーヴァーを襲撃したフラシア軍の討伐に出向かれる。ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ軍の中でも精鋭を集めておけ。すぐに出陣するぞ」
「はっ!」
敬礼して去っていく軍人を見送ってからあと何人か内政官でまともそうな奴に指示を出しておく。町はあれほど大混乱に陥りまだ何もまともに対応されていなかった。こういう時こそ領主が仕事をしなくていつ仕事をするというのか。
「まずは人手を出し、救助と消火に当たれ。それから緊急時用の物資を領民達に提供しろ。焼け出された領民達のために公館を解放して受け入れてやれ。これから夜になる。急げ」
「はっ、はいっ!」
消火はほとんど出来ているかもしれないけどまだ完全じゃない。残り火から再び火が広がることもある。それに救助や手当てを待っている者も大勢いた。災害時はどれほど人手があっても余るということはない。この城でウロウロしているだけの兵を置いているくらいなら領民の救助にでも向かわせた方が有意義だ。
「さて……、あとは……、お前とお前とお前、それからそこに並んでいる奴ら、お前らは公爵閣下と一緒に出陣だ。さっさと準備しろ」
「えっ!?」
「なっ!おっ、お待ちください!」
「我らがいなくなれば誰がこの公領の内政を取り仕切ると……」
さっき公爵と一緒にニヤニヤしていたこの領地のガンであろう者達を指名してやると慌ててそんなことを言い出した。もうここまできたら遠慮することはない。はっきり言ってやるか。
「お前達のような者がいる方がこの領にとっては害悪だ。ハノーヴァー復興作業は他の有能な者に任せて、お前達のような害悪共は一度戦場を味わってみるといい」
「「「ひぃっ!」」」
何人か逃げ出そうとしたけど、ハノーヴァーの兵士達が止めてくれた。高官達は喚いていたけどどうやら兵士達からも相当恨みを買っていたようだ。
今後の協力についても纏まったし、襲撃者討伐でも協力出来ることになったし、めでたしめでたしだな。
「なるほど……。さすがはカーン卿だ。大した手腕だな」
「あっ……」
しまった……。そういえばここにはロッペ侯爵もいたんだっけ……。ちょっとブチ切れて好き勝手にしてしまっていたけど、全部へルマンに見られていたんだった……。ちょっとやっちまったかな……。
「よく見ている。それに決断も早い。うちの息子達にも見習わせたいほどだ」
「え~……、ありがとうございます?」
何て言えばいいのかわからない。皮肉や嫌味で言っているわけじゃないだろうけど、さすがに他領でここまで好き勝手にしているのに褒められるというのはおかしいだろう。それからヘルマンの俺に対する評価が高過ぎる。ほとんど会ったことがないのに何故ここまで俺を高く評価してくれているのかわからない。
「カーン侯爵様!どうか我々も同行させてください!我々はハーメレン出身なのです!どうか!どうか!」
「…………凄惨な場面を見ることになるぞ?それでも良いのか?」
俺達の前に飛び出して来たハノーヴァーの兵士の気持ちはわかる。でも……、たぶんハーメレンはハノーヴァーよりももっと酷い状況になっているだろう。無駄に時間をかけすぎた。すでに夜になっている。今から行動するとなると攻撃開始は夜明け前がベストだ。
戦略的には……、夜明け前まで待って攻撃するのが良い。でもそれだけ時間を置けば当然ハーメレンではフラシア軍の蛮行が繰り広げられるだろう。それを目の前で耐えて、反撃の時まで我慢しなければならない。
赤の他人の俺でも、今この時点ですらそれを想像するだけでも怒りが湧いてくるというのに、ハーメレンに所縁のある者が果たしてそれを我慢出来るのだろうか。
「覚悟の上です!どうしても自分達でハーメレンを取り戻したいんです!」
これ以上言うのは野暮か……。もしこいつらが暴走して作戦を無視して行動すれば、こちらがそれに合わせて攻撃を開始すれば良い。どの道これから公爵やその手下達の準備をさせていたらそれなりに時間がかかるだろう。それなら夜中になろうが明け方になろうが多少の違いは大した問題じゃない。
「よし……。いいだろう。他にも参加したい有志がいれば声をかけてやるがいい」
「あっ!はいっ!ありがとうございます!」
こうして……、ハノーヴァーでの準備は着々と進んで行ったのだった。
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嫌がって泣き喚く公爵やその手下達を無理やり馬に乗せてハーメレン近郊へとやってきた。敵に気付かれないように離れた場所に待機しつつ偵察を出して情報を集めたけど……。
「これは面倒だな……」
「手が出しにくい状況だ」
ヘルマンと一緒にうーんうーんと唸ることしか出来ない。敵は民家などに入ってバラけている。恐らくあちこちで略奪や暴行を繰り返しているんだろう。凡そ千の兵があちこちの民家に潜んでいて全体が把握出来ない。
こちらはカーン軍百五十、ロッペ軍三百、ブラウスヴェイグ=ルーネブルグ軍二百の総数六百五十だ。でもうちの軍は竜騎兵百、魔法使い五十という遠距離攻撃主体の部隊であり、見通しも悪く障害物の多い町中での戦闘には向いていない。
何もない荒野で両軍が対峙して戦うのなら良いけど、隠れる場所も多く、人質も取れる町中で戦うにはあまりに不利な条件が多すぎる。うちの軍は下手に突入させるわけにはいかない。となれば残りの二軍に頑張ってもらわなければならないけど……。
「敵がバラけてくれているお陰で数の利はないでしょうけど……」
「敵が潜みやすい市街地ではこちらの奇襲も効果が低い」
そう……。ここが敵の陣地だというのなら陣地を丸ごと焼き払ってしまえばいい。俺の魔法一発で焼け野原にするとても簡単な仕事で済む。でも……、他領の住民とはいえ自国民がいる場所でこんな乱戦になるとは想定していなかった。これでは一気に焼き払うというわけにはいかない。
「……最初のうちはサイレントキリング、無音暗殺に徹しましょう」
「無音?」
うちの特殊部隊じゃないんだから完璧なサイレントキリングは期待出来ない。それでも最初のうちは出来るだけ敵に気付かれずに数を減らしたい。あと隠れている敵も全て見つけ出して殺す必要がある。
「当家の部隊は魔法部隊など遠距離部隊が中心です。敵が建物から出て来た所を狙撃させましょう。ロッペ軍と公爵軍には最初のうちは出来るだけ静かに敵を確実に殺していってもらいます。敵に発見されたらあとは全力で戦うしかありません」
「言うのは容易いがそううまくいくものか?」
ヘルマンの言うこともわかる。特別な訓練を積んだ者ならともかく、急に言ってそんなことが出来るはずもない。それに敵がどこにいるのかも探さなければならない。実際に行なうのは非常に難しいだろう。しかもこれは連携が大事になる。敵を全て把握し、味方同士で細かに連絡を取り合い完璧な連携をしなければならない。
「一つだけ方法があります」
「ほう……」
ヘルマンと話し合った俺は、その作戦を実行するべく準備に取り掛かったのだった。
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「もっと他に良い仮面はなかったのですか?」
「急にそのようなことを言われても他にはありません」
俺はピエロのような仮面を被りながら文句を言った。ブカブカの不恰好な服に外套、そしてピエロのような仮面……。あまりに怪しすぎる。俺の方が不審者にしか見えない。
「口が出ている仮面はそれしかありません」
「うぐぐっ……。はぁ……、止むを得ません……」
諦めた俺はそれで出て行くことにした。手にはカーン領で開発した新しい横笛を持ち、笛を吹くために口元の開いている仮面に付け替える。
今回の作戦では味方に細かく連絡を取りつつ、精密に敵を一人一人始末していかなければならない。騒ぎも起こさせず、確実に仕留めていく。そのための準備がこれだ。
「それではいきましょうか。ミコトとルイーザも任せましたよ。クラウディアと竜騎兵は無理をしないように」
「任せておいて!」
「頑張る!」
「僕達も頑張るよ!」
俺の言葉に皆が応えてくれた。俺はヒョロロ~と横笛を吹く。別に意味もなく笛を吹いているわけじゃない。これは友軍への情報伝達だ。通信機も無線もないこの世界で、どうにかして味方にすぐに連絡を取る方法は軍楽隊のような手段しかない。でも派手な音で軍楽隊が鳴らせば敵にまでこちらの存在がバレる。しかも細かいニュアンスまで伝えられるわけではなく、大雑把な行動を指示出来るだけだ。
そこで俺が以前から使っている『ささやき』のような魔法を、この横笛の音に乗せて味方全体に届ける。味方にだけ聞こえるように魔法で操作しているから敵に聞かれる心配はない。それに笛の音に乗せるお陰でささやきよりも小さな魔力で広く伝えることが出来る。
俺が魔法で敵の位置を把握し、笛で味方に知らせて一つ一つ敵の拠点を潰して行く。こちらの動きが敵に察知されるまでにこれで出来るだけ敵を減らす。
でも……、これはきつい……。俺は魔法を使ってあちこちを同時に見ている。現実に目で見ているような映像が見えるわけじゃないけど、周囲の魔力を感じ取り、感知出来る範囲内の全ての事象を把握する。
ただ……、これは思ったよりもずっときつい。それもハーメレンのような大規模な都市を全てカバーするような範囲に拡げている。あまりに膨大な情報量に頭の処理が追いつかず、酷い頭痛とめまいのような気持ち悪さが襲ってくる。
それでも今俺がこれをやめるわけにはいかない。敵の位置を把握し、近場の部隊に笛で知らせ、徐々に敵を減らしていく。俺達も前進しながら町に近づき敵の取りこぼしに備える。
「ぐぅっ!」
あぁ!頭が痛い!気持ち悪い!真っ直ぐ立っているのか、曲がって立っているのかもわからない。足元が覚束ずフラフラする。でもここで手を緩めるわけにはいかない。せめてもう少し敵を減らさなければ……。
どれほど敵を狩っただろう。そんなことを数えている余裕もなかった。ただもうかなり減ったと思う。残る敵は僅かだ。その時、ピーッ!ピーッ!ピーッ!と高い笛が鳴った。どうやら敵に見つかってしまったらしい。ここまで静かに減らせたのなら御の字だろう。もう隠れている意味はない。あとは笛の音に釣られて出て来た敵を始末するだけだ。
「なんだてめぇ?」
「こいつこんな格好して頭がおかしいんじゃねぇか?」
「やっちまえ!」
俺達も町中に入って敵を狩っていると一軒の建物から半分鎧を着崩した男達が出て来た。何をしていたのかすぐにわかって胸がムカムカしてくる。
ヒョロロロ~~~~
と笛を吹いて全軍に行動を指示する。もう隠れるのは終わりだ。あとは一気に片を付ける。笛で両手が塞がっているし、辺り一帯を焼き払うような魔法を使うわけにはいかない。というわけで精密に一人一人追尾する魔法を発動させる。
あぁ……。頭が痛い。気分が悪い。とにかく敵を始末しなくては……。いけ。やれ。
「なっ!?なんだこれ!」
「や、やべぇ!にげろ!にげろぉぉ~~~っ!」
俺の魔法に触れたフラシア兵士は一瞬で炭化した。今は敵を殲滅することが優先だ。とにかく出来るだけ素早く始末しなくては……。
「うぅ……、あなたは……、お母さんの仇を討ってくれる死神なの?じゃあ……、私の命を持って行っても良いからお母さんの仇を討って!」
フラシア兵が出て来た家から、右腕に酷い火傷を負った子供が出てきてそんなことを言った。あの家で何があったのか……。そのことを思うと胸が痛む。
「……」
「――っ!」
子供の腕に回復魔法をかける。あぁ……、頭が痛い……。吐きそうだ……。
「……え?私を……、連れていくんじゃないの?死神さん」
「……」
子供がポカンとしている。でも今は構っている暇はない。まだ隠れている敵もいる。その敵を味方に教えていかなければならない。こんなつまらない所でうちの兵を損なうわけにはいかない……。あと少し頑張れ……。まだ気を失うには早い……。
それから……、俺は自分でも魔法で敵を始末しつつかなりの敵を始末するまで全体に笛で知らせていたと思う。でも……、途中でやってきたお嫁さん達に止められてしまった。そして笛を離した瞬間気を失ったのだった。




