第四百六十四話「覚悟!」
まるでスキップしそうなほど軽い足取りのゴトーに先導されて地下へと下りて行く。暗くジメジメとした陰湿な空気が漂っている。でもそれだけじゃなくて……。
『ぎゃーーーっ!』
『もっ、もうやめっ……』
『あがっ!あががががっ!』
地下で声が響くせいかまだ目的地に辿り着いてもいないのにすごい悲鳴が聞こえていた。もう引き返したい。こんな所に来るんじゃなかった……。この先に待ち受けている光景が容易に想像出来てゲンナリする。
俺だってこれまでたくさん人を殺してきたし、酷い戦場も見て来た。腐った肉の臭いが漂い、泥と腐肉と血が混ざり合った大地にカラスや虫が死体に集っている所を何度も見て来た。それでも……、たぶんこの先の光景は見ていて気分の良いものじゃないだろう。それがわかってしまうから早くも帰りたい気持ちで一杯だった。
「この先です。さぁどうぞ!」
「……うむ」
最後に鉄製の立派な扉を開けて中へと入ると……。
「今日はどの爪を剥がれたい?」
「ひぃっ!もうやめっ、ぎゃああぁぁぁっ!」
手も足もあちこちの爪を抜かれている者……。
「大丈夫大丈夫。こんな細い針でも刺し所によっては人間は死ぬけど……、僕は上手だから長くなが~く苦しめてあげるから」
「あがががっ!ぐぎぎぎぎっ!」
全身あちこちに細い針を刺されている者……。
「目を!目を閉じさせてくれ!もう限界だ!」
「まだまだ、こんなもので許されると思っているのか?」
器具でまぶたを固定されて目を開きっぱなしのままにされている者……。
そこには即座に命に関わるような拷問はされていないが、すぐには死ねず猛烈な痛みで気絶することも出来ない苦しみをジワジワと、ず~~~っと与えられている者達の姿があった。
体へのダメージや後遺症という意味ではまだそれほど酷い拷問ではないんだろう。爪なんてまた生えてくる。針で刺された程度の傷なんて感染症にでもならない限りはすぐに治る。目は……、乾きすぎたら失明の恐れもあるかもしれないけど、拷問の担当者はそれを見極めて加減している。
どれも指や手足を切断したり、腱を切ったり、舌を抜いたり、焼き鏝を当てたりするような本格的な拷問に比べたらヌルイようにも見えるだろう。でも……、この苦しみをずーっと与えられている方は、このジワジワと苦しめられる拷問に完全に心が折れていた。
「ほら!飲め!飲め!飲め~~~!」
「うぐっ!うぐっ!うぐっ!ぶっ!」
漏斗を口に差し込まれ、ひたすら水を流し込まれている男。ゴトーはその男の前で止まった。半裸に剥かれているその腹は……、異常なほどに膨らんでいる。一体どれほどの水を飲まされているのか想像もつかない。
漏斗に流し込まれている水を飲みきれなかったのか男が咽ると、拷問官も手を止めて男に吐き出させてやる。飲まなければ溺れる。そして溺れそうになると死ぬことも出来ずに水を吐き出させられてしまう。これをいつまでもいつまでも繰り返されたら一体どれほどの苦しみだろうか。想像もしたくない。
「おえぇぇっ!ぐえぇっ!げぇっ!」
体を曲げられた男の口からまるで噴水のようにいつまでも水が噴き出していた。お腹の膨らみがみるみる萎んでいく。手足や体の印象からそれほど太っていないそこそこ高齢、老齢の人物であろうと思うけど、その腹部だけ異常に膨らんでいるのは全て水なんだろう。あまりに壮絶すぎる。
「おい、お前が自分はホーラント王なのだから水を飲ませろと言ったんだろう?我らが神のお慈悲により与えられた水を吐き出すとは何事だ?今度は今の倍を飲ませてやろうか?」
「ひぃぃっ!もっ、もう許してくれ!」
「我らが神を侮辱した罪がこの程度で消えると思っているのか?これから五年でも十年でも、お前が寿命で死ぬまで徹底的に繰り返してやろう。心配するな。我らは治療の専門家だ。お前が死にそうになれば優しく介護してやる。寿命で死ぬまでお前は何年も、何十年も、この苦しみを味わえるのだ」
「あっ、ああぁっ!」
拷問官はまるで抑揚のない声で淡々とそう言っていた。それが余計に恐ろしい。もっと興奮して怒りを顕わにしているとか、愉悦に歪んでいるというのならわからなくはない。そういう者を見てきたことは何度もある。でも……、ここにいる者達は全員が淡々としている。相手をビビらせるためにあえてフリをしている者はいるけど、全員が冷静に、淡々と拷問を行なっているのがわかる。
こんな人間がいるのか?普通なら人を拷問にかければ興奮状態になったり、相手への怒りや憎しみというものがあるだろう。だけどこの者達は違う。拷問を受ける者達のことを虫けらほどにも思っていない。彼らの神とやらを侮辱したこの者達のことをもう人間どころか生き物とすら思っていないのかもしれない。
俺も気をつけよう……。もし罷り間違って彼らの神を俺が侮辱してしまったら……、俺だってこんな目に遭わされるかもしれない。ファナティック恐るべし!
「……ん?今この者がホーラント王と?」
拷問官とこの老人の会話でそんな話をしていたように思う。聞き流しそうになっていたけどこれは滅茶苦茶重要なことだぞ……。
「さすがは我らがカーザー王様!この者こそが諸悪の根源!必ずや改宗させてご覧に入れます!」
いや……、改宗とかはいらない……。こんな狂信者を増やされても困る。でもそう言うと俺まで『改宗の説得』をされそうで怖い。
「ラモールよ、この者がホーラント国王で間違いないか?」
「はい。間違いなくホーラント王国国王兼総督、ホラント=ナッサム家の当主ウィレム本人です」
同行していたラモールに確認してもらっても間違いないという。ラモールはホーラント王国上層部に相当な反発を持っていた。ここで嘘を言って上層部を庇う理由はない。俺の下についたのもホーラント王国上層部を引き摺り下ろしホーラント王国中枢から追い出すためだ。だからこそこの言葉に嘘はない。
ラモールの知っていた頃と役職が違う者もたまにいるようだけど、ラモールは拷問されている者達のかなりの部分の役職と名前を言っていた。当時から比べて出世している者もいたようだけど、大筋でラモールの言葉とゴトー達や拷問官が聞き出した内容は一致している。
「おっ!おおっ!ラモール!ラモールではないか!余を助けに来たのか!早く助けよ!」
「ラモール?」
「海軍の?」
拷問官達が手を止めているから多少の余裕が出来ているホーラント王国の者達は、ホーラント王の言葉を聞いてこちらに注目した。そしてラモールを見ると挙って助けを求め始めた。
「ラモール!何をしている!我々を助けろ!」
「そうだ!貴様のような使えぬ者を取り立ててやったのは誰だと思っている!今こそその恩を返せ!」
ラモールが使えないねぇ……。少なくとも海戦に関してはラモールの腕は間違いない。俺達に一方的にやられたのは、俺達の船や搭載砲の性能や威力を知らず、元来の戦法で戦おうとしたからだ。俺の下に降ってからは船や砲の性能も理解し、これらを使った戦法もかなり研究していた。
うちの士官にやらせている模擬戦や図上演習ではラモールの成績はかなりよかった。だからこそ艦隊司令長官なんて大役を任せているのであり、無能者どころか相当な切れ者だと思う。
「ホーラント人は我らに従っておれば良いのだ!さぁ!早く助けろ!」
ホーラント王国の問題は、オース公国の後ろ盾を得て入って来たナッサム系の総督が権力を握り、子飼いの家臣達だけを重用することにあったらしい。
もともとバラバラの小国が乱立していたホーラント地方は統一された中央政府がなかった。各州がそれぞれ州の代表である総督を持ち、それらが寄り集まった形の集団だったらしい。その一つの州、ホラント州の総督に収まったのが現在のホラント=ナッサム家だそうだ。
ホラント=ナッサム家は、プロイス王国のナッサム公爵家の後ろ盾とオース公国の後ろ盾を得てあっという間に他の州まで纏め上げ、ホーラント王国を建て全ての州の総督も兼ねるようになった。
ただそうして国を纏め上げただけなら良かったんだろうけど……、ホラント=ナッサム家は現地民であったホーラント人は重用せず、ホーラント総督になる前から連れていたプロイス人の家臣達ばかりを重用していた。
結果ホーラント王国では一部のホラント=ナッサム系の者達だけが国の全てを支配することになり、古来よりホーラント地方に住んでいた者達との間で致命的な分裂が起こっている。しかもその分裂を力ずくで抑えるためにこれまで何度も民衆や反対勢力の虐殺を行なっていたそうだ。
ラモールはホーラント人であり、国の未来を憂いて軍人になったけど、当然重用されることもなく、命懸けの汚れ仕事ばかりさせられて苦労し続けた。ラモールはホーラント人にしては出世した方だろうけど、結局何の権限も与えられず、最後にはあんな命令を下されて俺達と対峙することになったというわけだ。
「ラモールよ!早く余を助けよ!」
「…………ゴトー殿、少し手緩いのでは?」
ホーラント王とやらをチラリと一瞥したラモールはゴトーにそんな風に話しかけた。ホーラント王を見る目は無だ。話を聞いていた限りではもっと怒りや悲しみ、恨み辛みがあるのかと思っていたけど、ホーラント王を見るラモールの目は冷たく何の感情も含まれていなかった。
「いやいや、ラモール殿。これは五年、十年先を見越したものなのですよ。何しろこの者共は我らが神を侮辱したのです。すぐに手や足を切ってしまってはあっという間に壊れてしまうでしょう?これから五年先、十年先も自らの行いを悔やみながら罪を償っていかなければなりません。そのためには最初からきつくしては長くもたないのですよ」
ゴトーはまるで宣教師か牧師が教会で信者に向かって説法でもしているかのような、穏やかな笑顔で大仰に手を広げてそんなことを言っていた。ラモールもそれを聞いて頷いている。
「なるほど……。一理ある……。しかし腱や舌くらいはすぐに処理しておいた方が良いかもしれん」
「う~ん……。そうですねぇ……」
「えっ?なっ!?」
ラモールとゴトーの会話を聞いて、最初は意味がわからないという顔をしていたホーラント王は、次第にその意味を理解して恐怖と絶望に顔を歪めていた。
「まっ、待て!待つのだラモール!余を助ければ……、そう!一州の総督にしてやろう!な?貴様らホーラント人には望むべくもない出世であろう?な?頼む!余だけで良い。余を助けよ!余は他の者共に騙されておったのだ!頼む!」
「ウィレム!自分だけ助かろうなどなんと汚い王か!」
「そうだ!俺達の方こそ王に命令されて仕方なくやっていたんだ!全ての責任は王にある!」
ホーラント王の言葉を聞いて他の者達が騒ぎ始めた。誰も自分の責任にされたくないと人に責任を擦り付け合う。誰が悪い、誰のせいだ、誰に言われたからだ、そんなことしか言わない。
……ラモールやゴトーの気持ちの一部がわかってしまった。俺には命をかけてまで守る信仰はない。だからゴトーの言うような自らの信仰を侮辱されたことへの怒りとかはわからない。それでもこのホーラント王というのが真性のクズであり、救いようのないゴミだということはわかった。
ゴトー達の狂信は怖いといい、ラモールも不満があったとはいえ元主君に対して冷たい態度だとは思った。でも俺もそうなんだ。結局俺ももうこいつらに対して相手が人間であるという感情は持っていない。恐らく俺が今このホーラント王達を見下ろしている視線は……、きっとゴトーやラモールと同じ虫けらを見下ろす視線なんだろう。
俺はいつまで現代地球人のつもりでいたのか。俺はもうとっくにこの世界に馴染んでしまっている。敵ならば人を殺すことにも躊躇いはない。そんな者が現代地球人であるはずないだろう。少なくとも現代日本でそんなことを言えば周り中から白い目で見られる。
この凄惨な拷問現場を見ても、淡々と拷問を行なっているゴトー達を恐ろしいとは思っても拷問そのものを恐ろしいとは思わない。非道な行いだとも思わない。ああ、こいつらはこうされても当然なのだなと思って受け入れてしまっている。そのことに気付いてしまった。
「ホーラント王だけ『逃げられないようにして』から後ほど上に連れてこい。他の者はお前達の好きにしろ」
「はっ!ありがとうございます!」
ゴトーがニヤリと笑う。ホーラント王は使い道がある。ここでただ拷問にかけておくのはもったいない。とはいえこの程度ですぐに釈放してやったらまた馬鹿な勘違いをするだろう。
「おおっ!余を開放するというのか!そうだ!早く余を開放せよ!今ならば貴様らの行いも不問としてやろう。さもなくば我がホーラント王国が余を救うためにこのような小国など攻め滅ぼしてしまうぞ!」
本当に馬鹿な奴だな……。むしろ『押すなよ!押すなよ!』ってネタで言ってるのかと思うくらいに馬鹿すぎる。
「まっ、待て……。その刃物で何をするつもりだ……。待て、待ってくれ!たっ、たすっ、ぎゃあぁぁぁぁっ!」
その場から離れた俺達の耳に遠くからホーラント王の叫びが聞こえた。それでも何も感じない。俺は自分の大切な者達を愛しいと思いながら、別の側面では人間の命など虫けらほどにしか考えていない。殺したところで害虫を一匹駆除した程度の気持ちしか湧かない。
俺は人間のつもりで人間ではなかったのかもしれない。肉体が人間であろうともその精神性はすでに人間ではないと言われても納得してしまう。俺はここに下りたがために、自分の内面を知ってしまった。これからも今までのように何も知らずにのほほんと過ごすことはもう出来ないだろう。
だったら……、もう行くところまで行くしかない。遠い未来に歴史書で俺は大虐殺を行った非道な統治者として名前を残すかもしれない。それでも……、この世界には生きていてはいけない奴が多すぎる。その者達だって家に帰れば家族にとっては良い親かもしれない。俺の基準で悪だと断罪してもその遺族からは恨まれるだろう。
それがわかっていても、俺の理想の世界を作り上げよう。そのために俺が血に塗れようとも、恨まれようとも、この道を進み続けよう。その先にある、俺の信じるより良き未来のために……。




