表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
482/545

第四百八十二話「カスティーラ王国!」


 エウロペ大陸の南西の端、フラシア王国から山脈を隔てた南西側にあるイベリカ半島には南の暗黒大陸から侵入してきた異教徒達の国が乱立していた。もちろん乱立しているのは異教徒の国だけではなく、イベリカ半島の再征服、エウロペ大陸化するために送り込まれた教会派の国家も乱立していた。


 フラシア王国の前身となった国家が山脈を越えたイベリカ半島側へと兵を出し、辺境領を設定して次第にその勢力を拡げていった。いくつもの国が興っては消え、また興る。


 そんな混沌とした状況にありながらも、次第に小国は減ってゆき、周囲を併呑していく国が現れ地域を纏める国となり、地方を纏める国となり、やがて大きな勢力へとのし上がっていく。


 現在イベリカ半島の北部、フラシア王国とは山脈を隔てた位置には、半島北西部にはカスティーラ王国が、そして半島北東部にはアラゴ王国が大きな勢力を誇っていた。


 もちろん半島の中では大きな勢力とは言ってもフラシア王国などのような大国とは比べるべくもない。イベリカ半島の大半を手中に収めたならば相当な大国となるだろうが、その中の一地方を支配している地方の有力者程度ではフラシア王国、プロイス王国のような大国とは勝負にもならない。


 それでもイベリカ半島北部を支配している二大国であるカスティーラ王国とアゴラ王国は、この地域では十分に有力国家であり、そして同じ有力国家であってもカスティーラ王国はアゴラ王国に比べて圧倒的な国土と国力を誇っていた。


「ふむ……、それで……、貴国は……、何と言ったかな?」


「はっ。ブリッシュ・エール王国です」


 カスティーラ王国国王アルフォンソは玉座に踏ん反り返りながら使者を見下ろす。ブリッシュ・エール王国などという国は聞いたこともない。もちろんイベリカ半島やフラシア王国から北に進めばブリッシュ島やエールランド島というものがあることは知っている。だが両島には統一された国はなかったはずだ。


 この使者が言うには近年そのブリッシュ島、エールランド島を統一したカーザー王という者がおり、その際に建てられたのがブリッシュ・エール王国というとのことだったが……、果たしてどの程度の国なのかわからない。


 フラシア王国やさらにその隣にあるプロイス王国というのなら名前は知っている。相応に大国であり、現在のカスティーラ王国が単独で相手に出来るようなものではないことは理解している。だがそのブリッシュ・エール王国とやらがどの程度なのかはまったくの未知数だ。


 そもそも長年戦乱が続いていたブリッシュ島やエールランド島がそう簡単に統一されるものなのか。仮に今ある程度纏まっているとしてもまた数年もしないうちに国が分裂してしまうのではないか。それは同じように域内が分裂し戦乱の時代を生きているイベリカ半島の国だからこそわかる。


「それで……、そのブリッシュ・エール王国のカーザー王殿が一体我が国に何の用があると?」


 もちろんアルフォンソ王は事前に用件を聞いている。何の打ち合わせもなくいきなり王の前に通されるはずもない。事前にこの使者達はその目的をカスティーラ王国の担当者達に聞かれ、書状を見せ、打ち合わせを行なった上で謁見の間に通されている。


 当然王もその内容をすでに知らされており、ある程度の受け答えも想定して備えている。こういう場でいきなり王に受け答えをさせて下手な約束でもしてしまったら大変だ。だから担当官達が事前に予想される会話と、それに対する受け答えを教えている。予定にないことは極力言わないように釘も差されている。


「はい。近年フラシア王国は周辺国にその野心を剥き出しにしております。昨年にはフラシア王国は我らがブリッシュ・エール王国にその牙を剥き、ブリッシュ島にあったある国を乗っ取り、その正統性を主張してブリッシュ島全てを支配しようとしてきました」


「ほう?」


 今日やってきた用件は聞いているが全ての情報を聞いて打ち合わせしているわけではない。当然そんな細かい話など聞いているはずもなく、思わぬ情報にアルフォンソ王は身を乗り出して聞き入った。


「ですがその過程でフラシア王国は我らがカーザー王様と敵対することになり、上陸してきていたノルン公ギヨームとノルン公国兵及びフラシア王国兵は悉くカーザー王様に討ち滅ぼされました」


「ノルン公を討ち取っただと!?」


 その話を聞いてアルフォンソ王だけではなく他の重臣達も誰もが驚いた。ノルン公と言えばフラシア王国でも相当有力な実力者だ。そのノルン公が直々にブリッシュ島へ上陸していたというのなら、その勢力は相当なものだったに違いない。


 罷り間違ってもノルン公が討たれるようなことがあってはならない。だからノルン公自身が乗り込むということはノルン公国の総力を挙げた侵攻であったはずであり、必勝の算段があったからこそ親征したはずだ。フラシア王国とノルン公国が必勝を確信し、ノルン公自ら乗り込んで行ったというのに討ち取られたなど到底信じられることではない。


「我が国への侵略が頓挫したフラシア王国は次の狙いをホーラント王国に定め、今まさにホーラント王国に攻め込んでいる真っ最中でございます。そこでカスティーラ王国のアルフォンソ王様におかれましては……」


「少し待っていただこうか」


 この先の言葉はわかっている。先に改めた書状にもその内容は書かれていたのだ。今日の謁見の目的なのだから当然その先はわかっている。だがそれを言わせる前に外務大臣が口を挟んだ。


「そもそもその話の信憑性が疑わしい。ノルン公がブリッシュ島へ親征して討ち取られ、あたかもブリッシュ・エール王国がフラシア王国に戦争で勝利したかのような物言いといい、現在ホーラント王国へ侵攻しているなどという話といい、そんな荒唐無稽な御伽噺を我らがアルフォンソ王様にお聞かせするために貴様らはやってきたというのか!?」


 カスティーラ王国の者は誰も外務大臣を止めない。何しろ全員が思っていたことを言っているのだ。止めるどころか誰も言わなければ自分が言っていたかもしれないと思っている者ばかりだった。


「ノルン公が討たれ代替わりしていることはフラシア王国を調べている者ならば誰もが知っていることのはずです。そしてホーラント王国への侵攻もまた然り。堂々と大軍を動員して戦争を開始したその動きを、まさかカスティーラ王国のお歴々ともあろうお方達がご存じないとは申されますまい?」


「「「…………」」」


 確かに知っている。フラシア王国に送り込んでいる間者からも、それどころかフラシア王国自身が正式にノルン公の代替わりを公言している。イベリカ半島の勢力はその出自上からもフラシア王国と関係が深い者も多く、親戚や血縁からその手の情報が入ってきている。しかし……。


「確かにノルン公の代替わりは把握している。しかしフラシア王国は敗戦によって討たれたとは言っておらんぞ!貴様らの言い分と随分違うではないか!」


「フラシア王国はそもそもブリッシュ島への侵攻を非公式としておりました。その上敗戦したとあっては周辺国に今更公表など出来ますまい。公表されていない以上証拠がないと言われればその通りかもしれませんな。ああ……、ですが一つだけ、我らが勝ったという証拠がありますよ」


「なに……?」


 ブリッシュ・エール王国の使者の言葉に全員が怪訝な顔をする。フラシア王国が負けたと公言していない以上は証拠はない。それなのにどうやってそれを証明するというのか。


「我が国はフラシア王国のヘルマン海艦隊を壊滅させました。結果フラシア王国はブリッシュ海峡を渡れなくなりそもそも戦争の継続など不可能だったのです。だから通ったでしょう?フラシア王国のメディテレニアン艦隊が、このカスティーラ王国の西の海を通ってヘルマン海へと向かったでしょう?」


「「「なっ!?」」」


 カスティーラ王国が掴んでいた極秘情報を、あっさりブリッシュ・エール王国の使者が口にしたことで謁見の間に衝撃が走った。それはカスティーラ王国でも一部の者しか知らない極秘情報だったはずだ。確かに少し前に慌ててメディテレニアンからヘルマン海へと移動していくフラシア王国の艦隊を発見している。


 波が穏やかで風の少ないメディテレニアン内では未だにガレー船が使われている。一応帆船というか補助の帆もあるにはあるが、あくまでメディテレニアンの主力艦はガレー船だ。


 それに比べて西大洋やヘルマン海のような外海ではガレー船で沖まで行くのは難しい。波も荒く風が吹いている外海では帆船の方が有利なのだ。そんなことは海に面している国は全て当たり前のこととして知っている。


 それなのに……、フラシア王国はメディテレニアンのガレー船をヘルマン海へと慌てて回航させた。それについてカスティーラ王国では様々な憶測が飛び交ったが……、一番有力とされた答えは……、フラシア王国へルマン海艦隊の壊滅による戦力の補充が目的だったのではないかと言われている。今まさにその答えが示されたのだ。


「フラシア王国はブリッシュ島への野心を挫かれ、今また再びホーラント王国へとその牙を向けています。ホーラント王国が落ちれば……、次はこのイベリカ半島か、あるいはイタリカ半島か……。その牙がどこへ向くでしょうな?」


「くっ!」


「それは……」


 使者の言葉が重く圧し掛かる。今までもフラシア王国はイベリカ半島に幾度となく要求を突きつけ、圧力をかけ、時には兵を送ってきたこともある。南に巣食う異教徒達に対しては協力し合う教会派国家同士でありながら、決して気を許してはならない危険な隣人でもあるのだ。


「海では我が国に敗れ、ホーラント王国への攻撃も、私に入っている情報ではすでにプロイス王国方面にまで手を出したフラシア王国は、自ら虎の尾を踏み逆に手痛い敗北を喫したとのことです。今フラシア王国包囲に手を上げれば戦後に相応の利益を得られましょう。しかしここで包囲網に参加しなければ……、次にフラシアの牙がカスティーラ王国に向いても誰も手助けしてくれないでしょうね」


「「「「「…………」」」」」


 何も答えられない。答えるわけにはいかない。ここで安易にその話に飛びついて、カスティーラ王国がフラシア王国と戦うようなことになっては国が滅ぶ。しかし使者が言う通り、もし今フラシア王国のホーラント王国への侵攻に端を発した戦争で、フラシア王国包囲網が敷かれるのならば、そこに参加しない者は次に自分達が狙われても手助けしてもらえないことを意味する。


「ブリッシュ・エール王国、プロイス王国、ホーラント王国、そして時間を置けばさらにアラゴ王国やサヴォエ公国、あるいはオース公国まで……、数多くの国がこの同盟に参加することになるでしょう。その時にカスティーラ王国の立ち位置がどこにあるのか……。慎重にお考えください。それでは我々は一先ずこれで失礼いたしましょう」


 無礼にも去っていくブリッシュ・エール王国の使者を、カスティーラ王国の者達は誰も止めることが出来なかった。そもそも無礼はお互い様であり、むしろ最初に無礼を働いていたのはカスティーラ王国の方だ。それを咎めるでもなくブリッシュ・エール王国の使者は平然としていた。それだけ余裕があったのだ。


 それに比べて本当は余裕ぶっていても余裕がなかったのはカスティーラ王国の方だった。もし使者の話が本当ならば余裕がないどころではない。国の命運を賭けた決断をしなければならない。


 攻められている直接の当事者であるホーラント王国はもちろん、そのホーラント側にブリッシュ・エール王国とプロイス王国がつくということになっている。書状にはプロイス王国のカーン侯爵・カーザース辺境伯の連名でその旨が記されている。


 それだけでもフラシア王国対ホーラント・プロイス・ブリッシュ・エール各王国の対決という構図になる。これだけの多勢に無勢ではさすがのフラシア王国と言えども勝ち目は薄いだろう。


 さらにブリッシュ・エール王国の使者はアゴラ王国やサヴォエ公国へも働きかけていると匂わせていた。自分達だけではなく、他にもフラシア王国に接している各国に働きかけているのだ。そしてプロイス王国が対フラシア王国で開戦すればオース公国もプロイス王国側に立つだろう。


 いくらフラシア王国が大国とはいっても、同等並みの国がそれだけ敵に回れば勝ち目はない。勝ち馬に乗るのならばこの同盟に参加すべきだ。しかし……、しかしそれが本当にそうなるとは限らない。アゴラもサヴォエも断るかもしれない。オースは日和見するかもしれない。


 もし……、同盟側について……、同盟側が負けてしまったら……、フラシア王国にどのような要求をされるかわからない。かといって同盟に参加せず日和見を決め込んだら、次にフラシア王国はカスティーラを狙ってくるだろう。その時に同盟に協力しなかったカスティーラを同盟が手助けしてくれるわけがない。


 勝ち馬に乗るしかない。無関心を決め込んではその後どちらが勝ってもカスティーラ王国が滅ぶ。ならばこの戦争で勝つ方に乗るしかないのだ。


 だが……、どちらが勝つとも言えない。ブリッシュ・エール王国の使者の言葉通りならブリッシュ・エール王国が勝つだろう。しかしどこの誰が援軍を頼みにいって自分の方が負けそうですと言うというのか。誰でも自分達の方が有利ですと言うに決まっている。


 ブリッシュ・エール王国の言葉だけを無邪気に信じることは出来ない。しかしあまり決断が遅いと利益を逃してしまう。折角どちらかにつくというのなら、カスティーラ王国も何らかの利益を得る形でなければならない。


 のんびり日和見している暇もなく、かといってどちらかに安易に飛びついては国が滅ぶ。重大な決断をしなければならないが、それを判断する情報を集めている暇もない。自分達が日頃からきちんと情報を集めていないことが原因ではあるが、この世界のこの時代の者にそれを言っても理解出来ない。自分達はこれでも最新の情報を集めているつもりになっている。


 アルフォンソ王とカスティーラ王国の重臣達は、自分達の命運も懸かっている重大な決断に散々頭を悩ませていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] プロイス王国に関しては国じゃなくて辺境伯の署名だからね……( ˘ω˘ )
[一言] 現代と違って、情報が直ぐに行き交わない時代は本当に大変だな…。そんな中、ブリッシュ・エール王国の様な新生の大国の場合だと、情報が少なすぎて判断に困るだろうね…。 カスティーラ王国の者共にと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ