第四百七十七話「探検隊報告書!」
「うぅ~~~んっ!」
俺にくっついて眠っていたエレオノーレをそっと離してベッドから下りると一度伸びをした。今日も良い朝だ!今日も一日張り切って行こう!
何しろまったく眠れていない。一晩中眠ろうとしていたけど結局一睡も出来なかった。かといって起きて出て行くわけにもいかず、何をするでもなく一晩中ずーっと悶々としていた。まさに生き地獄そのものだ。
周りでは美女、美少女で、しかも手を出して良い俺のお嫁さん達が『う~ん』『あはぁ~ん』『はぁ……はぁ……』って何だか悩ましげな吐息を漏らしているというのに、手を出すことも出来ず、一晩中俺にひしっ!とくっついているエレオノーレと寝転がっているだけなんて本当に地獄だった。いっそエレオノーレでもいいから手を出してしまおうかと思ったくらいだ……。
昨晩の食事のメニューが悪かったのか、本当に一晩中、いや、今ですらギンギンムラムラでまるで収まりがつかない。とにかくこの衝動をどうにかしたい。もう一人ででもやってしまうか?今まで俺は一人で慰めるとかしたことがないけど……、そうせずにはいられないほどにもうどうしようもない。
…………いや、待てよ?そう言えば色々とおかしくないか?
そもそも昨日の食事はお嫁さん達が用意したといって最初に出してきたものだ。それがあまりに食えたものじゃなかったから、同じ食材で俺が調理の仕方を教える意味も込めて作り直したけど……、よくよく考えたら昨日のメニューって精がつくと言われるようなメニューばかりじゃなかったか?
しかも普段は料理なんて滅多にしないお嫁さん達が結託してあんな食事を用意したというのもおかしい。もしかして最初から俺をこういう状態にするためにわざわざあんな料理を用意したんじゃないのか?
何のために?俺に一晩中お預けを食らわせて苦しめるために?それにしてはお嫁さん達も一晩中苦しんでいたぞ?皆も眠れず悶々とした夜を過ごしたはずだ。というか何かモソモソと一晩中皆蠢いていた。あれは今冷静に考えたらそういうことだったんじゃないのか?俺はエレオノーレにくっつかれていたから出来なかったというのに……。
ということはやっぱり俺だけ一晩中お預けになって苦しむように?皆を放ってブリッシュ島へ行ってしまったから?
なんて恐ろしい復讐方法なんだ……。こんなことを何度もされたら俺はおかしくなってしまうかもしれない。女の性欲なんて男に比べたらあまりないのかと思ったけどまったくそんなことはない。むしろ男は出して終わりだけど、出して終わりという限界がないだけ女の方が凄いかもしれない。
これはまずい……。お嫁さん達の怒りがまだ収まっていなければ、俺はまた昨晩のような地獄の苦しみを味わわされることになるんじゃないだろうか?それは嫌だ。何とかしてお嫁さん達のご機嫌を取ってもう二度とあんな苦しみを味わわされることがないようにしなければ……、俺が狂ってしまう。
「はぁ……。修行に行きますか……」
考えていても仕方がない。修行にでも行って体を動かせば少しは発散出来るだろう。とにかく今でもまだこのギンギンムラムラの状態であるのをどうにかしなければ……。
この後俺はひたすら修行に打ち込んで体を動かしたり、冷水を浴びて火照りを冷まそうとしたけど、中々この体の疼きは収まってくれずに苦労したのだった。
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一緒に修行している皆も後から来たからその時にも見たし、今食堂で皆揃って朝食を摂っているからわかるけど……、お嫁さん達全員酷い顔をしている。寝不足で目の下にクマが出来てげっそりしているのに、目だけは血走ったようにギンギンしていた。おかしいな……。俺を苦しめるはずだったのに皆もダメージを受けていないか?
「それで、フローラはしばらくここに居られるの?」
「そうですね……。もうすでにフラシア王国との戦争は始まっており今更回避は出来ません。攻撃を受けている以上はプロイス王国も対応はすると思いますが……、それよりも先にカーン・カーザース軍で打って出ます。準備が整い次第ということになりますが、それまでは暫く時間があるでしょう」
事ここに至っては最早お嫁さん達に隠す必要もない。実際にすでにフラシア王国による不意打ち侵攻ということで戦端は開かれており、攻撃を受けた以上はプロイス王国側も黙っているわけにはいかない。
俺の目的はヴェルゼル川だけでなく……、最低でもレイン川流域まではうちか、うちの子飼いの者に領有させるつもりだ。それより南はプロイス王国がフラシア王国から取り戻せたならば勝手に領主を決めればいい。でもレイン川流域までは俺が押さえる。
そのためにはまずはうちが占領して奪い返したという実績が必要だ。戦後まで俺達が支配していればそのまま割譲、領主の決定に大きな権限が持てるだろう。何もしていないのに俺達に領有させろというのは通らない。
だからこれから大規模な戦闘、いや、大国同士による戦争は避けられずお嫁さん達の耳にも絶対に入るし……、それどころか戦争に参加することになるかもしれない。今日、明日にでもすぐ、ということはないけど皆にもそのことは話しておかなければ……。
「今度の戦争はカーン家の余力全てを投入して戦わなければならないかもしれません。その際には皆さんのお力を借りる可能性も大いにあります」
「望む所よ!」
「頑張る!」
「僕の修行の成果を見せる時だね」
特に戦闘に関わるミコト、ルイーザ、クラウディアは気合が入っていた。魔法使いの二人は戦場では大きな戦力になるし、子飼いの育てている魔法部隊もいる。戦力としては果てしなく大きい。クラウディアの剣の腕もメキメキ上達しているし、あまり危険なことはさせたくないけど戦力としては頼りになる。
「私は剣も魔法も使えませんけれど……、出来る限りのことはいたしますわ」
「私の役目はフローラ様のお傍をお守りすることです」
正直お嫁さん達まで戦場に駆り出すのは気が引ける。でも皆の気持ちはありがたい。出来ることなら皆を戦場に送るようなことは避けたいけど、今のカーン家にはそんなことを言っている余裕はない。
ユークレイナ方面に大戦力と主力を使っているカーン家の現状ではこちらの戦いは正直苦しい。もちろんユークレイナ方面への侵攻部隊の主力はカーン侯国が担っている。だから騎士爵領は兵の数という意味ではそれほど負担していない。
でも元々それほど数が多いわけではない騎士爵領の精鋭を向こうに回している上に、軍の上層部などの主要メンバーまで向こうに行ってしまっている。まさかこんなタイミングでフラシア王国と戦争になるなんて思ってもみなかったことだ。こちらが仕掛けるのならタイミングを選べるけど仕掛けられたらどうしようもない。
もしかしてフラシア王国はこちらの状況を知っていた?
母は出産のため動けない。カーン家はユークレイナ方面に主力を割いている。さらに南北探検隊を派遣している真っ最中だから海軍や上陸部隊もいない。カーン家を攻めるつもりならこれ以上ないくらいベストタイミングと言える。果たして偶然でこんな良いタイミングで攻めてくるものだろうか?
まぁ……、何にしろカーン家としてはこの戦争で俺の長年の目的であった奪われた西の領土を取り返す。始まってしまったものは嘆いていても仕方がない。ある戦力だけでどうにかしなければならない。
この戦争の主力としてはブリッシュ・エール王国の兵が使えるけど……、ブリッシュ・エール王国をここに上陸させて、西の領土を取り返すというわけにはいかない。これはプロイス王国の貴族として戦って取り返さなければならない場所だからだ。それをブリッシュ・エール王国の兵を連れてきてやらせてもプロイス王国貴族であるカーン侯爵家の功績とはならない。あくまでカーン侯爵家の力でやらなければ……。
だからブリッシュ・エール王国やホーラント王国には別方面でフラシア王国を攻撃してもらい、敵の戦力を分散させて対応で手一杯にしてもらう。そうすればこのプロイス・フラシア国境の敵の兵力も減るし補給も滞るかもしれない。直接ブリッシュ兵に来てもらって手助けはしてもらえずとも、連携すれば十分目的は果たせる。
「戦争についての情報は入り次第また皆さんにもお伝えいたします。今は戦争に向けて準備をなさっておいてください」
「「「はーい」」」
皆の返事を聞いてお開きとなった。修行や話し合いも大事だけど俺にはしなければならないこともたくさんある。戦争を遂行するためにもまずはちゃんと準備を進めなければな。
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朝食を終えてから執務室で政務に取り掛かる。戦争とは兵士を集めて戦場で突撃させることにあらず。糧食や武器弾薬の生産や補給、輸送、国内・域内経済力で賄うことが出来る資源・人・金での殴りあいだ。瞬間的に百万人の兵を集めて突撃させたって、その兵に食わせる食料や、武器弾薬の補給が追いつかなければ自滅するだけになる。
俺の仕事はただ各地から兵を集めて戦場へと送り込むことではなく、どれだけの兵ならばどれだけの期間活動させることが出来るのか、域内の経済がどの程度の負担ならば負えるのか、それを計算し経済が破綻しないようにもたせることが俺の仕事だ。
幸いうちは経済力もそれなりにあって資金にも余裕がある。農業生産高も右肩上がりで増え続けているから今のところ戦争での出費や負担はそれほど重くない。俺が進めた農業改革で農機具や肥料が浸透しているお陰で農業生産高や労働効率が上がっている。
「あとは……、おや?これは……」
報告書の確認や決裁を進めているとブリッシュ経由の報告書がまたきていた。探検隊からのものだ。まず南方探検隊の内容を確認する。
「…………はぁっ!?マニ帝国を滅ぼしたぁ!?」
「フローラ様、今は私と二人きりなので良いですがお気をつけください」
「あっ……、はい……」
あまりの驚きに声を漏らすとカタリーナに怒られてしまった。確かに淑女にあるまじき声としゃべり方だったかもしれない。自分でも気をつけつつ、もう一度報告書を確認する。
…………何度読んでも中身は変わらない。間違いなく西アフリカーン大陸でマニ帝国を滅ぼしたと書かれている。南方探検隊の一部だけでどうやって一国を滅ぼしたというのか……。もちろん報告書にはある程度詳細に書かれているからわかるけども……、それにしても驚きだ。
これまでのマニ帝国のこちらへの対応については以前から報告を受けて知っていた。俺だってハラワタが煮えくり返る思いであり、マニ帝国の蛮行に対する怒りはあった。でもまさかシュテファンが戦争を仕掛けて、しかもたったこれだけの期間で国を滅ぼしてしまうとは思ってもみなかったことだ。
手紙には俺がシュテファンに全権を委任すると言われたから奮起して頑張りました、みたいに書いてあるけど全権を委任するとは言ってない……。現地での対応にいちいち俺の裁可を仰いでいては間に合わないこともあるから、探検隊のような遠くに出向いている者達には現場指揮官の権限を大きく与えて、いちいち俺の裁可なしでもある程度自由に出来るようにさせていただけだ。
それをどこをどう読み間違えたのか、戦争の決断までして良いと解釈してしまったらしい。しかもこの報告書からは、いや、これはまるで俺宛ての手紙のようで『頑張ったから褒めて!褒めて!』と尻尾を振りながら付き纏ってくる子犬のような印象を受ける。
探検隊も多少の被害は受けているようだけど一国を滅ぼしたと考えれば少ない損害だろう。確かにそれはよくやったと褒めてやらなければならないことだと思う。でも犠牲者を思うと手放しには喜べない。
戦争である以上は多少の犠牲は止むを得ないんだろう。こちらが相手を殺すということは、こちらも相手に殺されるということを意味する。無傷の勝利などあり得ず、損害を受ける覚悟もなく戦争をしてはいけない。それはわかる。
俺にとってはほとんど会ったこともない赤の他人のような探検家が犠牲になりましたと言われても、それは所詮書類の上でのことかもしれない。実際俺は探検家五十四名、水兵七名が犠牲になったと言われてもそれが誰でどんな人物かわからない。だけど……、やはり味方の被害というのは辛いものだ。とても『死者六十一名の損害で済んでよかった』とは思えない。
現地指揮官の権限を拡大してその責任は俺が負うとは伝えたけど、まさかこのたった数ヶ月で戦争を仕掛けて、しかも滅ぼしてしまうとは……。
事の経緯からしてマニ帝国への探検隊の反感や、今後安全に西アフリカーン沖を航行するためには何らかの決断が必要だった。それは間違いない。いつまでも戦争を決断出来なかった俺が悪いだろう。それをシュテファンにさせてしまったのは俺の責任だ。きっとシュテファンも下から突き上げられ、俺には止められて板ばさみで苦しんだに違いない。
どうせもう抑え切れず、いつか暴発によって戦端が開かれるくらいだったなら、こちらも万全の準備をして戦端を開く方が良い。結果的にはこれでよかったんだろう。それどころかまだ若いシュテファンにこんな決断をさせてしまったことが申し訳ないくらいだ。
ただまぁ……、この件に関しては俺も反省すべき点が多いな……。俺がいつまでも決断せず先送りにしていたためにこんなことになってしまった。これからは俺がもっとしっかりしなければ……。あと権限も明確にしておかないと、現地の暴走であちこちで戦火が起こる可能性が高い。
襲われたのに無抵抗に殺されろとは言わないけど、現地指揮官の決断で勝手に戦争が出来るのでは困る。でも今後さらに遠方に探検隊が出て行けば、いちいち俺に決断を仰いでいる暇はない。とても難しい問題だ。
現地勢力と距離を取っておけばいきなり戦争になんてならないだろうと楽観すぎたかもしれない。もっと慎重に考えなければならない問題だった。これは今後も要検討だな……。どこでバランスを取るべきか……。
「もう一通は……」
探検隊の報告書はもう一束あった。そちらは北方探検隊からのものだ。さっと目を通してみれば……。
「えっ!?……ふっ、ふふふっ!あった!やっぱりあったのですね!」
「ゴホンッ!フローラ様」
「あっ、ごめんなさい。でも……、ふふっ!」
カタリーナに怒られてもにやけるのが止められない。北方探検隊が見つけていた最西端の島、グレーンランドはやはり島だったようだ。夏の間は氷が溶けるようで島の周りをある程度調べられたらしい。グレーンランドは大きな島だけど冬場は氷に閉ざされるだろうと報告書に書かれている。
そして……、グレーンランドのさらに西側にも大きな陸地を発見した。沿岸沿いにあちこち調べてみたが島にしては周りを回れる場所がなくずっと陸地が続いている。これは島ではなく大陸である可能性が高いとのことだった。
「ふっ……、ふふっ!ついに……、ついに見つけましたよ……」
現在はグレーンランドのさらに西にある陸を調べるために南北に分かれて船で行ける所を調査している最中のようだ。上陸出来る場所から上陸部隊も送りたいと書かれている。これは間違いなく……、新大陸発見だろう。そうに違いない。違うと言われてもそうだと言い張ってやる!
アフリカーン大陸は最南端を越えて東方へと進み始めた。西大洋を越えた先にはついに新大陸を見つけた。戦争ばかりで暗い話題が続くと思ったけど……、それらを全て吹っ飛ばしてくれる素晴らしい発見だ。今日は寝不足でナチュラルハイになっていたのか、新大陸発見でさらに高まった俺の興奮は留まるところを知らなかった。




