第四百七十九話「ホーラント人蜂起!」
カーザー王、フロト・フォン・カーンがアムスタダムを発ってすぐにラモールは旧知の軍属を集めて話し合いの席を設けていた。
「皆の協力をお願いしたい」
「ふむ……」
「どちらにしろこのままでは我々に未来はない」
「その王が信用出来るというのなら協力するのも吝かではないがな……」
ラモールの言葉に他の者達は様々な反応を見せていた。もちろん誰も手放しで協力を申し出る者はいない。かつてラモールはホーラント人の期待の星と言われていた。そのラモールに協力するのは吝かではない。ここに集まっているのはほとんど現場の叩き上げであるホーラント人ばかりだ。ホーラント人の出世や、正当な評価や扱いに繋がるのならば協力したい。
しかしラモールが言うカーザー王、フロト様というのがどういう人物なのかはこの場にいる者達にはわからない。ラモールは随分推しているようだが、そう言われたからといってはいそうですかと受け入れることは出来ない。
そもそもラモール自身が何年も前の作戦に出て以来行方不明となり、最近急に再び現れたのだ。いくら旧知の仲であっても、ホーラント人の期待の星であった者だったとしても、いきなりかつてほど信頼を寄せることも出来ない。
その間に何かあったのかもしれないし、考え方などにも変化があったかもしれない。いくらかつての英雄でも突然現れて、わけのわからない者に協力して欲しいと言われて納得出来る者はそう多くはないだろう。
「まずはその王が本当に信用出来るのか示してもらいたい。話はそれからだ」
「それは構わないが……、あまりうかうかしていてはお前達の活躍の場がなくなってしまうとだけ忠告しておいてやろう」
ラモールはフッと笑って集まった者達に説いた。意味がわからず様々な視線を向けてくる者達にラモールはきっぱりと言い切った。
「カーザー王様はフラシア王国を叩き潰す。その時にお前達が様子見をしていては武勲を上げて出世する機会を失うだろう。もちろん私はカーザー王様の下で活躍し相応の地位は与えてもらうつもりだ。この戦争が終わった時、ホーラント王国は生まれ変わる。その時に戦争に協力しなかった者がどうなるかはわかるだろう?」
ラモールの言葉に、集まった者達はざわざわと騒がしくなった。ホーラント王国では、特に実際に軍事に関わっている者達の中では今回のフラシア・ホーラント戦争は負けることが規定路線となっている。問題は負け方であり、どれだけこちらの力を示し、相手を折れさせて、どの程度の領土割譲と賠償金で済ませるかという方向で話は決まっている。
何の戦果も挙げずに降伏すればそれこそ多大な要求をされるだろう。下手をすれば国土全てを寄越せと言われる恐れもある。かといってやりすぎてフラシアに被害を出しすぎれば、それはそれで戦後の要求が厳しいものになってしまうに違いない。
誰だって思いっきりやられたら腹を立てる。復讐してやろうという気になる。こちらが頑強に抵抗してフラシア側の被害が大きければ、その賠償に領土や賠償金を多大に要求されるだろう。
つまりホーラント王国にとってはこの戦争は、簡単に負けてはいけないが、抵抗しすぎてもいけない。程よく相手を勝たせ、気持ちよく勝ってもらい、しかしこれ以上追い詰めれば手痛い損害を受けると相手に思わせなければならない。
その匙加減は難しく、どこまでやってどこで折れるか。その話し合いで連日会議は大賑わいだったのだ。
それをラモールは勝つと言っている。長年ホーラント王国を離れている間に呆けて無能者になったかと疑わずにはいられない。あの強大なフラシア王国にそのカーザー王とやらが助力してくれたとして勝てるわけがない。しかしラモールの自信は一切揺らがなかった。
「そもそも何故フラシア王国は海軍を出してこないと思う?それは先の戦争ですでにカーザー王様がフラシア王国のヘルマン海艦隊を壊滅させたからだ。奴らは船を出してこないのではない。出す船がないのだ」
「「「「「――っ!?」」」」」
「なっ!?」
「それは本当か?」
信じられないとばかりに顔を見合わせる。大陸国であるフラシア王国と、海洋国であるホーラント王国ではあるが、そもそも国力が違う。フラシア王国は大陸国でありながら海洋国であるホーラント王国に引けを取らないほどの海軍も有しているのだ。
だから開戦直後はヘルマン海を渡ってフラシア海軍が攻め寄せてくると思われていた。ラモールを失って以来万全とは言い難いホーラント海軍は港に引き篭もり、フラシア海軍を陸で迎え撃つ作戦を取っていた。しかし実際にはフラシア海軍は一隻たりともその姿を現していない。
こんな作戦にはホーラント海軍は納得していない。ホラント=ナッサム家子飼いの上官達がこんな馬鹿な作戦を考え命令している。
どこへ上陸してくるかわからないフラシア海軍を陸上で迎え撃つなど愚かの極みであり、それならばヘルマン海を封鎖するように船を出し、艦隊決戦を挑む方がまだ防衛の可能性がある。下士官達や現場に立つ者はそう思っていたが上官の命令には逆らえない。これまで港に引き篭もっていたホーラント海軍は不満に思いながらも命令を守っていた。
だが一隻もフラシア海軍がやってこず、一体どうなっているのかホーラント海軍の中でも様々な噂が飛び交っていたのだ。その答えが思わぬ所から出て来た。
「そのような荒唐無稽な話を信じろと?カーザー王とやらがフラシア王国のヘルマン海艦隊を壊滅させたという証拠は?」
堪らず一人がそう聞いた。全員がゴクリと喉を鳴らして真剣にラモールを見詰める。半信半疑の者、まったく信じていない者、信じたいと期待している者、様々ではあるが全員その答えに聞き入る。
「フラシア王国の海軍が一隻もヘルマン海に現れることがなく、そして我らカーザー王様の船が悠々とヘルマン海を我が物顔で渡っている。それが何よりの証拠だ」
「それは……」
それが決定的な証拠であるとは言えない。しかし自分達が思っていた疑問の一つの解であることは間違いない。ブリッシュ島へと渡ったウィレム王も無事だった。今まで一度もフラシア海軍はホーラント王国を攻撃してきていない。そして海を見てみればラモール達の船が自由に往来している。
決定的証拠はない。状況証拠やそういう解釈も出来るという程度のことでしかない。しかし……、ここに集う者達の腹は決まった。
「良いだろう。そのカーザー王という者が我らが忠誠を捧げるに相応しい人物かどうか、見極めさせてもらおう」
すぐに下につくとは言えない。お互いに顔を合わせたこともなければ信頼関係もないのだ。だから……、まずは自分達が仕えるに相応しい主君かどうか見極める。その上で判断するとラモールに伝えた。それを聞いたラモールは黙って頷く。
「私は何も心配していない。見る目のある者は全員カーザー王様の下につくだろう。ただ……、あまり判断が遅いと手柄は全て私が頂いてしまうぞ」
「ふっ」
「そうなることを願うよ」
使えない上官達ではなく……、実際にホーラント海軍を動かしている者達は全てラモールに乗ることにした。一つの仕事をなしたラモールはその密かな会議を後にしてその場から離れたのだった。
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ホーラント王国の裏社会へと入り込んだゴトーは裏社会の顔役に資金を渡した。
「それではこれで頼みましたよ」
「ああ、任せてくれ」
裏社会の顔役といってもただの犯罪者組織というわけではない。ホーラント王国は昔からホーラント人が虐げられ搾取されてきた。当然それに反発するホーラント人達も大勢いる。しかし表立って反抗すれば兵士によって捕えられ、場合によっては国家反逆罪などで処刑されてしまう。
そこで現状に不満を持つホーラント人達が地下組織や秘密組織を作り、どうにかして現体制を変えようと活動を続けていた。ゴトーはそういう地下組織と接触を図り、資金や情報を提供して活動を支援していた。目的はもちろん現体制の破壊のためだ。
現在のホーラント王国はホラント=ナッサム家とその子飼いの者達による独裁状態になっている。ホラント=ナッサム家に気に入られない限りはどれほど有能でも、功績を挙げても重用されない。それどころかホーラント人だというだけで搾取されてしまう。その現状をどうにかしたいと願うホーラント人は多く、その力は馬鹿に出来ない。
「コルネリスとヨハンは命令違反や数々の不正を追及されて、現在留置所で身柄を拘束され取調べを受けています。まずは革命の狼煙として彼らを捕え、引きずり出し、民衆の前で処刑するのです」
「わかってる!今まで俺達を散々搾取してきた奴らだ!目にもの見せてやるぜ!」
ウィレム王が戻ってから、ホーラント王国では事実上の代替わりが起こった。ウィレム王は今回のことで体を悪くし政務や軍務に就けない。そこでウィレム王の末子、フレデリックの息子ウィレム二世が王と総督の代行を行なっている。このままいけばウィレム二世が正式に次の王となるだろう。
そして南西の戦いで無策を続け、ついには国内に意図的に洪水を発生させてようやく敵の進軍を止めた副総督であるコルネリスとヨハンは、祖父の跡を継いだウィレム二世によって呼び出され、現在その責任を追及されている。
ウィレム二世はまずは祖父の影響力を削ぎ落とすために、祖父子飼いの上層部を刷新しようと思っていたのだ。そこにコルネリスとヨハンの不手際や不正があったために、他の者達にウィレム二世の権勢を示すためにも二人を捕えて取調べを行なうことにした。
もちろんウィレム二世には二人を徹底的に追及して追い落とそうというつもりはない。あくまで自分に従うように、そして自分ならば祖父が任命した副総督ですら処罰出来るのだと示すことが目的だった。それによりコルネリス・ヨハン兄弟は大人しくなり、残った者達もウィレム二世の言うことを聞くようになる……、はずだと考えていた。
しかしゴトーはそれを利用することにした。このままウィレム王からウィレム二世に王位が継がれてもブリッシュ・エール王国には、いや、カーザー王様には何の利益もない。だからこの状況を利用してカーザー王様のために最大限の利益を得るのだ。
「それでは任せましたよ」
「ああ!朗報を待っていてくれ!」
こうして……、ホーラント人解放を願う地下組織に情報と資金と武器を供給したゴトーの策略により、コルネリス、ヨハンのデヴィット兄弟は留置所で襲撃を受け、民衆の前に引き摺り出され、これまでの数々の罪状を読み上げられた上で処刑された。
これまで権勢を握り我が世の春を謳歌してきたデヴィット兄弟が民衆の蜂起により捕えられ、処刑されたことは大きな衝撃を生んだ。
いくら軍に民衆の鎮圧を命令しても、その軍もホーラント人が多数であり、そのホーラント人の解放を謳う民衆蜂起を鎮圧することは中々出来なかった。さらにそもそも軍のほとんどは国境の防衛に出払っており、国内の治安維持をしている部隊はほとんどいなかった。本気で衝突すればむしろ少数である軍の方が危険だった。
民衆の蜂起と副総督にまで上り詰めていたデヴィット兄弟の悲惨な末路を聞いて、ホーラント政府上層部はウィレム二世の権勢を思い知るのではなく、民衆蜂起の恐怖を思い知ることになった。また若いウィレム二世にはこの状況を収めるだけの能力はなく、ただ無策に右往左往するだけで時間だけが過ぎていった。
最初の民衆蜂起から僅か数日で大勢は決し、ホーラント政府上層部は最早機能不全に陥っていた。
「あああぁぁっ!一体どうすれば良いというのだ!」
ウィレム二世は頭を抱えて掻き毟る。このままではやがて蜂起した民衆が王城にまで雪崩れ込んでくるかもしれない。そうなれば自分もデヴィット兄弟と同じように民衆に嬲り者にされ、処刑され、最後は惨めな晒し者になる。それを思うと恐怖で何も手につかない。
「わたくし共に良い考えがございます、ウィレム二世殿下」
「貴様は確か……、ゴトーと言ったか」
祖父であるウィレム王が連れて来た胡散臭い仮面の男。見えている部分だけでも焼け爛れた醜い顔をしているのがわかる。ウィレム二世はその見た目からゴトーのことを毛嫌いしていたが、祖父王が援軍を頼み連れて来た他国の重臣だ。王城からも見える沖の艦隊を持っているだけでも今は貴重な戦力であり、無下に扱って敵に回すことは避けたい。
「一体どんな策だというのだ?」
「はい。まずはウィレム王様よりウィレム二世殿下に王位を譲っていただきます。ウィレム二世殿下がウィレム二世王となられ、ホラント=ナッサム家に我らが王、カーザー王様を迎え入れるのです。そしてウィレム二世陛下より我らがカーザー王様にウィレム三世として禅譲していただきます」
「なっ!?馬鹿か!?それに何の意味がある!」
ゴトーの言葉にウィレム二世は机を叩いて立ち上がった。何を馬鹿なことを言っているのか。そんなことをして何の意味があるのかわからない。
「はい。そうしていただければ我らブリッシュ・エール王国とホーラント王国は同君連合となりましょう。さすればブリッシュ・エール王国の民も同胞たるホーラント王国を救うために死力を尽くします。このまま放っておけばホーラント王国はフラシア王国に滅ぼされるか、民衆の蜂起により滅ぼされるか……、どちらからも逃れる術をウィレム二世殿下はお持ちですか?」
「それは……」
確かにこのままではフラシア王国に攻め滅ぼされるか、じっとしていても民衆によって処刑されるか、碌な未来は待っていない。だが王位を他人に譲ってしまっては意味がない。自分が王位を得たいのだ。そのために今まで他の兄弟や従兄弟達を葬ってきた。ようやくその機会が巡ってきたというのに他人にそれをやっては意味がない。
「我が国と力を合わせればフラシア王国を撃退出来ます。また民衆もフラシア王国を追い払えば再び王家に敬意を払うでしょう。万が一失敗しても処刑されるのはウィレム三世として即位したカーザー王様です。ウィレム二世殿下に累は及びません」
「なるほど……」
確かに失敗があればその時に政務を執っている者が責められるだろう。王位を譲っているのならウィレム二世が責められる謂れはない。
「しかし私がカーザー王とやらに王位を譲っては私の得る物がなかろう」
「ご心配には及びません。我が国は田舎の弱小国家です。歴史ある大国ホーラント王国を支配する力などありません。また統一されて間もないために国内の統治で手一杯です。ホーラント王国を支配する余裕などなく、いくら名目上同君連合となろうとも現地で統治していただく方が必要になります」
「ほう……。つまり実質的には私が先王として執政するということだな?」
一瞬で理解したウィレム二世はニヤリと笑ってそれも悪くないと思いかけた。しかしそこでふと思い留まる。
「いや、待て。それはおかしいぞ。それで貴様らは何を得る?こちらの戦争に手を貸してまで王位を得ておきながら黙って引き下がって何が目的だ?」
そうだ。よく考えてみれば名前だけの譲位を受けて何の意味があるのか。ホーラント王国を支配する欲があるからこそこんなことを言っているのだろう。
「先ほど申し上げた通りです。我が国は田舎の弱小国家。それも統一後まだ間もありません。国内を纏めるためには権威が必要なのです。そう……、歴史ある大国たるホーラント王国と同君連合であるというような強力な権威と後ろ盾が……」
「なるほどな……。つまり今回は我々の戦争に加担するから代わりに戦後はブリッシュ・エール王国での統治の後ろ盾になれということだな。そのためには名目上ホーラント王国の王族、そして王位を持つ方が都合が良いと」
「はい。カーザー王様一代限りでも構わないのです。その次の代にはウィレム二世殿下のお子様でも、お孫様でも、本来あるべき王家の血筋の方に継いでいただきましょう。これは表には出せない密約でございます。表向きはあくまでもウィレム二世殿下よりカーザー王様へ、ウィレム三世へと禅譲された。それだけが表向きの話となります」
「ふむ……」
ウィレム二世は即座に計算を働かせる。この取引は悪くない。どうせゴトーが言うように田舎の弱小国家であるブリッシュ島の国になどホーラント王国が支配されるはずがない。裏の密約として、実際の執政権はウィレム二世が握り、ウィレム三世の次の代にはまた自分の子供や子孫達を就けられるのならば何も問題はない。
所詮ブリッシュ島の田舎者などホーラント王家の権威に集る虫だ。向こうが今こちらが困っているのを見てその権威を利用したいと思っているのなら、こちらも戦争で相手を利用するだけしてやればいい。
「良いだろう。その話乗ってやる」
「ありがとうございます」
二人の間で密約が結ばれた。醜い顔のゴトーと握手を交わすのはあまり気が進まずいい加減に対応したためにウィレム二世は見逃した。一瞬笑ったゴトーの顔がウィレム二世を馬鹿にした冷笑だったことを……。




