第四百七十話「アムスタダム上陸!」
コルチズターを出航した俺達は西に進み途中で大陸に沿って北上してから、内湾に入るようにまた南下した。向かう先はホーラント王国の王都アムスタダムだ。
現在の俺達は最新鋭のガレオン船艦隊五隻、旧型ガレオン船二隻、沿岸警備隊から引き抜いたキャラベル船五隻、そしてホーラント海軍の船一隻という陣容になっている。ホーラントの船の乗組員はそのまま船に戻されているから操船しているのはホーラントの水兵達だ。
ロウディンにやってきた高官や外交官や軍人達は今も地下で可愛がられているだろう。でもコルチズターで取り押さえた船の乗組員達には特に拷問もしていないし、牢屋に放り込んで身柄を確保していたにすぎない。ウィレムが解放された時に彼らも船に戻されて解放されることが決まった。
ラモールはホーラント海軍を掌握するつもりのようだから、コルチズターに来ていた船の乗組員達を無事に帰すのは必須だろう。もし彼らを殺したりしていたらホーラント海軍から相当な反発を受けてうまくいかないはずだ。
上官にあたる人物達は今でもロウディンで可愛がられているだろうけど、どうやら上官やウィレムの側近達は現場の者にはあまり歓迎されていなかったらしい。だから彼らがどうなろうと現場の兵士達は気にしない、どころかむしろ喜ぶようだ。
何でもウィレムやその側近達による軍政は滅茶苦茶なもので、確かに海軍に優先的に軍事費を回して拡大させていたようだけど、上役に就くのはほとんどウィレム子飼いのプロイス人、それも海軍経験もないような者がその席に就いていたらしい。
当然海軍経験もないような者がまともに指示も出来るわけはなく、現場の兵士や叩き上げの下士官には非常に不評だったようだ。そういう経緯もあるからロウディンに来ていたような者達はむしろ消えても清々したという反応だった。
俺とラモールがホーラント海軍の船の乗組員達と話した結果、彼らはラモールに協力することを約束してくれた。ウィレム達現政府や、ウィレム子飼いの上官達にほとほと嫌気が差していたようだし、実際に水兵や下士官はホーラント人が多い。
ラモールは元々ホーラント海軍でもかなり人気の高かった将軍の一人のようで、ホーラント人の希望の星とも言われていたようだ。そのラモールがこれだけの艦隊を引き連れて自分達に味方してくれると言われたら、大半のホーラント人軍人は協力してくれるだろうとのことだった。
「見えてきました。あれがアムスタダムです」
「ふむ……」
「どうじゃ!凄かろう!ブリッシュの田舎にはない立派な港と都市であろう!」
「黙ってろ」
「はい……」
ラモールの言葉にウィレムがはしゃぎ出したので黙らせる。ホーラント軍に攻撃されないようにウィレムを甲板に連れ出しているけどちょっと鬱陶しい。もし許されるのなら海に放り込んでやりたい所だけど、今こいつがいなくなったらホーラント側に攻撃される恐れもある。まだ暫くは辛抱だ。
それにしてもこれが海洋国家ホーラント王国の王都とその港か……。凄いな……。凄く……、普通だ。
確かに海に面しているお陰もあってか規模はそこそこ大きい。うちの都市は河港が多いからどうしても広さや大きさには限りがある。それに比べれば沿岸部に自由に建設出来る海に面した港は大きくしやすい。
でもここから見えるだけでもアムスタダムの大きさや設備は……、まぁ精々デル王国のコベンハブンくらいの感じだろうか?ステッティン、ダンジヒ、ケーニグスベルクよりは少し大きいという所かな。特にケーニグスベルクは河港とも言えるような立地だから、港の規模だけで比べるなら色々と不利だしな。
キーンやキーン軍港に比べればこれらの港は小さい上に構造が悪く不便なように思う。設備も整っていないし、俺が見てきた中で規模で言えばキーン軍港が一番大きく、二番がキーンの港だろう。残りはそれほど大きな差があるようには思えない。どんぐりの背比べだ。
「それでは予定通りにホーラントの船を先行させろ」
「はっ!」
俺達がこのままアムスタダムの港に近づいたら騒ぎになる可能性もある。こちらには国王が人質になっているし、ホーラント海軍の船を先に行かせて事情を説明すれば向こうも下手なことはしてこないだろう。それでも王を取り返そうと攻撃してくればアムスタダムに砲弾の雨が降ることになるだけだ。
元々ホーラント王国は援軍を求めてブリッシュ島へ向かったんだし、その援軍をうまく連れてきたと思ってくれる可能性も高い。だからこそ今はまだ何も動きがないんだろう。こちらから下手なことをするよりもラモールが掌握したらしい拿捕した船に任せておく方が良い。
いつホーラント王国側が攻撃してくるかもわからない。そんな緊張に包まれたまま暫く待っていると小船が一艘近寄って来た。その口上からどうやら俺達を受け入れるようだ。まだまだ信用は出来ないし油断も出来ないけど、とりあえず俺達やウィレムの乗る船だけ接岸して残りの船は港の近くで待機してもらうことになった。
指揮官であるシュバルツは沖の船に残っている。ラモールは色々と交渉をしてもらわなければならないので、俺とラモールとウィレムはとりあえず上陸だ。接岸した船も半舷上陸にしてすぐに船が出港出来る準備はしておく。拿捕されて色々調べられたりしたら困るからな。最悪上陸した者を見捨ててでも船には逃げてもらわなければならない。
馬車に乗せられてアムスタダムの王城へとやってきた。ウィレムはもう解放してやっている。たぶんこの後どうなるか予想するのは簡単だ。でもあえてそうしている。ウィレムだけではなく、ホーラント上層部全員にこちらの力を見せ付けてやらなければ意味はない。向こうの態度次第ではこちらの力の一端をお披露目する場になるだけだ。
「入れ!」
「「「…………」」」
別室で待たされていた俺達は謁見の間へと呼ばれた。飲み物なんかも出されたけど誰も手をつけていない。即死するようなものじゃないだろうけど毒の匂いがしていた。弱ったり苦しんだりするような毒を混ぜていたんだろう。
ブリッシュ・エール王国であんな目に遭わされたウィレムが、這う這うの体で自国へと逃げ帰り、それをした張本人達が自分の懐の中へとやってきたら……、やることは一つだろう。それは復讐だ。
よくも自分をあんな目に遭わせてくれたな!とハラワタが煮えくり返っているに違いない。そしてその仕返しが出来る環境になれば、あの手の人物がすることは仕返し、復讐だろう。何故解放してやったのかもわからない馬鹿は自滅するだけ……、というわけだ。
「貴様ら!よくも余をこのような目に遭わせてくれたな!全員ひっ捕らえよ!絶対殺すな!捕えてから余が受けた痛みと屈辱を返してやるのだ!」
俺達が謁見の間に入ると周囲を大勢の兵に囲まれた。この兵士達もあまり無駄に殺したくはないけど、一部は死んでも止むを得ないか。俺が暴れたらこの王城を落とすのもそう難しくないと思うけど……。
「この兵士達は私が制圧してやろう」
「「「はっ」」」
俺がそう言うとラモール達は控えた。信用されていてなによりだ。
「いくぞ」
「――っ!?」
「ぐぁ!」
「ぎゃぁ!」
「うげぇっ!」
何秒ほどかかっただろうか。俺達に向けて武器を構えていた兵士は全員倒れ伏している。出来るだけ大怪我はさせないようにしたけど、もしかしたらたまには大怪我している奴もいるかもしれない。こちらに武器を向けたんだから自分が殺されることも覚悟の上だろう。だから知ったことじゃない。
「なっ!?なっ!?最精鋭の近衛が!?」
あっという間にご自慢の兵士が倒されたことが信じられないのか、ウィレムは驚愕に目を見開いていた。
ダーーーンッ!
「ぐあっ!」
そして俺の後ろから銃声が響きウィレムの後ろのカーテンの裏に隠れていた者が血を噴き出しながら倒れた。魔法使いが隠れて攻撃の機会を窺っていたからうちの兵が短筒で撃ったというわけだ。カービンよりもさらに短い、所謂拳銃に含まれるような銃も開発している。威力や連射や命中率に難があるけど懐に仕舞えるくらいの大きさで便利が良い。
「何だ今のは!?」
「魔法か?」
大臣のような者達がザワザワと騒ぎ出す。魔法使いと違って詠唱もなく誰でも一瞬で遠距離攻撃が出来る。あまり見せびらかしたくはないけど、銃の脅威を知らない者には脅しにもならないし難しい所だ。下手に見せていてはそのうち誰かが真似をして作るだろうしな。
「さてウィレムよ。どうやら手は尽きたようだが……、この落とし前はどうつけてもらおうか?」
「ヒイィッ!」
俺が一歩近づくとウィレムは玉座から滑り落ちて這って逃げ始めた。国の重臣達が見ている前で威厳も何もあったもんじゃない。
「カーザー王様、ここは私にお任せください」
「ふむ……。ならば任せよう」
自分に任せて欲しいというラモールに任せる。ホーラント王国のことはラモールに任せようと決めていたし俺がでしゃばることもない。
「聞け!ホーラント王国の者よ!私は元ホーラント海軍艦隊提督ラモール・エグモントだ!これから私が言うことを良く聞くが良い!」
「ラモール?」
「あのラモール・エグモントか?」
「何故今頃……」
ラモールの言葉に居並ぶ重臣達がヒソヒソと言葉を漏らす。その後にラモールが語ったことはこれまでの経緯だった。全員が全員全てのことを知っているわけじゃない。フラシア王国の要請という名の命令によってラモール達が海賊として派遣されたことや、今回の戦争について、そしてブリッシュ島にやってきたウィレム達の蛮行……。
あらゆることが暴露されホーラント側の反応も様々だった。国と国との外交の場でなんということをしたのだと王に呆れる者もいれば、ブリッシュ島の国に何故大国ホーラント王国が頭を下げねばならんのだと言う者もいた。
ただ……、見ての通り俺達とホーラント側では力の差は歴然だ。俺達数人を捕まえることも出来ない近衛兵達は全員のびてひっくり返っている。まだ城中の兵士を投入すれば勝てると思っている者もいるかもしれないけど、先ほどの銃撃を見てどう対応したものかと困っていた。
「我らがカーザー王様はホーラント王国をフラシア王国の魔手から救ってくださる。しかし……、ウィレム王やホラント=ナッサム家のような腐った頭はいらないそうだ。恩情により帰してやったというのに我らがカーザー王様に対する愚か者ウィレムの行動がどういった事態を引き起こすのか。お前達はまだわからないのか?」
「それは……」
ラモールの演説を聞いて、重臣や軍人達の意見が揺れた。ここでもしブリッシュ・エール王国まで敵になればホーラント王国は確実に地図上から消える。フラシア王国の相手ですら出来ないというのに、そこにこの謎の勢力であるブリッシュ勢が敵に加われば抗う術はない。それくらいのことはホーラントの重臣達にもわかっている。
「これが最後の機会だ。ホーラント王国はブリッシュ・エール王国に礼を尽くし、共に戦い、フラシア王国を共に退けるのか。これ以上さらにブリッシュ・エール王国に無礼を働き、敵に回し、国を滅ぼすのか。どちらを選ぶのかこの場ではっきりさせろ!」
「「「「「…………」」」」」
ラモールの演説によって、この場にいた者達の意見は決まった。この後ウィレムは療養という名目で席から外され、ホーラント王国とブリッシュ・エール王国による正式な話し合いが始まったのだった。
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まだ完全に意見が纏まっているわけじゃないけど、一応ホーラント王国とは正式に話し合いの場が設けられることになり、ある程度の情報はこちらにも回されることになった。それからラモールがあちこちに秘密裏に接触して独自の情報網からも情報を持ってきてくれる。その両方を比べれば、情報の確度も上がるし、ホーラント王国が嘘をついていてもすぐにわかる。
「どうやら現在ホーラント王国は国土を洪水で沈めることで敵の進軍を遅らせる策を採っているようです」
「洪水線か……」
「洪水線?」
ラモールの言葉に簡単に説明だけしておく。地球でもとある低地の国は国土防衛のために意図的に洪水を起こして水浸しにすることで防御になると考えた国があった。地球のことは説明出来ないけど、そういう防御方法もあるということは説明出来る。
「なるほど……。ですが国民はこの無策で国民に犠牲を強いる政府の対応に不満が溜まっているようです。……軍の掌握と国民の支持を得るのも簡単でしょう。こちらは私にお任せください。次にフロト様が来られるまでに全てを纏め上げておきましょう」
「ふむ……」
ラモールは海でこそ活躍出来る将だ。陸に上げてしまって、万が一にも陸で暗殺されるなんてことになったら損失は計り知れない。
「ならばホーラント王国のことはラモールに任せる。洪水線のお陰でフラシア軍の足は鈍っている。今少し時間は稼げるだろう。ただラモールの身が心配だ。ムサシ!お前はラモールの身辺警護につけ。絶対にラモールを傷つけさせるな」
「承知仕った」
「ありがとうございますフロト様」
特に遠慮することもなくスムーズに話し合いは決まった。ムサシが俺の護衛だからとゴネることもなかったし、ラモールがそこまでしてもらう必要は、なんて遠慮することもない。こうして素直に話し合いが進むと気持ちの良いものだ。
「……フラシアは洪水線を避けようと東へ回り込むだろう。もしかしたらその際にカーン・カーザース領へ牽制に出てこないだろうか?」
「まさか……。そこまで愚かでもないでしょう?何故わざわざ動いてこない敵を突きに行く必要があるのですか?」
ラモールの言葉は正しい。普通に考えたらわざわざ敵対していないプロイス王国に攻撃する理由はない。でももし向こうが先制の不意打ちをしてプロイス王国の、カーザース家の戦力を削ろうと考えていれば、いきなり不意打ちを受ける可能性は十分にある。
フローレンに配置したエンゲルベルト達は越境偵察を行なっている。ヴェルゼル川を越えたり、北の一部フラシア王国領になっているヴェルゼル川東岸辺りだ。そのエンゲルベルトからは何の連絡もないけど、ブリッシュ島に俺がいると思って向こうに先に連絡が行っていたらこちらに回ってくるまでに時間がかかる。
「ホーラント王国のことは暫くラモールに任せる。私はキャラベル船に乗って一度カーン騎士爵領、ヴェルゼル川を上ってフローレンへ向かう。こちらのことは任せたぞ」
「「「はっ!」」」
何か予感がする。普通に考えたらラモールが言うようにわざわざ敵対していないプロイス王国に先制攻撃してくる理由はない。でも……、俺の勘がフラシア王国はプロイス王国に不意打ちする気だと言っている。ならば情報が入ってくるまで待っている場合じゃない。こちらからすぐに動かなければ……。




