第四百七十六話「マニ帝国崩壊!」
「はぁ……」
探検家組合長兼南方探検隊提督であるシュテファンは盛大に溜息を吐いていた。どうすればいいのかわからない。
「提督!もう我慢の限界だ!」
「そうだ!とっととマニ帝国をやっちまおう!」
そうだそうだと気勢を上げる者達にシュテファンは首を振る。これまで抑えてきたがもう探険家達の怒りは頂点に達しそうになっていた。いつ暴発してもおかしくないほどに不満が溜まっていた。
事の発端はマニ帝国の蛮行だったのは間違いない。イベリカ半島から順調に新しい島々を発見しながら進んでいた南方探検隊はバラルソタヴェ諸島を発見した時に文明の痕跡を発見した。
文明の痕跡とは言っても遺跡だとか、何か凄い物があったわけではない。簡単な漁師小屋のようなものや焚き火の跡など、人が定期的に使っていると思われるような痕跡があったというだけのことだ。しかし定住している者はいないのか、島そのものは無人島だった。そこで探検隊は大陸から漁師達が定期的に渡ってきているのだろうと判断した。
自分達も沿岸沿いに南下してきた暗黒大陸、現在ではアフリカーン大陸と名付けられているその大陸の北側はずっと砂漠が続いていた。とても人が定住出来るような環境には思えず、実際沿岸沿いに南下しながら人の痕跡を探していたが何も見つからなかった。
アフリカーン大陸と言えばメディテレニアン沿岸部くらいとしか交流がなく、実際に人がいるのかどうかも未知数だった。ただもっと南へ行けば他にも人がいるかもしれないと思って南方探検隊はメディテレニアン沿岸部のアフリカーン側の言葉がわかる通訳も連れて来ている。
バラルソタヴェ諸島で人の痕跡を発見した探検隊は大陸側から誰かが渡ってきているに違いないと調査を進め、実際にその辺りの大陸側にマニ帝国なる国が存在することを突き止めた。
バラルソタヴェ諸島が無人島であってもマニ帝国の支配地、勢力圏になっているのなら勝手に利用しては揉め事になる。主君であるカーン家当主からも新しい勢力と接触した際に、無用な武力衝突にならないように細心の注意を払うように散々言われている。南方探検隊はその言葉に従って紳士的にマニ帝国に接触を図った。
まず西アフリカーン大陸でマニ帝国の沿岸部の者と接触し、国の上役など話の通る者に連絡して欲しいと頼んだ。現地の役人らしき者はすぐに引き受けて連絡してくれたはずだが……、そこから全てはおかしかったのかもしれない。
国の上役にあたる者と交渉出来るということで通訳と護衛を含めて十人で上陸して交渉へと向かった。場所は向こうが指定した場所であり、人数も少なくするように言われていた。自分達の乗って来た船が見えるような位置ではない。
交渉が始まりメディテレニアン沿岸部で使われている言葉を共通の言葉として通訳に頼みながら意思疎通をしていたはずだが、どうにもマニ帝国側の言っていることがおかしい。
南方探検隊の方針はカーン家当主の意向があるためにまずは友好関係の構築。それから可能ならば通商交渉や港の使用に関する交渉が出来れば良いと思っていた。相手側に十分な港や建設技術がなければこちらで建設しても良いという破格の条件ですらある。それなのに……、マニ帝国側の要求は滅茶苦茶なものだった。
交渉の席だと思って向かった先でマニ帝国が要求してきたことはただ一つ。探検隊全員が全ての財産を差し出し、奴隷になること。それが飲めない場合は皆殺しにし、その本国にまで要求を突きつけるというものだった。
まったくもって意味がわからない。何故初めて相手と接触したから交渉しようと思ったら、いきなり全ての財産を差し出して奴隷にされなければならないというのか。当然そんな要求など飲めるはずもなく断ろうとした瞬間……、マニ帝国の蛮行が交渉使節に降りかかった。
通訳と交渉役がいきなり斧で頭を割られ、護衛についていた者達も槍で突かれて負傷してしまった。いきなりのことに慌てて応戦するも相手は最初から襲う気だったのだ。準備万端に備えている相手と、不意を突かれて負傷している十人ぽっちではそもそも勝負にならない……、はずだった。
しかし轟音と火を噴く筒による攻撃に恐れをなしたマニ帝国の兵士達は南方探検隊の使節を皆殺しにすることが出来なかった。辛うじて活路を見出した使節達がマニ帝国の包囲を突破し海へと辿り着くと、事情を察した艦隊からの艦砲射撃を受けて追撃してきていたマニ帝国兵士達は散り散りに逃げて行った。
交渉使節は交渉役と通訳を含めて三人が即死、護衛など五人が負傷した。逃げ戻ったのは十人中七人だったが負傷者のうちの一人は治療の甲斐もなく息を引き取り、最終的には死者四名、負傷者四名という被害を出すことになった。
さらに襲撃時に一丁銃を紛失しており、万が一にも敵に奪われるわけにはいかないと艦隊から上陸奪還部隊が編成され反撃に出ることになった。交渉に出向いた場所まで侵攻した探検隊はその場で殺された三名の遺体と紛失していた銃一丁を無事回収、即座に離脱し船へと戻った。
直に南方探検隊の脅威を知ったマニ帝国の兵士達は探検隊を見ただけで逃げ出すようになっていたが、マニ帝国上層部は探検隊の脅威を見誤り、現在でも抵抗した賠償を払え、全財産を捧げ奴隷になれ、お前達の本国まで攻め滅ぼしてやると息巻いており交渉にすらならない。
一応交渉は続けられているもののほとんど話し合いにならず、一方的に向こうから同じ要求が繰り返されるだけだった。
さらにこの近海を航行している探検隊に嫌がらせをしてくるために、隊員達からはマニ帝国への不満が日々溜まっており、しかも何度か交渉の席でもまた不意打ちを受けて負傷者が出ているために、最早交渉は必要なく実力でマニ帝国を討つべしという意見が大勢を占めていた。
シュテファンとてハラワタが煮えくり返る思いではある。その後の交渉ですら何度も騙まし討ちを仕掛けてきては負傷者を出されているのだ。はっきり言えば相手は言葉も通じない獣と変わらないとすら思っている。何故何もしていないのにいきなり攻撃されて、全てを差し出して奴隷にならなければならないのか。
マニ帝国は西アフリカーン大陸で随一の勢力を誇る唯一の大帝国だ。実際にその国力や戦力がどの程度であるのかはともかく、西アフリカーンにおいてマニ帝国に対抗出来る勢力すら存在しない。マニ帝国がこの小さな世界でまるで世界の覇者のように振る舞うのもわからなくはない。だがだからといってこのような蛮行が許されるというものではない。
しかしシュテファンは己の感情のままに行動して暴れて良い立場ではない。全体のことを考え、戦略的に、大局的にものを考えなければならない立場だ。そして何よりも自分達の主君があまりそれを望んでいない。
フローラ様は圧倒的な力を持ち全てを力ずくで支配出来るだけの資金、権力、戦力、全てを持ち合わせている。その気になれば世界などあっという間にフローラ様の前に屈することになるだろう。しかしフローラ様はお優しいのだ。
フローラ様はお優しく、繊細で、争いを好まれない。まさに聖女様そのものであり、無用な争いはなるべく起こしたくないと考えられている。
マニ帝国を滅ぼすのは容易い。全土を占領するというのは難しくとも、国そのものを崩壊させてやるくらいなら簡単な話だ。現在ここにいる南方探検隊だけでもマニ帝国如きは叩き潰すのは簡単だった。ただそれをシュテファンが勝手に決めるわけにはいかない。
そんな時に届いた美しく可憐な聖女フローラ様からの手紙を読んでシュテファンは目を見開いた。
「こっ……、これはっ!」
手紙には現地での指揮を全てシュテファンの判断に任せ、何かあっても責任は全てフローラが負うので気にせず行動するようにと書かれていた。フローラ様はそこまで自分を信頼してくださっている。フローラ様は被害や責任は全て自分が背負うから気にするなと言ってくださっている。
そこまで言ってくださっているのなら……、応えないわけにはいかない。シュテファンの覚悟は決まった。
「野郎共!カーン閣下からのお許しが出たぞ!マニ帝国をぶっ殺してやれ!」
「「「「「うおおおぉぉぉ~~~~っ!」」」」」
「この時を待ってたぜ!」
「やぁってやるぜ!」
「さすが大将だ!絶対許可してくれると思ってたぞ!」
一瞬で士気が極限まで上がった南方探検隊の一部は早速マニ帝国への逆襲の準備を始めた。相手は川沿いに東西に長い領土を持ち、東の端まで行こうと思ったら結構な距離があるらしい。沿岸部に接しているのは僅かな領土のみであり、緒戦のように沿岸からの艦砲射撃による支援は見込めない。
また南方探検隊はさらに隊が分かれてあちこちに分散してしまっている。全ての戦力がここに集まっているわけではない。艦砲射撃があてに出来ない陸戦で、しかも数も圧倒的に少ないとあってはただ闇雲に攻めるだけでは勝ち目はないだろう。
「まずは現地の……、マニ帝国に反感を持つ者の協力者を集めよう。それからマニ帝国の南側、西アフリカーン大陸の南側でこちらに味方してくれている者の協力も取り付けるんだ」
西アフリカーンは西側にぽっこり膨らんでいるように張り出している。その真ん中辺りを東西に長く領土を持っているのがマニ帝国だ。しかしその膨らんだ西アフリカーンの張り出した南側には大きな勢力はなく、現在はカーン家によって港と補給基地が建設中である。その地域の原住民達の協力も得られれば、マニ帝国を南側から圧迫することも出来る。
西の沿岸部から侵攻すると見せかけて敵を誘い出し、南から北上した別働隊によって国土を東西に分断。その後西部に誘い出した部隊を壊滅させれば後は勝手に国が崩壊するだろう。もちろん希望的観測で成り行きに任せるのではなく、押さえつけられて不満が溜まっている部族を扇動して反乱を起こさせるわけではあるが……。
「良い作戦だな。あとは現地の不満を持つ部族達に接触して扇動の準備と……、俺達が圧倒的大戦果でマニ帝国の部隊を破る必要がある。全員やれるな?」
「おう!」
「任せてくだせぇ!」
「やぁってやるぜ!」
ようやく今までの不満を晴らせるとあって南方探検隊の士気は非常に高かった。誰も作戦に反対はない。それぞれがさらに準備を整え、作戦を考え、圧倒的大戦果での勝利を目指して細部まで詰める。
やがて……、最後通牒を出した南方探検隊にマニ帝国は一笑に付して逆に宣戦を布告。南方探検隊とマニ帝国による戦争が正式に勃発した。
西部沿岸を封鎖し、派手に艦砲射撃や上陸作戦を行なった探検隊に対し、マニ帝国上層部は相手の実力や自軍の損害を理解せず次々に兵を送り込んだ。戦力の逐次投入のお陰で対応が楽だった西部沿岸での戦いは探検隊の圧勝に終わり、また作戦通り南方から北上してきた別働隊に国土を分断されたマニ帝国は一気に戦力を失うことになった。
分断成功の知らせを受けた西部方面部隊は東進し、分断地域まで合流するまでにマニ帝国を縦断して敵軍を完膚なきまでに叩き潰した。
さらに東方にはまだマニ帝国の勢力圏は残っていたが、すでにマニ帝国には探検隊とこれ以上戦う戦力はなく、また探検隊の扇動により各地で反乱が起こったことにより一気に衰退。その勢力を急速に衰えさせ、事実上崩壊した。
これにより西アフリカーンの砂漠より以南は実質的に南方探検隊、カーン家の領土となった。マニ帝国があっさり敗れたことにより他に逆らう勢力が出てくることもなく、一気に西アフリカーンは平定されてしまった。
「損害はどうなってる?」
「はい……。探検家が五十四名、水兵が七名死亡。負傷者は探検家、水兵合わせて百十二名です」
「そうか……。下がれ」
「はっ!」
最終報告を受けたシュテファンはふーっと溜息を吐いて椅子に体をもたれさせた。探検家はシュテファンが選抜したとはいえカーン家に完全なる忠誠を誓う者達とは違う。水兵と呼ばれたのはカーン家の海軍兵士から出向してきた者達であり、その練度も忠誠心も探検家達とは質が違う。
探検家達はカーン家への忠誠も低ければ練度も低い。それでも他の国の兵よりは質が高いだろうが精鋭とは呼べないものだ。シュテファンの命令を聞かないこともあり度々問題行動を起こすこともある。だがだからといって犠牲にして良いというものではない。
地元で最有力の帝国一国を落とすのに六十一名の犠牲で倒せたというべきか。それともこれほど被害を出してしまったというべきか。初めて全ての責任を背負って軍を指揮したシュテファンはまた溜息を吐いて首を振る。
敬愛すべき聖女フローラ様はこの不甲斐無い結果を聞いてどう思われるだろうか。フローラ様ならば無損害でこの程度の敵なら倒してしまったのではないか?自分の指揮が未熟だったからこそこれほどの被害を出してしまったのだ。そう思うと何と報告したものかと胸が苦しくなる。
何も自分の未熟を恥じているからではない。犠牲が出たと報告すればあのお優しいフローラ様は必ず気にされるはずだ。自分の拙い指揮のせいで犠牲を出し、フローラ様の御心を痛めてしまうのが心苦しいのだ。
しかし……、フローラ様は気にするなと、全ての責任は自分が負うとおっしゃってくださった。今回これほど犠牲を出してしまったのならば……、次はもっとうまくやればいい。自分がもっと指揮官として成長すれば、今度こそ犠牲を出さずに勝てるようになればいい。
「待っていてくださいフローラ様!俺は必ずもっと役に立てる男になってみせますから!」
覚悟を胸に秘めたシュテファンは早速フローラへの報告書を書き始めたのだった。




