第四百六十五話「その頃のお嫁さん達は?」
「それじゃ第六回フローラ・フロト対策会議を始めるわよ!」
フローラがカーン騎士爵領を出発した頃、カーンブルクの宮殿にある会議室にてそんな声が響き渡っていた。会議の開始を宣言したのはもちろんミコトだ。会議室は椅子と机がコの字形に並べられており、奥にミコトが一人座り、その両横にフロトのお嫁さん達が座っていた。
『第六回対策会議』などと宣言したが実際にこれまで五回開かれてきたわけではない。この宣言はミコトがこうしてお嫁さん達が集まって会議をするたびに、フロトの真似をしてそれっぽくいい加減に宣言しているだけであり、会議の名称や回数は飛び飛び、滅茶苦茶になっている。それがわかっているから他の者はいちいち突っ込みは入れない。
「それにしてもカタリーナはよくフロトの傍から離れられたわね」
「確かにお傍にお仕えするのが仕事ですが、こちらの会議に参加しないわけにもいかないでしょう」
フロトがブリッシュ・エール王国へと向かうと決まった時、最初はお嫁さん達も全員ついて行くつもりだった。しかし危険だから同行は許可出来ないと言われてから、それならばフロト不在の間にお嫁さん会議を開こうということになった。
カタリーナは立場上フロトの行き先について行けるだろう。だがこちらでお嫁さん会議が開かれるというのならお嫁さん会議に参加しなければならない。もし自分が不在の間にお嫁さん会議で自分にとって不利な決定をされてしまってはかなわない。だから『ボイコット』という形で仕事をイザベラに任せてこちらに残ったのである。
「それにしてもフロトも優柔不断よね!私達五人しか娶らないって言ってたくせに!」
「まぁ……、エレオノーレ様に関しては止むを得ないことかとは思いますわ」
「権力者との繋がりのために政略結婚が止むを得ないというんだったら、これから世界征服をしていく過程でどんどん政略結婚が増えることになると僕は思うよ?」
ミコトの不満に対してアレクサンドラが正論で答えると、クラウディアがさらに突っ込みを入れた。確かに地元の権力者との政略結婚を止むを得ないと言っていてはこの先何十人の嫁が増えるかもわからない。
「それにクンも危険ですね。クンはどこかの姫君ということはありませんが、今後ユークレイナ地方を統治するにあたってポーロヴェッツの協力は不可欠となってくるでしょう。そうなればクンがフローラ様の側室として入ってくる可能性もあります」
「そうだよね……。地元の権力者と婚姻を結ぶのが一番早いっていうのは私にもわかるよ。でもフロトには結婚させる一族がいないから全部自分が結婚していくしかないもんね」
ルイーザの言葉に全員が溜息を吐いた。子供や血縁者がたくさんいる家ならば当主本人が結婚しなくとも、そういう一門と相手先の者を結婚させて婚姻を結ぶことは出来るだろう。しかしフロトには、カーン家には現在誰もいない。ならば婚姻を結ぼうと思ったら当主であるフロトが結婚するしかないのだ。
「確かにある程度は仕方ないと思うわ。エレオノーレが入ることにも不満があるわけじゃないのよ。このまま結婚すれば私かエレオノーレが第一と第二夫人ということになると思うけど、他の皆が順番に拘らないのなら何の問題もないと思う。問題なのはこれからあと何人増えるかということよ」
「それとエレオノーレ様のご教育ですわね。少しやんちゃなのはこれからご成長なさればどうにかなると思いますけれど……、今のうちから色々とご教育しておく方が良いですわ」
「「「確かに……」」」
フローラ・フロトに嫁ぐということは色々と特殊だ。それを今のうちから徹底的に仕込んでおかないと将来の問題になる可能性もある。
「クンはどうしますか?クンにも側室としての教育を?」
「見方によってはユークレイナのポーロヴェッツのお姫様とも言えるからね……」
エレオノーレが嫁いでくることはもう正式に決まっている。お嫁さんが六人になることは避けられない。それに加えて正式な妻ではなくとも愛妾として各地の有力者の娘などを貰う可能性は高い。ならばその最初の例としてクンには相応に教育を施しておき、今後増える愛妾達を管理させるのが良い。お嫁さん会議ではそれが正式に決定された。
エレオノーレとクンの与り知らぬ場で勝手に本人達の未来に関わる重要なことが決定されていた。今頃エレオノーレやクンはくしゃみでもしているかもしれない。しかしこれはもうお嫁さん会議での正式な決定となったのだ。
例えクンがフロトの愛妾とならなかったとしても、これから施す教育は無駄にはならない。何も愛妾として夜の作法を叩き込もうというわけではないのだ。宮中、特に後宮での振舞いや上下関係、作法などについてや、今後増えてくるであろう後進との接し方や教育の仕方など、これからますます拡大していくカーン家の銃後を守っていくための教えだ。
「それよりも私達もそろそろ次の段階に進んでも良いと思うのよ」
「次の段階とは?」
会議が一段落した後のミコトの言葉に皆が首を傾げる。ミコトの言わんとしていることがわからない。
「もう私達も随分とフロトと接してきたわよね?そろそろ……、耳元で愛を囁いて、お互いの唇で……、きゃーーーっ!私ったら!私ったらなんて大胆!」
言っている途中でミコトはバンッ!バンッ!と机を叩いていた。それを見ていた他のお嫁さん達はミコトの態度には呆れつつも言っていることには同意していた。
「そういえばそうですわね……。いつまでもただ添い寝をしているだけでは進歩がありませんわ」
「一緒にお風呂に入ってお背中をお流ししても……、いつもそれだけですね……」
ミコトの提案に皆衝撃を受けていた。よくよく考えてみれば自分達はフロトとまるで進展していない。一緒にお風呂も添い寝も当たり前になった。しかしそれからどれほど時間が過ぎただろうか。それなのにその先へは一つも進んでいない。
「確かに僕達もそろそろ次の『すてっぷ』?とやらへ進んでも良い頃かもしれないね。でも誰がフロトの処女を貰うんだい?きっと奪い合いになると思うけ……、ど……」
「フローラ様の初めては必ず私が頂戴します!」
「何言ってんのよ!私に決まってるでしょ!」
「いいえ、これだけは譲れませんわ!わたくしが頂きます!」
「結局こうなるんだよね……」
ルイーザの言葉が全てを物語っていた。今までもフローラ・フロトと進展させようという意見は何度も出ている。しかしいざそれが実行されるとなると、誰がフローラの初めてを貰うのかということで争いが起こり、お互いに牽制し合い、結局そこで止まってしまう。だから今まで進展がなかったのだ。
フローラ・フロトを巡る攻防は激化していたが、実際にフローラが初体験をするのはまだ先になりそうだった。
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地下室から戻って暫く待っていると『処置』が終わったとの知らせがあった。ゆっくりと立ち上がり再び謁見の間へと向かう。
「連れてこい」
「はっ!」
俺が玉座に座って指示を出すとすぐにズルズルと引き摺られた老人が連れてこられた。見るからに憔悴し切っており、手足はブラブラで自力で歩くことも出来なくなっている。
拷問官達は何代、何十代にも渡って拷問を繰り返し、人体の隅々まで知り尽くしている。拷問のプロとは即ち、人体と治療のプロでもある。これまでの尊い犠牲の上で得られた膨大なデータを基に優れた知識を蓄積している。
拷問とはただ単純に相手を壊せば良いというものではない。壊しても良いから情報を吐かせるというのも確かにあるだろう。だがすぐに壊れてしまうような拷問をしてしまっては、相手が重要な情報を吐く前に壊れてしまうかもしれない。
だから丁寧に、壊れないように、死にそうになったら治療まで施し、相手の心が折れるまで苦痛や絶望を与える。どこまでやれば人が死ぬのか、壊れるのか。それを見極め、限界を超えないように管理する。彼らはまさにプロフェッショナルであり、その知識は俺が広めようとしている医療にも役立っている。
そんな彼らが丁寧に、すぐに壊さないように、徹底的に管理しながら苦痛を与えているのだからホーラント王国の関係者達はご愁傷様としか言いようがない。そして俺の前に転がされた老人は手足の腱を切られている。この世界の医療水準ではもう一生自力でまともに行動出来ないだろう。彼らは『そういう切り方』を良く知っている。
「ウィレム……、だったか。面を上げる許可をやろう」
「うっ……、ぐぐっ……」
兵士に両脇を抱えられてズルズルと引き摺られてきたウィレムは俺の前で手を放されて腹這いになっている。手首、足首は切られているけど腕や足そのものは動くから姿勢を正すくらいは出来るだろう。
「我らがカーザー王様の言葉が聞けないのか?頭を上げさせろ」
「はっ」
ゴトーの言葉を受けて兵士が近寄りウィレムの姿勢を正す。正座なのか、両膝をついた形にし、上半身を起こす。その姿勢くらいは維持出来るはずだけど手を離すとウィレムはまたすぐに前に倒れる。手足の腱を切っただけのはずだから体を起こしておくくらいは出来るはずだけどな。
「もう良い。そのまま掴んでおけ」
「はっ!」
何度もべちゃっ!と倒れるからもう兵士に掴ませて顔を上げさせておく。
「さて……、ウィレムよ。一体何の用で我が国を訪れたのだったかな?余は寛大ゆえに貴様のような愚か者の言葉でも聞いてやるぞ」
自分でも驚くほどスラスラとゲスな言葉が出てくる。これじゃどっちが悪者かわからない。『演じている』つもりになればいくらでもこういうことが言えそうな気がしてきた。
「貴様!このようなことをしてただで済むと思うなよ!今に我が国の精鋭達が余を救うためにこの島に上陸し、こんな小国など滅ぼしてくれよう!」
ようやく口を開いたウィレムは興奮気味にそんなことを言っていた。うんうん。元気があってよろしい。まだ死にそうにないようで安心した。
「フラシア王国程度に滅ぼされそうな小国のホーラント王国が何を言っている?余はかつてラモール達の艦隊を貴様ら本国に情報を伝達させる暇もなく壊滅させた。だからこそラモール達が今、余の配下に加わっている。ホーラント王国の海軍などヘルマン海の藻屑となるだけだ」
「なっ!?……そっ、それはラモールが裏切っただけであろう!それにラモール共はハルク海でプロイス王国の邪魔をするために送り出したのだ!出鱈目を申すな!」
はい、自白いただきました。もともとハルク海での海賊行為は秘密裏に行なわれていたはずだ。それをあっさり自白してどうするんだという話だけどまだ指摘しない。今指摘したら口が堅くなる可能性がある。最後にまとめて追及してやろう。それよりも今は……。
「ブリッシュ・エール王国はブリッシュ島に上陸し侵略してきていたノルン公国とフラシア王国の軍勢一万五千、それから後に送られてきた増援一万、またフラシア海軍のヘルマン海艦隊を壊滅させ、フラシア王国のブリッシュ島侵略を食い止めた。今ホーラント王国に向かっているフラシア王国の軍などとは比べ物にならん大戦果だ」
ちょっと……、いや、かなり盛ってるけど気にしてはいけない。中国なんて二十万の農民兵を集めて百万と号す、なんて当たり前のようにやっている。戦争で戦果を過大に申告したり、相手をビビらせるのにオーバーに言うのは普通のことだ。
「馬鹿な!そのようなことが……」
「何がおかしい?それならば何故未だにフラシア海軍がヘルマン海に出てこない?それはフラシア海軍にはもう戦力がないからだ」
いや、知らないけどね?適当ぶっこいただけだけどね?何でフラシア海軍がヘルマン海をウロウロしていないのかは俺も聞きたいくらいだ。でもこう言っておけばそれなりに説得力があるだろう。
「物も知らぬ哀れな愚か者ウィレムよ。ブリッシュ・エール王国を小国小国と言うが、この国の国土面積、人口、産業、生産高を知って言っているのか?ブリッシュ・エール王国はフラシア王国やプロイス王国と何ら遜色のない規模の国だということも知らぬ愚か者よ。我が国から見ればホーラント王国こそが小国だ」
「――っ!――っ!」
何かを言おうとして、ウィレムは顔を歪め、そして何も言えなかった。がっくりと項垂れる。
「それでは……、何故港町や王都はこんなに寂れている?それこそおかしいであろうが……」
力なく、精一杯考えたのがその言葉だったんだろう。
「貴様に教えてやる義理はないが……、そうだな……。本当はもっと栄えた王都としてウィンチズターという町がある。しかし国の統一の過程でたまたまこのかつて王都があった古都、ロウディンを新たな王都とすることになった。それだけだ。ロウディンはブリッシュ島全体から見ても現在では寂れた町だと誰もが思っている。これを見て国の力がこの程度だと思ったのなら己の浅はかさを悔やむのだな」
まぁ……、ウィンチズターも内戦というか統一戦争で俺達が結構破壊してしまったけどな……。やっぱり戦争なんて国内でやるもんじゃない。
ブリッシュ島には小国しかなく、そのうち異変に気付いたホーラント王国が救出に来てくれる。その希望も失われた今、ウィレムは今まで以上に急速に老け込んでいた。そこに崩れ落ちているのはもはや何の覇気もないただの老人だった。




