第四百八十三話「周辺各国事情!」
カスティーラ王国で使者が謁見していた頃、アゴラ王国でもブリッシュ・エール王国の使者がアゴラ王ペドロと謁見していた。
「遠路はるばる良く来てくれた」
「はっ。お目通りいただきありがとうございます」
ペドロ王の言葉に使者も頭を下げて答える。ブリッシュ・エール王国の使者はあちこちで喧嘩を売りがちだと思われているかもしれないが、実際にはそんなことはない。相手がきちんと礼を持って接してくる相手ならば自分達からわざわざ喧嘩を売ったり、無礼を働いたりはしない。
彼らが怒り狂うのは彼らの英雄王たるカーザー王様や偉大なる祖国ブリッシュ・エール王国を侮辱された場合であり、それ以外のことなら多少交渉で無茶を言われてようともいきなり切れるなどということはない。
アゴラ王国はイベリカ半島北東部に位置し、北にある山脈を隔ててフラシア王国と隣接している。カスティーラ王国も同じ山脈を隔ててフラシア王国と接しているが、実際にフラシア王国に接している国境線の長さはアゴラ王国の方が長い。
国土面積で言えばアゴラ王国とカスティーラ王国では倍以上の差があるが、カスティーラ王国の北の国境のうちの西半分以上は西大洋に面している。さらにイベリカ半島の西の端まで国土が広がっているために、その西側ももちろん西大洋に接していた。
それに比べてアゴラ王国は北の国境はほぼ全てフラシア王国と接しており、西はほぼカスティーラ王国と接している。東はメディテレニアンに接しており、南は異教徒達の国が乱立している。西へ行けばフラシア王国と接していないカスティーラ王国に比べて、アゴラ王国にとってはフラシア王国は非常に重要な国となっていた。
重要な隣国というのは良い意味だけではない。むしろ隣国など悪い意味の場合が圧倒的多数であり、隣国だから仲良くしなければならないなどという言葉は幻想どころか物も知らない者が言う寝言以下でしかない。
アゴラ王国にとっては南の異教徒達よりも北のフラシア王国の方が脅威となっている。南の異教徒達は小国が乱立している状況であり、こちらから下手に攻撃しない限りはお互いにあまり干渉し合うこともない。それに比べて北の大国であるフラシア王国は度々様々な要求をしてきたり、時には兵まで送られたりと非常に厄介な相手だ。
ブリッシュ・エール王国の使者達は西のカスティーラ王国から上陸して陸路でアゴラ王国へとやってきた。カスティーラ王国への使者も居たことは間違いない。そして一部のアゴラ王国への使者だけそのままカスティーラ王国を通り抜けてやってきたのだ。その内容は恐らくどちらの国に対しても同じだろう。即ち……。
対フラシア王国同盟への参加の打診……。
もちろんアゴラ王ペドロも使者と謁見する前にすでにその内容は聞いている。全て完全に聞いているわけではないが、ブリッシュ・エール王国のカーザー王からの書状の内容は当然改めている。その内容が同盟への参加の打診だったのだ。
「余は駆け引きが苦手でな。率直に聞きたい。同盟に引き入れるつもりの国のどの程度が参加しそうなのだ?そして同盟側が勝つ可能性はどの程度であろうか?」
ペドロ王は一見何の駆け引きもなく直球でそう聞いた……、ように見せかけた。しかし当然そんなものは嘘だ。ペドロ王もこれまで海千山千の貴族や外国を相手に渡りあって来た。当然相応の駆け引きも裏取引も何でもしてきた。今ここでまるで直球のようにそう尋ねたのも駆け引きのうちだ。
「カスティーラ王国やサヴォエ公国がどう動くかについては私は担当者ではありませんのでわかりません」
使者の答えにそれはそうだろうと思う。打診の時期などからして恐らく今各地に同時に使者を派遣しているのだろう。カスティーラ王国にも現在使者が送られているはずであり、その使者と一緒にアゴラ王国への使者も来たのだ。それなのにカスティーラ王国との交渉の状況を知っているはずがない。
ペドロ王がこんな質問をしたのは……、つまり使者がどれだけ嘘を吐くかを見極めようと思ったからだった。
自分達の方が苦しくとも、負けそうでも、援軍を頼みに行って正直に『私達が負けそうなので手を貸してください』と言うだろうか?そんなことを言われて手を貸すというのはそういう関係の場合のみだ。例えば主従関係があり、子分から助けを求められたとかでもない限りは、わざわざ負けている方に手を貸す者は少ない。
だから仲間を募る時に、現在は負けそうになっていても『最終的には我が方は必ず勝ちます!』『この局面をひっくり返す作戦があります!』と言う。でなければ助力してもらえないだけではなく、最終的に勝てたとしても援軍を出した相手に『うちのお陰で負けていた所から勝てたんだからあれをよこせ、これをよこせ』と要求されてしまう。
自分の方を良く見せて、相手の方を悪く見せるのは当然であり、そのためには多少の嘘も吐くはずだ。
もし使者が自分が知りもしないのに、ペドロ王を説得するために『カスティーラ王国はもう同盟に参加する決心をした』とか『サヴォエ公国は同盟に参加している』などと言おうものならば信用するつもりはなかった。しかしこの使者はサラッと当たり前のように知らないと答えた。その余裕にペドロ王の片眉が上がる。
「ですが……、どちらでも良いのですよ……。ブリッシュ・エール王国には……、いえ、カーザー王様にはどちらでも良いのです。カスティーラ王国やサヴォエ公国が味方につこうがどうしようが……」
「何……?」
続く使者の言葉にペドロ王は声を漏らした。同盟の仲間になってくださいと頭を下げに来た者が、その同盟に誘った各国が参加しようがしまいがどうでも良いとはどういうことなのか。
「結論から申しましょう。対フラシア王国の戦争はブリッシュ・エール王国がついた時点でブリッシュ・エール王国の勝ちが決まっています。それ以外の国などついでに過ぎません。ですからどちらでも良いのですよ。参加したくない国は参加しなければ良い。ただ折角の勝ち馬を逃がすことになるだけです」
「なっ!?」
肩を竦める使者にペドロ王もアゴラ王国の重臣達も驚きを隠せない。完全に言葉を失ってしまった。確かにある程度は自信も必要だろう。私達は必ず勝ちますと言わなければならないのは使者の決まり文句だろう。しかしその言葉はあまりに驕りが過ぎる。そんな物言いをしては誰も同盟になど参加しないだろう。
「それは我が国もどうでも良い相手と思っているという風に聞こえるがね?」
「先ほど申し上げた通りです。どの国が重要、どの国は軽いということではありません。等しく全ての国はどちらでも良いのです。ブリッシュ・エール王国はすでに昨年フラシア王国と戦火を交え、ノルン公を討ち取り降伏させています。その戦争については一度講和しましたが……、またフラシア王国が目障りな動きを始めたので、今度はフラシア王国本土まで懲罰に行くだけのことなのですよ」
「「「「「――っ!?」」」」」
全員が言葉を失う。あまりに衝撃的な言葉だった。確かに風の噂でノルン公ギヨームが戦争で討ち取られたという話は聞いていた。公式にはフラシア王国は認めていないが、近隣で一番警戒すべきフラシア王国の情勢は常に探っているのだ。
ノルン公ギヨームが代替わりしたとは公表されているが、その原因が実は戦争で討ち取られたからだとか、大々的に戦争準備をしていたフラシア軍がついにホーラント王国へ攻め込んだという極秘情報は入手していた。しかしそれが本当なのか疑っていたのだ。しかしそれがどちらも本当であると伝えられた。
「フラシア王国へルマン海艦隊はすでに壊滅済みであり、北方沿岸から我が国が攻撃しましょう。東からはホーラント王国とプロイス王国が攻撃します。それだけでフラシア王国王都パリスは落とせます。ただ我が国が南東や南西まで侵攻するのは少々手間です。だからそれに協力的な国があれば良いなという程度の話……、とご理解いただければ結構です」
「「「「「…………」」」」」
あまりに圧倒的な自信に身の程知らずの馬鹿だと笑うのは簡単だ。しかし笑えない。ヘルマン海艦隊の壊滅、ノルン公ギヨームの戦死、ホーラント王国、プロイス王国を味方に引き込んでの戦争……。どれもアゴラ王国が入手している情報と合致する。そしてそうなればどちらが勝つかは火を見るより明らかだ。
「よかろう!これよりアゴラ王国は同盟に参加する!」
「「「おおっ!」」」
アゴラ王ペドロはすぐに決断した。その場ですぐに調印が行なわれ、カーザー王への返書を使者に持たせた。同じ頃決断出来ずに悩んでいたカスティーラ王国と対照的に、アゴラ王国は一番に同盟に参加したのだった。
~~~~~~~
イタリカ半島の付け根の北西側、フラシア王国から見て南東に国境を接するサヴォエ公国にもまた、ブリッシュ・エール王国からの使者が来ていた。
「私がサヴォエ公アメデーオだ」
「お目通りいただきありがとうございます」
アメデーオは値踏みするように使者を見下ろす。サヴォエ公国もまたそれほど大国とは言い難い。イタリカ半島には小国ばかりだ。だからイタリカ半島に縁のある国としては大国の方だろう。しかしそれは周囲が小国だから相対的に大国扱いというだけであり、自身の周囲にいるフラシア王国やプロイス王国のような大国に比べれば一地方くらいしかない。
アメデーオは十分にそのことを理解している。しかしだからといって小国は小国らしく過ごそうなどというつもりはサラサラない。アメデーオだけでなく、歴史的にサヴォエ公国は成立以降イタリカ半島の統一を目論んでいた。その野心を失ったことはない。
さらに北西はフラシア王国と接し、その国境について幾度となく争い入れ替わっている。また北東側はオース公国と近く、オース公国ともついたり離れたりを繰り返している。
今回のブリッシュ・エール王国からの使者の提案は、長年の懸案であったフラシア王国との問題を解決出来るきっかけになるかもしれない。サヴォエ公国ではそんな期待が高かった。
しかし……、サヴォエ公国の言う国境問題というのは……、基本的にサヴォエ公国が周辺の裕福な土地が欲しいという自分勝手な要求がほとんどではあるが……。
「それで、もし我々がこの同盟に参加した場合、一体我々は何を受け取ることが出来るのかね?」
「さて……?それはご自身でもぎ取られればよろしいのでは?」
「……は?」
「何か……、おかしなことを申したでしょうか?」
意気揚々と謁見に臨んだアメデーオはポカンとして開いた口が塞がらない。同盟に参加しろと言われ、ではその見返りは何かと問えば……、見返りは自分の手でもぎ取れという。まるで意味がわからない。この使者は何を言っているのか。
「貴様らの戦争に我々が参加してやって、我々には何もないというのか?そう言われて誰が協力するというのだ」
呆れながらアメデーオ公は使者を見下ろす。こんな馬鹿な使者を送ってくるあたり、ブリッシュ・エール王国というのは大したことがない国なのだろう。国際社会における常識も知らない国など相手にするだけ無駄かと思い始める。
「こちらから頭を下げてお願いして同盟に参加していただくわけではありませんよ?これからフラシア王国はブリッシュ・エール王国によって懲罰されます。その時に周辺各国が我が同盟に参加していればその周辺をフラシア王国から奪えるだろうと勧めて差し上げているだけです。いらなければ不参加を表明されればよろしいのでは?」
「なっ!?」
さも当たり前のようにサラッとそう言う使者に何も言えなくなる。つまりこの使者は、戦争ではもうすでにブリッシュ・エール王国の勝ちが決まっており、同盟に参加した国は勝手にフラシア王国の周囲を攻撃、占領してそこを奪えと言っているのだ。
あまりに傲岸不遜。その自信がどこから出てくるのか知らないがあまりの思い上がりに乾いた笑いしか出てこない。
「終戦交渉、講和時に、占領地があればそこが割譲されるように後押しはしましょう。ですが実際に占領出来るかどうかは国境を接する各国次第です。交渉も後押しはしますがフラシア王国が折れて割譲するかどうかは各国の交渉次第です」
「……そんなふざけた条件で同盟に参加する国があるとでも思っているのか?」
アメデーオは低い声でそう言った。しかし使者には通じない。使者は平然と答える。
「ブリッシュ・エール王国のみでもフラシア王国程度懲罰するのは簡単ですが……、攻められているホーラント王国とプロイス王国はすでに参戦の意思が固まっています。カスティーラ王国とアゴラ王国にも使者を送っていますがそちらはどうなるかわかりませんがね。サヴォエ公国が参戦しなければフラシア王国南東部はオース公国辺りが占領するのではないでしょうか。その時に指を咥えて見ておられるというのであればどうぞご自由に」
「くっ!」
使者の言葉にアメデーオは爪を噛む。フラシア王国とオース公国という大国に挟まれているサヴォエ公国が、今以上に領土を増やし力を付けるにはこういう機会を利用するしかない。本当にブリッシュ・エール王国が勝つとは限らないが……。
「わかった。サヴォエ公国は同盟に参加する……、ように前向きに検討しよう。この会談は秘密とし、今日交わす文書も仮のものだ。よいな?」
「ふっ……、ええ。ご随意に」
今のやり取りは一言で言えばサヴォエ公アメデーオはこれを密約としてもらいたいと言ったのだ。正式には発表せず、密約としてこっそり同盟に参加したということを示した。そしてそれを発表して行動する時期はサヴォエ公国が決めると言っているのだ。
実にわかりやすい。サヴォエ公国はブリッシュ・エール王国とフラシア王国の戦争の経緯を見てから、ブリッシュ・エール王国が優勢、いや、勝ちそうなら同盟に参加していることを公表して参戦しようとしている。それがわからない使者などおらず、使者はやや見下した目でアメデーオを見ていた。
それでも条約を勝手に破棄する権限は使者にはない。こういう相手もいるであろうことは出発前から言われていたことであり、その対応も決められている。使者はただその決定に従ってサヴォエ公国との密書に調印したのだった。




