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第四十七話「すれ違い!」


 カタコト揺れる馬車。流れる景色。まるでサァッと血が引いたように頭の巡りが悪く何も考えられない。目の前が真っ暗なようで何も目に映らない……。


「……様、……フロトお嬢様。フロトお嬢様!フローラお嬢様っ!着きましたよ!」


「……え?あぁ……、はい……」


 イザベラに言われるがままに馬車を降りる。何だっけ……。俺は次は何をしたら良いんだ?


「……はぁ、フロトお嬢様、今日はもう着替えてお屋敷に帰りましょう……」


「はい……」


 イザベラに手を引かれるまま掘っ立て小屋に入って服を着替えさせてもらう。いつものラフなドレスに着替えて再び馬車に乗り込んだ俺はまたしてもカタコトと馬車に揺られてカーザース辺境伯邸へと帰ったのだった。




  =======




 自宅のベッドに寝転がりながらぼんやり考える。あれは駄目だ。ご両親を説得してアレクサンドラと友達になろうと思っていたけどもう出来そうにない。


 ニコラウスの言うことは尤もだった。それはそうだ。普通なら今は子供達は一番忙しい時期だろう。この時期に他の子供達と交流して横の繋がりを持ったりお互いの関係を決めたりする。普通の子供ならば毎日のようにどこかに出かけるか誰かが訪ねてきて予定が一杯のはずだ。


 そんな中アレクサンドラはわざわざ俺の所にまで来てくれた。きっと他の予定が大変なのに無理をしてわざわざ来てくれたのだろう。ニコラウスが心配するのも無理はない。


 普通なら騎士爵家と伯爵家など天と地ほどの身分差がある。いくら俺が直臣でリンガーブルク家が陪臣であるとはいってもそこには埋めがたいだけの決定的な差があると思った方が良いだろう。ましてリンガーブルク家は家格だけで言えばカーザース家の中でも一番上という立ち位置だ。そんな家の子供がこの忙しい時期に騎士爵家相手にかかずらわっている暇はないというニコラウスの言い分は完全に正しい。


 ニコラウスに会うまでは何とかして両親を説得して、せめて友達としていられたらと思っていたけど……、あれは駄目だ。説得出来るだけのものを俺は持っていない。俺がアレクサンドラと友達として付き合いたいというのは俺の個人的願望でしかない。それに比べてニコラウスの言い分はまったくもって正しい。


 これからのアレクサンドラの人生、そしてリンガーブルク家の将来を考えれば今の大事な時期に余計なことに時間を割いていてはアレクサンドラが将来困ったことになりかねない。その時に俺がアレクサンドラを助けられるというのならまだしも良いだろう。


 だけど俺は現状でもカーザース家から切り離され、もしかしたらその時にはどこかに嫁に行っているかもしれない。カーザース家の家臣であるリンガーブルク家のことについて口出し出来る立場かどうか確証はなく俺がアレクサンドラを助けられる保証はない。


 俺のわがままでアレクサンドラを振り回すことと、父として当主として娘と家のことを考えているニコラウスとではそもそも勝負になどならなかったのだ……。


 ニコラウスを説得出来る要素が思い浮かばない。そもそもただ俺が友達が欲しいからとアレクサンドラの人生を滅茶苦茶にして良いはずがない。これはやっぱり……、ニコラウスが言うようにアレクサンドラとのことは忘れてお互いに別々の道を行くべきなのかもしれない……。


 まだよかったじゃないか。お互い一回会っただけだ。まだ今なら、ここで別れてもそれほど深い傷を負わずに済むじゃないか。


「……うっ、ぐすっ……」


 滲む視界が視えないように枕に顔を押し付ける。じんわり濡れてぐちょぐちょになった枕が気持ち悪い。ぐるぐると出口のないことを考えている間にいつの間にか外は明るくなってきていたのだった。




  =======




 今日は何をしたら良いんだっけ……。掘っ立て小屋の机に向かって座っているけどここ数日何もしていない気がする。元々予定はある程度立てていたから今俺が何もしなくても一応勝手に物事は進んでいく。それなら別に俺がいなくても良いんじゃないかな……。ここまでくればあとは俺が何もしなくても勝手に進むんじゃないだろうか。


「フロトお嬢様……、いえ、フローラお嬢様!やはりもう一度リンガーブルク家へまいりましょう!」


「ヘルムート……」


 それまでじっと扉の前で直立不動だったヘルムートが珍しく自分から口を開いた。だけど行ってどうする?俺が行ってもアレクサンドラの迷惑になるだけだ。


「フロトお嬢様、お手紙が届いております」


 その時イザベラが掘っ立て小屋に入って来た。手紙と言われてビクリと俺の肩が跳ね上がる。


「アっ、アレクサンドラからですか?」


 心なしか手が震えている。今更アレクサンドラからの手紙を受け取ったとしてどうすれば良いというのか。


「……二通きております」


 イザベラは俺の前にやってきて二通の手紙を置いた。名前を見てみる。一通はやはりアレクサンドラ。そしてもう一通はニコラウスだった。


「――ッ!」


 用件の想像はつく。どちらから見るか……。心臓がドクンドクンと強く打っているのに血の気が引いたようにサァッと頭が働かなくなった。震える手でまずはアレクサンドラの手紙の封を切る。


「……やっぱり」


 アレクサンドラからの手紙の内容は大体予想通りだった。前回楽しかったということから始まり前回は俺の家に来たから次はアレクサンドラの家に招待したいという内容だ。来週どうかと書かれている。


 そしてもう一通。心臓がドクドク打っているのに気持ち悪くなるくらいに血の気が引いた手でニコラウスの手紙の封を切る。


「――――ッ!!!?」


 その手紙を読んで俺は口元を押さえて机に肘をついた。気持ち悪くて吐きそうになる。


 ニコラウスの手紙にはアレクサンドラのことを思うならば誘いを受けた場合俺の方から断るようにと書かれている。恐らくニコラウスはアレクサンドラが俺に手紙を出すことを知り俺宛に自分の手紙を一緒に持って行かせたのだろう。


 開封して内容を読めば封を切ったというのがわかってしまうのでさすがに中身は見ていないようだけどアレクサンドラの手紙の内容は誰でも察しはつく。だから恐らく再び俺と会う約束をするための手紙だとあたりをつけてこのような手紙を添えてきたのだろう。


 俺は震える手で紙とペンを執った。返事の内容は決まっている……。


「ごめんなさい……。アレクサンドラ……、ごめんなさい……」


 手が震えて文字は乱れ濡れてくしゃくしゃになってインクが滲んだ手紙を何度も書き直してようやく俺は返事を書き切ったのだった。




  =======




 数日後、再び二通の手紙が届いた。


「フロトお嬢様……」


「良いのです。ありがとうイザベラ」


 俺に手紙を渡すことが何か罪であるかのように申し訳なさそうな顔をしたイザベラから手紙を受け取る。差出人はやはりアレクサンドラとニコラウス。再びアレクサンドラの手紙から封を切る。


「――ッ!アレクサンドラ……」


 アレクサンドラからの手紙は急な申し出で申し訳なかったと綴られて、いつなら俺の都合が良いかリンガーブルク邸を訪ねられる日を添えて返事が欲しいと書かれていた。手紙を持つ手が震えて視界が滲む。一体アレクサンドラはどんな気持ちでこの手紙を書いてくれたのだろうか。


 俺はアレクサンドラに嘘をついて都合が悪いから行けないと書いたのに……。アレクサンドラは何も悪くないというのに謝罪の言葉まで添えて書いてくれたこの手紙に俺はどう答えれば良いというのか。


 そしてニコラウスの手紙には再び念を押すように誘いがあれば俺の方から断るようにと書かれている。


 何度も……、何度も返事を書こうとして書けない。手は震え、視界は滲み、濡れた紙にインクが滲んで文字が読めなくなる。長い文など書けるはずもない。ようやく書けた手紙には一言『もうアレクサンドラとは会うことは出来ない』とだけ書いて送ったのだった。




  ~~~~~~~




 前回フロトの家を訪れた時は楽しい一時だった。はじめは森の中の掘っ立て小屋に驚いたアレクサンドラだったがそんなことなど気にならないくらいフロトと話した時間は楽しいものだった。


 また会いたい。会って話しがしたい。


 今まで友達らしい友達も出来なかったアレクサンドラにとって初めて出来た友達。ご近所グループにデビューした時は周囲は友達というより手下のようになっていた。そして歳を重ねると次第に誰も彼もがアレクサンドラのもとから離れて行った。そんなアレクサンドラにとって初めて出来た気の置けない友達がフロトだ。


 また手紙を出したい。だけどあまりすぐに連続で出すと迷惑かもしれない。少し間を空けよう。どれほど空ければ良いだろうか。明日?明後日?日が明けるのが待ち遠しい。早くフロトに手紙を出したいと思いながら日々を過ごしていく。




  =======




 父ニコラウスに言われた用事のために家を空けた以外では相変わらず誰からも手紙も来なければ訪ねるあてもないアレクサンドラは暇な日々を過ごしていた。そろそろ日も十分に空いたからフロトに手紙を出そう。前回は自分が訪ねて行ったのだから今度はフロトを家に招待しよう。両親にも紹介してこれからは家族ぐるみで付き合いたい。


 前回本当に楽しかった思いを込めてフロトに手紙を書く。本当なら来週と言わず明日に訪ねて来てくれても良い。でもそれはそれでフロトにも迷惑がかかるだろう。だから来週。来週までの辛抱だ。来週になればまたフロトとお話が出来る。そう思うとアレクサンドラは夜も眠れなかった。




  =======




 翌日、まだかまだかと手紙が来ないかと何度も玄関の回りをウロウロしていたアレクサンドラはようやく届いた手紙をひったくるように持って自室へと駆け込んだ。そしてワクワクしながら封を切った手紙を読んで固まる。


 来週はフロトの都合が悪いらしい。急に言った自分が悪いのだ。フロトにだって都合くらいある。勝手に期待して勝手に落胆してはいけない。まずはフロトに急なことを言ったことに謝罪していつなら都合が良いか尋ねよう。そうだ。普通は相手の都合を聞かなければならない所だ。自分が慌てて勝手に先走りすぎていた。あまりに慌てていた自分が悪かったと思いながら再び手紙を出したのだった。




  =======




 フロトは必ず翌日には返信をくれる。昨日手紙を出したのだから今日には届くはずだ。今度こそフロトと会える。そう思ってずっと玄関で手紙を待っていたアレクサンドラは届いた手紙をひったくってすぐに部屋へと駆け込んだ。


「……え?」


 相手の都合を聞けば間違いない。自分はいつでも空けられる。フロトが来週が良いというのなら来週でも、再来週が良いというのなら再来週でも、待ち遠しくはあるけどいつでも自分が都合を空ければ良い。そう思っていたのに……。返って来た手紙には一言。


 『もうアレクサンドラとは会うことは出来ない』


 とだけ書かれていた。


 意味が理解出来ない。会うことは出来ない?どうして?予定が空かないから?それならそう書けば良い。いつでも良いから都合の良い日を聞いたのだ。来月でも再来月でも来年でもいつか予定くらいは空くはずだ。一生ずっと予定が空かない人間なんて存在しない。ではどういう意味だ?


 何故?どうして?自分とフロトは友達ではなかったのか?初めてお互いに名前で呼び合う友達になれたのではなかったのか?


 考えるまでもない。これまでと一緒だ。落ち目のリンガーブルク伯爵家の娘だから……。


 今までだってそうだった。友達だと思っていた子達は誰も彼も皆アレクサンドラの家の状況が理解出来る歳になるとアレクサンドラのもとから去って行った。それ以降は名前を聞いて家の状況を知るとそもそも相手にもされなかった。いつもと同じことだ。


 でもそれならどうして一度は訪問を受け入れてくれたのか。ただ自分を馬鹿にしたかったから?一瞬だけ期待させて突き落としてやろうと思っていたから?


 それともフロトも最初はリンガーブルク家のことを知らなかったのだろうか。そして一度目の訪問の後でリンガーブルク家の現状を知って縁を切ることにした?誰かにリンガーブルク家について聞いたのかもしれない。


「ふっ……、あはっ……、あはははっ!」


 そうだ。いつものことだ。こんなことはいつものことで……。だから今更傷つくようなことじゃなくて……。


「あはっ!……ふぐっ、うっ……、うああぁぁぁぁぁっ!!!」


 こんなことは慣れっこだから。いつものことだから。だから今少しだけ、少しだけ泣いたらまたいつもの私に戻るから……。


 アレクサンドラは自分にそう言い聞かせながら泣き続けたのだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] やっぱ作者って百合書く気無いんじゃぁ…… これが種だとしたらどれほど歪んでいるのか 癖ひん曲がりすぎて最早くさ
2023/10/24 09:39 退会済み
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