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第四百八十一話「その頃プロイス王国では?」


 カーン騎士爵領のフロト・フォン・カーンからフラシア王国の奇襲攻撃について、王都ベルンのヴィルヘルム王やディートリヒ公爵に通報があってから数日、王城での会議は紛糾していた。


「ですからその報告が正しいという根拠は何ですかな?」


「そうです。フラシア王国との戦争となっては国の一大事。その情報が正しいという根拠がないことには……」


「いかにも。もしその情報がカーン侯爵のでっち上げであったならば、我が国は逆にこちらからフラシア王国に戦争を仕掛けたことになってしまいますぞ」


「然り。大方どこぞの新参侯爵は功を焦ってフラシア王国との開戦の理由をでっち上げたのでしょう。その証拠もないことには国軍が動くなど言語道断!こちらからフラシア王国に戦争を仕掛けたということになっては周辺国家からの理解も得られますまい」


 即座に人を集めてフラシア王国の奇襲に対してどうするか話し合おうとした会議は、始まって以来ずっとこの調子だった。


 王やディートリヒ公爵などカーン・カーザースに近しい者達は即座に西部へ援軍を送るべしと主張したが、反対派は『フラシア王国からの宣戦布告が届いていない』『本当に攻撃を受けたのか証拠がない』『こちらが派手に軍を動かしてこの情報が間違いだった場合に誰がどう責任を取るのか』『こちらが先に兵を動かせばかえってフラシア王国を刺激してしまう』などというばかりだった。


 何を言っても時期尚早、証拠がない、でっち上げだった場合は、宣戦布告されていない、と言うばかりで話し合いにすらならなかった。


「しかしこのまま手をこまねいて見ている間に、本当にフラシア王国が攻め込んできていては西の国境を破られかねない。即座に援軍を……」


「そのための辺境伯であろうが?国境を守るのが辺境伯の役目だ。西の国境にはこの国最強のカーザース辺境伯がおるのであろう?ならばその務めを果たしてもらえば良い。カーザース辺境伯とはそんなすぐに国境を抜かれる間抜けなのかね?」


「それとこれとは……」


「黙らっしゃい!フラシア王国との開戦など間違いがあってはならんのだ!真実は自ずと明らかになる!その時に辺境伯や新参侯爵のでっち上げに騙されてフラシア王国と開戦してしまっていてはどう責任を取るつもりだ!」


「「「「「…………」」」」」


 結局こう言われては援軍派遣派は何も言えず、反対派が証拠や根拠が集まるまで待てと言えば頷くしかなかった。


「会議は一時休憩とする」


「「「はっ!」」」


 ヴィルヘルム王の言葉で会議は休憩となり大臣や軍人達がゾロゾロと会議室から出て行く。ディートリヒを伴ったヴィルヘルムは奥の王専用の出入り口から出て別室へと入り深い溜息を吐いた。


「はぁ……。まるで話にならん……」


「まさかナッサム家やオース公国の息のかかった者が反対するとは思いませんでした……」


 ヴィルヘルムやディートリヒの当初の予想では、むしろナッサム家やオース公国寄りの貴族達こそ即時開戦を望むと思っていた。しかし蓋を開けてみれば強硬に反対しているのはそのナッサム家やオース公国寄りの貴族ばかりなのだ。


 ホーラント王国はナッサム家の分家がオース公国の後ろ盾を得てホーラント地方に入り、他の現地有力者達を降して随一の勢力となりホーラント王国を建てた。だからこそナッサム家とホラント=ナッサム家は本家と分家の関係であり、オース公国にとっては都合の良い手下も同然だった。


 であればこそホーラント王国やホラント=ナッサム家の存続はナッサム家やオース公国の望むところであり、ホーラント王国存続のためにフラシア・ホーラント戦争に積極的に介入したがると思っていたのだ。


 それなのにいざ会議を始めてみれば、そのナッサム家とオース公国寄りの貴族達が強硬に反対している。これはどういうことかとヴィルヘルムとディートリヒも頭を抱えていた。


「ほとんどの者は無関係を決め込んでおる。東に近い者ほど西の戦争になど巻き込まれたくなかろう。そして有力派閥であるナッサム派閥もバイエン派閥も反対を表明しておる。これでは戦争反対派が多数でどうにもならん……」


「反対も何も、すでに西の国境を侵されているというのに暢気なものです……。状況がまるでわかっていない。こちらが兵を動かさなければ戦争は回避出来ると思っている辺りがお目出度いですね……」


 もし本当にカーン侯爵家からの報告通りすでにフラシア王国から攻撃を仕掛けられているのなら、こちらが兵を動かして相手を挑発したから云々などという次元の話ではない。フラシア王国から宣戦布告が届いていなかろうがすでに戦争は始まっているのだ。そしてもし西の国境が破られればプロイス王国全体の問題となる。


 辺境伯は確かに国境を守るために広大な領地と強大な権限を与えられている。だからこういう時こそ働くのが仕事だ。しかしそれが辺境伯の仕事だからと敗れるまで黙ってみているという理由にはならない。


 戦力の逐次投入など愚策であり、辺境伯が国境で持ち堪えている間に本国が戦争準備を終えて援軍を送らずどうするというのか。辺境伯が敗れた後で対応を考えましょうでは遅いのだ。それがわからず他人事のように考えている日和見貴族の何と多いことか。


「まぁ……、我らが心配などせずともフローラならフラシア王国の侵攻など退けるであろうが……」


「報告でも敵の第一陣は追い払ったとありますが、現在のフラシア王国の主眼はホーラント王国の征服のはず……。敵の主力もホーラント側に配置されているでしょう。カーン・カーザース領への侵入を試みた敵は斥候部隊と見るべきです」


「うむ……。フラシア王国がその総力を挙げて侵攻してきたならばいかなフローラと言えども敗れることは必定。フラシア軍が本格的に侵攻してくるのはホーラント王国を攻め落とした後であろう……。それまでにどうにかせねばならん……」


 ヴィルヘルムとディートリヒは必死で頭を働かせてこの状況を打開する方法を考える。ホーラント王国が持ち堪えている間にフラシア王国が攻めて来たことを証明し、プロイス王国の総意として戦力を派遣しなければならない。


「まずは調査隊という名目で王家の直属軍を動かしましょう。そしてフラシア王国に攻められたという証拠を持って国軍を動員するのです」


「クレーフ公爵家、グライフ公爵家などからも兵を出せぬか?反対する者や国軍は一先ず後回しにし、賛成派だけで有志連合を組んではどうであろうか?」


 ヴィルヘルムの言葉にディートリヒは考え込む。


「確かにそれは悪くないように思えますが……、今王都やその周辺を空にするわけにはいきません。これだけナッサム派やオース系の貴族達が反対しているのです。もし……、万が一にも王都の兵が空にでもなるようなことがあれば……」


「まさか……、そこまではせぬだろう?」


 ディートリヒははっきりとその言葉を言わない。しかしヴィルヘルムにもその意味は伝わった。もし……、こんな状況で王家やそれに味方する賛成派の兵だけが国境に出払ったら……、起こるかもしれない……。反対派による反乱が……。


 普通に考えてそんな馬鹿なことをするのかと思う所だが、これまでもナッサム派やバイエン派やオース系の者達はそんな馬鹿な真似を繰り返してきた。今回に限って馬鹿な真似をしないという保障も根拠もどこにもない。


「内乱となってはフラシア王国と戦争どころではない……。大軍は送れぬというのか……」


「はい……。残念ながら……。そして彼らもそれがわかっているからそのように匂わせているのでしょう。これも向こうの手の内ですが、我々はその策に乗せられるしかありません……。万が一にもこのような時期に内乱など起こされてはならない……」


 二人は己の無力と打つ手のなさに項垂れるしかなかった。


 もし有志連合だけで大軍を派遣した場合、賛成派の兵はほとんどが西の国境に集まることになってしまう。本来ならその留守の間を守るはずの国内貴族達はあてにならない……、どころかその国内貴族達こそが敵かもしれないのだ。


 大軍を派遣するとなれば、今反対に回っている、敵と成り得る貴族達にも兵を出させ、大々的に国軍として送り出すしかない。自分達の兵だけを先に送っては後ろから刺されかねないのだ。


 では正式に国の命令として国軍を動員して援軍を送れば……、と言いたい所だが、それは会議でわかる通りかなりの多数が反対している。その反対の根拠を崩さない限りは国軍の動員を押し通すことは出来ない。


 現在その根拠を崩す方法としては、フラシア王国から宣戦布告が正式に届くか、向こうから国境を侵して先制の不意打ちをしてきたことを証明しなければならない。実際に攻撃を受けた現地の領主からの報告を受けても否定するような者達だ。その証明が容易でないことは想像に難くない。


 またフラシア王国はこの反対派の貴族達と繋がっていると思われる。であれば反対する根拠となっている宣戦布告を送ってくることはないだろう。むしろ正式に問い合わせても知らぬ存ぜぬで通されるのが目に見えている。これでは完全に打つ手がない。


「ナッサム家やオース公国が何故ホーラント王国への影響力や権利を捨てるような選択をしているのか……。それがわからないことには打つ手がありません……」


「むぅ……。フローラよ……。すまぬ……」


 何とか調査隊名目で多少なりとも援軍が送れないか。ヴィルヘルムとディートリヒは必死にその方法を模索していたのだった。




  ~~~~~~~




 会議が休憩となり引き下がった控え室でヨハン・フォン・ナッサムは上機嫌だった。


「見たか?あのヴィルヘルムとディートリヒの顔を!間抜けな顔がさらに間抜けになっておったわ!」


「はははっ!いや、まったくですな」


「これはナッサム閣下は手厳しい」


 リンガーブルク家の一件でカーザース家や王家やクレーフ家にしてやられたヨハンはその恨みを忘れたことなどない。自分からカーザース家にちょっかいをかけて企みが露見して罰せられただけだが、逆恨みをしている者にとっては原因や因果は関係ない。自分が恥をかかされた、不利益を齎された、という結果だけが全てなのだ。


 今回の件でカーザース家への援軍を遅らせればそれだけカーザース家は弱り、王家などの面目も潰れる。ヨハンにとってはまさに一石二鳥であり、何ならこのままカーザース家が潰れるまで引き延ばしたいくらいだった。


「しかしよろしかったのですかな?」


「ん?」


 一人が遠慮気味に何かを聞いてくる。何事かと思ってそちらを見てみればさらに言い難そうに続けた。


「ホーラント王国は……、その……、ナッサム家のものでしょう。ですがこのままではフラシア王国に丸ごと掻っ攫われてしまうのでは?」


「あ~ぁ……。そのことかね。なぁに、気にすることはない」


「おおっ!」


「さすがはナッサム公ですな!その余裕、羨ましい」


 はっきりとは答えないがヨハンは余裕そうにそう答えた。大きな声では言えないが……、実はフラシア王国とはもう話がついている。


 もともと国境が離れた後からナッサム家やオース公国のホーラント王国への影響力というのは薄れていたのだ。国境が接しなくなったために命令も届かず言うことを聞かない。貢物も持ってこないし好き勝手にしているホラント=ナッサム家のことを苦々しく思っていたのだ。


 そこへ今回フラシア王国が使者を送ってきた。用件はホーラント王国をフラシア王国が攻め取るというものだった。今となってはもう影響力もなく、貢物も持ってこない何の利益もない国となってはいたが、当然フラシア王国が攻め取ると言えば自分達の権利を主張する。オース公国も同じであり、やってきたフラシア王国の使者に自分達の権利を主張した。


 そこでフラシア王国がホーラント王国を手に入れる代わりに対価として大金が支払われることになった。どうせもう何の影響力もなければ利益もなかった国だ。それがフラシア王国に売り払うことで最後に大金が転がり込むのならとナッサム家もオース公国も了承したのだ。


 フラシア王国の要求は大金と引き換えにナッサム家とオース公国が今後ホーラント王国への権利を主張しないこと。それからプロイス王国の今戦争への干渉を引き延ばし、出来ることなら参戦させないようにすること。


 ナッサム家やオース公国にとってはもう何の価値もなかったホーラント王国が大金に化け、憎きカーザース家や腹立たしい王家に損害を与えられ、自分達は戦争という最高の娯楽を高みの見物と洒落込める。こんなうまい話があるだろうか。


 その条件を二つ返事で引き受けたナッサム家とオース公国は自分達の派閥貴族達に通達を出し、今戦争においてプロイス王国が出来るだけ動けないように、戦争に参加するとしても出来るだけ時期を遅らせるように働きかけることにした。


 結果、王家や王家派の者達は有効な解決策を持たず動くに動けない。こうしている間にもカーザース家は弱っているはずであり、最終的に自分達の仲介で終戦交渉でもしてやれば恩まで売れるだろう。フラシア王国が本気でプロイス王国に攻めてくるはずがない。だから自分達はのんびり高みの見物をしていれば良いのだ。


「まぁ私ほどにもなればこの程度で動転したりはしないのだよ。さぁ諸君、それでは会議の続きといこうではないか」


「我らの勝利が決まった会議にですな!」


「はっはっはっ!」


 意気揚々と会議に戻って行ったナッサム派、オース派の貴族達の妨害により、王家は辛うじて国軍ではなく王家の直属の兵千人を半年後に援軍として送るという条件を引き出すので精一杯なのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] そしてついでの如くフラシア王国を潰して密約の証拠を突きつけてナッサム関連を根絶させるところまで読んだ
[一言] やっぱり中央集権制にしないと本当に煩わしいな~。 王家への忠誠心が薄く、我欲に塗れた糞共ばっかりだと国が衰退するわ。
[一言] 半年後には辺り一帯はフローラの治世下になってるんですね?分かります
2020/09/25 22:03 リーゼロッテ
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