第四百七十二話「緒戦は勝利!」
茂みを歩く兵士の一人が急に消えていなくなる。しかし物音一つしない中で背後で起こった出来事を、木々や藪を掻き分けて進んでいる者達は気付かない。
ガチャガチャと金属製の鎧の音をさせて、森を掻き分けながら進むフラシア兵達には、まだらな迷彩柄の布に草や葉っぱをつけて景色に溶け込んでいる特殊部隊を見つけることは出来ていない。一人、また一人と潜んでいる特殊部隊に消されているにも関わらず中々それに気付かなかったフラシア軍が、ようやく人数が少ないと気付いた時にはもう遅かった。
「おい、こんなに少なかったか?」
「小便でもしてるんじゃないのか?放っておけよ。そのうち来るだろ」
「こんな人数が一度に知らない間にか?なにかおかし……、かひゅっ!」
「おぃ、がっ!」
急に草や木が動いたと思った時にはもう遅い。ジャンジカの特殊部隊が飛び出し残った兵達をあっという間に皆殺しにする。誰一人大声を上げる暇もなく息の根を止められている。
「さすがはジャンジカが鍛えてきた特殊部隊ですね。見事なものです」
「いえ、これもフローラ様の教えのお陰です」
もうこれで何組目になるか。結構な数のフラシア軍部隊を壊滅させている。まるで葉っぱ人間や草人間かと思うほどに全身に偽装を施しているこの部隊を見つけるのは困難だ。俺でも森の中でこいつらが隠れていたら全員を即座に見つけることは難しい。襲われてからでも対処出来るから殺されることはないだろうけど、不意打ちを受ける可能性は高いだろう。
フローレンを出た俺達はすぐに敵を待ち伏せることにした。ただ俺だけは先に一度河口まで戻り待機していたキャラベル船に作戦を伝えに行っている。その後下流でヴェルゼル川を渡河してきた敵の別働隊は全部で二千くらいだったようだ。渡河中に監視の兵がある程度数えたそうだから大体合ってるだろう。
ヴェルゼル川東岸へと渡河してきた敵は分散しながら南下を始めた。大きく東に膨らんでいく部隊と南下していく部隊がいたから、フローレン北の村を包囲するための動きで間違いない。その際に敵はかなり細かく部隊を分けていた。
二千人もの兵が道もない森で整然と進むのが困難だったからだろう。それに包囲が目的だからある程度は散る必要もあった。それが俺達には好都合だった。
まだ敵はこちらを攻撃してきていないけど武装した兵で無断で越境してきている。その時点で戦争行為と看做されても文句は言えないわけで、向こうから先に仕掛けてきたという名分が立つ。バラバラに分かれた部隊がそれぞれ自分達の配置に向かっていたから、一部隊、また一部隊と伝令を出す暇も与えずにこっそり始末して回っているというわけだ。
俺はアルマンの特殊部隊に現代的な偽装やアンブッシュのやり方を教えていた。そのアルマンと共にあちこちの戦場で戦い、その戦い方を学んだジャンジカとその配下の部隊も、アルマン達の特殊部隊に負けないくらいの精鋭に育ってくれたようだ。
「敵に気付かれないようにギリギリまで数を減らしておきましょう。さすがに敵の行動開始時間までに二千全ては倒せないと思いますが、村への襲撃が始まるまでに敵を減らしておかないと村人に被害が出てしまいますからね」
「お任せください。村人には指一本触れさせません」
頼もしいことを言ってくれる。今までの動きや捕えた敵の証言から、どうやら敵は大雑把な包囲の配置や戦闘開始の時間しか決めていなかったようだ。敵の指揮官が馬鹿なのか、この程度の村ならそれだけで十分落とせると思ったのか。かなりザルのような作戦だと思うけど、無線で連絡とはいかないこの世界なら止むを得ないのだろうか。
何か異変があったり敵と遭遇すれば伝令がくるだろう、みたいな考えのようで、それ以外で周辺の部隊との連絡は取り合っていない。だから伝令さえ出させず部隊ごと全滅させていけばフラシア軍は自軍部隊が襲われていることすら気付かない。いくら何でもザルすぎるけど……、こちらは困らないからまぁいいだろう。
いつもなら俺は別行動!とか言いたい所だけど、今回は敵に伝令を出させる暇もなく全滅させなければならない。俺一人で部隊を全滅させるまでにかかる時間を考えたら現実的じゃないだろう。魔法をぶっ放して良いのなら辺り一帯焼き払うのは簡単だけど、それじゃ戦闘が起こっていることが遠くにいる敵にまで伝わってしまう。
なので今回はジャンジカの部隊と連携して敵を確実に始末していく。南に残った敵の陽動部隊が動くまでは俺達の動きを知られるわけにはいかない。本格的に戦闘が始まればあとはいかに早く全てを始末するかにかかっているけど、今はまだ気付かれずに始末していく必要がある。
「さぁ……、それでは次に行きましょうか」
「「「はっ!」」」
エンゲルベルト子飼いの向こうに潜入している兵はすでに脱出しているか、南の部隊に残っている者だけだ。北に迂回して渡河したこちらの部隊にはもう残っていない。全員倒せば良いだけだから簡単な任務だろう。時間目一杯まで出来るだけ敵を減らしておこうと、俺達は次の獲物を求めて動き出したのだった。
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北の敵はそこそこ倒したけど、さすがに敵も何かおかしいと気付き始めたようだ。伝令を出そうとしている部隊が時々いる。余計な動きをすれば奇襲をしようとしている自分達の存在が露呈してしまう危険が高まる。だから今まであまり動きがなかったんだけど……、まぁさすがにこれだけ周囲の友軍の姿がなければおかしいと思う奴も出てくるわな。
「そろそろ気付かれずに敵部隊を始末するのは限界のようですね」
「はっ……」
ジャンジカは申し訳ないような顔をしていたけど別にこちらの落ち度じゃない。さすがに敵だって自軍が周辺に展開しているはずなのに、周辺の友軍の動きがほとんど感じられなかったらおかしいと思うだろう。完全に全滅するまで誰一人周囲の異変に気付かないなんてことはあり得ない。
「これだけ間引けばさすがに敵も異変に気付きます。ジャンジカや部隊の落ち度ではありません」
「お心遣いありがとうございます。ですが……」
ジャンジカはまだ納得いっていないようだ。でもこれだけ減らせただけでも十分だろう。それにもうすぐ南の敵軍が動く頃だ。どちらにしろそろそろ潮時というか、始まる前というか……、もうアンブッシュもサイレントキリングもする必要はなくなる。
「そろそろ敵の作戦予定時間が近づいています。残りは普通に倒してしまって構いません。私は村の方が気になるのでそちらへ向かいます。残った敵は任せますよ?」
「……はっ!お任せください!必ずや一兵残らず始末してご覧に入れます!」
一応吹っ切れたのか、次の任務をきちんとこなすことの方が大事だと思ったのか、ジャンジカとその配下の部隊は力強く頷いた。これなら任せて大丈夫だろう。
「それでは任せましたよ」
「はっ!フローラ様もご武運を!」
俺はジャンジカ達から離れて一人森を駆ける。出来るだけ騒ぎは起こしたくないから敵のいない場所を通り抜けて村へと辿り着くと、北へ逃げようとしている村人達の姿があった。このまま北へ向かえば大丈夫だ。待ち伏せの敵兵はジャンジカ達が始末している。俺が通って来た道を逆に北上していけば敵に出会うことはない。
「――っ!?」
そんなことを考えながら逃げ出している村人を見ていると村の南側の家の近くで、今にもフラシア兵に襲われそうな母娘の姿があった。急いでその場に介入する。他に逃げ遅れた者はいないようだ。この母娘を脱出させればあとはどうとでもなる。
「大丈夫ですか?」
「あっ……、あぁ……」
母娘に手を出そうとしていた兵士を斬り殺したけど、さすがにショッキングな場面だったのか母親の方は腰が抜けてしまったようだ。
「ありがとうございます天使様!でも……、皆がくれた首飾りが……」
「あぁ……」
天使様?とは思ったけどピンチを助けてくれたヒーローみたいなものかな?と思って受け流す。子供ならそういう風に思ってしまっても仕方がない。それよりも子供が見ている先には散乱した木の実があった。穴が開けてあり紐が物干し台に絡んでいる。どうやら引っかかって取れないから無理やり引き千切ったようだ。
「ここではこういう贈り物をするのでしたね……。これはまた紐を通せば良いですし、大切に持っておきなさい。それまでは代わりにこれを……」
「あっ……」
飛び散った木の実を集めて子供に渡してあげる。紐が切れているだけだから木の実さえあればまた紐を通せば良い。全部集まったかどうかはわからないけど、わかる範囲で拾い集めてあげた。それから俺の首にかけてあるネックレスを代わりにかけてあげる。
子供は泣いたりすると言うことを聞いてくれなくなることがある。ここで『首飾りが!』とか騒がれて逃げ遅れたら大変だ。とりあえずこれで機嫌が直ってくれればと思ってかけてあげたけど……、これダイヤだな……。
現代みたいに綺麗にカットされてないから価値は低い。でも一応宝石であるこのダイヤを狙ってまた他の者に襲われないか心配ではあるけど、今はとにかくこの場から逃げ出してもらう方が先決だ。
「ありがとう天使様!」
女の子はそう言って良い笑顔で応えてくれた。とても可愛らしい。こんな子をこんなつまらない戦争で犠牲にするわけにはいかない。だったらあとは俺達の仕事だ。
「総員、作戦通りに動け!」
「「「はっ!」」」
渡河してきている敵軍よりさらに南からフローレンの部隊がやってきてすでに敵と戦っている。一部村に到着した者には村人の保護やまだ残っている者がいないか捜索を指示した。
太鼓がドンドンッ!と鳴るとそれに合わせて砲兵が渡河中の敵に砲弾の雨を降らせる。ラッパの音に合わせて銃が斉射され、敵が倒れると今度は突撃ラッパに合わせて騎兵が突撃を敢行する。
森と川の狭い土地での戦いは銃や砲の威力が発揮されない。白兵戦や騎馬突撃もあちこちで行なわれているけど、渡河直後の敵はさすがに圧倒的に不利だったようだ。俺も友軍の被害を少しでも減らすために敵を切り裂く。
「なっ、なんだあれは!」
「ひぃっ!」
「逃げろ!」
そしてフローレンから出撃してきた艦隊がヴェルゼル川を封鎖すると、渡河済みだった敵部隊は一気に戦意を喪失し、まだ渡河していなかった西岸の部隊は退却を始めた。恐らく北でも河口から川へと入ったキャラベル船がヴェルゼル川を封鎖しているだろう。遠くからも大砲の音が聞こえている。
「これより残党狩りを行なう!投降するなら命は保障してやろう。だが抵抗する者は全て討つ!全軍突撃!」
「「「「「おおおーーーーっ!」」」」」
この後、僅かの間に残った敵の大半は投降し、逃げようとした者は全て討ち取られることになった。
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一応村には平穏が戻り、村人達も戻って生活している者もいる。どうしても不安な者はフローレンへ避難しているけど、数日もすれば戻ってくるだろう。
フローレンの駐留部隊とエンゲルベルトの部隊、それから森の各地の秘密施設には敵の残党狩りを続けさせている。まぁ秘密施設と言っても偽装された小屋というか待機所があちこちにあったりする程度で、それほど本格的なものはあまりない。あくまで兵士の避難所や待機所や休憩所だ。簡単には見つからないように偽装はされているけどな。
そういう施設が点在して兵士が待機しているから今回の作戦は随分楽だった。敵の動きもほとんど掴めていたし、逃げ出した残党もほとんど始末することが出来た。実際もうほとんど残党はいないと思う。残党狩りを続けて警戒しているのは念のためというか、村人を安心させるためという意味も大きい。
今回の戦闘では音楽隊を積極的に活用した。これまでの戦闘でももちろん音楽隊は使っていたんだけど、音によって作戦や行動を部隊に知らせて部隊単位で行動させたというか……。
砲兵や鉄砲隊による斉射の合図としたり、それが終われば次は騎兵や歩兵に突撃の合図を送ったり、皆がそれらの音の意味を理解し、全体の行動を把握することで次の自分達の動きに対応していく。
これまでのように連携が遅く拙い状態から、友軍の動きを理解し、次の自分達の動きを理解し、連携して切れ間なく軍全体として動けるようになるのは大きな利点だろう。ただ敵に音のパターンを知られたら敵にまでこちらの動きが読まれてしまうことになるけど……。
まぁそれはまた追々考えれば良いことで、とりあえず今回の戦闘で音楽隊の有用性は証明された。これまでももちろんわかっていたし活用はしていたんだけど、今回は特に視界が悪かったから有効だったと言うか、ないと連携も大変だったというか……。
一帯を見渡せるような広い戦場なら友軍の動きを見ながら判断出来ただろうけど、こういった森で視界が悪い中での戦闘では有視界での相互運用は出来ない。それを音による合図で補えたと思えば十分に効果があったというのはわかるだろう。
「さて……、これで最初の一発は向こうから撃ってきたのだという名分は立ちましたね……。ならばあとは……」
フラシア王国から仕掛けてきて戦争が始まったことを王都に報告する必要がある。あと当然父、いや、カーザース卿にも連絡しなければならない。それから敵の追撃をしたいけど戦力的に少し厳しい。
今回の防衛が万全に出来たのは敵がフローレンの艦隊に恐れをなして早期に投降したことと、最初からこちらが敵の動きを掴んでいたお陰だ。徹底的に偵察を行なっていて、各所に秘密施設があったからこその戦果であり、それでも今回は白兵戦になってしまったために多少の損害も受けている。
まだ戦死者こそ出ていないけどそれなりの重傷者はいるらしい。場合によっては重傷者が戦死者になる可能性もあるだろう。どの程度の損害かはまだはっきりしないし、治療の甲斐なく亡くなる兵士もいる可能性はある。
大戦果ではあるけど完璧ではない。そんな勝利だった。こんな状態で敵の懐に飛び込むのは危険だ。せめてもっと戦力を整えていかないとこちらが損害を受けたり敗れたりしかねない。カーザース軍とはすぐに連携出来るだろうけど……、プロイス王国がいつ動いてくれるのかによってはこの戦争は長引くかもしれないな……。




