第四百六十六話「何だか知らんがとにかくヨシ!」
ウィレムは諦めたようだからこれからは素直に答えてくれるだろうか。とりあえずさっき自白したけどハルク海の海賊行為についてもう少し追及しておこう。
「先ほどハルク海にラモール達を派遣し海賊行為をさせていたと認めたな?」
「…………はい」
少し考えた後ウィレムは頷いた。自分の言葉を思い出し自白していたことに気付いたんだろう。先ほどまでの食って掛かってきていた時ならばまだ何か言い訳でもしたのかもしれないけど、もう完全に諦めているウィレムは素直に答え始めた。
「何故ラモール達を派遣してハルク海で海賊行為をさせていた?」
「それはフラシア王国からの要請に従ったまでだ……」
フラシア王国?ハルク海での海賊行為がフラシア王国の要請?
「詳しく話してもらおうか」
「……ハルク海にしか面していないプロイス王国の海上貿易を妨害するため、フラシア王国の要請に従いホーラント海軍から除籍した船と兵を送り出し、その国力を削ぐように行動させておった」
ウィレムの話はさらに続いた。フラシア王国は隣の大国であるプロイス王国の台頭を何よりも恐れている。そこで小間使いにしていたホーラント王国に、ハルク海に海賊を送り出してプロイス王国の貿易を妨害するように命令していたというわけだ。
デル海峡の通航もフラシア王国がデル王国に掛け合い許可を取ったものであり、デル王国としても同じハルク海で貿易を行なっている商売敵であるプロイス王国が弱ってくれるのはありがたい。フラシア王国とホーラント王国が勝手にプロイス王国を弱らせてくれるのなら高みの見物を決め込むというわけだ。
フラシア王国はプロイス王国の発展を阻害し、デル王国はハルク海貿易のライバルであるプロイス王国の貿易が滞るのはありがたい。ホーラント王国は略奪した富や物資が手に入り全員がウィンウィンになるはずだった。そう……、派遣した艦隊が壊滅するまでは……。
最初のうちはうまくいっていた海賊行為も俺の耳に入り、うちの艦隊に討ち滅ぼされる結果になった。ホーラント王国ではラモール達から連絡が途絶えたことで何かあったとそれとなく察したようだけど、まさか直接プロイス王国に問い質すわけにもいかず、調査員を送って調べるわけにもいかず有耶無耶になったまま放置されていた。
フラシア王国もホーラント王国から海賊行為の失敗について報告なんてされるはずもなく、デル王国はもしかしたらハルク海内で起こった海戦だから何か気付いてはいたかもしれないけど、自分達は無関係だからとどこにも通報も連絡もせず、ラモール達のことはそのまま放置されることになった、と……。
「他にフラシア王国から命令されてやっていたことは?」
「他にはない……。陸では国境を接しない上にフラシア王国はホーラント王国の海軍しかあてにしておらん。もしかしたらフラシア王国は今でもホーラント王国が海賊行為を続けていると思っておるかもしれんが、他にフラシア王国から頼まれたことは何もない……」
ふむ……。まぁ確かにホーラント王国はプロイス王国と国境は接していないし海洋国家だ。大陸国家であるフラシア王国からすれば、ホーラント王国の海軍は利用したいけど、陸軍に関しては自分達の方が上だと自負しているに違いない。
海賊なら知らぬ存ぜぬで押し通せるかもしれないけど、陸で直接的にちょっかいをかけたら証拠が残ってしまう。それも知らぬ存ぜぬで押し通そうとはするだろうけど、どうせそうするなら頼りにならないホーラント陸軍より、格上だと自負しているフラシア陸軍の特殊部隊でも使うだろう。
「さて……、それでは今一度問おう。この島へは何をしにやってきた?」
「はじめは我が国に侵攻を開始したフラシア王国との戦いに我が方で参戦してもらおうと救援要請に……」
『はじめは』ね……。
「しかし港町や王都を見て……、出された食事の豊かさや装飾品の数々が欲しくなり……、寂れた町や王都であることから……、これなら占領して属国とし富や食料を献上させれば良いと思うようになり……」
「はぁ……」
ウィレムの言い訳のような尻すぼみの言葉を聞いて溜息が出た。これが一国のトップかと思うと情けなくなる。食事や内装が豪華だったから欲しくなり、王都に近い港町や王都そのものが寂れているから大した国じゃないだろうと侮り、適当に恫喝でもすれば従うだろうなんて安易に考えたと……。
ホーラント王国やフラシア王国からすればブリッシュ島は割りと近い。情報も入ってきていただろう。長年小国が乱立し興っては滅び纏まったこともないと聞いていれば多少は侮るのも止むを得ないのかもしれない。
それにしても統一国家が誕生し、フラシア王国を撃退したというのはホーラント王国でも出回っている情報だという。それなのにその相手の実力も確かめず、ただ表面的に町を少し見ただけで『昔ながらの大したことがない国だろうから簡単に手に入るだろ』みたいなノリで相手国家を恫喝するというのがもう信じられない。
こういう時代ではあまり謙って相手を立てる日本人的対応が良くないというのは、これまで何度も身に染みてわかっているつもりだった。でもまさかここまで酷いとは想像の遥か上過ぎて声も出ない。
しかもブリッシュ・エール王国は最近俺が統一したばかりで、新市街というか新王都というかは現在建設の真っ最中だ。コルチズターの港も拡張工事の真っ最中であり、それを見て大したことがないと判断されてもどうしようもない。
俺の統治が悪かったり対応が悪かったというのならともかく、ようやく統一して工事を進めている真っ最中に、国が発展していないように見えるから侮られましたと言われても俺のせいじゃないだろう。そう思われないためにそれなりのものを建設している最中なのに、それが出来てないのが原因だと言われてもそこまで責任を取れない。
まぁ過ぎたことを今更言っても仕方がない。それよりもこれからどうすれば良いのかが肝心だ。
「ふむ……。話はわかったが……、これはどう落とし前をつければ良いと思う?ゴトー、ラモール」
「もちろんこの愚か者よりカーザー王様への禅譲!これこそが唯一無二の解決策でございましょう!」
「我らはすでにフロ……、カーザー王様の配下です……。ですが出来ることならば我らが最初に降る時に交わした約束を果たさせていただきたい」
ラモールの言う約束……。ホーラント王国を攻め滅ぼす時にプロイス王国に侵攻させて支配させるのではなく、現地出身者、つまりラモールに功績を挙げさせてホーラント人の地位を保障すること。これは俺がラモールを説得する時に言った約束だ。
今のホーラント王国はホラント=ナッサム家が連れて来た譜代の家臣ばかりが支配している。現地民であったホーラント人達は出世の道も閉ざされ不当な扱いを受けていた。そういう民衆を守りたいとラモールは願っている。
だからホーラント王国を攻める際はラモールにも活躍の場を与え、功績を挙げたならばきちんと評価し、ホーラント人の地位を保障する。
機会は与えてやる。そこでラモールが失敗して功績を挙げられなかったらそれはこちらに責任はない。出世の道もなくなるだろう。でもラモールはそうならないためにこれまで研鑽を積み、実力を身に付け今の地位にまで上った。きっと戦場を用意してやるだけでこちらの期待以上に働いてくれるだろう。
ラモールは何もホーラントの王にしてくれと言っているわけじゃない。例えホーラント人であろうとプロイス人であろうと、きちんと功績を挙げれば相応に評価され取り立てられる、そういう体制を作って欲しいと願っているだけだ。その先駆け、先例として自分がホーラント王国戦で活躍し、出世し、地位を与えられることでホーラント人に示してあげて欲しいと言っているに過ぎない。
「話はわかった。ウィレムは死なないように休ませておけ」
「はっ!」
ここから先はブリッシュ・エール王国の軍機が混ざった話になる。無関係のウィレムに聞かせる話じゃない。ウィレムが連れて行かれて出て行ったのを確認してから口を開いた。
「ブリッシュ・エール王国の戦力や国土防衛体制はどうなっている?」
「はっ。こちらをご覧ください」
俺に聞かれるのがわかっていたんだろう。すでに必要な情報を集めていたゴトーが書類を持ってくる。
「ふむ……」
南の沿岸部はフラシア王国と国境が近い。いくら海峡を挟んでいるとはいえ、その気になれば一番狭い場所は泳いでも渡れなくはない距離だ。当然フラシア王国への備えはしておかなければならない。それももしこのフラシア・ホーラント戦争に介入してホーラント側につくなんてことになればブリッシュ島まで攻められる可能性がある。
沿岸砲台の設置状況と監視塔、灯台の設置状況……。それから沿岸警備隊の配備状況や訓練の進捗状況。現在捻出可能な遠征部隊の数や艦艇数。
もちろん南岸部分だけじゃなくて南西や南東地域も警戒しておかなければならない。もっと上まで回ってくる可能性はかなり低いというか、途中でうちの警戒網に引っかかって発見されるだろうけど、もちろんそちらへの警戒も必要だ。
戦争をするというのは簡単な話ではなく、兵力や兵糧、武器弾薬や補給などあらゆることを考えて想定し準備しなければならない。適当に兵士をいくらか集めて前進すれば良いというものじゃない。
南北の探検隊やユークレイナ方面にも遠征しているカーン家の状況で、これ以上多方面での戦力分散や戦争は本来引き受けるべきじゃない。でも黙ってみていればフラシア王国の勢力がますます増してしまう。今の状況ではバラバラに対応していても勝てない。ここは各勢力を一つに纏める必要があるだろう。
「ブリッシュ・エールの防衛戦力を残せば遠征に出られる戦力には限りがある。ここは……、他の反フラシア勢力を結集し、纏め上げ、対抗する必要があるだろう」
「はぁ……?あの……、恐れながら申し上げます……。すでに現時点でのブリッシュ・エール王国のみでフラシア王国を粉砕することは可能であると愚考します」
ゴトーは前の成功体験が忘れられないらしい。確かに前回はブリッシュ島に上陸してきているノルン公国軍とフラシア王国軍を撃退出来た。でもそれはこちらに地の利があり、相手の補給を遮断出来たというのも大きい。こちらから攻め込むのとでは条件が違う。次も同じように勝てると思うのは浅はかだ。
ブリッシュ・エール王国はまだ建国間もなく、軍隊も軍備も訓練も整っていない。その上広い沿岸部を防衛しつつ戦うとなるとフラシア侵攻に割ける兵力はそれほど多くない。
「カーン家海軍も準備は万端ですが……。フラシア海軍とホーラント海軍を両方相手にしてもブリッシュ海峡を守り切り、各地の沿岸部を攻撃可能です」
ラモールもこれまでの連勝で気が緩んでいるらしい。ホーラント王国は海洋国家であり、フラシア王国は曲りなりにも大国だ。前回多少の損害を与えたとしてももうとっくに再建出来ているだろう。そして同じ手が何度も通じるほど甘いとは思えない。
前回はこちらの船の性能や艦載砲についての予備知識がなかった。だからうまくこちらの作戦に嵌めることが出来たけど、次は向こうだって対策してくるだろう。そうなれば前回と同じようにとはいかない。
ましてや今回はこちらは戦力があちこちに分散していて前ほど集中運用が出来ていない。前はブリッシュ島を征服するつもりで出来るだけ戦力を集めて事に臨んだ。今回はこちらが意図していない戦争に急遽参加するものであり準備不足は否めない。同じように考えて油断していたらこちらが負けてしまう。
「勇ましいことが悪いとは言わない。しかし蛮勇と履き違えてはならない。今回は前回とは違うのだ。そのための対応を考える必要がある」
「…………あぁっ!そういうことでございましたか!さすがは我らがカーザー王様です!」
暫く考えていたらしいゴトーが満面の笑みを浮かべて頷いた。本当にわかったんだろうか?何か不安になるな。
「えぇ!えぇ!そうですね!そうです!前回とは違います!前回は我が国がフラシア王国に身の程を教えてやるだけでよかった。ですが今回は違いますよね!」
んん?本当にわかっているんだろうか?何かいちいち気になる言い方だ。
「今回はただフラシア王国を撃退し身の程を思い知らせれば良いだけではありません。周辺国、周辺勢力にフラシア王国の脅威を思い知らせ、その上で我らの力を示す必要がある!そういうことですね!」
「うむ?」
合っている……、のか?俺はただカーン家やブリッシュ・エール王国単独で立ち向かうのは危険だから、周辺各国や勢力と協力して立ち向かおうと思っただけだ。ゴトーもそう言っている?だから同じことを考えていると理解して良いのか?
「なるほど。そういうことでしたか」
「ああ、そういうことだよラモール殿。我らは少し考えが単調すぎたらしい。いつもいつも我らがカーザー王様の深謀遠慮には感服させられる。我らもこれくらいは考えられるようになりたいものだ」
ラモールとゴトーが二人で何かわかりあっているけど俺だけわからない。本当に同じ話をしているのか?
「敵の脅威を煽り、各勢力を纏め上げ、その上で他の勢力では太刀打ちも出来ないものを倒す。そうなれば戦後の主導権は誰が握ることになるのか。そしてその戦争にどう関与し何を得るのか。まさに慧眼!ただ目の前の敵を討ち滅ぼせば良いなどと考えていた私の浅はかさが恥ずかしい!」
「まったくだな……。私も戦後のホーラント王国のことしか考えていなかった……。それをどう掌握するのかまですでにお考えとは……、計略とは戦う前にすでに始まり、そして終わっているものだとつくづく思い知らされた……。さすがはフロト様です」
……うん?わからん……。でも何かわかったような顔をして頷いておこう。ここで変なことを言ってゴトー達狂信者の尾でも踏んだら大事だ。何かわかっているような顔をして頷いておけば何とかこの場はやり過ごせるに違いない。




